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婚約者は、私の妹に恋をする  作者: はなぶさ
マリアンヌの真実

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8

表面をいぶしたような金茶の髪をした少年に既視感を覚える。


「――――――お父様、そっくりですわ」


おろおろとした様子の、恐らく母と同年代と思しき女性が慌てて、顔の前で両手を振る。否定しているつもりらしい。

「……私は何と申し上げたらいいのでしょう、お父様。失望したとか、はらわたが煮えくり返るとか、そのような言葉で良いのでしょうか」

父より、休日に時間を作るように厳命されていたからこそ、何か大事な話でもあるのかと思えばこれである。

そもそもが朝から家人(かじん)の様子がおかしかったのだ。そわそわして落ち着かない。

家令など特にそうだった。朝食のときは父の傍に控えていたが、給仕が始まると早々にその場を離れ、その後は一切顔を見せなかった。

父の仕事に関することで皆、忙しいのだろうと思いつつ庭を散策したりして時を待っていたが、いざ約束の時間になっても誰も呼びにこない。

侍女に問えば、自室で待機するようにご主人様から言い含められておりますという返事。時計を見ながら手慰みに刺繍をして待つ。今日は頭を休めたかったので本は読まないと決めていた。

やっと侍従が呼びに来たときには、約束の時間よりも半時も過ぎていたのだった。

「お父様はお忙しいのかしら」

「そのようでございます」

てっきり父の書斎か執務室だろうと構えていたのに、侍従に先導されて入ったのは応接室である。

「誰かお見えになるのかしら……」

室内は整えられていたが、まだ誰もいない。

ならばきっと大切なお客様だろうと軽く身なりを整えていると、部屋の奥にたてられた衝立からそっと顔を出した影が二つ。現れたのはいかにも市井から招かれた様子の一組の親子だった。

目が合うと、ひゅっと身体を細くして飛び出すように前へ出る。

この屋敷に来たこと自体が不測のことであったのか、急ぎで準備したのが分かる女性の衣服。サイズがあっておらず、ウエスト周りが少し余っている。裾も足りない。少年は、服こそ新しいものの履いている靴が汚れていた。どこかちぐはぐな雰囲気だ。

とりあえず挨拶を、と足を踏み出したところで遅れて部屋に入ってきたのが父だった。


「まあまあ落ち着いて、マリアンヌ。きちんと紹介するからまずは座りなさい。二人も、大丈夫だから怖がらないで」

悠然とした態度を崩さない父がソファに座ると、続いて女性が「失礼します」と頭を下げ、こわごわと父の横に並ぶ。続けて少年が腰を下ろした。

「まるで親子のようですわね」と嫌味半分、本音半分呟きながら自分も彼らの対面に座る。

女性はきっと赤の他人であるから当然、父と顔が似ているわけではない。けれど、少年のほうはどうだろう。同性である分、私よりもずっと父に似ている。これで血がつながっていないという説明は無理があるというものだ。

「マリアンヌ」

苦言を呈すような低い声に顔を向ければ「淑女らしからぬ態度だね」と突かれる。

しかし、この状況において愛想よく振舞うというのも難しい。本心は置いておいて、とりあえず謝ったほうがいいだろうと口を開きかければ「……申し訳ありません」と、正面から囁くほどに小さな声が。

「君が謝る必要なんてない」

と、隣の女性に渋面を向ける我が家の主。口調からして知らぬ仲ではないとみえる。かといって、親しいようにも思えなかった。

「お父様の言う通りですわね。私に問題があるのでしょう」

私たちが毒にも薬にもならぬ会話をしている中、侍女が何食わぬ顔で、テーブルにお菓子の入った皿とティーカップを置いていく。ちら、と視線が動いて客人の動向を探っている様子を見れば、このもてなしが前もって準備されたものではないことぐらい察しはついた。


