五章―3
グリフォンの体型を留めておけない――!
ぱん、と弾ける音と共に郁斗は人間の姿へと戻った。空中に飛び上がったままだった体は、再び地上へと真っ逆さまに落ちていく。そこへさらに風が吹いた。
――《未来》の忘却者が操っている、凶器の風。
風は郁斗と星歌に襲いかかる。
私の命を、使って!
星歌が、心の中でそう叫ぶ。
――自分を見代わりにして、助かれと。
「ふざけるな!」
再会して、《繋がり》あった時、星歌は「生きて、隣り合いたい」と心から願っていた。そして、その願いのままに、ここまで来たのだ。それがもう挫かれている。痛々しいほどまでに、折れてしまった。
星歌の腕が伸びてくる、抱え込まれる体。風が星歌に襲いかかる。ざしゅ、と体に切り刻まれる痛覚が郁斗にも伝わってくる。それがわかったのだろう。星歌は《繋がり》を切ろうとした。
「駄目だ!」
叫ぶ。
真っ逆さまに落ちながら。
体を切り刻まれながら。
「でも!」
赦されていないから。
憎まれているから。
自分は――星歌――は、郁斗と《繋がり》、助けあうことはできない。
星歌の負に彩られた感情が、郁斗に流れてきた。
テーマパークの至る所でアトラクションが暴れている。暴れ、対抗している《対策チーム》、幸明がいる。もう誰もが楽しめるテーマパークという面影はなくなり、壊れつつあるこの戦場。
それを食い止めることができるのは、自分たちなのだ。
そして、自分たちの義務であり――償いだ。
「星歌!」
ぴたり、と負の感情の動きが止まる。
「僕たちはパートナーだ。どんなことがあろうと、過去にどんな辛い目に遭って、遭わされても、僕たちはパートナーなんだ」
星歌が鮮血と涙でくしゃくしゃになった顔で、郁斗を見つめる。落下していく風の中で煽られる黒髪と、零れる涙。未だ止まらない血。不安そうに見つめる右目。郁斗は、笑う。
「でしょ?」
力が、漲ってくる。
「だから、これからどんなことがあっても、一緒にがんばろう」
赦すつもりはない。
憎む気持ちも消えない。
けれど、自分がこの少女をパートナーと決めたからには、最後の最後までパートナーなのだ。その気持ちを捨てることなんてできない。けれど、それを上回るくらいにパートナーを認めて、信じなくてはいけない。例え、どんなことがあろうとも。
――星歌も、わかるだろ?
「……うん!」
かちり、と再び体の奥が嵌り込む音が鳴り響いた。それは前よりも深く、強く、嵌り込んで決して外れることがない、《繋がり》だった。
体の奥深くから、力が湧いてくる。
体が変化していく。グリフォンよりも強大なイメージを持って――多くの動物が《繋がり》あった姿へ。ライオンはそのままに、そこからヤギの頭を、さらに龍の頭と、翼を。そして、猛毒を持つ蛇の尾を。変化していく感覚を覚えながら、どんどん変わっていく。
――ギリシア神話に登場する、獅子、ヤギ、龍の三つの頭を持ち、翼と、蛇の尾が生えたキマイラだった。大きさはグリフォンよりも大きく、強靭な体を持っている。
そして、傷によって閉ざされていた左目の痛みがす、となくなり、視界が急に明るくなった。キマイラになった瞬間に、左目が再生されたようだった。
「すごい……」
星歌はキマイラの獅子の頭部にちょこん、と座っていた。
大きな翼が羽ばたけば、突風が巻き起こる。キマイラとなった郁斗は、そのまま地上へと降りる。下で悪意のままに操られていたアトラクションを全部踏みつぶした。足の裏で固いものが押し潰され壊れていくのがわかる。その脚に踏み潰されなかったアトラクションがぶつかるが、むず痒さしか感じない。
「最大の難関は……」
ごろごろとテーマパークを踏みつぶしながら、転がってくる観覧車の大輪。転がったせいで、ゴンドラが全部壊れてしまっていた。
「どうするの?」
「どうしようか?」
腹の底で、熱いものが蠢く。腹から喉へと込み上げて、郁斗はそれを吐きだした。灼熱の炎だ。まるで映画に出てくる怪物のように、大輪に一直線に炎が吹きだされる。一瞬にして、大輪は炎に呑みこまれた。
「うわー……」
呆けた星歌の声が聞こえる。
炎に包まれた大輪は灼熱の炎に、溶けていく。しかし、大輪は溶けてもなお、進もうとしていた。もう一度炎を吐き出せばいいが、これ以上吐けば、周囲にも飛び火が行く。
さて、どうするか、と考えた時、
「私がやるよ」
龍の視界から、星歌が獅子の頭の上で立ち上がり、胸を張っている姿があった。星歌の左目もキマイラとなった自分と繋がっているおかげで再生されていた。乾いた血がこびり付いていたが、視力は戻っている。――否、視力は以前よりも増していた。そのことが、星歌を通してわかる。
星歌は、郁斗に向かって笑う。再生された左目は、どこか淡い空色のような、けれど、どこか鮮やかな緑色のような不思議な色彩を宿していた。
「私が、やる」
「できるの?」
「できるよ! だって、郁斗がいるからね!」
「嬉しいこと、言ってくれるね」
「あはは」
星歌が目を軽く瞑る。風がふわり、と周囲へと流れた。悪意の冷たい風ではなく、全てを包み込むかのような温かい風だ。
星歌の鼓動が伝わってくる。
大丈夫。
できる。
今の私ならできる。
あの時を思い出して。
突如、空気ががらり、と変わった。当然のように隣にあった空気が、突然、意識を持ったかのように蠢いた。まるで一塊の生き物のように動いている。
――違う。空気が動いているのではない。
ヤギと、龍の頭を駆使して、周囲を探る。地上の様子を見れば、小さな瓦礫が浮いていた。ふわふわ浮遊して、近くにあった瓦礫にぶつかって、また空中を漂う。
空気じゃない。
重力が変化している。
獅子の視界には燃え盛る大輪があった。その大輪が軋む音を上げている。フレームの下にあるアトラクションと、道が、びしり、と亀裂を走らせた。
「行くよ!」
ばきん、と大輪全体に亀裂が入る。そして、がしゃん、と大地を大きく揺さぶりながら、大輪はまるで見えない何かに踏まれたかのように垂直な姿勢のまま押し潰されてしまった。一瞬の出来事で、ぺしゃんこに潰された大輪は観覧車という姿はなくなり、ただの鉄くずと化してしまった。
「何したの……?」
疲れたー、と獅子の頭の上でへばる星歌に問う。
「ん? あぁ、重力をちょっと操っただけです」
さらり、と吐かれた台詞に頭が痛くなった。星歌も星歌で、能力が成長していた。他人の《繋がり》から、他の〝存在〟への《繋がり》へと格上げされている。
「……頼もしいね」
「まぁねー」
胸を張って、誇らしげにすることでもないのだが。
重力で押しつぶしたのは観覧車の大輪だけではなく、地上で暴れ回っているアトラクションもついでに潰したらしい。大輪と同じように鉄くずと化した可哀想なアトラクションが散らばっていた。《対策チーム》は満身創痍ながらも、何とか無事に抜け切れたようだった。こちらを指差して、何事かを言っている。
それを無視して、郁斗は翼をはばたかせ、空へと舞う。
昇った太陽に照らされた巨大な三つ首の怪物の影が、テーマパークを覆った。
「行くよ」
「あいよ」
目指すは、《未来》の忘却者だ。
「『美の都』に行こう」




