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二章-3

 ぶつ、と携帯を苛立ち任せに、乱暴に切る。


「それでも、私はみんなの仇を討つ」


 苛立ちに荒んだ意識に、不意に届いた言葉。郁斗は思わず振り返った。

こちらが動揺してしまいそうなほど悲痛さに揺れながらも、覚悟を決めた――確固たる意志を瞳に湛えた少女の姿がそこにあった。






 郁斗が住んでいる〝家〟はこの田舎町の外れにある。

 家から伸びる一本道を真っ直ぐに歩けば町があり、この田舎のもっとも栄えたところでもあった。少ないが様々な店があり、人が多く集まり、いつも賑わっている。

 車通りが少なく、けれど、人通りが多い道を歩く二人には会話はなく。冷たく乾いた風が吹く中を、黙々と歩いていた。

 時折、簡素な服を着た年配の人が郁斗を見かけるたびに「幸明くんのお迎えかい?」と、おかしそうに笑いながらすれ違って行く。そのたびに郁斗は「そうなんです」と、情けない思いをしながらも返すしかなかった。

 郁斗は特に喋ることもなく、かと言って、後ろを同じく閉口する星歌に声をかける気もさらさらなく、ひたすらに脚を動かす。

「ねぇ、幸明って?」

 星歌は人と通り過ぎるたびに気になっていたのだろう、そう切り出した。

「……幸明は、チームリーダーだよ」

「《協会》の人間なんだ」

「そう。あの〝家〟に僕と住んでいる人間だよ」

「ふーん。他にはいないの?」

「いたよ」

「そうなんだ。どういう人?」

「僕のパートナーだった人だよ」

「へぇ、教えてよ!」

「一年も前に死んだ」

「……え。あ、ごめん」

「別にいいよ。特に未練なんてないし」

「……」

 それっきり、星歌はまた口を閉ざす。

 郁斗は後ろを見ないから、彼女がどんな顔をしているかわからなかった。けれど、その気配から彼女がどことなく不機嫌な雰囲気を纏っているのだけはわかった。

「……これからのことだけど」

「……」

「今、僕たちは狙われている。《未来》の忘却者に。あんたは狙われる理由はわかるか?」

「……わからない」

「まぁ、それもそうか」

 すぐ、忘れるのだから。

「僕も狙われる理由はわからない。わかるのは、《未来》の忘却者が僕たちを殺したいほど憎んでる、ということかな。《協会》を裏切るほどに」

「《協会》を裏切った……? じゃあ、その《未来》の忘却者っていう人は、《協会》の人なの?」

「あぁ、そうだよ。《未来》の忘却者――本名は何て言ったかな? まぁ、それはいいとして。《未来》の忘却者は人の良い、好感が持てる人物だって聞いたよ。任務も至って真面目に働いて、《協会》の評判は良かった。でも、そんなある日、《協会》のデータベースからある人物の情報がなくなった」

「ある人物?」

 郁斗は脚を止めて、後ろを振り返る。じ、と見つめる先、そこにはダウンコートに身を包んだ少女が首を傾げていた。

「あんただよ。四宮星歌――《繋がり》の忘却者の情報が」

 息を呑む彼女は、それ以上の言葉を発するのを躊躇う様子を見せて、けれど、口を開く。

「私の……?」

「そう。あんたの存在を初めて知ったのはその時だよ。今は、それも捨て置く。四宮星歌、《繋がり》の忘却者の情報を奪ったのは、《未来》の忘却者だと判明した。発覚した後、《協会》は僕にあんたたちの〝家〟に行き《未来》の忘却者の捕獲せよ、という命令を下した。その命令を受けた僕はあんたたちの〝家〟に行こうとして、あんたと出会って、《未来》の忘却者と戦い狙いをつけられ、逃げられ――あんたを保護した。それが今に至る顛末だよ」

「何で、私を狙って……?」

 何で、皆を殺したの、と彼女は小さく呟いた。

「さぁ、あんたもわからないことは僕にもわからないよ。それはね」

「どうすれば……」

 星歌は困惑し、僅かに顔を俯かせる。どうしようもなく突き付けられた現実に、立ちすくんでいるようだった。

「僕の任務は、《未来》の忘却者の捕獲だよ」

 郁斗は、また歩き出す。それに慌ててついてくる気配がした。

「《未来》の忘却者は、厄介な能力の持ち主だ。《未来》を操る――とまではいかないけれど、自分に都合のいい展開へと誘導できる。そのせいで昨夜は不覚を取った」

 思い出すのは、夜の戦い。

 不自然な風によって郁斗は翻弄されたのを、苦く覚えていた。都合のいい展開というのを聞いた時はそこまで危険視はしていなかった。しかし、実戦となるとその予想など、楽観視など、簡単に裏切られるもの。

