四章―1
四章
1
「郁斗!」
がくんがくんと揺さぶられ、意識を失っていた郁斗はぱち、と目を覚ます。
「……幸さん?」
頭がぼう、とする。体も重い。あまりの気だるさに、起きることさえも億劫に思えた。
「僕、何してたんでしたっけ?」
よく、思い出せない。
寝転んだまま、幸明の顔を見た。
幸明は全身が血まみれだった。けれど、血まみれだというのに、幸明の体には怪我らしきものはなかった。鼻腔に鉄錆のような匂いが充満して、顔をしかめる。いくらなんでも、鼻が利きすぎていた。寝起きにこの匂いは辛い。
そう思い至った瞬間、何もかもを思い出した。
「《未来》の忘却者は……!」
そして、自身を押しつぶそうとしていたぬいぐるみの山はどこにあるのだろう、と起き上がる。昇った太陽の陽射しに、ふらり、と目眩を覚えた。
「落ち付けって。ぬいぐるみはあそこだ」
くい、と指さされた先には、ぬいぐるみが散乱していた。まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのような光景を前に、ぞわり、と全身が震える。数にして千くらいだろう。そのぬいぐるみが自分を押しつぶそうとしていた現実に、ようやく戦慄した。
「あれは、幸さんが?」
「うん、まぁ。それと、《未来》の忘却者は逃げた」
「逃げ……!?」
「うまく追い込んだんだけどなー」
《闘神》――《力》の忘却者は数多くいる忘却者の中ではトップクラスの攻撃力を誇る力を持っている。その力を前にすれば亡者へと堕ちた《未来》の忘却者も、さすがに逃げてしまったのだろう。
「それよりも、後ろ」
郁斗は振り返った。
そこには満身創痍となった《対策チーム》の面々が地に伏している。全員が血まみれで、傷だらけだった。見ただけでも戦闘はこれ以上は無理だろう。そして、このまま放っておけば、死は確実だった。
「あいつらをまず助けねぇと」
幸明が血まみれだったのは、彼らを助けていたせいか。
「お願いだ……助けてくれ……」
か細い――まさに虫の息、といった《対策チーム》の一人が、うわ言のように呟いた。
「はいはい。待ってな」
幸明が近づいてく。その後ろ姿を見送って、ライオンの姿を変化させて、鷲の姿へとなった。それに気付いた幸明が咎めるように言った。
「おい、待て郁斗。どこ行くつもり?」
「《未来》の忘却者のところです」
「逃げたんだってば」
「でも、テーマパーク内にはいるはずです」
「そうかもしれんけど……こいつら、どうするつもり?」
幸明の視線の先には、倒れている《対策チーム》たち。
郁斗は目を細めて、言った。
「関係ありません。それよりも《未来》の忘却者が捕まえる方が先決でしょう。何しろ、《未来》の忘却者は〝亡者〟となっているんです。一刻を争うんです。幸さんもわかっているでしょう?」
「そりゃー、そうだけど」
でも、と幸明は続ける。
「いいのか? お前はますます人から遠ざかるぞ?」
「人? 人が何です? 犠牲は仕方ないんです。ここは戦場と化しているんですよ?」
「うーん、まぁ、ねぇ。でも」
歯切れの悪い言い方に、だんだん苛立ちが募る。
「何です?」
「いっくん」
「だから、何?」
「今のいっくんを、ホッシーが見たら何て言うかな?」
「……関係ありません」
「あ、そ」
ばさり、と翼を羽ばたかせる。その時に幸明に呼び止められた。
「自分の意志をしっかり見て、貫き通せ」
それだけ言うと、幸明は《対策チーム》を助けに向かった。
意志をしっかり見て? 何を言うのだろう。自分の意志は、確かにここにある。
郁斗は大空へと舞い上がった。
* * *
「星歌? 怪我は本当にない?」
「はい。大丈夫です」
夢子と名乗った少女は星歌の心配ばかりをしていた。中身が何も書かれていない空白となった日記帳を抱きしめながら、二人は外へと出ている。
どこかの遊園地なのだろう。
大きなアトラクションや、シャッターが閉まっているお店が多くあるが、客の姿はなかった。閑散とした風景は物寂しく、乗れば楽しそうなアトラクションもどこか味気なく感じた。
「夢子さん、今、どこに向かっているんですか?」
「そうね。とりあえず、ここから出ないと」
「出る?」
「そうよ。ここは危ないの。だから、逃げないとね」




