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婚約者は、私の妹に恋をする  作者: はなぶさ
これが、本当の最後なら。
39/64

22

―――――思い出すのは、血に汚れたリボンだ。


シルビアがあの日、観劇に出たのは息抜きのためだった。元々決まっていた予定などではなく、その日、突然思い立って行動したのだと聞いている。

だけど、それはあくまでもシルビアの視点からの話で。

他の誰かにとっては、想定外の出来事ではなく、あくまでも想定内のことだったかもしれない。

例えばあのとき、「たまには息抜きに、お屋敷から出られては?」こう言った人物が居たならどうだろう。その数日前までは病で臥せっていたと聞くから、妹は、その助言に喜んで従ったのかもしれない。


体に障るからと、いつだって室内で大人しく過ごしていたシルビア。


本人も言っていたけれど、あの子に許されていたのは散歩と読書くらいだった。

使用人は、主の前では必要以上に口を開かないものだし、何よりも仕事がある。いくらシルビア優先とはいえ、一日中あの子に構っていることはできない。

散歩するとしても、屋敷の中を歩き回ったり、庭を散策するくらいで。それも幼少期からの習慣であれば、見慣れた風景に飽き飽きしていたに違いないと推察できる。

周囲の人間も、寝入っていることの多い彼女が街へ行きたいと言ったとき、強く止めることはしなかったのだろう。たまになら問題ないと、それくらいはさせてあげるべきだと、そんな風に思ったのかもしれない。


だけど、それも「強盗による殺人」という悲劇を演出した人間の手の内だったのではないだろうか。


2度目の私は、シルビアの生まれや境遇まではまだ知らなかった。それでもやはり、誰かの陰謀を疑った。

けれど、当時の私は、あの悲劇がそれはシルビアを害するためではなく、あくまでもソレイルの婚約者としての私を貶めるための策略だったのではないかと考えていたのだ。

実際、それも間違いではなかったと思っている。

私を邪魔に思っていた誰かにとっては、またとない機会だっただろう。

シルビアの死を利用して、私を、ソレイルの婚約者から罪人へと引き摺り落とすことができたのだから。


―――――けれど、そもそもの論点はそこではなかった。

私は、自分を中心にしか物事を考えてこなかったから、正しい答えを導くことができなかったのだといえる。

己のことを物語の脇役にもなれない人間だと結論付けていたにも関わらず、自分が、この出来事の重要人物だと捉えていた。


「……シルビアに、何が起こると言うんだ」


先に馬車を降りたソレイルが当然のように、手を差し出す。

こういう状況でなければ、たったそれだけの行為に、私はきっと顔を緩ませていた。そういう自分を、簡単に想像できる。

彼の手の平に指を重ねれば、掬われるようにそっと掴まれた。

ソレイルにとっては、相手が女性であれば何の気負いもなく行う、紳士としての振る舞いである。

だから、彼は既に私から視線を外して、周囲を窺っていた。

シルビアの生い立ちについて話をした後だからか、警戒しているのだろう。

鬱蒼とした広葉樹の生い茂る森の中に視線を滑らせて、ついでに、空の色まで確認している。


いつかの人生で、結婚した当初から騎士として頭角を表していた彼のことを思い出した。所属する騎士団が遠征した際に送られてきた手紙のことも。

そっけない手紙だった。何の感情も見てとれない、淡々とした文章だった。


そんな手紙を、宝物みたいに大事にしていたことまで甦る。


「それに、なぜ、シルビアが狙われていると分かる?」


ふとこちらに振り返ったソレイルの眼差しが鋭い。怒りを内包しているかのような眼差しだが、気が立っているだけだ。

彼にとっては、まさに寝耳に水の事態であるはずだから。

なかなか表情の読みにくい顔立ちの彼ではあるが、内心は動揺しているのかもしれない。いや、恐らくそうだろう。彼はまだ学院生で、いわゆる騎士見習いと呼ばれる訓練生でしかない。幼少期から剣を習っていたはずだが、当然、実戦を経験したことはないはずだ。

