今日子のニガテ
「彼があるとき、僕にはまだ別れられない彼氏がいるって、告白してきたからよ」
「それって……う・わ・き?」
「だな」
「わたし、裏切られていたのよ。だから振ってやったのよ」
翔子を除く二人は暫く黙りこんでしまう。
そのわずかの刹那に、心愛と今日子は一瞬視線を合わせ様々な想像を膨らませた。
その時、沈黙を裂くように一本のメールが翔子のスマホに入った。
「おい、翔子このタイミングってもしかして、元彼氏からなんじゃない。タイミング良すぎ、ちょっとチェックしてみろよ」
「しょこたん、わたしも気になる」
何気ない振りをしながら、ドリンクバーのジュースをすすりながら、わずかにジュースを残して翔子はスマホに指を滑らせる。幽かに指が震える。
〈篠田、この間はゴメン。俺、言葉がたりなかった。翔子の気持ちを考えていなかった。もう一度だけ会ってくれないかな〉
二人の女友達を前に翔子はおどけた様に、大げさで困った表情をして、「うわっなにこいつ、人が吹っ切れようとしてるのに仲直りメール寄こして、それこそ私の気持ちを考えてよね。まったく自分勝手なんだから」
いつもは男らしい今日子は何やら指先をもじもじさせ、翔子の表情をちらちらと見ている。
心愛は、翔子のメールをじっと見ながら相槌を打ち、今日子と翔子の表情や仕草を見るでもなくぼんやり見ていた。
「ちょとぉ、俺にもどんなメールが来たのか見せろよ。なんか気になる」
「ん~別に~、大したこと書いてあるわけじゃないよ。しょこたんの彼の勇人君からのメールだよ」
「元・彼よ。心愛」
「でも、ちょっとは気になってたんでしょ? だってしょこたんの指ちょっと震えてたもん」
アヒル口を作りながら人差し指で翔子の手をそっと優しく触れる心愛。そのしぐさを見て少し怒った様に今日子が喋る。
「何だよお前ら、俺だけ仲間外れにするなよ」
そう言われ、共犯者のような笑みを翔子に向ける心愛は「きょうこたんごめんね」そう言ってスマホを今日子に手渡した。
「しょこたん、この子とどうするの? やり直してみるとか?」
ちらりと心愛は今日子の顔を見た。
「未練が無いわけじゃないけど、やっぱりコイツ自分勝手すぎるよ。わたしにはもう無理かな?」
「そうかなぁ、心愛の想像だけど。彼結構しょこたんに本気かも、本気だから自分からカミングアウトしちゃったの。誠実だからまだ別れられない彼氏がいる~なんてしゃべっちゃんたんだと思うよ。それとも、しょこたんバイの人って嫌いなの?」
「時々心愛ってはっきりモノ言うわね、どきっとさせられる。でもそういうわけじゃないのよ、両性愛者が嫌なんじゃなくて、浮気ってやっぱり許せないのよ」
「でも、不実な子じゃないんだし、少し待って位はメール入れといたほ~がいいよ」
ファミレスでは時計が無いか目立たない所にある為なのか、やけに時間が気になる今日子、落ち着かない。もしかして、二人の会話には何か暗号があって、今日子には分からない何かの成分が含まれているんじゃないのか? そんな感じ。又は二人の会話と今日子の間には透明なアクリル板があって、今日子は自分のスマホでその会話を聞いているのだ。なんだろう? この感じは? これはもどかしさなのか……。
翔子は心愛の勧め通り、〈返事は少し待って、私もいろいろ考える事とかがあるの〉と勇人にメールを送信し、その日は解散となった。
陽ざしのキツイ五月の朝、まだ大学の喫煙所には誰もいない。木陰になっていて、風も抜けすごしやすい場所だ。
一コマ目の講義の始まるだいぶ前から、今日子はここにきて煙草を吹かしていた。大学に入ってから喫煙を覚え、それは今日子のいいストレス発散になっている。
「メンソールじゃこうはいかないよな、甘味が違うわ」
今日子の吸っているのはシガーで、安物の葉巻の一種。だがなかなかに香りが良い。そんなひと時を場違いな声が破る。
「あ~今日子たん、たばこなんか吸っちゃて~、悪い子なんだ~プンプン!」
そういいながら人差し指をツノに見立て、突き上げながらアヒル口を作っている少女の心愛が、いつの間のにか後ろに立っていた。
「わっワラサ! おっ俺の前でブリブリすすすっすんなよな。おっ俺が苦手なのしっ知っててやってるな。コノヤロー!」
「えーひどーい、もうこれ私の個性なんだよ」
「うっうるせえ……わかってんだけどよ、昨日の今日でなんかなんつうかよ……てっなにいわせてんだコラッ!」
「きょこたん、何か隠してない? ていうよりも喋った方が楽なこともあるよ? どう? 楽にしたほうがいいよう。私これでも友達だよ、きょこたん私の事苦手に感じてるかもしれないけど」
初夏の陽気のせいなのか、そばかすの頬を上気させる今日子。
できたら今日中にもう一話投稿できるように頑張ります。