「不覚を取った。だからこそ、今度こそ、捕まえるつもりだよ」

 風が吹き、首筋をそ、と撫ぜていく。その風に乗って、背後にいる少女の言葉が届いた。

「私も、捕まえる」

 脚が、止まる。何を言うのか、と郁斗は背後を振り返った。

 揺るがない、強い光を宿す鋭い眼差しは、郁斗を通り越して、敵を――《未来》の忘却者――を見据えているようだった。力強く屹立する体に、冬の淡い光が濃い陰を落とす。その陰に、郁斗は呑み込まれそうになった。

「……とにかく」

 その陰に呑みこまれまいと、彼女の強固たる意思にひかれまいと、郁斗は彼女から視線を外す。

「《未来》の忘却者の居場所は知り合いの《情報屋》に頼んでいるところだよ。見つけ次第、すぐに捕まえに行く。何が何でも。何を犠牲にしてでも」

「待って」

 有無を言わせない、制止の声が飛んできた。

「犠牲にしてでも、ってどういうこと?」

「そのままの意味だよ。何だって、人だって……犠牲にしてでも見つける、ということだよ」

 平然と答えた自分に、僅かに星歌が色をなした。

「これは忘却者同士の争いなんでしょ? 何で、他の人を巻き込もうとするの?」

「仕方ないことだよ。僕たちが戦えば、必ず誰かが犠牲になる」

「違う。……違わないけど」

「どっち?」

「何で、最初っから人を傷つけることを『仕方ない』で片づけるの? なら、誰も傷つけないつもりで戦えばいいじゃん!」

「無理だからに決まってる」

「だからなんで、諦めてるの! 諦めずに必死になればいいじゃない!」

「諦めないで、必死になっても、報われないことの方が遥かに多いからだよ」

「だからって!」

 尚も言い募る星歌。郁斗は何を言っても無駄だと悟り、そのまま閉口し、黙々と歩いた。

「……」

「聞いてるの!?」

「……」

「おいってば!」

「……」

 ぎゃあぎゃあと喧しくなる後ろを背に、郁斗は重い溜め息を穿く。

「あんたもわからない人だな。さっきから言っている通り……」

 星歌の次々と繰り出してくる言葉を止めるために、郁斗は口を開いた。

「なら!」

 開いて、――次に飛び出してくる彼女の言葉に、不覚にも閉口してしまった。


「今日から、私があんたのパートナーだ!」


 何を言った?

 何て言った?

 止まった足並み。振り返る先に、少女が得意顔に、胸を張り、仁王立ちになっている勇ましい姿を見せつけていた。

「……は?」

 自分が思っている以上に、不思議そうな、そして、とても嫌そうな声が漏れる。

「だから、今日から私があんたのパートナーになるんだよ!」

「……はぁ」

「何、その気のない返事。だって《協会》の人間はパートナーを組むんでしょ? なら、私がひねくれたあんたのパートナーになるっての。そうすれば人を傷つけようとするあんたを止めることができる。それに、今、あんたパートナーいないんでしょ?」

「……まぁ」

 呆然と首肯する郁斗に、星歌は満面の笑みを浮かべる。こちらが不思議に思うくらいの、怪訝になってしまうほどの、心から浮かべただろう嬉しそうな笑みを。

「決まり! 今日から、私があんたのパートナーだ!」

 呆気にとられている間に流れていく展開に、ようやく郁斗の意識が戻った。

「ちょ、待って! 誰があんたのパートナーになるなんて決めた!?」

「私」

 くい、と星歌は自分を指さす。口元に勝気な笑みを乗せて、挑発的に郁斗を見据えて。その姿を見て、郁斗は躊躇なく即答した。

「嫌だ」

「何で?」

 即答に、すぐに疑問を切りかえされる。

「何でも何も、嫌なものは嫌だ」

「……その理由を訊きたいんだけど?」

 不満そうに頬を膨らませ、拗ねた表情を見せた星歌。まるで子供、と心の中で思った感想は口にはしない。口にしたら、子供っぽい彼女が何をしでかすかまるでわからなかった。

「理由は、あんたが戦えないからだよ」

「……」


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