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今日子の青春3

 今日子はこんな説教が蛇蝎のごとく嫌いだ。

 昔、あまりにもつまらないのでそれが態度に出てしまい、よりめんどくさくなってしまったので、最近では表面上おとなしくしてはいるが嫌いなものはどうしようもなかった。

 師範の説教に相づちを打ちながら内心「お前のような奴に武道の何がわかる? 論語読みの論語知らずとはあんたのことだ。ボケッ、てめぇの懐に少し小遣いが入ることくらい知ってんだ、今回インターハイに団体、個人の俺が出場することが決まったからさしずめ10万くらいはもらえんだろ? この偽善ばばあ!」そんなことを今日子は心に毒づく。

 今日子にとって下らない説教のあと、解散となったが試合後に興奮していたのは同輩と後輩達で、先輩達は今日子のことを煙たがり、はっきり派閥のごとく分かれていく。


「先輩! 凄い試合でした!」

「今日子強すぎでしょう、相手見えてないよ私らだって見えないときあるんだから」

「先輩これから一緒にマックいきましょう」

「そこで私たちに練習とか稽古の方法教えてください」

「そうだよ今日子、あんたなんでここんとこ数ヶ月で急に痩せたの? 凄いからだになっちゃってさ」

「私たちに隠れて何やってるの? 今日子おしえてよ~」


 急に持ち上げられるのはうれしい今日子であるがこの練習方法はできるだけ隠しておきたかった。自分に追いつかれるのが嫌なわけではない。

 高校生の女の子に生理が止まるまで追い込んで仕上げる、そんな方法が浸透するのは避けたいからだ。

 もう一部では昔から生理が止まるまで追い込む競技のことは知っていたのでそうなる愚を冒したくなかったのだ。特にあんな指導者に知れるのは避けたい。サイボーグを試すのは自分だけでいい。

 袴姿の女の子たちを引き連れてマックでの会話には一切のダイエットの話だけは隠し通す今日子だった。



 今日子の視界は狭まっていく、初めての経験に心臓の高鳴りが止められない。今日子は興奮してきていた。天井が高く感じられるのに逆に息苦しい。

「いけない! これはいいことじゃない!」

 今日子は一人興奮し、勝ちたがっている自身に戸惑った。だが同時に嬉しくなってしまう。

 今度の相手は別格だ。広島代表石根美夏、楊心流薙刀術の使い手。この子だったら俺の技だって受けてくれる。

「何をしたっていいんだ……」

 そう思うと、わくわくしてきて自然に緊張がほぐれてくる。「そうだあの技を掛けてやろう」実戦ではまだ一度も使ったことがない。使えるかどうかも未知数であったが、面白そうだ。ゾクゾクしてくることは決勝といえども試さずにはいられない今日子であったが、それは思わぬ事態を巻き起こすことになる。


 今日子は大会中ただ一人、上段に構えを取る。他の参加者から見てさぞ生意気にみえたことだろう。上段の構えは別の名前を火の構えともいわれる、気位の高い構えだ。

 非常に攻撃的な物があり、この構えからなら面小手胴脛全てが有効打になりうる。反面踏み込む脚はがら空きとなり簡単に脛を狙われてしまうような脆さがあり、常に胴はがら空きである。

 今日は一風変わっていてなぎなたを長く持ち、片手で回す様に背中に隠すように振りかぶる。その時の片手は外されてなぎなたを持つ手を甲で支えているだけ、その時の石突は相手を真っ直ぐ向いているのがセオリーだが、今日子の場合、かなり天井を向いている。

 彼女の姿勢はピンと胸を張ったものには見えない、骨盤こそ前傾させているが、肩甲骨の上の辺りはやや猫背気味に見え、脱力している。

 そこからの刹那、離されている手はなぎなたの柄の下の方をつかみ電撃的速度で面を打つ。

 バチィーーンン! 初めて彼女の面をうけたのは美夏だった。スゴイ! この子初めて俺の消える面を受けた! 世界は広い!