更に、あえて指摘するならば、騎士になるために体を作りこんでいる最中であるからこそ屈強だとは言えない。

騎士を目指す者であるから、弱々しくはない。だけど、きっと頑強なわけでもない。


そもそも私たちの年齢は、たった2つしか違わないのだ。


子供の頃は、そのたった2つの年齢差を巨大な壁のように感じていたけれど。

年齢を重ね、そして、人生を重ね続けた今。

目の前に居る彼はもう子供とは言えないけれど、それでもまだ、大人の入口に差し掛かった年齢になったばかりだと気づく。

周囲を警戒しながら、私をその背に庇おうとしているその姿は、確かに頼もしくはある。

しかし、彼だって、私と同じく誰かに守られるべき貴人であることに変わりはない。庇護されることに、慣れているとも言える。

そうであるにも関わらず、先ほどから一切崩すことのない紳士的な振る舞いにはいっそ舌を巻くほどだ。


これが幼少期から行われてきた教育の賜物であるなら。

私たちが、いかに「作られてきた」ものであるかが分かる。


だからこそ、彼はシルビアに惹かれたのだろうか。


「私には、ただ『知っている』としか申し上げられないのです」


頬を柔らかな風が撫でて、木々たちがざわりと音をたてた。擦れ合う無数の葉が、不穏な噂話に興じているかのように思える。

見上げれば、未だに高い位置で燦然と輝く太陽の下を無数の鳥が飛んでいった。

普段であれば、さして珍しくもない光景だと言えるのに。その黒い影が不吉さを助長させている。


「まるで占い師のようなことを言うんだな」


繋がれた手はそのままに、行き先を知らないソレイルは後ろを歩く私を何度も振り返る。私が前を歩けば何も問題はないだろうに、彼はそれを良しとしなかった。

その腰には剣を下げている。

本来なら、いくら騎士科といえど学院生が街中で帯剣することはほとんどない。そもそも、学院に通うのは貴族であるから、その必要がないのだ。例えば、強盗や暴漢に遭遇したとしても、従者や護衛を傍に置いておけば問題ない。

だからこそ、この状況がいかに異常なことなのかを私もソレイルもしっかりと理解できる。


屋敷で、緊急事態であるから手を貸して欲しいと告げたとき、彼はあっけにとられている様子だった。

けれど、私の様子を見て何か察したのだろう。

剣を持っているかと問うた私に、彼は僅かに首を傾げた後、小さく頷いた。

その後、彼を連れて屋敷から抜け出し、辻馬車を拾ったのだった。


我が家の馬車は出払っているし、ソレイルの家の馬車は走っているだけで目立つ。何せ侯爵家の馬車だ。豪奢な外観は素朴とは言えない。今はなるべく、人目につくような行いは避けたかった。

誰がこの件に関わっているのか分からない以上、騒ぎ立てれば、それだけシルビアの身に危険が迫る。

従僕を伴わなかった理由もそれだ。

どこで誰が聞き耳をたてているか分からないし、使用人を連れ出すには、家令へ報告しなければならない。たったそれだけのことだけれど、それがひどく目立つ行為と言える。

だから、侍女にアルフレッドへの伝言を預けることにして、誰も連れてこなかったのだ。


正直、ソレイルが私の指示に従ってくれるかどうかは賭けに近いものがあったのだけれど。

彼は、多くを訊かなかった。従僕を伴わなかった理由さえも。

ソレイルの近くに居るというだけで身構えてしまう私にとっては、そんな彼の態度こそ意外なもので。

今、私の手を引いてくれている彼が、繰り返してきた人生の「彼」と同一人物だというのが不思議な気がした。


「けれど、シルビアが……何者かに狙われているというのは事実です」


ソレイルが占いなどの類を信じているとは思えない。だから、私の声音も必然的に囁くような弱々しいものになる。


「君の言葉を疑っているわけではない」


ちらりとこちらに視線を流したソレイルは極めて真剣な顔をしていたが、一瞬だけ、その口元に薄く笑みを刷いた。あまり表情の変わらない彼だから、非常に分かりにくい。だけど、もしかしたら私を安心させようとしたのかもしれないと思う。


