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今日子の青春4

 三人の審判の白旗が同時に上がり、決勝戦は終わったのだった。

 決勝の後はすぐに閉会式だ、今日子たちが荷物をまとめているときに、石根美夏が今日子の元にやってきた。


「ああ、あんた。そんな顔してたんだ? ふーん。で何の用?」

「先ほどの……謝辞を」

「別にあんたが謝る事ねえだろ」

「鈴木今日子さん、あなたはもしかしてなぎなたをお辞めになるわけではございませんよね? そんなことはこの夏美がゆるしませんことよ!」

「あんた、いや夏美さん。熱いな、立派だよそのまま頑張って続けていってくれ」

「卑怯ですわ、このまま逃げるおつもり?」

「うーん? なんかズレてるな。俺はあんたとの対戦とかは面白かったけど、俺が相手にしていたのは、ほらあっち側、審判とかなぎなた連とかの連中だから。まっでも見事に負けちまったけどね」

「今日子さん、あなたわたくしに借りがあるんじゃございませんこと?」

「勝手にあれを借りにするなよな、っておいおいそんな顔すんなよ。俺が泣かしてるみてぇじゃねえか、めんどくせえな」


 そんなやり取りを遠目で見ているのが今日子の師範だ。正直、今回の審判のやり方には疑問も抱いてはいる。しかしだからと言って一度反則を取られた技を二度までも掛ける鈴木はおかしい、あんな技無礼にも程があるというものだ。礼に始まり礼に終わるのが武道。そう師範には信念があった、礼という信念が。


 閉会式の表彰式には形だけ参加する今日子、こんな茶番なんて。最後に握手を求められたが、気持ち悪いので右手を広げて辞退した。相手は大人の余裕のつもりなのか終始笑みを絶やさないが、今日子の観察するような眼がほんとうは痛い。その場面が師範には気に障ったようだ。


 試合も終わり、閉会式も終わって日が暮れて。例の如く師範の説教が始まっていた。

「なぎなたというものはその習練によって心身の調和のとれた人材を育成することにあります。技を練り、心を磨き、気力を充実させ、体力を涵養するとともになぎなたの特性の中に生きる日本のすぐれた伝統にのっとり規律を守り礼を尊重し信義を重んじ…………………………だというのに、鈴木さん何ですかあなたの表彰式での態度は! 何という無礼な態度ですか? あなたの気持ちが分からないわけではありません、ですが……」

「チ~~スッ あのフケてもいいッスか? あんまりに下らねえんで」

 皆が今日子の言葉にギョッとなる。今日子と師範を残し、上級生も下級生もひとかたまりになる。

「なっなんて言いました鈴木さん」

「下らないんでフケま~すって」

「! あなたのそういうところを言っているのです!」

「……師範の武道って一体なんなんすか?」

「今までの話を聞いてなかったのですか鈴木さん」

「聞いてたっすよ、それなら師範のなかの武道のもっとも純化したものを取り出すなら『礼』じゃないっすか? でも俺は違う」

「……鈴木さんの武道とはなんなのですか」

 明らかに師範の口調には怒りが込められている。

「簡単ス、殺し合いッス。師範のさっき言ったことって唯の綺麗ごとでしょ? 馬鹿でもいえるっていうね。そんなの殺し合いに何の役に立ちます? まったく殺し合いに殺しを忘れるなんて、馬鹿かってゆー」

「じゃ、じゃあ『礼』ってなんだといわれますの」

「簡単ス、その殺し合いを避けるためッスよね? なのにあんたは俺らに内緒で結構な額の報奨金をガッコからもらってんだろ? コレって礼儀に反するんじゃねえ? なあみんなホントは内心そう思ってんだろ?」

