四章―6
怒りが爆発すると同時に、車を押し潰した。
人間の腕で殴ったせいで、腕の皮膚が切られ、熱に焼かれ、殴打した衝撃で痺れるのを他人事のように感じた。
「《未来》の忘却者!!」
郁斗は、叫ぶ。
「僕はここにいる!! 殺せるものなら、殺してみろ!!」
びりびりと空間が声に震えた。次第に残響は消え去り、しん、と静まり返る。けれど、明らかに空気が変わった。ぴりぴりと肌に刺すような緊張感と圧迫感が、空気に詰まっている。
――嫌。
耳元で囁くように、声が聞こえた。
――ムカつくから、あなたに〝最悪〟な《未来》をあげる。
声が、途切れる。
自分にとっての、最悪?
最悪な未来とは、一体何の事だ? 何が起ころうとしている?
違う。
「僕は、今まで、何を望んでいた……?」
ふ、と浮かぶのは、少女の笑顔。こちらを疑わない純粋な眼差しで、手を取ろうとした。
――星歌!?
ば、と星歌がいた方角へと顔を向ける。
けれど、ここからは星歌が見えなかった。
――星歌が危ない。
郁斗は、再び『風の都』へと向かった。
* * *
「え、あ……?」
突然、目の前に立っていた少年がいなくなった。それに一瞬遅れて理解した星歌は慌てて、少年の後を追おうとしたが、少年はゴーカートの車と共にどこかへと行ってしまった。今ではその姿形さえない。
「……誰、だったんだろう?」
彼は星歌のパートナーだと言っていた。
何故か、その言葉を信じる自分がいた。
自分の周囲には、嘘つきばかりしかいないというのに。
けれど、何故かあの少年の言葉は信じることができた。根拠も何もないのに、ただ信じられるという確信があった。
生意気な笑みと、あの手のひらを思い出す。
もし、誰にも邪魔されずに、あの手のひらを握り返していたら自分はどうなっていただろうか? そう考えると妙に心が躍った。
あの人は信じられる。
信じていい。
あの人は、自分のパートナーだ。
「よし!」
パートナーならば、襲われている相棒を助けるべきだ。自分に何ができるかわからないけれど、何かできることがあるかもしれない。
星歌は立ち上がると、相棒が車に連れて行かれた方角へと脚を一歩踏み出した時。
「はは。また美味しそうな記憶があるね」
目の前に、誰かが立っていた。
思わず、目を見開く。
「……私?」
眼前には、星歌がにこり、と微笑んで、行く先に立ちふさがるようにそこにいた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
星歌が丁寧に頭を下げるのを見て、星歌もまた頭を下げる。
「って、ちょっと待って! 何で私がそこにいるの!?」
「うん? 今の顔すっごい間抜けな顔だったよ? 困っているのと、不思議に思っているのと、何かいろいろと混ざった感じ。正直、これが私だと思うと残念だ」
「正直に言いすぎだよ! 何が残念だ! ていうか、あんた誰!?」
「私は、私。あなただよ」
「……は?」
意味が、わからなすぎる。
「どういうこと?」
「そうだねぇ、あなたは忘却者がどうやって誕生するか、わかる?」
「忘却者の誕生?」
前に、誰かが言っていたのを復唱した覚えがある。
「確か、自分の中にある大切なものがなくなって――その空っぽな部分が仮のものを詰めて……とか、だっけ?」
「相変わらず頭悪いわね。本当に残念だわ」
「うるさいわ」
「忘却者は仮初の核によって誕生する――それが忘却者。じゃあ、大切なもの、はどこに行ったかわかる?」
「そういえば……」
自身の体から抜き取られた核の部分は、どこへ行くのだろうか? それは自分自身の記憶の中には、解答がなかった。
「あなたも大切なものがなくなって、忘却者となった。じゃあ、その大切なものはどこにあると思う?」
愉快そうに、くすくすと星歌は笑う。
そんな笑い方をしたことがない星歌にとって、その笑みは酷く違和感覚え、同時に薄気味悪く感じた。
「わからない?」
「え、うん」




