14
失意の中、それでも数年かけて魔力を溜め込み、魔法陣を描いて次の世界に飛ぶ。
いつもと同じ作業であり、他に変わったところは何もない……はずだった。
バチンと激しい音をたてて、足元の魔法陣から無数の光が生まれる。四方に散った光の粒は生き物のように蠢きながら、やがて僕自身を呑みこんだ。ここまでは、前回、前々回、それよりも前と同じである。
問題は、その後、だ。これまでとは違うことが起こった。
突然、全ての光が消え去ったのだ。何が起こったのか分からず、ただ様子を窺っていると、発動中の魔術が停止していることに気付く。
そうかと思えば、頭上から闇が舞い降りて、視界が黒く染まった。
足元から崩れ落ちていくような感覚に、背中がゾワリと粟立つ。比喩的な表現ではなく、事実として、僕は「落ちて」いった。
魔法陣の中に取り込まれた、とでも言うべきか。
単純に、魔術が失敗したのだと思った。これでは、次の世界に転移できない。
いつかそうなるかもしれないという覚悟はあったけれど、なぜ、今なんだろう。もっと先でも、あるいはもっと前でも良かったのに。
これで何もかも終わりかと、諦念にも似た感情に支配された刹那―――――、
今度は、エマの声が聞こえてきた。
『私の生まれたところではね、黒い鳥は、幸福と不幸を同時に運んでくると言われているのよ』
「思い出した」という感覚ではなく、まさに今、耳元で囁かれたかのような生々しさに喉が詰まる。
彼女の吐息が、僕の耳を掠めて、襟足を擽った。
こんなところにいるはずもないと分かっている。それなのに、身を捩って、その姿を捜す。
当然、視線の先には無限の闇が広がるだけだったけれど。
―――――これは、どういうことなのか。
次々と展開する「何か」に、心が追いつかない。なす術もなく周囲を窺っていると、何かが、すっと目の前を通り過ぎる。
思わず振り仰げば、それが合図だったかのように視界が開けた。
真っ黒な紙に、白い塗料をぶちまけたような、不思議な光景だ。
黒が、白へと塗り替えられていく。
ちょうど夜が明けるのと同じように、闇が晴れていった。
けれど、太陽に照らされているわけではない。照明などもなく、光源となるようなものは何もなかった。
自然の摂理や、人間が構築した理論など及ばない世界のようである。
明るいというよりも、ただ、白い。
上も下も右も左も、白、白、白。迫り来る純白の世界に、気が遠くなる。
辺りを見回している内に、己の輪郭すらぼやけてきそうだった。僕もやがて、この真っ白な世界の一部となるのだろうか。
そんな考えが頭を過ぎったのも束の間、視界の端に、ふと「黒い点」が映り込んだ。
単なる染みのようにも思えたが、よく見れば、動いている。ゆっくりと、遠ざかっていくようだ。
もしかして、先ほど、僕の鼻先を掠めていったのはあれか。
手足を動かしてみれば、水の中を泳いでいるような抵抗を感じた。が、動けないわけではなかったので、吸い寄せられるように、その「黒い何か」を追いかける。
だんだんと距離が狭まると共に、黒い点だったものは横長になり、やがて輪郭を得ていく。それが一体何なのか判別できるようになるまで、さほど時間はかからなかった。
比例して、胸の内側がどっどっと音をたて始め、治まらなくなる。
翼だ。
横長に見えたのは「それ」が翼を広げていたからだ。
つまり、「黒い鳥」である。
動揺している僕の心情など理解し得ないだろう黒い鳥は、懸命に翼を動かし、どこかを目指していた。
端などないように思える、無限の世界で、どこへ行こうというのか。
声を掛けてみようかと口を開いたら、おもむろに、黒い鳥が旋回を始め、こちらに向かってきた。
黒い翼に、黒い目。嘴まで真っ黒だ。
目の色こそ違うけれど、己が鳥に変化したときとあまりに似通っていた。
