四章―5
背中越しから、彼が言う。そして、顔だけ振り返り、生意気そうな影はなくなり、その代わりに、何故か誇らしげに微笑んだ。
「僕は、あんたの――星歌のパートナーだ」
どくん、と心臓が胸の内を叩いた。
――今日から、私があんたのパートナーだ!
自分の記憶が、誰かにそう告げていたのを何故か今、思い出す。
がごん、と羽根車が再び動き出した。がごん、がごん、と地面を抉りながら、こちらへと猛進する。
轟音と、地鳴りが、体に響き、恐怖が体を縛り付けた。
「大丈夫」
不思議だった。
彼がそう言うと、恐怖がどこかへと消えていく。
「――うん」
不思議だった。
少年のその後ろ姿を見ると、こんな危険な状況だというのに笑みが浮かんだ。
迫りくる羽根車。
対峙する少年の後ろ姿。
そして、少年の体が膨れ上がったかと思うと、人間ではない――そして動物でもない、幻想上に生きるグリフォンに似た獣になった。獣は地面を蹴ると、目に映らぬほどの速さで羽根車の回転軸を破壊した。軸を失った羽根が周囲へと飛散し、地面へと落ちた。
バラバラになった羽根車を見渡すように獣は空を旋回すると、星歌の元へと降りてくる。
ばさり、と大きな翼が羽ばたくたびに、風が頬を撫でた。
鳥の脚のような前脚が地に着く寸前で、獣は再び少年の姿になる。
「どう?」
少年は、首を傾げた。
「これは、――あの姿は、全て星歌のおかげだ」
「……え?」
「ありがとう」
小さく頭を下げた少年に、星歌は不思議な心地でその姿を見る。初めて――とは言っても、記憶がないため定かではないが――「ありがとう」と言われた嬉しくて、こんな自分でも役に立てたことに、嬉しくて涙が出そうになる。
「グリフォンになれたのは、あんたの力のおかげ。あんたの力を思い出して、それを自分自身の力として――ま、難しい話はいい」
良くわからないことを少年は言っていた。けれど、少年はどうでもいい、と言わんばかりに頭を振って、涙をこらえる星歌を見つめた。
「とりあえず、大丈夫だったでしょ?」
その言葉に、こくこく、と星歌は頷くことしかできなかった。未だ地面に座っている星歌に、少年は手を伸ばした。男の子にしては細くて、華奢な指だった。伸ばされた手のひらの意味がわからなくて少年を見つめていると、少年は再び生意気そうな笑みを浮かべる。
「もう一度言う。僕は星歌のパートナーだ」
「パートナー……」
「そう。あんたのパートナーだ。僕は絶対にあんたには嘘を吐かない。隠したりも、しらばっくれたりもしない。僕を信じろ」
馬鹿じゃないの。
そう、思った。
「僕を信じて、周りは絶対に信じるな。他人は、嘘つきで、狡賢い」
本当に、馬鹿だと思った。
眼前にいる少年は普通の人間ではない。
人間がグリフォンみたいな幻想の動物に変身できるなんて、変過ぎる。はっきり言って、彼を一番に疑い、警戒するべきなのだろう。しかし、
――ありがとう。
差し伸ばされた手のひらを見て、その手のひらを掴もうとする自分自身に気付いた。
本当に馬鹿だと思う、自分は。
でも、それでもいいと思った。
この人を信じたい――違う。
この人だったら信じられる。
根拠も何もないけれど、これは確信だった。
だから、手を伸ばした。
* * *
きょとん、とこちらを見上げる星歌の目には、疑いも警戒も浮かんでいない。純粋無垢にも、こちらを見ていた。
差し伸ばした手のひらは、未だ空中に放り出されたまま。
星歌は手のひらと、郁斗の顔を交互に見比べ――そ、とその手のひらに手を伸ばそうとした。
しかし、
どごん!!
横から重く、鈍い衝撃が郁斗の体を打つ。視界と意識が一瞬途絶え、吹っ飛ばされた、と気付くその前にはもう体は戦闘態勢へと身構えようとしていた。
視界で確認できるのは、遥か遠くにいる星歌と、自分の体にめり込むのは大人一人が乗れる大きさの車――ゴーカートの車だった。嘲笑うかのように車のランプが点滅する。
「くそ、あと少しだったのに……!」
あと少しで、星歌がこの手を取ったというのに。
あと少しで、パートナーの絆が結ばれようとしていたというのに。
ゴーカートは郁斗の体にめり込みながら進み続ける。
慌ててこちらを追いかけようとする星歌の姿は、もう見えなくなってしまった。
どれくらいゴーカートに轢かれ続けただろうか。
『風の都』から追い出される形になった郁斗は、
「邪魔だ――――っ!!」




