四章―4
「ん?」
「死ぬんだよ? 怖くないの?」
「怖いにきまってるじゃん」
あっさりと星歌は頷いた。
「死ぬことを考えると怖いよ。でも、何よりも怖いのは、誰にも必要とされないことなんだ」
「……」
「あんたが言うように私は何も分からない。自分自身もわからない。自分が何をすればいいのか、何をしたいのかもわからない時がある。だからこそ、私は生きるんだ。自分であるために、自分の想いのままに生きるんだ。それが〝私〟だから」
その言葉が、静かに郁斗の胸の奥までじんわりと響いた。
星歌は、悲しそうに笑っている。
その笑みを見て、そうか、とようやく気付いた。
――星歌は、自分のパートナーだ。
自分のパートナーは、星歌しかいない。
今までの怒りは、憎しみが、どこかへと消えていった。今までとは違う、感じたことのない熱い感情が、どんどん込み上げてくる。
「星歌」
「ん? ……え? 何で、私の名前?」
困惑する星歌に郁斗は歩み寄り、そして、
どん!!
破裂音と共に、風車の羽根車が外れた。
「え、何、それ!?」
星歌の悲鳴が聞こえた。
羽根車の羽が地面に突き立てながら、こちらへと進んでくる。
――星歌を早く、安全なところに……!
そう思った時。ふわり、と体が柔らかい何かに包まれた。
* * *
何故か殺気だっていた鷲の雰囲気が、凪いでいた。
「星歌」と名前を呼ばれて困惑していた星歌に、鷲が近づいてきた。
何だろう、この鷲は?
何故、自分の名前を知っているのだろう?
一歩、一歩、鋭い鉤爪で地面を引っ掻きながら近づいてくるのを、じ、と見ていた。
しかし、
どん!!
と、近くで爆発音が聞こえた。
びりびりと轟音が空気を震わせる。驚いて、爆発した方へと顔を向けると、一つの風車の羽根車がからからと不自然すぎるほどにゆっくりと回っていた。次の瞬間、がごん、と、羽根車が外れて、地に落ちた。そのまま倒れるかと思った羽根車は、未だ回っていた。地面に羽根を突き立てながら、転がってくる。
星歌と、鷲の方に向かって。
何とか、この鷲だけでも助けられないか――自分が盾になれば。
そう思った時には、星歌は目の前にいた鷲を抱きしめていた。
ばさ、と何も書かれていない日記帳が放り出される。吹く風に、ぺらぺらとまっさらな紙面がめくれていた。
それでも構わずに星歌はぎゅう、と強く強く、抱きしめた。
がこん、がこん、と羽根車はこちらへと走る。
地面を響かせて進んでくる羽根車に背を向けて、星歌はただ腕の中の存在を案じた。
そして、
「へ?」
ぐん、と横へと大きく引っ張られた。そのまま空中へと放り投げられ、どん、と地面にたたきつけられる。
「いた!」
じん、とした痛みが背中から全身へと駆け巡る。まともに起き上がれず、その場で星歌は身じろぎした。がごん、がごん、と大地を轟かせる音と振動が、星歌のすぐ横を通って行った。巻き上げられた砂埃が、目と口に入る。口の中がじゃり、とした砂の味がした。
「大丈夫?」
――大丈夫なわけあるか!
と、一言文句言ってやろうと、その声の主へと視線を向けて、大きく目が見開いた。
そこには一人の男の子が立っていた。
星歌と同じくらいの年齢だろうか。すらりとした体に、整った顔立ち。纏う雰囲気は異様に落ちついていた。冷静そうな彼の顔に浮かぶどこか生意気そうな笑みが何故か違和感を覚えたが、それでもその笑みは似合っていた。
「あなた、誰?」
鷲の姿が見当たらない。
どこかへと行ってしまったのだろうか?
不意に、がこん、という重たい音が、星歌の意識を現実へと引き戻す。
「あ……!」
羽根車は回り続けていた。羽根車が突き進んでいた跡は、レンガ道や土が抉られて、下層にある土がむき出しになっている。もし、あそこにあのままいたら、生きていられなかっただろう。そう思うと、背筋に冷たいものが這う。
羽根車は回り続けて、どんどん前へと進んでいた。けれど、突き立った羽根を軸に、ぐるり、と方向を変えた。進行方向は、星歌たちだ。
「ちょ、何あれ! あり得ない!」
慌てる星歌に対して、少年は落ちついていた。生意気な笑みをそのままに、羽根車へと向き直る。
「え、何してるの!?」
逃げなきゃ、と、星歌は慌てて起き上がろうとして、けれど、走り続けたせいだろうか脚に力が入らなかった。どさり、とそこへと座り込む。
「いいから、そこでじっとしてて」
淡々と、少年は言った。あまりにも落ちつき払った物腰に、星歌も口を噤んだ。
「大丈夫だから」
――またそれか、と思う。
大丈夫とは、何を根拠にそう言っているのだろう。
「僕を信じて」