ここに母が居たなら何て言っただろう。


「実はね、お前にずっと黙っていたことがある」

使用人たちを全て部屋の外に出してから、すっと真顔になったその人が切り出す。

張りつめた空気に息が詰まるようだった。こういう気配は久々だ。母が亡くなってからの父は、ひどく寛容でそれが逆に恐ろしいほどだったから。

ここに母が居てくれたらよかった。きっと、私の味方になってくれたはず。


「―――――私はね、この家の正式な跡取りではないんだよ」


咄嗟に何と言われたのか理解できず、相槌すら忘れて我が家の当主を見据える。

「マリアンヌ?」

「……驚きすぎて声が出ませんでしたわ。……今、何て?」

「私はね、この家の正式な跡取りではないんだよ」

「……え、あ……、やっぱりそうですわよね。そう仰いましたよね? 聞き間違いではございませんね」


震える指でティーカップを手に取る。ベリーが沈んだ紅茶はほんの僅かに波立つ心を宥めてくれた。

恐らく私が落ち着くのを待っていただろう父がややあって、ゆっくりと語りだす。

「私には二つ上の兄がいてね」

「……初耳ですわ」

「うん、言ってなかったからね」

「屋敷の肖像画にもそのような方はいらっしゃいません。一度もお目にかかったことはございませんし」

「そうだね。お前は会ったことがない。ただ、肖像については……、ないわけではない」

「あるんですの?」

「ああ、あるんだ。隠しているだけで」

「……さようで、ございますか」

喉が絞られた感覚で、言葉が詰まった。

「それに」

お前が私の肖像と思っているのは、私じゃない可能性もある。


不意に何を言い出すのかと「はい」と返事をした後で「え?」と間抜けな声が漏れた。

あまりに奇妙な話だ。動揺のあまり、父の隣に視線を送ってしまう。素朴な顔立ちの女性がつと、首を傾いだ。一生懸命微笑もうとしている姿がいっそ憐れみを誘う。飴色の髪がふわりと肩に落ちて、そこになぜか母の幻影が現れる。私と同じ髪色をしているその人の。


集中力を欠く私に「そんなに難しい話じゃない」と前置きしてから続けたのは、この家を襲った不運というべきか。

「私が十五のときだよ。兄が行方知れずとなったのは。まず、疑われたのは誘拐だ。しかし待てど暮らせど犯行声明は届かない」

「大変ですわ」

「そうだね。……まぁ、後に分かったことだが、彼は自らの意志で出奔したんだ」

「……何てこと」

「これは我が家の大失態であり醜聞だ。国王陛下から領地をお預かりしている身で跡取りが逃げ出すなど前代未聞」

「はぁ、」

「そういった状況に慌てふためいた両親が考え抜いた末に導き出した結論が、替え玉を据えること」

「はぁ、……?」

自分でもなかなか不器量な返事をしていると理解している。けれど今は体裁を整えるほどの余裕がなかった。


「後継ぎを失ったかもしれないという事態に、まともな思考が働かなかったのかもしれないね。父が私に言ったんだよ。失踪したのは、お前だとね」

「……意味が分かりません」

それはそうだろう、とその人は深く頷き、ソファの端で縮こまっている(暫定)私の弟に「クッキーもあるよ。好きだろう? 食べなさい」と促す。「は、はい」と、テーブルに手を伸ばす少年を何んとなしに見守っていると「そんなに見つめるんじゃない」怖がるだろうと指摘され、顔が中心に寄る。

「あまりに可愛いものですから見ていただけですわ」と本音を漏らせば、誰がそうしたのか息を呑む音が響いた。


「それで? お父様。続きをお願い致します」


「あ、ああ。そうだね……。つまり、私は兄の身代わりなんだ」

「……つまり、とは? 全然意味が分からないのですが。それではお父様がその……お兄様に成りすましたとして、お父様は? お父様ご自身が行方不明になったということですの?」

「まぁ、そういうことだね。とりあえず、病気療養ということにして別邸に引きこもっているという話を作り上げた。―――――元々は、いずれ兄を見つけ出すつもりでいたんだと思う。当初は誘拐も疑われていたし、それこそ血眼になって捜したらしいけどね。一年が過ぎた頃、父はとうとうあきらめてしまった」

生死不明の息子が居たとして、そんなに簡単に思いきることができるのだろうか。

そんな疑問が顔に出ていたのか、父は「うむ」と答えてくれる。


「日記が見つかったんだよ。そこには伯爵家の嫡男として生まれた子供の苦悩が綴られていた。そして、知人に助けを借りて逃げ出す予定だとも」


最後のページにはご両親(つまり私の祖父母)への別れの言葉もあったそうだ。


「結局、私は兄に成り代わったまま。本当の私は静養先で死んだことになった」

「―――――、」

そんなこと許されるのだろうか。

いや、許されない。それこそ国王陛下を裏切る行為である。けれど、正式な跡取りを失ったとなれば、必ず起こるのが跡目争いだ。祖父には二人の弟が居て、正直彼らとの相性は良くない。私が知る限りでも、何度もお金の無心をしてきたようだし、財産のことでもめていた。今はもう破門されているが。

「けれど、さすがに人間が入れ替われば、周囲の方々は気づきそうなものですけれど」

十代の二歳差は大きい。顔が違えば、体格も違ったはず。

「それがね。私と兄はまるで双子のようにそっくりで。なぜか身長、体重も同じくらいだった。それも兄にとっては負担だっただろう」

二つ下の弟と同じ体格ということであれば、同年代の令息たちよりもだいぶ華奢で小柄だったはずだ。引け目を感じたとしてもおかしくない。


「申し上げてもよろしいですか? お父様」

「何だい?」

「お父様と伯父様……、と呼んでいいか分かりませんけれど、お二人の事情を考慮して、入れ替わることが仕方ないことだったとしても、あんまりではありませんこと?」

そのために、父の存在が消されてしまったのは、とても残酷なことのように思える。

生きているのに、死んでいるとは……?


