答えと気持ち
目が覚めて、体を起こすと、部屋の隅に静かに寄り掛かるヴァルを見つけた。ヴァルはかすかに寝息を立てている。窓を見ると外はすでに暗く、かなりの時間が経っていることがわかる。
ベッドから降りようとすると、いきなりお腹がぐうと鳴り、あわててお腹を押さえた。
「そっか。私、そのまま寝ちゃったからご飯も食べてないんだ! 」
「ん……」
ヴァルがうめいて、かすかに身じろいだ。声を出すのは控えなくてはいけない、ヴァルを起こしてしまう。そう思い、口を手で塞いだが、遅かった。見ると、ヴァルは虚ろな目でこちらを見ていた。
「起きた……? 」
そう言うとほほ笑み、身を起こして近づいてきた。
「やっと起きた! 」
表情はまるで飛び跳ねて喜ぶ子供の様なのに、声は寝起きのせいか落ち着いていた。
ヴァルはベッドに腰掛けたままの私の手を取り、にこにこと笑っている。
私はそれからどうしていいかわからず、その場を動けずにいた。いつも遊び人のような雰囲気を漂わせているヴァルが、大人の雰囲気を漂わせているように感じられたからだ。
「えっと……」
手を少し引くと、ヴァルはすぐに離した。
「イオの誘いは、断ったんでしょ? 」
「っ……! 」
なぜ知っているのか気になったが、すぐ表情にでるイオのことだ。かなりしょんぼりとしていたことだろう。そう思っていると、ヴァルはまるで心の中を読んだかのように言った。
「いいや。イオは怒っていた」
そういえば、読めるんだった。……でも、怒っていた? どうして? 私がきつく断ったから?
「違う、自分にだ。イオは、君に自分の気持ちを伝え、自分がどうしたいか、君にどうしてほしいかを言った。そのせいで、君を泣かせてしまった。つらい過去を思い出させてしまった」
でもそれは、イオは何も悪くない。イオは自分のことを言っただけであって、私を傷つけるために言ったわけではない。私が勝手に思い出して、泣いただけだ。
「まあ、相手が悪いか自分が悪いか、思うのは自分だから。イオは、自分を責めるタイプみたいだね」
ヴァルはやれやれと言った感じにため息をついた。
「それは、ヴァルもでしょう? 」
「ん? ……どうしてそんなことを? 」
ヴァルは驚いたように訊いてきた。
「なんとなく、見ていて思っただけ」
でも、そっか。イオは自分を責めていたんだ。だったら、悪いのは自分だって言って、謝ってこないと。
「全く……二人とも、自分を責めるタイプなわけ? まあつり合うんだろうけどさ、僕の身にもなってよね……」
「え? 」
「なんでも。それより、僕からもお願いがあるんだ」
「‘も’って……」
「だって、あの人のことだ。君の夢に出てきただろう? 」
やっぱり、ヴァルはわかっていたんだ。
ヴァルは跪いて、私の手に額を押し当ててきた。
「お願いだ。イオと一緒に、向こうの世界へ行ってくれないか? ヴァンパイアが暮らす世界へ」
表情は見えなかったけど、声が真剣で、どこか苦しそうだった。一秒経つごとに私の手をつかむヴァルの手と、手を押す額の力が強くなっていって、必死だというのが伝わってきた。おそらく本人は無意識だろう。
「イオは……イオのことは、嫌い? 」
「いいえ、好きよ。とっても」
「じゃあ! 」
「でも! ……でも、お母さんはどうなるの? お父さんはもういないのよ? 私までいなくなったら、もう……」
ヴァルは顔を上げた。きれいな瞳は冷たく、冷徹な光を湛えていて、そして、どこか悲しそうだった。
「君のお母さんには、君のことを忘れてもらう。もちろん、君の友達も。過去に君と関わってきた全ての人の記憶から消える。写真などからも、君が存在するすべてのものから」
「そんなことができるの? 」
「できるさ。だって、僕らは魔女の弟子だよ」
お母さんはよく、お父さんがいたときに家族全員で撮った写真を眺めている。お父さんを指先で撫でて、それから私を指で撫でる。そこから私が消えることを想像すると、何かが体から抜け落ちたような感覚、そして悲しみに襲われた。
しばらくして、ヴァルは訊いてきた。
「イオと、お母さん。君は、どっちを選ぶ? 」
そんなの、お母さんと言うに決まっている。私までいなくなったら、お母さんは一人ぼっちだ。それは耐えられない。
「……もし、お母さんを選んだら……? 」
「そうしたら、君の記憶から僕たちを消して、ここを去る。二度と、ここには現れないし、君とは会わない」
お母さんは、もちろん好きだ。大好きだ。そして、それと同時にイオも大好きだ。同じくらい、もしかしたらイオの方が上かもしれない。こんな短い時間で、イオのことがこんなにも好きになっていることに気づいた。それと同時に、私がお母さんを理由に、向こうの世界に行くことを断っていたことに気づいた。本当はお母さんよりもイオを選べて、ずっと一緒にいたいと思っている。でも、ヴァンパイアという知らない世界に一人で行くことが怖かったのだ。
「大丈夫。向こうで君が一人になることはないよ。それに……お母さんと一緒にいたいと願っても、君はあのときヴァンパイアになってしまった。いくら人間の血が流れているとはいえ、通常の人間の寿命とは比べ物にならないよ」
そうだった。今はイオがくれたこのリボンでどうにかなっているんだった。
「さあ、答えは? 」
訊かれたとき、私は素直にうなずいていた。
「じゃあ、決まりだね」
ヴァルは嬉しそうにそう言った。
こんにちは、桜騎です! 今回の更新は前回の次の日ですね! 最初のころは毎日投稿してましたね……思い出しました。もう二年目ですね! 始めた年を覚えてませんが笑
今回は2000文字を過ぎてしまいました。すみません!なるべく1000文字代にしますね!(そういえば前もこんなことあったような……?)