二章―28
「つまり、
僕と星歌は過去に出会っている。
そうでしょう?」
幸明は口を閉ざした。こちらへと向ける眼差しは迷っているようだった。郁斗と星歌の間にある事情は知っているのだろう。けれど、そのことを口にするのを躊躇っている、ということは、口にしてはいけないこと――もしくは今はまだ時期が早すぎる。その二つの理由のどちらか、もしくは両方なのだろうか。
「幸さん。お願いします」
小さく頭を下げれば、幸明が大仰に溜め息を吐いた。
「お前が頭を下げるなんて、初めて見たわ」
ぽん、と頭に手を置かれ、ぐしゃぐしゃに掻きまわされる。
「そんなに知りたいのか、お前らのこと」
「はい。……それと、心配は無用です。もう僕と星歌は出会うことがありませんので、どういう話になろうと、それ以上の進展はありません」
話す内容がいい話であろうと、悪い話であろうと、もう自分には関係がない。《協会》が星歌をかくまっている限り、自分は二度と彼女に会うこともないのだ。
「しかたねぇなー」
幸明は再び大げさな溜め息を吐くと、ベッドから腰を上げて、先ほどまで福良が座っていた椅子へと座り直した。
「さて、どこから話そうかね―」
そして、郁斗と星歌の話が紡がれる。
――始まりはもう十年以上も前のこと。
そう幸明は語り出した。
「そうだなー。まず、お前の始まりは覚えているか?」
「僕の、ですか?」
「そう、お前の――《自身》の忘却者の始まりだ」
「いえ、当時のことは全く」
「そうか。全部物事が終わった後だから、確証はないけどな。お前は忘却者となる前に、普通の人間だったころ、お前は親に虐待されていた」
「……そうですか」
「虐待されていたお前は何かの理由で忘却者となった」
「はい」
「そして、お前は何かの理由で親を殺して――そのまま家を飛び出した」
「親を殺して……?」
「おう。忘却者となった後か、それとも前かわからないが、お前は親を殺して家を出たんだ。《自身》の忘却者の後遺症である〝自身喪失〟を抱えたままな」
「……」
「その後のこともわからんが、お前はある女の子と出会ったんだ」
「女の子って、まさか……!」
「お前さんの予想通り、幼い四宮星歌とだよ」
「星歌と、僕が昔出会ってた……? 何で!?」
「だーかーらー。全部発覚したのは、もう事は始まって、終わったあとなんだよ。今、お前に話しているのも、色々と推測をこじつけた状況説明でしかないんだよ」
「……」
「とりあえず、お前と星歌は出会って、仲良くなった。そんな時に裏切ったんだよ」
「……裏切り?」
「あぁ」
「誰が、誰を?」
「星歌が、お前を、だ」
「星歌が、僕を裏切った……?」
「そうだ。そこの理由ははっきりしている。星歌が泣きながら言ってたんだよ。「約束破って、ごめんなさい」ってな」
「約束、ですか?」
「そう。ちなみにその内容は、誰も知らない」
「……」
「星歌がお前の約束を破って、全てが始まったんだよ」
「何が、ですか?」
「《繋がり》の忘却者と、《自身》の忘却者の連結の恐怖、がな」
「――恐怖」
「ありゃあ、いつだったかな? 確か、そう、秋頃だった。秋頃で、ほらあるだろう? 萩呂市にあるでっかい遊園地。確か、『アイランド』。そこの遊園地で、絵画の展覧会があったんだ」
「展覧会?」
「そうだ。星歌はお前さんとの約束を破り、そこにいた。そこで事件が起こったんだな」
「まず一人のばあさんがそこで死んじまったんだ」
「ばあさん……誰ですか?」
「星歌のばあさんだよ」
「星歌の……!?」
「そう、星歌の忘却の発端はたぶんそこだ。星歌はそれで色々と何かあったんだろう。そして、あいつは忘却者となった」
「……」
「そこで偶然か必然か、裏切られたお前は星歌と再会し――星歌はお前と繋がった」
「繋がって……? ということは……」
「そう、そこで能力の暴発が起きた」
「……」
「暴発し、多くの人を巻き込んで、初めて〝異形〟という者を生み出したんだ」
「〝異形〟を……」
「あぁ、おかげで酷い目に遭った。多くの人が死んだ。ニュースにも取り上げられそうになったりしてな、大変だった」
「……」
「その事件があったせいか、お前ら二人は危険視されている」
「危険視……」
「お前さんの風当たりがきついのも、そのせいだ」
「……」
「そして、《未来》の忘却者はその時の犠牲者だ」
「……」
「《未来》の忘却者は、そのせいでお前ら二人を憎んでいる」
「……全ては、星歌の裏切りのせいだと?」
「そうだ。星歌がお前さんとの約束を守っていれば、恐らくこんなことにならなかった。星歌が忘却者になることも、多くの人が死ぬことも、《未来》の忘却者が生まれることだってなかった」
「何で、何で、星歌は僕を裏切ったんですか? 何を、裏切ったんですか?」
「わからない。当事者たるお前らがわからなければ、俺たちにだってわからない」
「僕は、何で、昔のこと……忘れて?」
「それは自身を忘れる《自身》の忘却者と、他人を忘れる《繋がり》の忘却者の後遺症が混ざったからだと、きいたことがある。それもまた、推測だ」
「……」
「いいか。この話は推測にすぎない。もっと別な何かが埋もれている可能性だってある。全部を真に受けるな」
「……はい」
今回の事件の始まりは、過去からによるものだ。それは確かなのだろう。
自分と星歌の間に何が起こったのか、自分は忘れている。多分、もう思い出すこともないのだろうが。
「いっくん」
黙り込む郁斗に、静かに幸明が問いかける。
「星歌が、憎い?」
自分が多くの人間を殺した原因が。
自分が他人から敬遠された原因が。
郁斗を孤独へと追いやった原因が。
「憎い」
ぽつ、と呟く。
「……のかもしれません」
ただ「憎い」という一括りにするには、まだわからない。こうなってしまった原因は確かに星歌だろうけれど、それでも正直「わかららない」と言った方が適当だった。
「そうか」
頷いて、
「オレはお前らなら過去を乗り越えられる、って信じてたんだけどな」
「……」
「やっぱり、相棒にさせるんじゃ、なかったな」
部屋の中は再び沈黙だけが落ちた。
* * *
星歌は夢子とホテルの一室でのんびりと過ごしていた。日記は夢子が持ってきてくれたおかげで、少し気分が落ち着き始めている。だらしなくベッドに寝転んで、ゆっくりと日記を読み返していた。
「ねぇ、夢子さんも忘却者なんだよね?」
「そうね。それがどうしたの?」
「夢子さんは、何の忘却者なの?」
「……《夢》の忘却者よ。どうかしたの?」




