終章
終章
あれから一週間が経った。
とても長くつらい戦いが終わった。
忘却者で固められた組織である《協会》は相変わらずだった。助け合うという精神はもう忘れて、有力者という権威を馬鹿みたいに揮っている。
この戦いで変わったのは、約二名。
《繋がり》の忘却者。
《自身》の忘却者。
その二人だけだ。
その二人が変わったおかげで、周囲にいる《協会》のメンバーたちも変わり始めている者もいるし、けれど、逆に疎ましく思っている者も新たに生まれた。
その周囲の変化に、二人は「どうでもいい」と言わんばかりに、普通にしていた。
――表面上は。
長くつらい戦いの舞台となったテーマパークは忘却者の力を使って、テーマパークごと全てをもみ消した。情報は流れないだろう。近隣住民にも記憶を操作しているから、その日何があったのか皆は知らない。テーマパークの従業員には悲しいことをしたけれど、それでもこれはしかたのないことだった。
犠牲も出たけれど、それでもようやく終わった。
ある公園のベンチに《夢》の忘却者は座っていた。
この公園全体がフィールドアスレチックとなっている。フィールドアスレチックには多くの子供がいた。その中で、おそらく彼女は子供と混じって遊んでいるのだろう。そう思うと微笑ましく思うと同時に、もうちょっと大人になってほしいな、という残念な気持ちがあった。
それでもいい。
彼女が生きているなら。
それにそろそろ、来るはずだ。
そうしたら、全てを彼に託そう。でも、その前に――……。
「こんにちは」
目の前を通り過ぎようとした彼が、振り返る。顔色は変えなかった。彼女の傍には必ず誰かしらいるから、想定はしていたのだろう。
「一つ、訊いていいかしら?」
彼は、体ごと、こちらへと向き直った。
「あなたたちは危険な存在よ。周りから憎まれて、傷つくかもしれない。また逆もそう。それでも一緒にいたいと思う?」
彼は――……
* * *
少し遊び疲れて星歌は、座っていた。
公園の中心には大きな噴水がある。そこにあるベンチに座って、遊具で遊んでいる子供たちを眺めていた。
見ていて心が穏やかになる風景だった。子供たちと遊べばもっと楽しくなる場所だった。
でも、今回もすぐに別の場所へと移されるだろう。
前は山だった。
その前は海だった。
その前は、ビルが立ち並ぶ都会だった。
点々と星歌が住む場所が変わっていく。慣れていた。相変わらずだと思った。それでも、悲しいし、寂しかった。星歌はそれでも待ち望んでいた。どんなに悲しくても、寂しくても。
何を待ち望んでいるのかわからない。
でも、それはとても良いものだ。
その何かはきっと、自分を迎えに来てくれる、そんな確信があった。
ベンチの上で星歌は膝を抱える。膝の間に顔をうずめた。近くから噴水のさらさらした水の音が聞こえる。遠くからは子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
「パンツ、見えるよ」
そして、真正面から声を掛けられて、ば、と顔をあげた。
「だから、パンツ見えるって。スカート穿いてるんだからさ、もうちょっと周囲気にした方がいいよ?」
「……大丈夫。スパッツ穿いてるから」
「え、本当に? じゃあ、よく見ればよかった」
「警察って、何番でしたっけ?」
「うそうそ。冗談だって」
目の前には男がいた。金色の髪に、色素が薄い目。どこか外国の血が混じっているような顔立ちは、整っていた。パーカーにTシャツ、ジーンズというラフな格好をしている。こんな真冬にその格好は寒くないのだろうか?