まるで、自分自身と対峙しているような気分になる。
しばらくの間、ただ見つめ合っていると、いきなり、その尖った嘴がぱかっと開いた。
唖然としたまま動けずにいる僕に、
「―――――望みは?」と問う。
当然のように人語を操っているが、違和感はない。
望みならたくさんある。だから、返事をしようと思ったのに、いざとなると言葉が出てこなかった。
代わりに、エマが今わの際で語った御伽噺が、甦ってくる。
『黒い鳥は、ある日突然、窓辺に現れて……』
まるで人間のように言葉を話し、1つだけ質問をするのだと。その上で、正しい答えを口にした者には幸福を。そうでない者には不幸を運んでくるのだと、彼女は語っていた。
ただの物語ではあるけれど、黒い鳥はつまり、僕が思うような凶事を占う不吉な存在ではない。
もっと崇高で、もっと大きな力を持つもの。すなわち、神の遣いだ。
この黒い鳥が、そうなのだろうか。
いや、でも。
エマは……、彼女は、あくまでも「僕のこと」を黒い鳥を呼んでいた。
『ライア。私の、黒い鳥』と。
だとすれば、今、目の前に居るモノはただの紛い物でしかない。そして、僕は自分でも知らない内に、神の遣いなるものになっていた、ということか。
まさかそんなことが有り得るだろうか。
あまりの極論に、己でも笑いがこみ上げてくる。冗談でも、自分がそんなものになれるとは思っていない。
それでも。
それでも、だ。ただ純粋にエマの言葉を信じるなら。
僕はまさしく窓辺に降り立ち、―――――イリアの前に姿を見せたのだ。
人の言葉を話し、彼女に問いかけた。
『助けてあげようか?』と。
まるで、エマの語った御伽噺のように。
思い返せば、僕はイリアに対して、これまで何度も同じような問いを口にしてきた。
でも、彼女はいつだってはっきりとした返事をしなかったように思う。
僕たちが初めて会ったときもそうだ。助けてあげると言ったのに、彼女は話題を変えることで返答することを避けた。その後、随分時間を置いてから、ただ「妹を守って欲しい」と口にしたのだ。
まるで返事になっていない。
多分、そんな曖昧なやり取りでは駄目なのだろう。
神の遣いと、運命の選択を迫る問い、それに答える者、正しい回答。
要するに、必要な条件が全て揃ったときにだけ欲しいものを得られる。そういうことではないだろうか。
とは言え、そもそも僕の「問い」は正しかったのだろうか。それに、彼女の回答は?
僕は彼女に、何を訊くべきだったのだろう。そして、彼女は、何と答えるべきだったのだろう。
ぐるぐると考えを巡らせている間にも時間だけが過ぎて行く。
はっと気付いたときには―――――、辺りには何の気配もなかった。
黒い鳥はどこかへ去ってしまい、たった独り、取り残されてしまったようだ。
僕は返事をしそこなかったのか。それとも、初めから僕の返事など必要なかったのか。
何かが掴めたような気がするのに、何も掴めていないような気もして。
もどかしさに、叫びだしそうになる。僕はいつまで「ここ」に居ればいいのだろう。
するとそのとき、劈くような悲鳴が聴こえてきた。
『カ……、ラス!! ……カラス!!!! 一体、どこにいるの……!!!』
あまりに悲痛な声だ。
苦しみに満ちた耳に突き刺さるような声を、僕は確かに知っていた。
「イリア!!」
自分が声を上げたことに驚いて、ひゅっと息を呑む。その刹那、視界が真っ二つに割れた。
白い壁を、ナイフで引き裂いたかのような。
まさに、世界が二つに分断されてしまったような感覚だ。
「イリア!!!」
しかし、そんなことに構ってはいられない。世界が裂けようが、あるいは滅びようとも、僕は彼女のところに行かなければ。
未だに余韻を残すイリアの叫び声が、僕の名を呼び続けている。その声を追えば、やがて辿り着くと分かっていた。
