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婚約者は、私の妹に恋をする  作者: はなぶさ
カリアライア=イグニスの永遠
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12

また、だ。


また、彼女を独りで死なせた。

事故だったのだから仕方ない? いや、そんなはずはない。もしも、僕が彼女と一緒に居たなら、助けられたはずだから。

それとも、例え僕が傍に居たとしても、やはり避けられないことだったのか。

考えてみても答えは出ない。

彼女は既に、亡くなっているのだから。


絶望するには十分すぎるほどの出来事だった。

泣き叫んで、全身を掻き毟って、のたうち回るほどの、痛みと苦しみに襲われる。

目の前に闇が落ちてきて、世界中から全ての音が消え去り、心も体もばらばらに崩れていく。そう。まさに、そういう感覚だった。

だけど、だからと言って、簡単に絶望するわけにはいかなかった。

一度、自暴自棄になると、そこから立ち直るのは難しい。それを、嫌というほど知っていた。

暗闇の中に居て今にも崩壊しそうな精神を、必死になって繋ぎ止める。

イリアを救うという目的の為には、狂うわけにはいかなかったのだ。


別の世界にいるだろう、イリアを捜さなければ。そして、今度こそ絶対に救わなければ。


今更、何を言っているのだろうと自分自身を嘲笑いながらも。

次の世界で彼女に出逢ったなら、こうしようああしようと思案していた。

そういう意味ではもう、僕はどこかおかしくなっていたのかもしれない。

人生に、やり直しなどきかないということを既に知っていたというのに、それでも自分を止められなかったのだから。

泣く暇も、叫ぶ暇も、打ちひしがれる暇も惜しんで、次の世界へ飛ぶための準備を進める。ひたすらに魔力量を増やすことに時間を費やした。

そんな自分を、どこか空恐ろしく感じる。

本来なら、イリアの死を嘆き、悲しみに沈んで、打ちひしがれていてもおかしくないというのに。それどころか、新たに目標を掲げ、邁進している。

いい意味で言えば前向きであるが、その反面、非情で冷酷なような気もした。


だけど。

誰にどんな人間だと思われても、僕はもう一度世界を渡らなければならなかったのだ。


**


彼女の死後、彼女の境遇や家庭環境、人間関係や貴族としての立ち位置、様々な視点から「イリア」という人間を考察してみた。ソレイルやシルビアのことも含めて、彼女がなぜあれほどの婚約者としての立場に執着していたのか。なぜ、妹を守ろうとしていたのか。検討をつけようとした。