「星歌ちゃんだよね?」
「誰?」
「〝情報屋〟」
「……〝情報〟?」
「そうそう。とりあえず、ちょっとした結果報告に」
「結果報告……って何?」
「だって、知りたいでしょ? 一週間前の『アイランド』事件のこと」
「……『アイランド事件?』」
「そう。ある街のテーマパーク『アイランド』。そこで《自身》の忘却者と、《繋がり》の忘却者が終わらせた事件だ」
「私? と、誰? 《自身》の忘却者?」
に、と〝情報屋〟は笑った。
「今、《未来》の忘却者は確保されて、養生中だ。二人には憎しみはあるけれど、復讐はしないと言ったらしい。それと、星歌ちゃんが『アイランド事件』を解決した後、何で記憶を失ったかについて」
「……」
「星歌ちゃんは《自身》の忘却者と、《未来》の忘却者と繋がった。深く、ね。無論、深く繋がりすぎた星歌ちゃんは《自身》の忘却者の後遺症である《自身忘却》と、《未来》の忘却者の後遺症である《未来忘却》をも起こしそうになった。ちなみに《未来忘却》というのは、未来――これから成長する時間を奪われる、ということ。簡単に言えば成長できない。ずっと、今の姿を持つことになるんだ。不老だけれど、不死ではない。殺されれば死ぬし、病気になれば死ぬし。君はもう覚えていないかもしれないけど、《未来》の忘却者はあれでももう二十代後半になる。外見はあの時――君たちと初めて出会った時のままの姿、だよ。
あ、ごめん、話が逸れたね。
まぁ、何が起こりそうになったかと言うと、
《他人》を忘却する君。
《自身》を忘却するあいつ。
《未来》を忘却するかつての少女。
それらを全て交ぜ合わせた絶望的な忘却が、三人に降りかかろうとしたんだよ。もし、その絶望的な忘却にやられたらどうなると思う? 予想だけど、他人を忘れて、自分を忘れて、老いることもなく――ただ、何もかも忘れたまま生きていく。
それに気付いた星歌ちゃんは、忘却する前に皆から《繋がり》を断ち切って――自分だけその忘却を受け入れた。まぁ、そのおかげで《自身》の忘却者と《未来》の忘却者は無傷。君自身も《他人忘却》によって、《自身忘却》と《未来忘却》を消し去った。君も君で、他人を忘却するだけで済んだ。
――それが、星歌ちゃんの記憶が全部消えてしまった理由だよ」
星歌はそれを静かに聞いていて、理解できずにいた。
いつのころだったか左目だけ色が変わってしまっていた。戦いの最中、何かを――誰かをかばったのは、覚えている。戦いはとても怖かった。けれど、それでも自分は勇気を持てた。その証がこの左目だった。星歌にとっての、誇りだった。その左目が、何故が疼いた。
男が言っていることと、この左目の疼きに首を傾げて、眼前の男を見つめる。
「まったく、何で自分がここまで二人のサポートしなくちゃいけないかな。《夢》の忘却者だって出しゃばってくるし……まぁ、別にいいけど」
ぶつぶつ何か愚痴る男は、「ま、いいや」と息を吐いて、ベンチに座る星歌と視線を合わせるように腰を屈めた。
「さて、ここで二人に質問がある」
噴水のさらさらとした水音。
遠くから聞こえる子供たちの声。
それを耳にしながら、
「二人はとても危険な存在。一緒にいてはいけない。周りからも疎まれる。それでも一緒にいたい?」
星歌は、答えた。
* * *
ぼぅ、と星歌は空を仰いでいた。とても澄んだ青空だった。ふんわりとした雲が、ゆったりと流れていく。
男が去って、どこか心が空っぽになってしまった。
――会いたい。
という想いが、溢れてくる。
誰に会いたいのか、誰を焦がれているのか、自分自身でさえわからなかった。
不意に、誰かが目の前に立つ。
星歌はその気配に、視線を前へと移し――目を見開いた。
そこには男の子がいた。
知らない顔だった。
女の子のように華奢で、整った顔立ち。けれど、子供にしてはどこか落ち着いた物腰だった。幼いながらも、落ちついた様子はどこか違和感を覚えたが、それでもそれが「男の子らしい」と思ってしまった。
「誰?」
星歌が問う。
見たことがない男の子。
けれど、この男の子が――自分が待ち望んでいた人だと、直感的に知った。
男の子は、小さく笑う。
「君の相棒だ」
答えに、星歌は笑った。
終