僕にはもう、道しるべたる黒い鳥は必要ない。
「イリア、君を、助けてあげたい」
吐き出した言葉が、どこかへ落ちて行く。
「君を、守ってあげたいし、君を大切にしたい。君とずっと一緒にいたい。君と生きていきたい」
「だから君も、傍にいて。これからずっと、ずっと、傍にいて」
約束してくれる? そう呟いた声が、どうしようもなく震えた。
己ながら何とも頼りない。だけど、それ以上に伝えるべき言葉も見つからないような気がした。
固唾を呑んで、返答を待つ。
静寂よりも、もっと深い沈黙に、心を引き裂かれるようだった。どれ程の時間が経ったか分からないけれど、やがてぽつりと。
「―――――私、貴方と一緒に生きたい」
そんな声がして。
唐突に、ガランガランと激しく鳴り響く、鐘の音が聴こえた。そうかと思えば、二つに割れた世界の、ちょうど真ん中に位置する暗闇に、ぽつんと誰かの姿が浮かび上がる。
身に纏っている真っ黒なドレスには装飾の一つも施されていない。
きつく結い上げられた髪は、鈍い銀色だ。
ふと、こちらを見上げた瞳から、ほろりと涙が落ちる。
その人がまた、『……カラス!』と叫んだ。
嗚咽を漏らしながら、吐き出すように叫ぶ彼女。
よく見れば、そんな彼女と対峙するようにソレイルとシルビアが立っている。二人は、そうすることが当たり前のように寄り添っていた。そんな彼らを前にして、イリアは、僕の名を呼んで泣いている。
背後に見えるのは、誰かの棺だろうか。
一体、どういう状況なのかがよく分からない。
分かるのは、彼女が悲しんでいることだけだ。
だから手を伸ばそうとしたのに、途端に、彼らの姿は消えてしまった。
「待って、待ってくれ、イリア!!」
叫びつつも、もしかしたら今のは、僕がまだ行ったことのない世界に存在するイリアかもしれないと考える。だとずれば、この空間は、まさに神の領域なのかもしれない。
世界と世界が、重なる場所なのだ。
「イリア!!!」
返事をして。そんな思いで吼えるように名を叫ぶと、僕の声に反応するように空気が揺れる。
ヒビ割れの起こっていた世界が、再び一つに戻ろうとしていた。
閉じ込められてしまう予感がして、僕は思わず、世界と世界の隙間に飛び込んだ。
そこは、まさに「混沌」と呼ぶに相応しい有り様だった。
ごうごうと吹きすさぶ強い風。雷鳴のような轟音が鳴り響き、それと共に叫び声のようなものも聴こえる。強い圧力のようなものもあって、今にも四肢が千切れてしまいそうだ。
無意識にもがいていると、何の前触れもなく、闇の中に銀色の光が見えた。
もしかしたら、別世界への入口かもしれない。必死に腕を伸ばせば、指先がその光に触れて、皮膚が痛みを覚える。と、同時に視界がぐにゃりと歪んだ。
そして、
「……え、」
僕は、そこに跪いていた。
森の中だ。鬱蒼と茂る木々が、観察するように僕を見下ろしている。
柔らかな風の吹く大地には、雑草と背の高い広葉樹が混在し、湿った臭いを漂わせていた。空には星たちが瞬いているが、夜明けが近いのか、今にも消え入りそうだ。
全てのものの輪郭が曖昧なような気がして、現実なのか、夢を見ているのか分からなくなる。
けれど、何度か瞬きを繰り返している内に、この世界が急に現実味を帯びてきた。
己が見下ろしているものを、やっと、認識することができたからだ。
月明かりに照らされた「彼女」は、音もなく静かに横たわっている。
曲線を描く白い頬。けれど、生気はなく落ち窪んだ目と、色を失った唇。あまりにも見覚えのある、その顔。
わざわざ脈を確認しなくとも、既に息をしていないことが分かる。
つまり、もう生きてはいないと。
でも、どこかに違和感もあって。
名前を呼びかけて、自身の右手が彼女の胸の真ん中辺りで、何かを握っていることに気付いた。
触れているのは、冷たく硬い何かだ。