馬車の中では、当然、私が同じ時間を繰り返していることなどは話していない。

それでも、シルビアの両親については包み隠さず全て話した。彼は知らないだろうが、社交界で流行っている小説が、実はどういうものなのかも教えた。

私にとっては筋の通ることでも、彼には、何の信憑性もない話だっただろう。

「妄想だ」と一蹴されても文句は言えなかった。


「それで、私は何をすればいいんだ?」

「……先ほども、申し上げました通り、ただシルビアを守ってくだされば……」

「それで?」

「え?」

「私が君の言う通りにしたとして、それで君はどうするんだ?」


生い茂る草を掻き分けるようにして前へ進む。行くべき場所はもう分かっていた。

あのとき、―――――妹が死んだと聞かされた後、私はすぐに拘束されてしまったから、事件の詳細を知っているわけではない。ただ、牢屋番が暇つぶしにぼそぼそと語っているのを聞いていただけだ。

そして、私自身が牢に捕われたまま絶命していることから、あの事件はそのまま闇に葬られてしまった。

主犯とされた私が死んだのだから、それも仕方ないことかもしれない。そもそも、世間は姉妹間の骨肉の争いという部分だけに注目し愉しんでいただけに過ぎないのだから。

真相など気にする人間はいなかったのだろう。

ソレイルさえも、もしかしたらその内の1人で。

私が、妹を妬み、嫉み、憎んで凶行に走ったのだと信じていたようだった。


だからこそ、私を断罪し、極刑を望んだ。それは多分、間違いない。

彼は唯一、真相を明らかにすることができる人間だったかもしれないというのに。

妹への恋慕が、私への憎悪が、彼の目を曇らせた。


2度目の人生以降では、あの事件自体が起こらないように尽力していたから。

結局、同じ出来事は起こらず、シルビアが死んだ当日に何があったのかを知ることはできなかったというわけである。


けれど、妹が発見された場所なら知っていた。

街で観劇したはずのあの子は、屋敷までの帰りには絶対に通らない場所で見つかったのだ。


―――――そう、この森の中である。


妹を乗せていた我が家の馬車は、ここからは少し離れた場所で横転していたのだと聞く。同行していた侍女はその中で絶命しており、荷物は全て持ち出されていた。だから、強盗の手によるものだと判断されたのだ。

けれど、妹は、その場で見つかったわけではない。

強盗団は、あの子だけをわざわざその場から連れ出したのだ。そして、森の奥深くで、その命を奪った。


「……ソレイル様、危ない目にあっているのはシルビアです。私ではございません。だから、」


先ほどから繰り返している「大丈夫」をもう1度口にしようとして、強く握られた手に、言葉を封じられた。「大丈夫だとは思えない」そう呟いた彼は、前を向いたままだ。

どんな顔をしてそんなことを言うのかと。形の良い後頭部を見つめるけれど、振り返ることもない。

シルビアを追っているのに、まるで私たちが誰かに追われているように感じる。


この森は、案外、人間の出入りがあるようで。道なき道を歩いているわけでもない。周囲は背の高い木々が立ち並んでいるが、その間を縫うように獣道が通っている。踏み均されているところを見れば、複数の人間がここを行き来しているのが分かる。


「……この先に、何があるんだ」


森に入ってからはさほど時間が経過しているわけではない。それなのに、随分と歩いているような気がする。それは、ただ只管に気が急いているからだ。それではなぜ、徒歩なのかというと。

馬車から降りたのはもちろん、森の中まで入ることができないからであり、馬に乗らなかったのは地鳴りのような脚音が響くからだ。


「君は、知っているのか?」


彼は突然立ち止まり、振り返った。陽射しが眩しいのか、眇めた双眸が、私の表情から何かを読み取ろうとしているのが分かる。けれど、上手くいかなかったのか、ふっと小さく息を吐く。

互いに見詰め合ったまま、その場に留まっていると、まるで世界にたった2人取り残されてしまったかのような感覚になった。こんなことをしている場合ではないと分かるのに、この時間が惜しいとも思う。


