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田舎の鉄工所

季節は春。とある田舎町。

多くの子供達は新しいスタートに心踊らせる季節だ。

そんなポカポカとした穏やかな季節のこの町で暗い新たなスタートを切ろうとしている男がいる。


男の名前は佐渡(サワタリ)健吾。27歳。無精髭を生やした全く覇気がないこの男はこう見えてかつては実業団野球のピッチャーでプロ入りを嘱望されたスター選手だった。だが彼が24歳のシーズン中に肩を壊してプロ野球選手への道は閉ざされてしまった。この事は小さいながらもスポーツ紙に掲載されるほどだった。


そこからの彼の生活は荒れに荒れた。酒とギャンブルに溺れ仕事も休みがちになった。彼には裕子という妻と3歳になる男の子の亮太がいたが、とうとう三行半を突きつけられてしまった。挙句の果てに仕事もクビになりこの町に流れ着いたという訳だ。


この町に来たのはは高校時代の恩師である当時の担任の松野先生の勧めだった。


「健吾、知らない所に行って少し自分を見つめ直してこい・・・先ずはそれからだ。」


と、先生は言っていた。


健吾は別に先生の言葉が心に響いた訳ではなかった。家族もいない。野球も出来ない。何もない自分に口うるさく説教してくる奴も近くにいない。この町は好都合だ、としか思ってなかった。


健吾の新しい住居は築30年のアパートの一室。今の健吾には充分すぎる住まいだ。仕事も近所の小さな鉄工所で働くことが決まっていた。たまたま求人広告を見て電話をかけたら、なぜか会うまでもなく採用された。それも健吾はラッキー、といったぐらいにしか感じていなかった。


小さな机と布団だけ敷かれた部屋。無造作に積まれた必要最低限の衣類と、机の上に置かれた亮太の写真があった。この部屋が健吾の暗い春のスタート地点だ。


4月の始め。健吾は初出勤の朝を迎えた。このアパートから鉄工所までは自転車で5分と経たない。8時から仕事が始まるというのに健吾が目を覚ましたのは7時50分。


「えっ⁉嘘だろ⁉いきなり遅刻かよ・・・。」


慌ててジーンズに着替え財布だけをってアパートを飛び出した。だが案の定3分の遅刻。


「おはよ〜す。佐渡っす。」


健吾は特にバツの悪そうにする訳もなく堂々と鉄工所の事務所へと入った。

悪びれないのは、健吾にとってこの鉄工所で仕事をしなくてはならない理由がないからだ。


「おはよう‼佐渡君!待ってたよ〜。電話では喋ったけどね。はじめましてだな。私が社長の和田だ。よろしくな‼」


健吾は少しあっけに取られた。てっきり遅刻を怒られると思っていたし、何しろ社長の見た目とテンションのギャップに驚いた。社長は身長は高いがガリガリの白髪で見た目はお世辞にも元気があるとは思えない。


「さぁ佐渡くん。早速だけどそこの作業服に着替えてくれないか。工場の中を案内しよう・・・と言ってもそんなに大きくないんだけどねぇ。ワハハハハ‼」


朝からこのテンションはキツイな、と思いながらおおらかな社長のお陰で初日にクビは免れた健吾だった。


工場の案内はものの5分で終わった。本当に小さな工場だった。事務所に戻った健吾は応接用のソファがある場所に案内された。すると社長の奥さんらしきひとがお茶を出してくれた。


「ありがとうっす。」


「いいえ、佐渡くん。よろしくね。」


優しそうな人だった。


目の前にドッカリと腰をおろした社長がお茶を一気に飲み干した後ゆっくりと話出した、


「佐渡くん。どうだい?うちの会社は。ほんと小さいだろう。ワハハ‼

まぁこれも何かの縁だ・・・君にはこの鉄工所の営業をやってもらおうと思うんだがどうだろう?」


「営業ですか⁉工場で働くんじゃないんですか⁉」


「ん?営業は嫌いか?」


「いえ・・・嫌いと言うか・・・やった事ないもんで・・・。」


「なぁに心配するな‼わからない事があれば教えてやるから。なんでも挑戦じゃないか‼な?よし‼決まりだ‼」


「はぁ・・・。」


「そうと決まれば今日はもう帰っていいぞ。仕事は明日からだ。お疲れさん‼」


「えっ⁉」


「えっ⁉じゃないよ。君はそんな格好で営業に行くつもりか?ワハハハ‼」


「あ・・・すんません・・・。」


「明日からはスーツだ。もちろん遅刻しないようにな!ワハハハ‼」


(なんだよこの社長。大丈夫かよ。知らねぇぞ。俺なんか営業に使っても。)


健吾は社長のテンションに終始慣れないまま、その日は帰る事になった。












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