今日子の青春1
少し番外編に入ります。無視しても本編は読めますが、より深く理解していただくためにも是非読んでいってください
総合ビタミン剤、総合ミネラルサプリメント、3㎏入りのお徳用プロテイン、グルタミン添加BCAAアミノ酸サプリ(無論アメリカ製)、クレアチン(ドイツ製)、薬局で仕入れた薬品としての単体クエン酸。
無人の女の子の部屋にあり、それらのサプリメントは異彩を放っている。
もちろん、最初からその要素はあった。男の子に混じって遊ぶほうが好きな娘であったし、極端に勝負ごとに熱中する子であった。人生ゲームなんかイカサマやズルをしてでも勝たなければ気が済まず、必ずと言っていいほど勝つのは今日子だ。
だからといって、こんなコンディションを維持し続けるのは危険なことは今日子本人にも分かっていた。
疲れを癒すための入浴はぬるい風呂にゆっくり漬かることだ。血行促進が何よりの回復条件だ。そう今日子は考えている。
風呂からあがり、自分の部屋に戻った今日子は自分の姿を鏡に映し納得の表情になる。
腹筋はシックスパックを作り、俗にいうバッキバキに割れた状態だ。
腕には血管が浮き出て、金繊維のストリエーションすら見て取れる。
スポーツブラの間にははっきりと筋肉としての割れ目が見える。
広背筋に力を籠めるとカニの甲羅のようにみえ我ながらおかしく今日子は一人笑ってしまう。
大腿部は流石にくっきり割れているわけではないが、明らかに女性のそれとは一線を画す。
「一応は仕上げたか……」
かれこれふた月ほど今日子には生理が来ていない。一七歳の今日子にとって、極端な体脂肪率の低下は成功の証であるが、女性の体にとって負担なことは間違いがなかった。トレードオフによって求めた結果なのだ。
「ダイエットは成功したわ、後はここにうっすらと脂肪を付けてやればいいだけね」
コンタクト競技とも呼べるなぎなたにとって極端な低体脂肪は不利な要素でもある。
理想は体脂肪率を低く、それでいて薄く皮下脂肪を纏うことにある。ただ女性の身体は元々それに向いている。今日子は成功を確信した。
鈴木家の最長年齢者である留子は齢八十を過ぎているというのに全く口の減らないばばあで通っている。
ある時、今日子の兄貴の新がトイレにこもっていたところ留子がやってきていう「おいあら坊! いつまでもウンコしてると肥やしになっちまうよ。さっさと出ておいで、ばあちゃん用足すんだから」などという始末。
またあるときは中学生の新の部屋に勝手に入ってどこをどうまさぐったのか、エロ本を探り当て。「あら坊も女の体に興味が出てくるお年頃かい?」などとのたまう。
「ばばあ! 勝手に人の部屋入るんじゃねえ!」
「どればあちゃんの後輩の子に筆おろしを頼んでくれようかねぇ」
こうなっては誰もが閉口するしかない。留子にとって家族の一番嫌なことを言うのが何よりの楽しみであり、若さを保つ秘訣だ。
そんな留子の最近の楽しみはジャニーズ「アラシ」のアイドルことサクショウだ。
留子に言わせると「ばあちゃんはジャニーズの先輩後輩関係が好きなのよ。後輩が先輩の衣装を着たり、コンサートで先輩と後輩の絡みがあったり。上から下に受け継いでいく男同士、爽やかだわ。その中でサクショウちゃんがめきめき頭角をあらわしていったからもうかわいくてかわいくて……」
「なんかばあちゃんの話ってホストに嵌る中年のばばあみてぇだな」そう今日子は返す。
「まあ可愛くない孫だね、でもばあちゃんもまだ中年位には若いってこったね。まだまだこれからさあ」
「ホント口のへらねえばばあだなあ」眉根を寄せて朝飯をかきこむ新。もうすぐ三十になろうというのに今だ実家暮らしの今日子の兄貴である。
この兄貴の指導によって、今日子の身体は作られていった。
たかだか高校生の今日子にサプリメントの知識もましてや筋トレ経験などない女の子にビッグスリーと呼ばれる三大トレ、すなわちベンチプレス、スクワット、デッドリフトを教授し、神経系トレのハイクリーン、スナッチまでも教えた本人だ。
その上で食事の管理をし、ダイエット方法までも教えていた。
兄の新の指導は過酷だ。なぎなたで一番になりたいという妹にぴったりの練習メニューを作ってくれたのだが、その内容はプロアスリートを養成するかのごときものである。
まずは今日子の基礎体力を測る所から始められ、次に筋トレとしてのフォームの習得、使われるべき筋肉の意識の置き方を説明する。
普通の女の子は使われるべき筋肉を意識することは難しい、だが今日子は見事にそれをこなして見せた。
才能ありとみた新は神経系トレーニングのクイックリフトと呼ばれるハイクリーン、スナッチを教える。さすがに習得には時間がかかったが、それも吸収した今日子。だがこの時に今日子は生まれてはじめての肉離れを経験する。あまりの痛みにびっくりした今日子だったが、それを逆手に取り兄の新は一切のトレを休ませ、そのときにクレアチンと呼ばれるアミノ酸サプリを採らせる事にした。
一週間のローディング期間を経て再開されたトレーニングは兄のきつい言葉も混じり出した。
「てめえこの腐れまんこ! その程度の根性しかねえのか? 後一回気合で上げてみせろ!」
そういって例えばベンチプレスに上から体重をかけてくる危険で過酷なものであった。
「きぃぃぃぃぃあああああ~~~!」
女の子とは思えないような気合を込め追い込んでいく今日子。鬼気迫る表情は圧巻だ。口にはマウスピースを噛んでいる、最大パフォーマンスを上げる為だ。兄貴に口汚く罵ってくれと頼んだのだって今日子なのだ。それでさらに追い込めるなら何だってやってやる。それが今日子だ。
トレーニングの後には、いやその最中も付きまとうものがあった。それは痛みである。痛みというより苦痛と言った方が適当か?
その痛みこそが今日子に筋肉を意識させ成長させてくれる材料。
痛みに対する対策も万全だ、アセトアミノフェン、ロキソニンという鎮痛解熱剤と、万が一の為にデパスの後発品も睡眠対策に用意していた。
痛みなくして得るものなしを地でいく今日子だ。その苦痛は一年後に花開く。
「この飲み方って時々むせんだよな……」
朝起きての今日子の最初の食事(?)はプロテインを直接口に放り込み、その後に牛乳をコップを使わずこれまたじかに流し込む。何度も家族からやめろと言われているのにこういう癖はなかなか直らないものだ。
三度の食事はもちろんのこと、昼前とおやつにも今日子は意識して弁当を余分に持っていく。もちろんプロテインとBCAAなども常に携帯している。同級生からは異様な目で見られていることなど今日子は全く意に返さない。友達から誘われてマックにいくことはあってもジャンクフードを口にはしない、今日子にとって食事はトレーニングを支えるためのものであり、身体作りの為のものでしかない。
味など今日子には二の次のことであり、栄養のバランスと、摂取カロリータイミングこそがテーマだ。
ダイエット前の今日子の体系はまるで男性のようで周りからはデブとして見られていたことだろう。身体作りのため、一時的に太ることは避けられないのだ。そんな視線など今日子にとっては怖くもなんともなかった。
今日子の視線の先は真上だ。これを上昇志向というのなら垂直上昇志向という言葉が良く似合う。
最終的に、今日子のスナッチの最高記録は70kgに達し、ハイクリーンには100kgの大台を突破する。
感想、批判お待ちしております。
ブックマーク登録をお願いします。