「ところがね、私は……、それでいいというか。むしろ兄に成り代われて喜びが勝ったというか」

「……どういうことですか?」


兄上の婚約者が、お前のお母様だったからだよ。

恥じらいすら見える、あるいは苦笑しているようにもはにかんでいるようにも笑う父。


本当はずっと焦がれていた兄の婚約者が、そのまま自分の相手となった。

それまで己の生まれを不遇と思ったことはないが、兄の境遇を羨んだことならある。婚約者がまだ定まっていなかった自分に比べて、生まれながらに決められた人がいる兄。

仲の良い二人だったから、その子とは何度も顔を合わせていた。目を瞠るほどに愛らしく、気位が高い。頭もよく、誰にでも優しいわけではないが、気を許した人間にはとことん甘い。当時、既にその類まれな美貌が社交界でも話題になっていたものの、気に入ったのはそこではない。惹かれたのは、内面だ。

と、信仰心でもひけらかしているが如く、謳うように語る。


「―――――あの、私は要するに何を聞かされているのです?」

たまらずに口を挟めば、父はにっこりと笑う。

「私は、自分で選んだということだよ」

「……はぁ、」

「お母様がどうしても欲しかった。喉から手が出るほどにね。だから例え、この世から自分の存在が消えてしまうとしてもどうでも良かったんだ。彼女が私のものになることに比べれば、自分が消えてしまうことなんて些末なことだったから」


とんでもない話だ。

もはや何を言っているのか分からない。私はただ、両親のなれそめを聞いているのかもしれなかった。人が一人、この世から消える話を聞いているはずなのに、父は世間話の一つとして、大したことでもなかったかのように消化している。

このままだとらちが明かないので、


「それで? そのお話とこのお二人のことがどうつながるのです?」


と直接的に問う。途端に沈黙が落ちた。

「お母様のことが大切で大切で大切で大切で仕方ないお父様が不義理を働くとは考えにくいことですが、その子のお顔が証明してしまっておりますわ」

気まずそうに顔を見合わせる母親とその息子。

「あの、」と先に口を開いたのは少年のほうだった。

「勘違いされているようですので、訂正させてください」

おどおどした様子だったので、意外とはっきりとした物言いをするものだと感心していると「……やめなさいっ」と、隣に座る女性が控えめに、けれど強い口調で少年の膝を指先で弾く。

確かに。

この場にはそぐわない言動かもしれない。

私はともかく、父は伯爵位であるから、平民の不敬な態度は罪に問われる。

しかし。

彼がもし、父の息子であるならそうはならない。


「そうだね。お前は黙っていなさい」

ぴしゃりと言い放った父の顔を見る。身内にだけはとことん甘い態度を崩さないその人にしては、あまりに冷淡だったからだ。

「お父様?」

声をかけると、ふっと綻ぶように柔和な顔になる。怖いまでの二面性だ。

「まぁ、あまりじらしてもしょうがないから。真実を述べるとしよう」


この子は、兄の子だよ。


「そして、この家の正式な跡取りだ。この子と私の顔が似ているのは、私と兄が似ているからだ」


すっと、背中に風が通る。真冬の寒空の下、石畳に放り投げられたような感覚。

お母様。

無意識に最愛の人の名を呼んで、その姿を捜す。

客人を招くためのこの部屋に来ることはあまり多くなかったけれど、母が、どこに座っていたかは知っている。ソファに腰かけ、招いた方々を丁寧にもてなし、談笑していた。

鈴を転がすように笑うから。誰もが魅了された。

今はそこに、知らない女性が座っている。


「私、合点がいきましたわ」


母はもうどこにもいない。目を閉じても闇が広がるだけ。いつも傍にいると言ってくれたけど。本当はもうここにはいないと知っている。だから私は今、一人で立ち向かわなければならない。


「私の婚約者がなぜ、男爵家のエイヴァンなのか」


エイヴァンのことは嫌いではない。気も合うと思っていたけれど、伯爵家第一位の家付き娘の相手としては少々物足りない。これは私自身がそう感じている、というよりも周囲から何度もそういった指摘を受けていたので、何となくその通りかもしれないと感じていただけなのだが。

触発されるように不満が募る。

両親が私を大切にしてくれればくれるほど「なぜ」という気持ちになったものだ。

娘を大切に想うのならば、もっと伯爵家にふさわしい相手を選ぶはず。その方が、相手にとっても良いだろう。格上の家と付き合うのは骨が折れるものだから、と。

なのに。

父は、エイヴァン以外はあり得ないと言った。


「そうだね。賢いお前ならすぐに理解してくれると思ったよ」




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