二章―17
「行くよ」
「うん」
星歌が自分の記憶を引っ掻きまわすのがわかった。引っ掻きまわして、探り当てて――昨日のグリフォンの情報を引っ張り出す。むず、と体がむず痒さを覚え、再度の違和感に懸念した。それでも先へと進んでいく。郁斗はグリフォンの情報を自身に定着しようとした。星歌もその情報を、現実世界へと繋げようとする。そして、
「―――――へ?」
「ぅわっ!!」
どかん、とまさにコメディのように、爆発した。
「……」
「……」
「ねぇ、郁斗?」
「何?」
「どうなったの、これ?」
「僕にもよく……」
郁斗の部屋の中は、乱雑としていた。部屋に置かれていたものはすべて吹き飛び、ガラスは割れ、壁にも亀裂が走っている。もうもうと立ち込める埃と煙に噎せ返りながら、部屋の中央に二人はへたり、と座り込んだ。
忘却の力が、暴発。
暴発したことは分かった。
うまく組み合わさらなかった力が互いに反発しあい、爆発したのだ。
郁斗と星歌には大きな怪我はなかったが、体は埃だらけ、髪はぼさぼさというあられもない恰好だった。
「何でだ?」
昨日と同じことをやったはずなのに、うまく繋がり合うことができなかった。
状況は違えど、手順は同じ。
暴発した原因は状況が違うからなのだろうか?
「ば、爆発……?」
隣では目を回している星歌が頭をふらふらさせていた。
「あんた、何かした?」
状況が違うからかもしれない。しかし、他にも要因があるかもしれない。ならば《繋がり》の力の持ち主である星歌が何かをした可能性が高い。
「は? 私?」
郁斗の意識と言葉を読み取った星歌が、は、と我に返り郁斗を睨みつけた。
「私なわけないじゃん! 郁斗でしょ!?」
「僕がそんなへまするわけないだろ?」
「どんだけ自意識過剰? ナルシストかお前は!!」
「そんなわけないだろ? だったら他に原因があるとでも?」
「郁斗のナルシストな部分じゃないの? 何でもできる自分が失敗するわけないっていう過信が失敗させたんじゃないの?」
「へぇ。僕から言わせると《繋がり》の忘却者であるあんたが、あんた自身の力を疑わないっていうのも不思議だよね」
「はぁ!? 何それ!! 私の力は爆発起こすほど強い力じゃないですよーだ!! むしろ私が繋がったお前の《自身》の力が危なかったんじゃないの?」
「僕自身のことは、僕が一番わかってるよ」
「出た! ナルシスト! 少しは自分を卑下しろよ!」
「当たり前のことを言っただけだけど?」
「この野郎!!」
「はい! スト―――――――ップッッ!!」
怒鳴りかけた郁斗の後頭部を誰かが掴んで。視界の中で誰かの手が星歌の後頭部を掴むのが見えた。そして、ぐん、と前に押し寄せられる感覚と、眼前の星歌の顔が急接近してくるのが見えて、
ゴツン。
鈍い音が、頭蓋骨の中で反響した。
「い……」
「った―――――いっ!」
重い衝撃を受けた額が、ずきずきと痛む。誰かが郁斗と星歌の頭を掴んで、思いっきり頭突きさせた、ということをようやく理解した郁斗は、顔を上げて頭突きを強制的にやった犯人を睨み上げる。
「何するの、幸さん」
見上げれば、腕を組み、仁王立ちにこちらを見下す幸明の姿があった。心なし、幸明の表情が色をなしているような気がする。
「子供は風の子だろ? 爆発するほど元気が有り余っているなら、外で遊んで来い!」
ぽい、と郁斗と星歌は、外へと放り出された。
田舎町は、平日でも休日でも同じ風景が広がっている。のどかな田園に、雪化粧をしている山々、のんびりとした時間を過ごす人々。
その中を郁斗と星歌はゆっくりと歩いていた。
