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婚約者は、私の妹に恋をする  作者: はなぶさ
カリアライア=イグニスの永遠
51/64

11

―――――運命というのは、初めから決まっていることであるのにも関わらず、予見することができない。


イリアを失ってから、たった数日後のことである。

街中をふらふらと彷徨っていた僕の視界に、見覚えのある横顔が映り込んだ。

距離にして、腕を伸ばせば届くほど近いところを「彼」は横切った。


息を呑む。


一瞬、何が起こったのか分からなかった。思わず周囲を見回したのは条件反射というやつか。

けれど、相変わらずの喧騒があるだけで、変わっているところなど何もない。忙しく足早に通り過ぎる商人や、立ち話をするご婦人、走り回る小さな子供。

つい何日か前、花を買うためにこの道を通ったときと全く同じ光景が広がっているだけだった。

再び前を向けば、まるでタイミングを計ったかのように「彼」が振り向く。

その目元が柔らかく笑んだのを見て、確信した。

やはり、知っている顔だ。年相応とは言えない、あまりに若い印象を残す相貌や、軽薄そうな笑みを覚えている。


でも、なぜ。


僕は必死に駆け寄って、その人物の腕を掴んだ。……いや、掴もうとしたのだけれど上手くはいかなかった。

思わず「待って、」と口走る。しかし、彼は歩みを止めることなく、ただこちらに視線を向けるだけだ。

そんな彼の前を、小さな子供が勢い良く走り抜ける。

てっきり、ぶつかってしまうと思ったのに、彼はやはり立ち止まることなくずんずんと歩いて行った。

僕がその背を見失いそうになる度、彼の目がこちらを向くのが不思議だ。語りかけてくることはないが、まるで、着いて来いと言わんばかりだった。


たくさんの人間が行き交う街中で、余所見をしている彼。だというのに、誰にもぶつからない。

するするとした足取りには重みすら感じられず、瞬きをしている間に消えてしまいそうなほどの薄い存在感はまるで、夢か幻のようだ。

導かれるようにしばらく歩き続けていると、やがて小さな教会の前に辿り着いた。

彼は、中に入ることなく扉の前に立ち、ややあって振り返る。


「……どうして、」


彼を追いかけている間、たくさんの疑問が頭をもたげたけれど、上手く言葉にはできなかった。

纏わりつくような沈黙が重くのしかかる。

こちらに向けられている視線は、決して鋭いものではなかったけれど、ひどく居心地が悪い。


「どうして、か。私は、その質問に対する答えを持っていません」


言葉を詰まらせた僕とは違い、彼はにこりと笑んで首を傾いだ。余裕すら感じさせる、あまりに「普通」な様子は、逆に違和感を呼ぶ。

何年も、いや何十年、あるいはもっと長い間、顔も見ていなかったというのに。

まるで、昨日別れた友人のような気安さだ。


医師せんせい。貴方は……、なぜ、ここに? というより、なぜ、まだ、生きて、」


明らかに混乱して、まともに話すことができない。そんな僕を見て、愉快そうに目を瞠るその人。

愛嬌すら感じさせる表情は、どこか滑稽でもある。

実際、この邂逅は、笑い出したくなるほどに奇妙なものだった。

なぜなら、今こうして向き合っている人物は、当にこの世には存在しないはずだからだ。


初めて出会ったのは、僕が父の魔術を受けてすぐのこと。

ベッドに臥せっていた僕を診察してくれた。

あれから一体、どれだけの歳月が経過しているのか。考えても、すぐには分からない。


「……その質問に対する答えを、私は持ち合わせてはいないのだけれど……、それでは逆に、私の方から君に1つ質問しましょう」

「え?」


あまりに唐突な展開だ。問いかけたのは僕だったはずなのに、いつの間にか立場が逆転している。

「ちょ、ちょっと待って、待ってください」

一旦、会話を打ち切ろうと声を上げるけれど、彼は相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま言った。


