四章―3
こんなところに鷲がいる、という疑問は完全に持っていないようだった。
やはり、星歌は忘れている。
テーマパークに鷲はいない=郁斗が化けた鷲、という直結にはならないからこその確信だった。
「触ってもいいかな……? でも、齧るかな……?」
そう心配そうに言いつつも、手を伸ばしている。本当の鷲だったのならば、齧るくらいではすまないはずだ。
「やっぱり、あんたはあんただな」
「ぅおっ!?」
妙な奇声を上げて、星歌は手を引っ込めた。
「わ、鷲が喋った……! 凄い! やっぱり鷲だから!?」
きゃあきゃあと騒ぎ立てる星歌は、笑みを浮かべていた。
それはもう一度見たかった笑顔。
けれど、それを素直に喜ぶことができなかった。
星歌のせいで、今の自分がある。多くの人を殺して、周囲から恨まれる現況を作った原因が星歌なのだ。
不意に、心から黒いものが湧きあがるのを感じた。思考がその黒いものに侵食されて、どんどん正常さを失っていくのがわかる。
「ねぇ、あなた喋れるんでしょ? もっと、何か喋ってよ?」
「……」
「んー。やっぱり、人間の言葉理解できないのかな?」
つまらなそうに唇を尖らせる星歌に、いっそのこと本当に齧ってやろうかと思う。星歌はそんな郁斗の思惑など全然気付かずに、鷲と目線を合わせるように屈んだ。
「どうしたの? 一人なの?」
「……」
「……うーん。通じないなぁ」
「……」
「でも、良かった」
星歌は、にっこりと笑う。
「あなたに出会えて」
「……」
「私ね、さっきまで一人だったんだ。夢子さん……可愛い女の子なんだけどね! 夢子さんがどこかに行っちゃって……逃げろって言われて。もう何が何だか分からなくて」
なるほど、と郁斗は納得した。
星歌がいた所も襲われたのだろう。そして、追い詰められて星歌だけ逃がしたということか。
「心細かったんだ。……でも、あなたを見た瞬間すごい安心したんだよ! 何でだろうね? 鷲だから、かな?」
「……」
ずっと抱えていたのだろう、胸にある日記をぎゅ、と星歌は抱きしめた。
「全部忘れちゃってね……何も思い出せなくて、凄い怖かった」
そうして、ずっと逃げていたのか。
何も分からないからと。
全てを忘れてしまったからと。
郁斗は現実を――過去を知らされたというのに、お前は逃げるというのか。恐いからと、心細いからと、目を背けていたというのか。
怒りがちりちりと思考を焼いていく。
「でも、良かった! 本当に! あなたと出会えて!」
誰もいないからと、動物でもいいからと慰めてほしいというのか。
ちりちりと、怒りが思考を焼き尽くそうとしている。
「ねぇ、お願い!」
もう言うな。
本当に、殺してしまいそうになる。
「今何が起こっているのか、私に全部教えて!」
燃え上がっていた怒りが、不意に鎮まった。
「お願い! 教えて! ――もう逃げるのは嫌なんだ!」
「……」
「何も教えてくれない。大丈夫、としか言ってくれない。真実を言ってくれない。皆、嘘を吐く」
「……」
「でも、そればかりに従うのは、私自身が許せない。逃げるのは、見ようとしないのは、もう、たくさんだ」
星歌は、笑う。彼女の瞳から、ぽたり、と涙が零れ落ちた。
「それを、」
言葉が、自然に口から出た。
「それを知って、あんたはどうするんだ?」
鷲が口を開いたことに、星歌はきょとん、とする。しかし、すぐに真摯な眼差しで、郁斗を直視した。
「私にできることをする!」
「何ができる?」
星歌の言葉を一蹴して、郁斗はさらに続ける。
「何ができる? あんたは忘れてばかりだ。そして、これからすることも全部忘れるだろう」
「……」
「この事件の発端はそもそも、全部あんたにある。あんたがこれ以上、何をしようというんだ?」
「私が、発端……?」
怪訝そうに、星歌が首を傾げた。
「あんたは、すぐに忘れる。過去のことも忘れる。あんたが望む強さは絶対に手に入らない。あんたには、何もできない」
不意に、星歌の目がつり上がった。
「何だと! この鳥!」
「真実だろう」
「やってみなきゃ、わからなだろう!」
「できないものは、できない」
「私は、確かに忘れる! あんたが言ってた事件の発端のことも忘れてる! 確かに私は何もできないかもしれない! でも、できることだってあるはずだ! なら、私はやってやるよ!」
「ふーん? じゃあ、囮、でも?」
「やってやる!」
「命を、確実に落とすとしても?」
その質問に、きっと星歌は返答を窮するはずだった。しかし、
「やるよ!」
「……」
「それが私が役に立つって言うなら、私にできることだって言うならやるよ!」
怒鳴り続けたせいで喉を痛めたのだろう。けほ、と星歌は軽く咳き込んだ。
「何で?」