特に何をするわけでもなく、何かを会話をすることもなく、ただ黙々と並んで歩く。すれ違って行く田舎町の人は郁斗と星歌の姿を見るなり「でーとかい?」と微笑ましいと言わんばかりの声色で、声をかける。それに曖昧に返しては、また二人で歩く。
目的もないまま。
目的を見つけようとしないまま。
しばらく歩いて、隣にいた星歌が遅れて歩いていることに気付いた。けれど、別に気遣う必要もないから、そのままの速度で歩く。星歌が駆け寄ってくる様子がない。それどころか、ぴたり、とその場で立ち止ってしまった。
郁斗ははぁ、と溜め息を吐いて、同じように立ち止る。
「何? どうしたの?」
数歩遅れた場所に星歌は立っていた。顔は郁斗ではなく、横を向いている。郁斗はその視線の先を追った。そこには星歌と同い年くらいの少女たちがけらけら笑いながら歩いていた。制服姿の少女たちは、学校帰りなのだろう。
「私ね」
ぽつり、と星歌が独り言のように切り出した。
「私、学校に憧れてたんだ」
「学校に?」
学校と言えば、子供たちが勉学に励む場所だ。子供たちが密集した場所で勉学なんて、はっきり言って郁斗には考えられなかった。きっと自分が学校に行っていれば自分勝手な子供たちに勉強の邪魔ばかりをされ、毎日ストレスを溜めこんでいたかもしれない。そう思うと学校に行かなくて良かったとすら思えるのだが、どうやら彼女は違うらしかった。
「学校ってたくさんの人たちが集まるでしょ? きっとその人たちの中に仲の良い友だちができたかもしれない。だから、すごい憧れてた」
――憧れていたのなら、行けばいいじゃないか。
そう口に出しそうになって、慌てて口を閉じた。
行きたくても、行けない。
行きたくても、忘れてしまう。
他人と関わっても、関わった他人全てを忘れてしまう――彼女が抱える忘却者の後遺症のせいで、行けないのだ。
「ふーん。そんなにいい場所なのかな」
適当に、しかし、はぐらかす感じで返す。
「いい場所だよ。絶対にね。……郁斗は学校、行かないの?」
「行かないよ」
「即答だね」
「当然。だって、きっと僕は周りに溶け込めない」
「そう? 郁斗ならうまく猫を被って、皆と打ち解けそうじゃん」
「上っ面だけの付き合いは、僕はいらないよ」
「――ま、それもそっか」
星歌は興味が失せたように歩き出した。てくてく歩いて、郁斗を追い抜かして、振り返る。
「ね。郁斗にはないの? 憧れてるもの!」
「憧れ……?」
郁斗はしばらく考える。考えて、でも星歌に打ち明けても仕方ない、と頭を振った。
「ないよ。別に」
「はい。嘘ー」
「何? 急に?」
「郁斗って絶対に自分の本心を言わないよね」
「何で、そう思うの?」
ひょい、と星歌は郁斗を覗きこむ。悪戯をしている子供のような厭らしい笑みを浮かべて、
「だって、郁斗だもん」
と、答えになっていない答えを返した。
「は?」
「郁斗は、〝自分〟に自信がないよね」
「……さっきはあれほどナルシストとか馬鹿にしたくせに?」
「だって、あれは《自身》の忘却者としてでしょ?」
星歌がにや、と笑って、離れていく。柔らかそうな髪の毛が、ふわり、と冬の冷たい風に靡いた。
「郁斗はね《自身》の忘却者である郁斗と、《郁斗》である郁斗を両方分けて使って生きてる」
「……」
「《自身》の忘却者である郁斗は自信満々だけど、《郁斗》である郁斗は自信がないんだよね」
「……」
「ね、《自身》の忘却者の生い立ち、訊いてもいい?」
「――嫌だね」
「ケチ」
「何で自分の嫌な記憶を話さなきゃいけないの? それにあんたは人の過去を覗き見しただろう」
「それもそうだけど」
「……」
郁斗は歩き出す。星歌を通り過ぎようとしたところで、彼女も並んでついてきた。
「……すぐに忘れるなら、話してもいいかな」