木々のざわめきと、雑草が波打つ音と、空気が吹きぬける感触と。


たったそれだけしかない場所に、2人きり。何だか、それがどうしようもなく狂おしい。

ソレイルと初めて顔を合わせたその日、2人で侯爵家の庭を歩いた。ちょうど今と同じように、先を行く彼の背中を追いかけて。

近づいては遠ざかり、遠ざかっては近づくのが、もどかしくてどうしようもなかった。

あのときと違うのは、私たちが今、手を繋いでいるということだ。

私はやっと、こうして彼と同じ歩幅で歩くことを許されたのかもしれない。

手に入れたくて仕方なかったものがここにある。だけど、今それに手を伸ばすのは間違いだと承知していた。


それを証明するかのように、遠くで引き攣れたような悲鳴が響く。


この場所に足を踏み入れたのは初めてだというのに、あの子の居場所が分かるのは。

うねるように続く獣道が、私たちを目的地まで導いているからに他ならない。


「―――――ソレイル様、」


わざわざ呼びかけるまでもなく、彼は既に戦いに赴く者の目をしていた。


*

*


木漏れ日を踏みつけるように足を進める。物音がどうとうか言っている場合ではなかった。

ふくらはぎの高さまで育っている雑草を掻き分け、幾分も進まないうちに、突然視界が開ける。

競うように大きく伸びた木々がその数を減らし、ぽっかりと穴が空いているかのように青空が広がった。今まで通ってきた道に比べれば、随分と歩きやすそうなところだった。比較的平らな地面には背の低い雑草が生い茂っている。


「……だれかっ、だれか、たすけて……!!」


恐怖のあまりに声が出ないのだろう。叫んでいるつもりかもしれないけれど、あまりに頼りない悲鳴だった。


「―――――シルビアっ!」


声を掛けてしまってから、はっと息を呑む。焦りの余り、考えるよりも先に妹の名を呼んでしまった。

冒してしまった失態に唇を噛む。自分が何をしてしまったのかは、時を数えるまでもなく分かった。

妹を連れ去ろうとしている人間の目が、こちらに向いたからだ。


「イリア……っ、後ろに下がるんだ!」


ソレイルは素早く剣を抜き、私の斜め前に立つ。

そこに居たのは3人の男で、その内の1人が妹を荷物のように肩に担いでいた。

手が届くほどの距離とは言えないが、顔が認識できるほどには近い。声を張り上げれば、互いの言葉もしっかり聞き取ることができるだろう。


「……ああ、残念。間に合っちゃったか」


一種、緊迫した状況とも言えるのに。

間の抜けた声を出したのは、先方だった。一番先頭を歩いていた男が、首を傾いで、にこりと笑みを作る。

その見覚えのある顔に、頭を殴られたような衝撃を受けたのは私だけではなかったはずだ。

いや、むしろ。私よりもずっと、ソレイルのほうがずっと狼狽しているかもしれない。


「―――――なぜ、」


後ろにいても、ソレイルの心音が聞こえるようだった。

どくどくと爆ぜるような音をたてて、早鐘を打っているに違いない。背中が震えたように思うのは気のせいではないだろう。


「なぜだ、―――――」


頭上で、ピチチと鳴く小鳥。その暢気な鳴き声があまりにも場違いで。


「サイ、」


彼の名前を呼ぶソレイル。その声が耳の中で共鳴して耳鳴りがする。

瞬きをすることさえ忘れて、その人物の顔を見据えた。

初めて、学院の裏庭で顔を合わせたときと同じように、ひどく柔和な顔つきだ。それと同時に胡散臭いとも言える笑みを貼り付けている。食堂で顔を合わせたときも、同じ。彼はいつだって愉しげで、陽気な雰囲気を纏っていた。それでいて、その人好きのする空気は崩さないままに辛らつな言葉を吐くのだ。


サイオン=トピアーシュ


藍色の目をした彼は初めて会ったとき、そう名乗った。


「……なぜ、か。その理由を語るには一言では到底足りないんだ。しいて1つだけ上げるなら、僕にも守りたいものがあるってことだね」


シルビアが乗ってきたはずの馬車は、かつてと同じように、森の近くで横転しているのだろうか。

そして、妹に同行していたはずの侍女がここにいないということは。

既に、1人の命が失われていることになる。

その事実に、皮膚が粟立ち、首元の太い血管がどくどくと音をたてた。


サイオンのすぐ後ろにいる一番大柄な男が、シルビアを担いでいる。標準よりも華奢な体躯とは言え、人間1人を抱え上げるのにはかなりの労力を必要とするはずだ。しかし、その体は揺らぐことなく、また疲労を覚えているようにも見えない。

