三章―4
――思い出した。思い出してしまった。
「あ……」
目の前にいる《未来》の忘却者は、被害者、だということに。
星歌を思い出す。笑みを浮かべて、うるさいくらいに纏わりついて――もう隣にはいない。
ぬいぐるみが、さらに重みをかけてきた。
――自分は、死ぬ。
初めて〝死〟を悟った。自然と、体から力が抜ける。
『郁斗!』
脳裏に、誰かの声が響いた。
* * *
遠くで何かが爆発するような音が響いた。びりびりと建物が揺れる。
「な、何?」
「大丈夫よ」
そ、と星歌の肩を叩く夢子は「大丈夫」と繰り返しながらも、周囲を警戒するように目を細めていた。
近くにいた男二人も、身構えて周りに目を巡らせている。
爆音と共に訪れた緊迫感と緊張感に心臓が絞り上げられ、息苦しかった。
「大丈夫、大丈夫」
星歌を宥めているというよりは、自分自身に言い聞かせているようだった。
何が、起きているというのだろう?
怖くなり、夢子のコートの袖を小さく握る。
その時、
――ぎゃあぁぁあぁ……
この部屋の外から、悲鳴が聞こえてきた。
びくん、と跳ねあがる心臓と体。
「どうした!?」
「おい!」
男二人がこの部屋から飛び出ていく。ばたん、と乱暴に閉められるドアの音も、心臓に痛かった。
「夢子さん、何が……何が起こってるの!?」
「大丈夫。あなたは心配しなくても大丈夫よ」
「……」
訊ねても、きっと、夢子は教えてくれない。星歌はわけがわからなくとも、何が起ころうとも、きっと、今起きていることは誰も教えてくれないだろう。
「……星歌」
緊張からだろうか、夢子の声はどことなく固かった。
「何?」
「少しいなくなるけど、大丈夫?」
「え……?」
「外が、少し心配だから」
「でも……!」
何も分からない自分を、この何が起こっているかわからない現況の中、おいてけぼりにされろ、というのか。
「ヤダ! 夢子さん!」
――怖いから、独りにしないで。
自分の口から飛び出しそうだったその言葉の意味に気付いて、星歌は口を噤んだ。
それを言ったら、恐らく夢子の迷惑になるだろう。迷惑をかけてはいけない。ただでさえ、面倒な自分なのだ。わがままは、言ってはいけない。
「……夢子さん」
駄々をこねられる、と思っていたのだろう、僅かに身構えていた夢子が首を傾げた。
「何?」
「大丈夫、なんですよね?」
「……」
「絶対に、大丈夫、なんですよね?」
迷惑をかけてはいけない。
なら、自分は、
「えぇ、大丈夫よ」
夢子は、はっきりと頷いた。
「わかりました! ここで大人しく待ってるね」
自分は、その言葉を信じるしかない。
それが今の自分にできることだった。
「すぐに、戻ってくるわ」
夢子はぽん、と星歌の頭を撫でて、腰を上げる。ドアに向かう後ろ姿は、まるでこれから戦場へと赴く戦士のようだった。
ぱたん、と静かにドアが閉められる。
途端、静寂が押し寄せきた。外からは、何も聞こえない。この部屋には、自分の呼吸音しか聞こえない。
星歌は部屋の隅に歩き、背中を壁に預けて、膝を抱えて座り込んだ。
「大丈夫。大丈夫。夢子さんが言ったんだもん。大丈夫、絶対に」
大丈夫、と呟くほどに、心細さを感じる。そして、こんな時に、自分は何もできない、そんな無力感が襲ってきた。
もし、外で起こっている何かがここに来た時、どうすればいいのだろう?
もし、外で起こっている何かが終わった時、自分は、皆はどうなっているんだろう?
わからない。
どうすればいい?
胸に抱いた日記帳に縋りつくように抱きしめた。過去の自分はこんな時、どうしただろうか? きっと、何かしら行動を起こしたかもしれない。おそらくそれは、誰かが――郁斗が近くにいるから。誰かの傍にいる自分はきっと、強くなりたい、と願い、行動するはずだ。それが、過去の自分だから。
――私は強くなる。