「ななな、ナンデスッテェ~~!!」

「駄目だこりゃ、もう議論にもならねえ。帰えろ」

 一人さっさとバス停に向かう今日子、もはや師範と今日子の亀裂は修復しがたい所に来ていた。

 駅に付いた今日子は駅のコンビニに立ち寄り即効性のゼリー飲料のゴミを捨て、メダルを捨て賞状を捨て、ジュースを二本買ってから新幹線に乗り込んだ。


「ちっやってくれるぜガッコもよ……」

 夏休みだというのに今日子はどこにも行けず家の中で腐っていた。

 学校に奉納すべきメダルと賞状を駅のコンビニのゴミ箱に捨てたことが知れ渡る事となり、無期限の停学を言いつけられたのだった。とはいえ夏休み中の事である、家の中で大人しくして、下らない課題とやらをこなしてさえいればいい。うざいのは担任などが日に二回家にいるか見回りに来ることだったが。

「担任の先生には悪いコトしちまったよな……」

 これが唯一彼女の後悔したことである。


「なあ今日子、お前インターハイ優勝できなかったそうじゃないか?」

 満面の笑みで留子が今日子の部屋に入ってくる。

「げっばばあよく聞きつけてきやがったな」

「約束、忘れていやあしまいね」

「……忘れっかよ、だけどこのままくれてやるのも癪だ。ばばあ一丁ゲームと行こうぜ」

「札、サイコロ、牌何だっていいよ。種目は何だい? 私は勝負事には目が無いんだ」

「なまぐさばばあめ、1万円札をはさみ取るゲームだ」

 ルール

 今日子が1万円札の端を軽く指で持ちます。ゲームの参加者留子は、1万円札の真ん中あたりに人差し指と中指の2本を開いて待ち受けます。ジャンケンのハサミを横に開いた格好です。

 今日子は好きなときに1万円札を放します。人差し指と中指で1万円札がはさみとれたら、その1万円札はゲームの参加者留子のものとなります。


 本来なら、今日子が1万出して終わりの所をゲームに付き合ってくれる。そんなばばあが今日子には気にいっている。

 このゲームで1万円をはさめるのは生理的に不可能なのだ。目で見て脳が判断して動作を起こすまでの時間を反応時間と呼び、成人の反応時間が0.2秒。その間に一万円はチョキの指の間をすり抜けていくカラクリとなっている。この勝負を留子が受けた時点で今日子は勝利を確信していた。孫子の兵法ではないが、戦わずして勝つ。今日子の考え方である。

 余りに可哀想なので、3回の練習をしてから真剣勝負に臨む今日子。

 終始余裕の表情だった今日子の顔色が変わった。

 獲られている! そんな馬鹿な! このばばあ何かイカサマしたんじゃないのか?


「ふー危ない危ない、ぎりぎりだったねえ」

「一体何故? 山勘か?」

「アーレ、お前さんの武道の経験なんてまあこんなもんだろうね。あたしゃ今日子の呼吸と気を読んでいたのさ」

「なーにばばあ『気』なんてあるわきゃねえだろ」

「これだから今時の若いもんは……」

「マジで気を読んだのか?」

「まあ説明したって分かるもんじゃなし、それよりこの1万ありがたく頂いとくよ、今度コンサート行くのに必要なんだから」

「ホント生臭えばばあだな、香典替わりにくれてやらあ!」

「今日子あんたは彼氏を作りな、そしてばあちゃんに紹介する事、いいね?」

「……もう、うるせ。わかってんよ、ばばあ」

「あたしゃ何があったのか知らないよ、でもばあちゃんは今日子の味方だからね。それは間違いなくそうだから」

「……じゃ金返せ」

「オホホホッそれとこれとは別、それより今日子、今晩はもう担任が見回りに来るこたないんだろ? だったら一杯付き合いな、酒飲むのは初めてじゃないんだろ?」

「ばばあ、いいのかよ?」

「かまやしないよ、それからいい葉巻もあるんだよ? せっかくだし一緒に呑みっこしよう」

「しょうがねえばばあだな、ちょっと付き合ってやるよ」

「そうこなくっちゃ、やっぱり血は争えないねえ」

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