「―――――君は、神を、信じていますか?」


一瞬、世界中から音が消えてしまったような沈黙が走る。

男が何を言ったのか、全く理解できなかったのだ。

けれど、1つだけ息を呑み込んだ後には、胸の真ん中あたりからこみ上げてくる怒りのような感情に支配された。この期に及んで一体何を聞いてくるのかと、大声で喚きたくなる。

それこそ、僕の身に何が起こったのか、何もかもを知っているはずなのに。


こんな所業は、神でなければ為せぬはず。

かつて、そんなことを口にしたのは彼自身だった。


だからこそ、これほどに感情を揺さぶられる。


「……、」


すぐにでも返事をしようと思った。

けれど、浅く開いた唇から漏れたのは小さな吐息だけだった。

神を信じているからこそ、神を憎んでいる。その強烈な感情に支配されたのは、たった数日前のことだ。

そうであるにも関わらず、どこかで神の存在を否定しようとする自分も居る。


神とは、これほどに無慈悲なのか。非道で、残酷で、残虐で、ほんの少しの優しさも見せてはくれない。

そんな存在を、神と呼ばなければならないのか。


思わず罵声を口にしようとして、吐き出しそうになった言葉を呑みこんだ。

音にならなかった声は、喉の奥で黒い靄となる。体の中に、おりが溜まっていくようだった。


そんな僕を見つめる男の双眸は、どこまでも凪いでいる。


「この世界を作り上げたのが神であるなら。私は思うのです。神という万能の存在であるはずの「それ」が、果たして世界を1つしか作らなかった、などということがあるのだろうかと」


やけに回りくどい言い草だ。すぐには頭がついていかない。

けれど彼は、僕の答えなど初めから必要としていなかったのか、すっと視線を逸らす。

その眼差しを追えば、そこには、雲1つない青空が広がっているだけだ。


「世界は、1つではありません」


―――――1つでは、ない……?