分からないことのほうが圧倒的に多かったけれど、いくつか分かったこともあったし、元々知っていたこともある。

だから、次の世界でイリアに会ったときは、もっと上手くやれるだろうと思っていた。

それなのに。


事は、そう簡単には運ばなかった。


僕は浅はかにも、世界を渡れば、イリアと出逢ったその時点から全てをやり直せると思っていた。

愚の骨頂である。

―――――次の世界に渡った瞬間、僕は、違和感を覚えた。

まず、自分が鳥の姿ではなく、そもそも空を飛んでいないことに気付く。

聴こえてくるはずの歌声も聴こえない。ただ、乾いた風がいつも羽織っている黒いマントの裾を浚って、砂埃が舞うだけだ。

視界を奪う粉塵に目を細めながら周囲を見渡せば、足元の砂礫が、ざりっと小さく音をたてた。

右を見ても左を見ても、砂、砂、砂。

植物は生えておらず、生き物の姿形も見えない。雲1つない青空が広がっているだけだ。


『前と、違う』


頭の中を、そんな言葉が過ぎる。

次に『なんで』と思った。でも、答えをくれる人間などいない。

僕は結局、その後、何日も砂の世界を彷徨い歩いた。やがて、どこかの国に流れ着くことになるのだが。

そのときにはもう、僕の転移した世界が「前」とは違うことを理解していた。


「この世界」に、イリアがいないことも。


いや、居なかったというよりも、そもそも存在していなかったのだ。

僕が渡った世界は、イリアが生きていた時代とは違ったのである。

けれど僕は、なかなかそのことを理解することができなかった。

まさかイリアが存在していないなんて―――――、そんなことあるはずがない。そう考えていたから。


次の世界に渡ることを躊躇った理由もそれだ。

万が一にも、イリアが「この世界」のどこかに居るなら。彼女は、過酷な境遇に喘ぎ、苦しみ、誰かに助けを求めているかもしれない。

だとすれば、僕以外の誰が、彼女に手を差し伸べることができるのか。


それこそ、世界中を捜し回った。

彼女の居ない世界で、それでも、彼女を捜し続けたのだ。

時間を無駄にしていることなんて百も承知だったけれど。

それでも、諦め切れなかった。


もはや、常軌を逸していたのかもしれない。

例えるなら、死んだ人間を捜しだそうとする行いに似ている。霊魂の存在を信じて、やみくもにその後を追っているような。目に見えない不確かなものを、探し続けているのと同じだった。

本当はどこにもいないと知っているのに、何年も……あるいは何十年もの間、彼女を捜し続けて。

やっと見切りをつけることができたのは、いつのことだったか。

後ろ髪を引かれる想いだったけれど、全てを振り切るようにして、再び、世界を越えた。


しかし「今度こそ」という僕の想いは、再び、あっけないほど簡単に裏切られることになる。

つまり、転移した先の世界にも、イリアはいなかったのだ。

今度は、時代が違っていたわけではなく、ただ「彼女だけ」が存在しない世界だった。


シルビアも、ソレイルも、彼らの両親も確かに存在していて。見覚えのある侍女、侍従も居た。

なのに、イリアだけがどこにもいない。

色々探ってはみたけれど、彼女がこの世に誕生したという証は何もなく、要するに、彼女は母親の腹に宿ることさえなかったのだと知る。


そんなことが有りえるのだろうか。


訳が分からず、今にも悲鳴を上げそうだった。

いい加減にしてくれと泣き叫んで、のた打ち回り、世界の全てを呪ってしまえれば。僕も少しは気が済んだかもしれない。

でも、そういう負の感情と同時に、苦しみや悲しみ、怒りすらどうでもいいと思えるほどの焦燥感が僕を駆り立てる。

時間なら幾らでもあると思い込んでいた頃も、もはや遠い。


―――――次の世界に飛ばなければ。

早く、早く、早く。


いつからか、耳の奥で、イリアの嗚咽が響く。

苦しくて仕方ないと、泣いている。

もはや1つの世界で足踏みしている場合ではない。悲しむ時間すら惜しんで、幾つかの世界を巡った。

そしてやっと―――――、彼女を見つけたのだけれど。


結論から先に言えば、僕は彼女に何もしてあげられなかったということだ。

なぜなら彼女は、既に、死にかけていたから。


とある娼館窟の一室に、彼女は居て。ただ「死」を待っているだけの状態だった。

古びたベッドの上で酷い咳を繰り返していた彼女はすっかりやせ細って、意識も朦朧としていたようだ。痛みや苦しみから逃れるためなのか、一日のほとんどを眠って過ごし、夢と現を行ったり来たり。

それでも客を取らされることもあったみたいだから、人間というのは本当にどうしようもない。相手がどういう状態でも関係なく、欲を満たそうとする生き物なのだと、吐き気を催す。


そんな現実の中で、ただ搾取されるだけの彼女。

救いの手さえ求めることのできないその姿で、生きる気力すら失っているように見えた。


「イリア、何か、欲しいものある?」


乾いた唇を、湿らせたタオルで優しく拭う。今の僕は、彼女の世話係だ。

彼女はベッドに横たわったまま、ぼんやりとした目で僕の顔を眺める。

そして、小さく首を振って、耳を澄ましていなければ分からないほどの微かな吐息を漏らした。まどろんでいるような顔に、ただ、今日はいつもより調子がいいのかもしれないと思った。