正確には、それを掴んでいる。
「な、に……?」
息を呑んだのは、僕の右手の辺りが赤く染まっていたからだ。
それどころか、彼女が横たわっている周辺には大きな血溜まりができている。
「イリア、」
僕が握っているのは、明らかにナイフの柄だった。
「なぜ、どうして、……また、」君は死んでいるのか。そう問おうとした瞬間、バキンッと音をたてて手の平の中のものが砕けた。思わず、身を引けば。
手の平には、銀色の砂礫と、砕けた木片が載っていた。
何が起こったのか分からず、あっけに取られていれば、ふわりと優しい風が吹く。
きらきらと光を放ちながら、天に上っていく銀の砂。
あまりに幻想的な光景に目を瞠っていれば、ひゅうっと大きく息を吸い込む音が聴こえた。
―――――慌ててそちらを見れば、
「……うっ、」という呻き声と共に、突き上げられたように、イリアの細い肢体が大きく上下する。
そして、「……ごほっ!、ごほごほっ、げほっ」と、何度も咳き込んで、ぜえぜえと胸を鳴らす。
何が起こったのか、事態を把握できなかったのはたった一瞬だけだ。
イリアが、息をしている。
ほどなく、彼女の双眸がはっと大きく見開かれた。瞼の向こうから現れた淡い緑色に、光が灯る。
数秒前まで死の底を覗きこんでいただろう目に生気が戻ったのだ。瞳に反射するように映り込んだ無数の星たちが明滅している。
「、イリア」
起き上がろうとする彼女の背に手を添えれば、幻なんかではなく、確かに存在しているのが分かる。
「僕の、お姫様」
振り絞った声が、頼りなく消えた。
はっと息を呑んで反応を示したイリアは、何度か瞬きを繰り返す。そして、きちんと僕に向き合い「どうして?」と問うた。
「どうして泣いているの?」と。
小さく首を傾げる何気ない仕草ですら、ひどく懐かしかった。彼女の頬にこべりついた、恐らく血だろうと思われる汚れを指で拭えば、皮膚の柔らかい感触がした。
前の世界で彼女と別れてから、たった数年しか離れていなかったのに。何十年も、あるいは何百年も会えなかったかのような感覚に陥る。実際、それは間違いではないような気がした。
「……カラス?」
その言葉が合図だったみたいに、胸が潰れてしまうような痛みを覚える。
悲しいわけじゃない。傷ついたわけでもない。だけど、この痛みはそれによく似ていた。
長い長い生の中、どれ程にこの瞬間を待ち望んでいたことだろう。
腕の中に、イリアがいて。彼女が、僕を呼ぶ。
「……私、どうしたの……? さっき、私……死んでしまったかと思ったのに」
そっと抱きしめれば、耳元に響く声。戸惑っているのがよく分かる。僕だって、そうだ。でも、
「やっと」
「やっと、見つけた。僕の、お姫様」
頬を伝う涙が、熱い。その感触に、やっと、自分が泣いているのだと実感できた。
「さっき、貴方の声を聞いた気がしたわ。やっぱり、そう言ってた。僕のお姫様って。……でも、どうして? 私は一度だってお姫様だったことはない。私はいつだって……、」
物語の脇役だったもの、と続けた彼女の顔を両手で包み込む。小さな顔に、意志の強い大きな瞳。
「――――そうだね。でも、僕だってそうだ。僕の人生の主役は、僕じゃなかった。僕は自分の人生を生きてきたけど……、それでも僕の人生の主役は僕自身じゃなかった……」
「どういう意味?」
「僕の人生の主役はいつだって、
―――――君だった」
エマがよく歌っていた子守唄を思い出す。
思えば、あの歌は彼女が語っていた黒い鳥の伝承によく似ていた。
まるで昔話の一説に音をはめたような、不思議な旋律の子守唄だった。
ある国の姫君が、お城の窓からただひたすらに空を見上げているだけの、奇妙で独特な歌。
そんな少女の下に、ある日、一羽の小鳥が現れる。嘴に、白い花を一輪だけ咥えて。