やはり、意味不明だ。真意を探ろうと、再びその柔和な顔を見やれば、彼は笑みを深くして。

それと同時に、ごおっと突風に襲われる。足を掬われるような激しい風の勢いに、声を奪われた。

砂埃が入ってくるので、僅かにも唇を緩めることができない。


やがて、少しだけ風が止んだ隙に瞼をこじ開けたけれど。

狭い視界の向こう側にはもう―――――誰もいなかった。

ただ、たくさんの白い羽が舞うだけだ。

幻想的で美しいとも思えるが、この羽がどこから飛んできたのかと考えればいっそ不気味でもあり、異様でもあった。

無意識に、背中を小さく震わせる。


きょろきょろと視線を彷徨わせていれば、まるで狙ったかのように教会の鐘が鳴り出した。

面白いほどにびくりと肩が竦む。すると扉が開き、教会の中に居たらしい信徒たちがぞろぞろと出てきた。

その誰もが、扉のすぐ前に居る僕に訝しむような視線を向ける。

警戒しているのか、それでも僕に声を掛けてくる人間はいない。

子供たちが、真横をすり抜けていって。

耳障りのいい、その無邪気な声に、覚醒を促された気がした。


僕は、白昼夢でも見ていたのだろうか。


そもそも、普通に考えて「彼」が今も生きているなんてことは有り得ない。

僕と同じような存在なのだろうか。でも、どこか違う気もする。

だとすれば、アレは一体、何なのか。


「……いや、違う」


重要なのは、彼が「何」なのかではなく。彼が発した言葉の方だ。

大事なことを見誤ってはいけない。ここで間違えば、僕はまた大切なものを失うことになる。


考えろ。考えろ。考えろ。


「世界は、1つではない」


まるで記憶に刻まれるような、強い印象を残す言葉を繰り返す。

医師の姿をした「アレ」は多分、それを伝えたかったに違いない。

そしてそれは、僕にとってとても重要な意味を持つのだ。

いつの間にか、誰もいなくなった教会の前で目を閉じる。

空気を震わせるように鐘を鳴らしていた教会も、既に静けさを取り戻していた。


1つ、2つと、息を吸っては吐き出し、普通の人間みたいに深呼吸を繰り返す。

そうしている内に、頭の中が冴え渡り、ある考えが浮かんだ。

もしも。もしも、だ。彼の言っていることが真実であり、そして、真理だとすれば。

同時に、複数の世界が存在していて、それぞれに「自分と似た」あるいは「自分と同じような」人間が存在しているなら。


例えば、こういうのはどうだろうか。

イリアは何度も同じ過去を繰り返していると言っていたけれど、もしかして彼女は、過去に戻っているのではなく、異なる世界を渡り歩いているだけなのではないか。

思念だけか、あるいは「魂」と呼ばれるものが、違う世界に飛ばされているとしたら?

もしくは、異なる世界に存在する自分と、意識を共有しているとしたら?

そう考えた方が辻褄が合うような気がした。


普通に考えれば。

人生をやり直す度に不幸な結末を辿るというのは、おかしなことである。

なぜなら、同じ過去を繰り返しているということはすなわち、未来を予見できるも同然だからだ。

だとすれば、彼女は不幸になるはずがない。

もともと彼女には、自分を救うだけの高い能力がある。

顔色から他人の心情を読むのが得意で、ソレイルの婚約者として培った貴族としての教養や知識は、自身を助けるのに一役買ったはずだ。―――――本来ならば。


けれど、イリアはいつも、失敗する。


それはつまり、彼女の周囲に居る人間が、過去に存在していた人達と違うからではないか。

あくまでも同じ顔をしているだけで、中身が別人なら、彼らの行動を予測することはできない。

だから、これから何が起こるのか予見することができなくて当然だ。


世界が違うというのはつまり、そういうことなのではないか。


周囲の人間が「まるで別人のように振舞っている」のではなく、真実、別人なのだとすれば。

―――――そう考えたら?

