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「ねえ、乙女ゲームって知ってる?」
そんな風に恐る恐る話しかけてきのはクラスメートの夢咲さんだった。
私はしばし彼女を見つめる。色素の薄いブラウンの髪が彼女の動きに合わせてサラサラと揺れ、その中でぱっちりした二重の瞳がこちらの様子を伺っている。クラスに埋没するには可愛く、けれど、突出するほどの美少女ではない。
けれど、私の勘は告げていた。
彼女は磨けば光る原石だと。
それもあってかは不明だが、最近は何かと話題に上がり始めた彼女を見つめ返し、しばしの逡巡の後、私は口を開く。
「知ってる。ってか、持ってる」
その答えを聞いた瞬間、彼女の表情がぱっと輝いた。
夢咲さんの手が私の手を問答無用で握り締めた。
「今日の放課後って時間ある?」
「え?何?体育館裏?」
「違う!」
彼女の即座の突っ込みに心地よいものを感じながら,私は首を縦に動かした。
「お願い、相談があるの」
「私でいいの?」
「知念さんだからいいの!」
そんな彼女の熱心な申し出に私は訝しんだ。
私こと知念由利と彼女、夢咲望とはクラスメートという枠組みに嵌りこそすれ、相談を持ち掛けられる程の仲良しではない。
私はしばし考え、ぽつりとつぶやいた。
「ニューヨークチーズケーキ・・・」
「ラビットカフェのだよね!なんだったらロイヤルミルクティーもつける」
打てば響くとは正にこの事。偶然かはたまた誰かに聞いたのか、私の好みのツボを的確についてきた彼女の「相談」を聞くだけ聞いてみてもいいかと思うくらいには良すぎる見返りだと思った。
思ったのはは良かったが・・・。
「実はここ、乙女ゲームの世界で私、ヒロインになっちゃったみたいなの」
「・・・・・・・」
私はロイヤルミルクティーを一口、ゆっくり飲み込んだ後、心の中で大きく深呼吸した。
場所は私のお気に入り、ラピッドカフェ。
ラビットのイメージに互いなく、それなりにファンシーで女子受け間違いなしのこじんまりしたお店だ。ただし、このカフェのオーナーは厳ついマッチョイケメンである。
この店の外観に惹かれて来る女子の約9割は中で仁王立ちする厳ついマッチョに恐れをなしてUターンする。例えイケメンでも厳ついマッチョはダメらしい。
しかし、その試練を通過したものだけが、おいしいお茶とケーキにありつけるのである。
作り手は言わずもがな厳ついマッチョだが。
話がそれた。わたしはカウンターの奥で仁王立ちするマッチョなイケメンをぼんやり眺める。どことなく嬉しそうなのは年頃の女子高生の二人組がここでお茶を楽しんでいるのがうれしいんだろうな、と勝手な予想を立ててみる。
「ねえ、聞いてる?」
その声に意識を戻せば、かなり切羽詰まった様子の夢咲さんがいた。
「いや、ごめん、聞いてたけど、理解できなかったんで、ちょっと現実逃避してた」
だってまさか、明らかにリア充っぽい見た目の隠れオタクが仲間ほしさに声をかけてきたかと思いきや、まさかの
「電波発言なのは重々承知してる」
あ、自覚あったんだ。
「でもね、私、知ってるの」
「何が?」
夢咲さんは一瞬だけぐっと唇を噛んだ。