少女は喜んで花を受け取るが、名前も知らない花の長い茎には棘が生えており、その先端は鋭く尖っていた。
そして、彼女は選択を迫られるのだ。
花を、どうするのか。
けれど、歌はここで終わっている。
物語としては未完で、しかし、子守唄としては完成している。意味があるようで、特に意味がない。
初めて聴かされたときは、美しく物悲しい旋律に感心しただけだったが。
今なら、この歌も違うものに聴こえる。
これは多分、僕とイリアの歌だったのだ。
僕の役目は、彼女に花を渡すこと。ただ、それだけの存在。
「僕は主役じゃない。だから、いつも君を救えなかった。いつも、いつも、君を、」
助けられなかったと言えば、イリアは首を振った。
「……いいえ、違う。それは絶対に違うわ。だって、貴方が私の前に現れるとき、私はいつだって救われるのよ。いつだって、何度でも」
「そんな馬鹿な、」
「今だって、そう」
「……今?」
「死に掛けていた私を、貴方が呼び戻した」
「いや、違う、違うよ。君は死に掛けていたんじゃない。君は確かに、死んでいた。けど、」
「ただ?」
「奇跡が起こった」
言葉にすればそういうことだろう。しかし、運が良かったからでも、たまたま与えられたわけでもない。
彼女がここまでくるのには、あまりにも多くの試練を乗り越えなければならなかった。
他の人間よりも圧倒的に大きな壁に視界を阻まれて、前を見ることもできずに、立ち上がることさえ許されず。地面に這いつくばって、
それでも、生きてきた。
果ての無い絶望を繰り返し、生き地獄の中、幾つもの世界を生き抜いてきたからこそ。
奇跡は起こったのだと言える。
それぞれの世界に存在する「それぞれのイリア」が成し遂げてきたことが、「世界そのもの」に影響を与えたのだろう。世界と世界は、互いに影響を与え、干渉し合っているのだから。
そうして、無限に存在する世界の中、僕とイリアは出会うことができた。
「……そう…なの、かしら……?」
納得のいっていない様子のイリアがおもむろに、僕の頬に触れる。相変わらず、冷たいのねと苦笑しながら。「カラスの言う通り、奇跡が起こったのだとしたら……、」と、少し息を置く。
「うん?」
「その奇跡を起こしたのは、神様なんかじゃない」
「……え?」
今度は僕が訝しむ番だ。けれど彼女は、少しも怯むことなく言った。
「貴方よ」と。
貴方以外の誰が、私に奇跡を起こしてくれるというの? と、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。
控えめな微笑に、胸を締め付けられるようだった。
昔から、何1つ変わらない笑い方だ。
優しくて、悲しくて、儚い。絶対に失いたくないと思っていた、彼女の笑み。それなのに、何度も失って。
そして今度は、失わずに済んだ。
「苦しくて、辛くて、悲しくて、立ち直れそうにないことばかり起こって、生きる意味なんてとうの昔に失っていたのに……、それでもしがみ付いてきた」
「うん、知ってるよ」
「どうしてなんだろうって思っていたけれど、私、分かったわ」
「……?」
「きっと、この瞬間の為だったのね」
イリアの浅い緑色の瞳に、朝日が差し込んで、金色の粒が浮かんでは消える。世界の全てをそこに閉じ込めたかのような双眸だ。
彼女の中に、僕の世界が、存在する。
その瞳が、ゆったりと柔らかく僕を見つめた。
「私、貴方と、生きていく」
決意というよりも、既に定められたことであるかのようにはっきりと口にしたイリアは、僕の背中に腕を回した。
「私も、貴方も、幸せになるのよ」
確信に満ちた、だけど優しい声が、僕の心を掬い上げる。
いつだって、何度でも、君が僕を見つける度。その手が僕に触れるとき、君は僕を救うのだ。
「だからもう、どこへも戻らない」