あまりに突拍子もない考えであるし、単なる仮説に過ぎない。そもそも、先ほど聞いた言葉を、僕が正しく理解できているかどうかも怪しい。


しかし。

過去に戻ることはできなくとも、もしかしたら、世界を越えることはできるのではないか。



そんな考えが頭を過ぎった。



**


とにもかくにも、無謀なことをやり遂げるのに必要なのは忍耐だろう。

考えをまとめるのにも、計画を練るのにも、それを実行に移すのにも、とにかく時間が必要だ。

けれど、この点において、僕は生まれて初めて己の境遇に感謝した。


なぜなら、時間なら、有り余るほどにあったのだから。


すなわち、常人には考えられないほどの時間を消費して、世界を越えるための術を編み出したのだった。

そして、思考に費やした時間に反して、自分でも戸惑うほどにあっさりと魔術は発動したのである。

あっけないと言えば、僕は、あっけないほど簡単に「世界」と「世界」の壁を踏み越えた。


気づけば、空を飛んでいて。

戸惑っていると、視界が大きく傾いた。慌てて両手を動かせば、変わりに羽音が響く。

術が成功したと分かったのは、その瞬間だった。


確かに、世界を越える前は人の姿を取っていたはずだけれど。それが、どうだ。今は、鳥になっている。

意識もしないまま、己の姿が変わっていることに多少なりとも動揺していた。

それと同時に、風の感触と、目に映る広い青空と、遠くから聴こえる淡い旋律が、僕の心を揺さぶる。

寂しそうな子守唄は、紛れもなくイリアの声だった。


僕の目と、耳が、記憶を呼び覚ます。

彼女と出会った「あの日」だと、誰に確かめるまでもなく理解できた。


けれど、ここは別世界であり、似て非なる世界であることに間違いはない。

なぜなら、僕が作った魔術は世界を越えることができても、時間を戻すことはできないからだ。

ゆえに、僕はとても慎重だった。

失敗することなど許されないと知っていたから。

大幅に何かを変えれば、その後に発生する出来事への影響も大きくなる。……それが怖かった。



「貴方、変だわ」


そう言って微笑む彼女。

新しい世界で、イリアと顔を合わせてから数ヶ月。

「この世界のイリア」が僕のことを知っているのではないかと期待したりもしたけれど、彼女は当然、僕を知らなかった。

確かに、無数に存在する世界のどこかには、僕を知っているイリアも存在しているかもしれない。

だけど、「僕を知らないイリア」が存在する確率の方が高いだろう。

だから、今目の前で微笑んでいる彼女だって、僕にとっては知らない人も同然だ。


それなのに。


「僕からすれば、君の方がずっとずっと変わり者だよ」そう言って、ふんと鼻を鳴らせば、彼女は少しだけ目を瞠って沈黙する。その後「そうね。私はやっぱり変なのね」とどこかで聞いたような言葉を口にした。


