再会
他サイト『奇妙』に投稿した作品をベースに書いています。
ハンドルネームが違いますが、
木奈小芽衣も退却のコビトも、私自身です。
10年ちょっと前、今は亡き祖母にこんな話をされたことがある。
「昔、お隣さん火事になってね。家にも火がうつるんじゃないかって怖かったよ」
そのときはへぇ~、本当婆ちゃん家燃えなくて良かったな ぐらいしか思わなかった。
俺は今社会人二年目。父方の祖母を亡くして数年経った。
今日は亡くなった祖母の法事で、その祖母の家に親戚数名で集まった。祖父はもっと前に亡くなっている。
一軒家だから更地にする話もあったがどうやら長女である叔母夫婦が居着いてる模様。もちろん更地にする話は俺の耳にも入った。その時俺は、悲しみと寂しさを感じ、断固反対だった。俺は親父の仕事の都合で一軒家に住んだ経験がない。転勤族と呼ばれていた。
長く同じ家に住んだことがないから、祖父母の家は昔から変わらなくて、いつ行っても同じ臭いのする、俺にとって大切な空間だった。戦後まもなく建てられた家で、大黒柱には何人かの背丈を計った傷が刻まれていた。もちろん俺の成長も一年ごとに大黒柱に傷を付けた。
俺は最後に刻まれた俺の背丈の傷を指で撫でて、頭のてっぺんの位置が今とあまり変わっていない事に気付き大きく息を吐いた。
父方の祖母の法事とあって、思ってたより多くの親戚が集まった。親戚と言っても、俺からしたら葬式仲間って感覚しかなくて、ちょっと居心地が悪かった。従姉妹はいつの間にか結婚してたし、いつの間にか犬を飼ってた。俺の知ってる変わらない祖母の家は、知らない男と高級そうな犬も親戚として迎えていた。何とも言えない歯がゆさを感じた。祖母が亡くなったことはもう理解しているのだが、その家が俺の記憶にある家と違ってきていて、俺だけ過去に取り残されたような気がして一層寂しさが募った。しかたなく俺は従姉妹が連れてきた犬に遊んでもらってた。叔母とその娘と俺の母ちゃんは台所でみんなに出す昼食の用意をしていた。お坊さんが念仏を唱え帰ったら、酒盛りが始まるのだ。
俺はもうひたすら犬にかまってもらって、お坊さんの到着を待っていた。
玄関のチャイムが鳴り、俺はお坊さんが来たと思い犬を放置して急いで玄関に向かった。
滑りの悪い引き戸を開けると、そこには武治叔父さんがいた。
「お、ひさしぶりだな。大きくなって…ないな」
「そっちこそ頭寒そうだな」
俺と武治叔父さんは旧友のようにバカみたいな挨拶をして家に上がった。よかった。武治叔父さんが来たからには俺はもう肩身の狭い思いをしなくていい。
武治叔父さんは俺が中学生くらいまで、会う度にいつも全力で遊んでくれる大好きな叔父さんだった。今台所に立ってる叔母が祖母の長女で、その下に俺の親父、さらにその下が武治叔父さんだった。内縁の妻はいるようだが子供はいない。ギャンブル好きで仕事嫌い。俺は昔からそんな叔父に懐いていた。俗に言うダメ人間の叔父とつるむんもんじゃないと俺達の関係は親父や祖父、叔母からは散々な言われようだった。
武治叔父さんは俺が小さい頃、子供が楽しいであろうと思う遊びを次々提案して一日中遊んでくれた。俺が高校入った辺りから武治叔父さんと会う機会はほとんどなかった。理由は、武治叔父さんがちゃんと働き出したからだった。俺は心のどこかで、武治叔父さんが仕事に力を入れていることに拗ねてた。女っぽく言うとすると、仕事とあたし、どっちが大切なの?という具合に。
俺は、仕事をちゃんとしてないのに生き続けてる武治叔父さんを尊敬してしまっていた。かなり間違った尊敬の仕方だと思う。
10分ほど遅刻してお坊さんが来た。敷かれた座布団の上に各々座って手を合わせた。
お坊さんが帰って行って、みんなで遅めの昼食、男たちは酒盛りが始まった。
亡くなった祖父母の思い出に触れたり、今後家をどうするのかとグダグダ喋りつつ箸を進めた。
皆酔いが回ってきたのか、段々と全体の声のボリュームが上がり、笑い声が増えてきた。
俺は隅の方で唐揚げとビールを1人で味わっていた。
一本目のビールを飲み終えた頃、いきなり俺の隣に武治叔父さんが腰を下ろした。
「翔太、未だに人見知りなのか?」
「う、うん、リア充にはなれそうにないよ」
「彼女もいないのか?」
「居るわけないだろ」
「そうかぁー、俺がお前くらいの頃は彼女なんて五人はいたぞ」
俺は返す言葉が見つからなかった。が、武治叔父さんは気にせず話を続けた。
「翔太、毎日楽しいか?」
「楽しくはないかな。かといって酷くつまらないわけでもないけど…どちらかというとヒマだよ。俺、多分青春を味わうことがないまま30才を迎えると思う」
「そうかぁ。じゃあアレだな。叔父である俺が、俺の青春を分けてやる。特別だぞ?」
「はぁ。」
そして武治叔父さんは酒を飲みながら俺にこんな話をしてきた。
「俺が小さいとき、隣の家、ひっでぇゴミ屋敷でさ…爺さんが1人で住んでるってことは周りが言ってたけど、そのほかの情報はほとんどなかった。もう、爺さん家の敷地全部にガラクタが積まれて、お袋からも親父からも絶対隣の家には近付くなって言われてた。近付くなっつっても道路挟んですぐのお隣さんだぜ?すでに近いっつの。
丁度通学路だったし、まぁそのゴミ屋敷の敷地に入ることはしなかったけど毎日のように家の前は通ってた。小学校入学して、卒業するまで毎日な。低学年のころはビビって、わざと遠回りして登校したこともあったけど、だんだん慣れてくるんだな。5年生くらいからはゴミ屋敷のことなんて全然怖くなくなってた。
で、中学入って、だんだんヤンキーが頭角表してきて、度胸試しと言う名の犯罪がちょっと流行ってた。万引きだとかな。俺はビビりだったから万引きにはついて行けなかった。万引きするより学校でビビりビビり言われる方が平和かなって思ってな。だんだんヤンキーの度胸試しが斜め上いっちゃってきて、とうとう俺んちの隣のゴミ屋敷突入するって話が出てきたんだ。まぁ住んでるのはヨボヨボの爺さん1人だったし、さほど危険じゃないって話になってきたんだ。で、お前んち近いんだらお前も来いって強制させられてさ。ゴミ屋敷慣れしてないヤンキーは言わないけどビビってて、俺はもうなんも怖くないわけ。その感覚もあってゴミ屋敷突入にはさほど抵抗はなかったなぁ」
ここまで語ると武治叔父さんは缶に半分ほど残ってたビールを一気飲みした。
幼い頃は体を張って俺を楽しませてくれた叔父。そして今は成人した俺を話で楽しませてくれている。叔父の話に聞き入っていた俺はとてもワクワクしていた。
「ちょっと俺君、ここじゃまずいから二階行こうか」
親戚が飲み食いしてる部屋ではこれ以上は話しにくいらしい。確かに、親父が俺たちの方をチラチラ見てる気がする。
俺はビール1缶、叔父はタバコを持って俺たちは二階に上がった。