このまま眠らせてあげようと、そっと身を引く。


すると彼女は「……貴方が、いれば……何も、」と唇を緩ませた。


うっとりしているかのような、声音。

それが、僕に対しての言葉だったら、どれほど嬉しかっただろう。

でも、そうじゃない。

思わず沈黙したのは、その後に彼女が何と続けるか分かっていたからだ。


「……ソレイル、さま、」


愛する人の名前を呼ぶとき、人はきっと幸福感に包まれるに違いない。

だって、今の彼女が、まさにそういう顔をしている。

彼女の小さな唇から零れ落ちた声が、どこかにころころと転がっていくようだった。

ガラス玉のように儚い、言葉の欠片。煌いているのに、刃のような鋭さを伴う。

その切ない声音を指で拾うことができたなら、どこかに隠しておいたのに。

イリアに見えないように。イリアが、見つけられないように。

聞かなかったことにできたなら、どれ程、良かっただろう。

苦しいと、思った。


ただ、苦しいと。


「……僕は、君を捜していたんだよ。ずっと、ずっと、捜して……だけど、どこにも居なくて」


眠り込んでしまった様子のイリアには、僕の声など聞こえていないはずだ。

それでも、彼女の痩せた顔から視線を剥がすことができず、語りかけてしまう。


「君の居ない世界を、君を、捜して……、」


だからどうした、と問われれば、返す言葉もなかった。

外界から分断された、この小さな部屋で。病に冒されながらも、夢に見るのは「彼」のこと。

イリアが、ここで誰を待っているかなんて、考えなくても分かる。

なのに、胸の真ん中が痛くて。

内側から締め付けられるような感覚に顔が、醜く歪んでいく。

今にも泣いてしまいそうだった。


「君を見つけたのに……、やっと見つけたのに、君は、どこにもいない……」


「……どこに、いるの……?」


僕の知っているイリアは、僕を知っているイリアは、ずっとずっと昔に自ら命を絶った。

細い首にかけられた、布の感触を覚えている。

シーツを裂いて細くしただけの、どうにかすれば破れてしまいそうに脆いものだった。

彼女が急いで、死ぬ準備をしたのだと分かる。いつだって用意周到だった彼女が。あのときだけは、急いでいたのだ。


どうしても、生きられなかったから。


そんな彼女を救う為に、様々な世界を渡り歩き、彼女を捜し続けてきたわけだけれど。

もうとっくに理解している。

救いが必要なのは、イリアじゃなくて、僕の方だ。

あのとき、イリアを死なせてしまった自分を、どうにかして救い上げたかった。


こんな僕を知ったなら、イリアは何と言うだろう。失望するだろうか。

訊いてみたいけれど、彼女は僕のことを何も知らないのだから意味がない。


前の世界から転移した僕は、なぜか娼館窟の近くに降り立った。

初めは、どういうことなのか意味が分からず、立ち竦んでいたけれど。誰かに呼ばれたような気がして、とりあえず娼館に忍び込んだ。

鳥の姿であれば人目を避けることができる。

広いとは言えない娼館窟を飛び回り、やがてイリアの部屋を見つけた。

ベッドでうたた寝をしていた彼女の姿を見るなり、人型になったのは、性懲りも無く期待したからだ。

物音で、はっと目を覚ました彼女が、僕の名を呼んでくれると。


どうか、僕のことを知っていて。切望するように、彼女を見つめた。


けれど、薄緑の美しい彼女の双眸は、みるみる内に恐怖の色を浮かべて。

次に、穴が空いたみたいにぽっかりと口を開いたイリアは、引き攣れるような悲鳴を上げた。

それどころか「もう嫌だ」と首を振り、病気で痩せ衰えた体を転がすようにして、逃げようとする。

思わず伸ばした手も、勢いよく振り払われてしまった。

嗚咽の間に交じる単語をつなぎ合わせてみれば、僕のことを、客だと勘違いしているようだった。