何もかもが同じだった。

彼女も、僕も、ソレイルやシルビアだって姿かたちが同じであり、取り巻く環境も何もかもかつてと何1つ変わらない。彼女が、僕を知らないことを除いて。

彼女と過ごした時間は全て塵となって消え失せたのだと思い知らされる。

思い出の欠片さえも、彼女の中には残っていない。


ただ―――――、イリアが息をして、笑って、生きている。

それだけが全てで。


救いたかった。絶対に。世界が違ったとしても、彼女が、僕の知っている人ではないとしても。

イリアという人間を、今度こそ救いたかったのだ。

本当は、人浚い同然に、彼女をここから連れ出せばいいと分かっていた。けれどそれでは、彼女を救ったことにならない。

重要なのは、暗闇に沈む彼女の心を、掬い上げることだ。


「―――――なぜ、愛されないのか、考えてみたことはある?」


彼女が1人きりになったときを狙って、そんなことを訊いてみる。

昼間だというのに、薄暗い書庫の片隅で。他に誰もいないことを確認してから、そっと声をかけた。

分厚い蔵書に視線を落としていた彼女は、僕が書庫に入ったことすら気付かなかったのだろう。

はっと、身を引くように顔を上げて、僕の姿を認めると共に大きく息を吐き出した。


「……急に、どうしたの?」


イリアは、眉を寄せて、困ったように笑った。愛嬌の感じられる表情だ。

普通なら、不躾になんていうことを訊くのかと激高するところかもしれない。

彼女がそうしなかったのは、僕の言葉に少なからず同意する部分があったからだろう。

それに、思ったよりも彼女は、僕のことを受け入れているのかもしれないと感じた。警戒している相手と込み入った話しをする人間はあまり多くない。


「人を愛することに理由がないのと同じように、愛されないのにもまた、理由がないのかもしれないと思ったことはない?」


返事がないのを良いことに、たたみ掛けるように問う。

イリアは視線を逸らすように、インクで黒く染まった爪先を見つめた。

普段はそれこそ、ペン先が紙を引っ掻くがりがりという音が止むことはない。けれど、今日は沈黙している時間の方が長いようだ。

きっと、疲れているのだと、見ているだけの僕にも分かる。

あるいは、信念というものが揺らぎ始めているのかもしれない。

努力すれば、足掻き続ければ、手に入ると信じていたものは、どうやっても手に入らないのだと。


何を考えているのか、ぼんやりと指先を見つめたままの彼女。


「……愛に理由がないのだとしたら、君のやっていることは無意味なのかもしれないよ」


だから、もう何もかも手離して。

口にはしなかったけれど、ほとんど懇願するような想いだった。

誰かに奪われるのではなく、自ら何もかもを手放すのは、似ているようで、全く違う。

果たしてそれが、彼女に伝わったかどうかは分からないけれど。

ふと顔を上げたイリアは、微笑むように、すっと口角を上げた。そして、「そんな顔をするなんて貴方らしくない」と、指先で僕の頬を突いた。

おどけるような仕草だ。でも、その顔に浮かんだ微笑が偽者だと知っている。


「無意味だって分かってるのよ」


独り言のように呟いた声が、他に誰もいない静まり返った書庫に響いた。

だったらもう止めればいい、と続けようとして止める。

「その顔、やめてくれない? くじけそうになるわ」と、冗談とも本気とも取れるようなことを口にした彼女は、気が抜けたように表情を緩めた。

その子供みたいなあどけない顔に、たまらなくなる。

だから、思わず口にしていた。


「僕と一緒に行く?」


深刻さなんてどこにもない、軽口でも叩くような僕の声音。意識してそうしたわけではない。でも、それで良かったと思う。


彼女は「どこへ?」とは訊かなかった。

多分、行き先など決まっていないと知っていたのだろう。

しばらく逡巡したものの、結局、僕の言葉なんて無かったかのように、彼女は再び手元に視線を落とした。

そして、何も言わないままペンを動かす。

真っ白な紙が、黒く染まっていく様は、いっそ圧巻なほどで。

苦しみ、もがいているようにも見えた。あくまでも、僕の独りよがりな想像だ。


尖ったペン先が傷つけたのは、紙だったのか、あるいは彼女の心だったのか。


このときの彼女が何を考えていたかなんて、僕には知りようがない。

ともかく、失敗に終わったかのように見えた僕らの対話は失敗に終わったようだった。

だけど彼女自身、何か思うことがあったのだろう。

この、わずか数日後のこと。


「……私、貴方と一緒に、どこか遠くへ行きたい」と、彼女は言った。まさに、虚をつかれた思いがした。


何の脈絡もなく、いつもどおり深夜の密会をしているときのことだ。

恐らく面食らったかのような顔をしていただろう僕に「でも、いきなり全部を投げ出すわけにはいかないから、少しだけ待って」と笑う。

そして、ベッドに腰掛けていた僕の前に立った。

見下ろされる形になって、彼女の顔には暗い影が落ちる。


「黒い鳥が凶事を呼ぶなんて、そんなの嘘に決まってる」と告げた彼女が、どんな顔をしていたのか、僕は知らない。だけど、


「だって、私はこれから幸せになるんだもの」と続けられた言葉には悲壮感などどこにもなかった。


胸の真ん中が、ぎゅっと傷んだ。

そこにはかつて、心臓と呼ばれるものがあったと思い出す。

小さな明かりが灯された薄暗い部屋の中、僕は返事をすることも忘れて、彼女を見つめた。


「ね、そうでしょ? カラス」


問われて僕は、確かに肯いた。……そのはずだ。

はっきりと覚えていないのは、イリアがその翌日。




―――――死んだからだ。


「少し買い物に行くだけなの。だから、その間だけ妹のことを見ていてくれるかしら」


彼女は実に、軽やかだった。羽でも生えているかのような足取りで、楽しそうにそう告げた。

シルビアのことを見ているように言われたのは初めてではなかったけれど、改めてそう言われると何だか歯向かいたくなる。シルビアには侍女や侍従が付いているし、屋敷の中で何か物騒なことが起こるとは思えなかったからだ。

首を振れば、途端に彼女は、縋りつくような眼差しをした。


「あの子に何かあれば、私は生きてはいけないの」


まるで母親のようなセリフではないか。笑えばいいのか、あるいは憐れめばいいのか。

母親でもないのに、母親のような慈悲深さと愛情を見せる。

もしも僕がこのとき、その言葉の本当に意味を知っていたなら、変えられただろうか。

彼女が「死ぬ」という運命を。


僕は要するに、また、選択を誤った。

街で買い物をしている最中に、彼女が立っていた場所に暴走した荷馬車が突っ込んできたらしい。数人が巻き込まれ、亡くなったのはイリアだけだったようだ。

彼女の両親が、シルビアにそう、告げていた。

僕はそうやって、間接的にイリアの死を知らされたのである。


劈くような悲鳴は、紛れもなくシルビアのもので。


それなのに、皮肉にもその声はどこか、イリアのものに似ていた。


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