そして、こういう状況だというのに、暢気にあくびをしているではないか。

追い詰められているという感覚などないのだろう。


「お屋敷でずっと、死ぬまで大人しくしてくれていればよかったのに。そうすれば、僕だってこんなことをしなくてもすんだのにね」


眉を下げて、本当に困っているかのような顔で話す彼を見ていると、まるでこちらが悪いことをしているような気分になる。


「……それは、シルビアのことですか?」


訊ねれば、彼はこっくりと肯いた。


「君たちがどこまで、シルビアちゃんの事情を知っているのか分からないけど……いや、その顔は、もう全部分かっているのかな?」


ふふと、小さく笑った後、息を落とす。その音が、耳元で響くようだった。


「僕の国は今、とても危ない状況なんだ。先日、女王陛下が崩御なされて……お子に恵まれなかったから、王室では後継者問題が発生してね。……色々あったんだけど……、ともかく。

王政廃止派と王政存続派で、国が二分しているんだよ。

そんな状況で……、彼女が、シルビアちゃんが表に出てくるっていうのは。―――――それはね、困るんだ」


とっても困るんだよ。と続ける彼の声を遮るように、「お姉さま!! ソレイル様!! 助けて……!」と妹が声を上げる。


先ほどよりも、ずっとしっかりした声音だった。

抱え上げられたままの妹は顔を上げることができず、しかし、私とソレイルの声をしっかりと聞き取ったようだ。


「シルビアちゃん。君の声はとっても愛らしいけど、今はちょっと黙っててね」


しーっ、と宥めるように言う。その態度には、悪事を働いている人間特有の陰惨さのようなものがない。

サイオンは「下してあげて」と、普段よりもずっと低い声で同胞らしき人物に指示を出している。

つまり、彼がこの事件の首謀者なのだろうか。


「女王陛下には妹君がいてね。もう随分前に亡くなったんだけど。……うん、そう。それが、シルビアちゃんの母君だよ」


僕が、困るって言った意味、分かる? と彼は問う。


「そもそも、彼女には生きていてもらっては困るんだ」


薄く笑う彼の目に、日の光が反射する。

光の加減では黒く見える瞳だと、そう思った。だけど、強い日差しの下では、藍色だと思っていたその双眸が鈍い紫色に見えた。


その色が指し示すものは。


「―――――シルビアちゃんには難儀なことだけれど。君は、存在するだけで、僕たちの国を脅かす」


呆然と立ち尽くしていたシルビアの顔が、さっと青褪める。

己の出自について、あの子は何も知らなかったはずだ。けれど、サイオンから聞かされた可能性はある。


自分がどれ程に、危うい立場なのか。知ってしまったのだろうか。


そんな妹の顔をみたサイオンの目は、何の感情も映していない。

陽が翳ったわけでもないのに、光を取り込むのを止めてしまったようだった。

「だから、消えてもらおうと思って」と、口元だけに笑みを浮かべる。

その言葉を合図に、サイオンの隣に立つ男がシルビアの首元に腕を回して拘束し、更にその横に立つ男が剣を構えた。

穏やかに流れていたはずの空気が硬く凝縮されたような気がして、息が上がる。

それは彼らの放つ、殺気によるものかもしれなかった。


「ああ、それと。僕たちは、3人じゃないからね」


そろそろ顔を見せてあげたら? というサイオンの声と共に、彼らの背後に立ち並ぶ木々の隙間に人影が現れた。

少しずつ太陽が傾き始めていると気付いたのはそのときだ。

足元に落ちる影が少しだけ薄くなっている。光と闇が同化を始めて、その境界を曖昧にしていく。


「ねぇ、どんな気分? ソレイル。教えてくれないかな」


嘲笑うような声に抑揚をつけて。彼は、一流の舞台役者のようだった。


「友人に、裏切られるのは」


今まで隠れていたのか、それともどこかから戻ってきたのか。

闇に同化していた人影は輪郭を取り戻し、私たちの前にその全貌を現す。


印象的な赤い髪を、よく知っていた。


彼は、いつも、ソレイルの隣に並んでいた。

それはいつの人生でも変わらなかった。

彼らは互いのことを生涯の友と呼んでいたはずだ。そして、その言葉通り。彼らはこの先もずっと友人関係であり続けるのだと知っている。

私とソレイルが結婚した後もその関係は変わらず、続いていくのだ。……そのはずである。


だけど、思い出す。

カビ臭い牢獄で、彼は言っていた。


『馬鹿だね。君は本当に愚かだ。……どんなに抗ったところで、運命には逆らえるはずもないのに』





























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