とりあえず少年の姿を取ったのは彼女に証明するためだ。

僕は客ではないと。カラスだと。


君の、カラスだよ、と。


ただひたすらに何度も、呪文のように繰り返した。

だけど、彼女には理解することができなかったのだ。カラスというのが、僕の名前だということを。

錯乱しているからか、あるいは、病のせいなのか。もしくは「この世界」を動かす何かが邪魔をしているのか。ともかく、


眠っているときにすら、彼女は、ここにはいない人間の名前を呼ぶというのに。

目の前にいる僕の名前は、呼んだことがない。ただの、1度も。


幾つもの世界を巡って、やっと、この場所に辿り着いたけれど。

まるで、ここは僕の居場所ではないと言われているようだった。


「ソレイルさま、」


満足に明かりさえ灯すことのできない、穴ぐらのような暗い部屋にイリアの声が響く。

幼い子供みたいに頼りない声だった。他に頼るものなど何もないと言っているかのような。

彼女を追い詰めたのは間違いなく彼だというのに、それでも、最期の最期までその名を呼び続ける。

その名前しか、知らないみたいに。

馬鹿みたいだ。それに、あまりに愚かだ。


「イリア。大丈夫だよ。傍にいる。傍に、いるからね……」


……そう。愚かだけれど。

ああ、そうだ。知っている。

真実、愚かなのは。情けないのは、悲しいのは、寂しいのは、イリアじゃなく、僕自身だと。

この世界でただ一人、誰にも必要とされていない人間は、僕だけだ。

「イリア、」

自分の声が震えていることに気付いて、声をかけるのを止めた。

小さな寝息をたてる彼女の眠りを妨げてはいけないと、そう言い聞かせて。


目を閉じれば、眦が熱くなる。


泣きたい。けど、泣きたくない。泣くわけにはいかないし、そんなの許されない。

かつて、彼女を殺したのは僕なのだから。

全ての発端は、あの日、彼女が死んでしまったことによる。

だから、未だにソレイルの名を呼び続ける彼女を前にして、寂しいと思うのは間違っている。

間違っているけど、


「寂しい、」


喉が、ひくりと震えた。

触れれば壊れてしまいそうなほどに細いイリアの指先にそっと触れる。これほど近くに居るのに、随分と遠い。


同じ世界にいるはずなのに、僕たちは違う世界を生きている。




「―――――お嬢様……!!」


イリアの世話をしながら、かつて彼女の護衛を勤めていた男を捜し出したのは、ただ単に会わせてあげたかったからだ。

彼女の人生において唯一、本気で信頼を寄せていたはずの騎士だからこそ。

互いの顔を見せてあげたかった。

彼らの間にどのような感情があったかどうか定かではないが、時に親愛と呼ぶものが、恋愛感情さえも凌ぐことを知っている。


それに、死に行く彼女が、本当に会いたいと思っているだろう人物―――――、つまりソレイルへの繋ぎとしても必要な人間だとも思った。

現在は、侯爵となっているだろうその男。元貴族といえど、まさか、娼婦に落ちた人間がそうそう簡単に顔を会わせることにできる人間ではない。


前の世界から、いきなり娼館窟の前に転移してきた僕には、地理的な情報が何もなかったので、イリアの生家を探し出すのも簡単ではなかったけれど。

鳥に化身できる、己の特性を生かした。上空から貴族が住まう地域を特定したのである。

それから僕がやったことは少ない。

騎士としてそれなりの地位を築いていたらしい金髪の男の居所は、簡単に掴むことができた。

その男に、イリアの居場所を知らせた。もちろん、話したわけではない。

鳥の姿で、足首にイリアの髪を巻き付けて、彼の頭上を飛び回ったのだ。


男には、栄養が足りずに褪せて細くなった髪でも、それが誰のものか察しがついたらしい。

何度も旋回を繰り返す僕の後を、何の疑いも抱かずに追いかけてきた。