 初めて、目と目が交差する。そのわずかの刹那に二人は目で会話をしていた。

「俺はここんところタイマンで負けたことがないんだ」

「あら、それでしたら……わたくしがあなたに泥水をすすらせてあげますわ」

「面白ぇじゃねえか」

「わたくし、貴方の事が許せませんわ。わたくしより強く居ようなどというあなたの事が。この気持ち察していただけます?」

「ああ分かるぜその気持ち、俺も一緒の気持ちだからな、勝負だ!」

 返し技で脛を狙われる今日子はすんでの所でなぎなたの刃でそれを防ぐ。上下逆に持っている形だ。自然相手は下段の構えとなるわけであるが、それを今日子は狙っていた。

 今日子は夏美の持つ得物に自分の得物を重ね、自分の体重をゆだねた。

 がちゃーんと音がして夏美は自分の得物を落してしまう。

 今日子の狙いは相手の得物にあったのだ。

 夏美にとっては考えられない事態だ。剣道に巻き技という特殊技術があるが、心理的には同じだ。虚を突かれたのだ、この瞬間格付けの勝敗は決していた。もはや夏美にとって今日子に勝つことは出来ないであろう。

 名づけるならば、巻き落とし技といったところだろうか。今日子我流奥儀。

 素早く自分の得物を手にした今日子はバックステップと同時に夏美の面を打つ。

 得物を落され、一瞬固まる夏美の虚をついた鮮やかな一本! そう今日子が確信した瞬間だった。

「待て!」

 女性審判の声が鳴り響く。

 主審が副審と話し合いを始める。こんなことは前代未聞であろう。

 その後、主審は今日子に残酷なことを宣言する。

「赤、反則!」

 (!? 馬鹿な! 得物を落したのは俺ではないはず! 何で俺が反則を取られるってんだ)

 全く納得のいかない今日子だが、すぐに開始線に戻り試合は続行される。

「今日子先輩しっかりー!」

「今日子ファイト!」

 仲間の声援がうざい今日子。

 頭を冷静に、今日子お得意の必殺の上段を取り、背中の隠された得物が夏美の脛を穿つ! 文字通り薙ぎ払われてしまいそうになる重い一撃。もはや戦意喪失した夏美には耐えられない重さだ。

 それを審判は一本と認めようともしない、紅白の旗をぴらぴら交差するだけだ。

(なぜ? 今のは確実に一本入っていたわ。観客だっておかしい事に気付いている)夏美の心はもうすでに折れている。それなのに続行される試合に違和感を覚え、戸惑う。

「ザワザワ、なんか変ね……」会場に漏れ出すざわめき。

 残心からまた接近戦にもつれ込んだ今日子は、今度こそとばかりに再び巻き落とし技をかける。

 もはやされるばかりの夏美は得物を落され、中腰で膝に手を当て立ち止まってしまう。

 そこに気合一閃、乾坤一擲の脛を打ち込む。

完全に殺った瞬間。

「待て!」

「赤反則!」

「白、反則合わせ一本」

(そうか……そういうことかよ。チッ武道ってやつも日本同様腐ってやがんな)

 再び開始線に戻り、今日子は上段に構えず、ぴたりと中段の構えのまま身動きをとめた。

 もはや今日子のなぎなたからは殺気が消えている。

 暫くして何もできずおろおろするだけの夏美は気が付いた、(まさかそんな、試合内容では私の完敗なのに、まだ続行しろとおっしゃるの? きっと審判から見て対戦相手の得物を落すなんて試合内容が許し難かったんだろうとは思う。たとえ落とされたほうが悪いとしても、私から反則をとろうとしないのはそのためですね。さっきの審判三人の話はきっとそんな談合なんですわ。鈴木今日子を勝たすのが我慢ならない、そんな大人の談合にこの子は、あくまで武人として振る舞うつもり。眩しい、眩しすぎる。ああこんな勝ち方なんて……このまま時間切れになってくれないかしら、そのほうがこの子の抗議になるんじゃないかしら? きっと観客だってわかっているはずですわ。ああでも、きっとこの子はそれを望んでいない、だって審判に抗議のコの字もいわないじゃない? 夏美! しっかりしなさい、こんな素晴らしいライバルと戦い、出会えたことを感謝しなくちゃいけないんじゃないの? 今のわたくしにできる事、介錯をもって終わらすこと)

 無限の時間に感じられる僅かの逡巡の後、夏美はゆっくり上段に構え、怪鳥音の気合と共に今日子の面になぎなたを打ち込んだ。

「一本!」

 三人の審判の白旗が同時に上がり、決勝戦は終わったのだった。

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