五章―1
五章
1
苦しかった。
一人でさびしかった。
あの時を思い出して、胸が痛んだ。
息ができなくなって、何度も何度も涙を流した。
どれほど辛かったか、お前たちにはわかるか?
ようやく出会えた二人の仇に、そう訊きたかった。
過去のことを全て忘れてしまった二人。
悔しいこの想いがわかるだろうか?
でも、もういい。
今日で終わる。
これで終わる。
全てが報われる。
――本当にこれでいいの?
憎しみと、過去が見せる優しさがせめぎ合う中、心の中で私が呟いた。
* * *
ぎゅう、と首にまわされた腕がさらに力が込められる。
「僕はあんたのパートナーだ。あんたを絶対に裏切らないし、嘘もつかない。絶対的なあんたの味方だ」
そうだね、星歌が呟いた。
「私も郁斗のパートナーだ」
何度も確かめるように、彼女の心の中は「パートナー」と呟いていた。
がちん、と時計の針が動く。まるでカウントダウンのようだった。終焉への、カウントダウン。
「ねぇねぇ」
「ん?」
郁斗は下を見る。
下には《対策チーム》がこちらを見上げていた。指をさして、何事かを言っている。
「終わったら、どこかに行こうよ」
「どこへ?」
「遊園地」
「遊園地にはトラウマ持ったからね。嫌だ」
「えー」
「それに、約束で縛るのはあまり好きじゃない」
「何で?」
それは過去に起因するからだ。この事件の始まりは、星歌が郁斗の約束を破ったせいで起きている。そう思うと、どうしても約束は好きじゃなかった。
「しいて言えば、あんたが寝坊しそうだからだよ。待つのは嫌いだからね」
「なら、迎えに来てよ」
「嫌だ」
「ケチ!」
この想いは星歌には伝わらないように隠すことに決めた。過去は過去だ。忘れてはいけないものもあるけれど、それでも今ここで伝えるわけにはいかなかった。ここは戦場。少しの感情のブレが死に至ることがある。
「さて。《未来》の忘却者を見つけるぞ。星歌」
「おう!」
ばさ、と翼をはためかせて、『時計塔』の周囲を飛び回った。気配を探っても、ここにいる気配はなかった。
「……何か凄いことになってるんだね」
星歌は郁斗の中にある情報を探ったらしい。今の状況がどういう風になっているのか、ようやく理解したらしかった。
「ねぇ、郁斗。私に隠し事してるでしょ?」
それもやはりお見通しらしかった。
「そうだね。してるよ」
「教えてよ」
「今はだめ」
「ケチ!」
「ケチで結構。静かにしてて、今、探してるんだから」
ここには気配がない。また別のエリアへと行った方がいいだろうか。不意に風にふわりと包み込まれた。温かい空気に心地良さを感じる。
「ふぅん?」
星歌が軽く首を捻った。
「郁斗」
ぺしん、と頭を叩かれる。
「何?」
「あっち」
星歌が指差した先にはまた別のエリアがある。確かあそこは『美の都』だ。確か美術館や、視覚的なトリックを使ったアトラクションや館があるエリアで、芸術をテーマにして設計されているはずだ。
「あっちが何?」
「あっちにいる気がする」
根拠は? と訊こうとして止めておいた。先ほどの風はきっと彼女が操ったのだろう。彼女の記憶を覗いて、彼女もまた強くなっているのを先ほど知ったから。
「わかった」
旋回して、『美の都』へと向かう。
その時、下で轟音が響いた。
「うあ!?」
「!」
空気がびり、と張りつめる。
「郁斗あれ!」
星歌が指差した先は下界だった。下界でアトラクションが再び暴れ始めている。それに応戦する《対策チーム》だが、傷だらけの彼らはもう限界に来ていた。
そして、がごん、と遠くで何かが外れる音が聞こえた。
ば、とその方向へと顔を向ければ――『空の都』のエリアがある。そのエリアの目玉である観覧車が、不自然に揺れていた。
――まさか。
と、心の中で思わず苦く笑う。
嫌な予感は的中するもので――。
がごん!!
大きな音が響き渡り、その数瞬後、中心軸がばきん、と大きく破裂し――がしゃん、と大輪が地面に落下した。下にあった店やアトラクションをゴンドラごと押しつぶした観覧車は、横に倒れることがなく、堂々と鎮座している。
「郁斗」
「何?」
「あれ、何?」
「観覧車だよ」
「観覧車って、ああいう風に乗るものなの?」
「……全力で否定しておくよ」
呑気に会話をしている間に、大輪がぐらり、と前へと動く。