そうしてくれるだろうとは思っていたけれど、必死な形相で僕を追いかける騎士の姿は、控えめに言って紳士とはほど遠く。それほどに待ち望んだ知らせだったのだろう。


僕の知っている彼よりも、随分年を重ねているように見えた。

主が出奔してからは、相当な苦労があったと推察できる。

それでも、その眼差しに残る一筋の光のようなものは、希望を失ってはいない。


今でも、ただ一人と決めた主に心を捧げているからだろう。


何となく、そう感じた。だからこそ、僕は心を決めたのだ。


帰してあげよう。

彼女を、家に。

彼の元に。



帰してあげよう。



「ああ、ああ!何てことだ……!何てことだ…!!」


男の悲鳴のような声に、はっと我に返る。

僕はただ息を潜めて……というよりも、気配を殺して部屋の隅に立ち、イリアが男に抱え上げられるのを見ていた。

彼女のあまりにやせ細った体を薄汚れたシーツが包み込んでいる。

そのせいで、僕が立っている場所からは、彼女がどんな顔をしているのか窺うことはできない。

けれど、


「……ア、ル……?」


確かに、そんな声が響いた。

何度も頷く騎士が、迎えに参りましたと返事をするのが聞こえる。

そのときにはもう既に、彼らは部屋を出ようとしていて。僕は、そんな2人を見守ることしかできなかった。

しかし、イリアを腕に抱いた騎士が、部屋を出ようとしたその瞬間。

はらりと解けたシーツの奥から彼女が顔を出す。

目が、合ったような気がした。


だから僕は、声もなく呟く。


―――――良かったね。


本当に、良かったと思っていたから。彼女が、こんな狭い場所で最期を迎えなくて済んで良かったと。

きっと、騎士が彼女を連れて行く先は、当たり前に暖が取れて、薄いからだを縮こまらせる必要もなく、体の節々が痛むようなベッドで横になることもない。

ここにはないものが、何もかも用意されている。

彼女が本来、居るべきなのは、そういうところだ。


「……良かった」


イリアと騎士が去って。完全に閉ざされた扉を見つめながら、もう一度、今度ははっきりと言葉にする。

良かったと、心底そう思うのに。なぜかまた、僕の胸は痛んで。

指先が勝手に、彼女の温もりを思い出して震えた。

力を込めれば潰れてしまいそうなほどに薄い手の平。ひび割れた爪と、水分を失った皮膚。

貴族だった頃は、きちんと手入れをしていただろうその手。

かつて彼女のものであったはずの美しい指先は、ピアノの鍵盤を叩く為のもので、あるいはダンスのときに誰かの手を取る為のもので、もしくは優雅に食事を取る為のものだったかもしれない。

ガラス細工のように繊細な指先と共に、失ったものはたくさんある。

もう2度と元に戻ることはないだろう。

それなのに彼女は、

『私の手、おばあさんみたいね』と、子供みたいに笑っていた。

僕の手に重ねた自分の手を見て、それから、『貴方の手は、小さい』と目尻を緩ませて……。


ああ、どうして。

どうして、悲しいのだろう。


これで良かったと思うのに。



―――――それから彼女は、一月もしない内に息を引き取った。

ソレイルやシルビア、それと彼らの子供たちに見守られながら、実に静かな最期を遂げたと思う。


僕はそれを、窓の外から眺めていた。


娼館窟のような、人間の尊厳など皆無だと言える場所で最期を迎えることにならずに済んだ。それだけが救いだった。

あんな場所で、たった独りで死ぬなんて。

そんなこと、あってはならない。


あってはならないのに。

狭くて、汚くて、ベッド以外に何もないようなあの部屋のことを思い出す。


何度も。


何度も。


繰り返し。

繰り返し。






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