表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/57

二章―25

   * * *




 もう、何もかもがわからなくなった。




   * * *




「郁斗――――――っ!!」

 びく、と体が強張る。意識がぐん、と現実世界へと引っ張り上げられた。

「……何?」

 自分を呼ぶ声が聞こえて、振り返り――ぐるり、と視界が揺れる。

「え」

 意識と視界が混濁し、思考が覚束なくなった。手足の感覚もなくなり、体の均衡が保てなくなる。ぐらり、と体が傾ぐのだけはわかった。そのまま、床へと倒れ込む。

「……?」

 体の奥底が冷え切って、全身から汗が伝った。呼吸も早く、上手く肺に送り込めない。

「郁斗、郁斗……」

 誰かが、泣いている。誰だろう、と体を上げようとして、上げられなかった。体に何か重いものが圧し掛かっているかのように、全身が気だるかった。

 ――星歌?

 仕方なく、心で問いかけた。


    ……郁斗?


 ――何、泣いているの?


    だって、郁斗が怖いから。


 ――僕が、怖い?


    怖いよ。何で、そんな風になっちゃったの?


 ――そんな風?


    何で、皆……


「皆……?」

 気だるい体を、無理矢理起こす。無理矢理起こされた体はうまく言うことをきかずに、無様にひっくり返った。けれど、それだけで十分だった。


「ひ……」


 初めて、恐怖と言うものを感じた。

 服装からして、対策チームの隊員だったのだろう。匂いで、わかった。彼らは化物となっていた。体が蛇で頭が人間という者。体は人間だが、顔は鶏かウサギのような妙な形をした者。果ては、人間の形そのままにあちこちから脚や腕を生やした者。皆、色々な生物をくっつけたような体をしていた。

 ――何だこれ?


    わからないよ。わからない。気付いたら皆……


「……福良さん。福良さんは!?」

 慌てて、郁斗は周囲を見渡す。奇形な生物たちがあちこちにいた。車内はひっくり返り、床だと思い座り込んでいた場所は天井だった。車窓は、のどかな田園が広がっている。異界となったのは、この電車の中だけのようだった。

「俺は、ここです」

 福良は自分たちより後方にいた。逆さまになったドアの付近に座りこんでいた。そこに夢子もいる。

「彼女に、助けられました」

 彼女――星歌を見た。星歌は全身血まみれで、ぼろぼろと泣いている。可哀想なくらいにぶるぶる震えて、郁斗の近くにあるドアの手すりを掴んでいた。

 立ち上がろうにも、立ち上がれない。

 全身が痛い。重い、苦しかった。

 結局起き上がることは諦めて、周囲を再び眺めまわす。

「《未来》の忘却者は?」

「逃げましたよ」

「逃げた?」

「この状況ですからね。何事か喚いて、どこかへと行きましたよ」

「……そうですか」

 また、捕まえられなかったのか、自分は。


 ばしん、


「いたっ!!」

 突然、頭を強くひっぱたかれた。

 見れば郁斗ほどではないが、全身傷だらけの幸明が珍しく切羽詰まった表情で、郁斗を見下ろしていた。幸明は珍しく険しい顔をして、肩で息をしていた。確か、幸明は電車の外へと放り出されたはず――そう考えて、戻ってきたのか、とようやく見つかった答えに、僅かに安堵した。

「バカやろう」

 ふざけるでもなく、飄々とするでもなく。淡々とそれだけ言って、福良のところへと行ってしまった。その背中を呆然と見ていると、どん、と体に何かがぶつかってきた。

「……郁斗、郁斗!」

 泣きじゃくりながら、星歌が抱きついていた。彼女の震えが、こちらにも伝わってくる。どれほど怖かったのか、どれほど辛かったのか。

 ぽん、とその頭に手を置いた。

「悪い」

 ただ一言、これだけは言わないと思った。

「悪かった、星歌」

 異形となった仲間たちの奇声と、星歌の嗚咽だけが、車内に響いていた。




    * * *




《未来》の忘却者は、ひたすらこの田園の細長い道を走っていた。腹からは、どくどくと血が流れて、下半身へと伝っているのがわかる。

 痛い、気持ち悪い――許さない。許せない。

 痛みなんてどうでもいい。

 この気持ち悪さなんて、それこそどうだっていい。

 ただ、あの二人を許せない。

 許せるはず、なかった。

「力が……!」

 もう暮れゆく夕陽に照らし出される道端で、限界が来ていたらしい体がとうとう悲鳴を上げた。脚がもつれて、前のめりに倒れ込んだ。

 過去なんて、どうでもいい。

 未来なんて、どうでもいい。

 今なんて、知ったことではない。

「力が、欲しい……!」

 心からの、願いだった。

 心からの、叫びだった。

 自分には、あの二人を倒す力がない。倒せればいい。ただ倒せれば。それだけでいい。

 ――それ以外は、何も要らない!


「なら、ちょうだいよ」


 心の願いに、叫びに、答える者がいた。顔を上げる。そこには、自分と背恰好がそっくりな女が立っていた。夕陽を背に、彼女の陰が自分の体にかかる。逆光のせいで表情はよくわからないが、きっと、嗤っているのだろう。

「ちょうだい? そしたら、全部をあげるよ」

 きっと、それは真の意味での悪魔なのだろう。悪魔の誘惑を呑んでしまえば、どうなるかはよくわかっている。

 けれど、

「いいわよ、あげる」

 力が手に入るならば、もうどうだっていい。

 自分の全てを捧げよう。

《未来》の忘却者は、嗤った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