二章―16
「どうだった?」
「え? あ、うん。まぁ、何て言うか……うん、ねぇ?」
「……挙動不審すぎるよ」
「え!? そう!? 普通! 普通!」
「……」
「……あはは」
「早く下りてきて。朝ご飯にしよう」
「はーい!」
日記に何が書いてあるのか、わからない。
ただ、一つ言えるのは、昨日の星歌はあまり良いことを書いていなかったようだった。何しろ、彼女が日記を読み終えた後の、悲しみか、怒りか、悔しさか。よくわからない感情が混ざり合った、複雑な表情をしていたから。
「ミケさんは? 起きてる? 今日は、幸せの国に連れてってくれるんだって」
「……そう」
とりあえず、ろくでもないことが書いてあるのが一つ判明した。
朝食を食べ終えて、郁斗と星歌は顔を突き合わせていた。
爽やかで、けれど、ひんやりと冷たい冬の午前の光が、郁斗の部屋に差し込む。二人の間に漂う違和感を浮き彫りにし、互いが互いの顔色を窺っているような不快な空気が漂っていた。
「……今日、ここに集まったのは、何で?」
最初に口を開いたのは、星歌だった。
「反省するため」
「反省? 何で?」
「……昨日のあんたの日記には何て書いてあった?」
「え? ミケさんと一緒に幸せの国へ行くこと」
「違う。いい加減に嘘に気付け」
「嘘? どのあたりが!?」
全部だ、全部。
はぁ、と鬱屈とした気分と、苛立ちを吐き出すように長く溜め息を吐いた。
「《未来》の忘却者について、何か書かなかった?」
昨日のあんたは何を書いたんだ、と心の中で悪態を吐く。
「《未来》の忘却者……?」
思案する顔が、次第に曇っていった。
「どうしたの?」
「ん? いやいやいやいやいや! 何も! 《未来》の忘却者ね! 書いてあったよ、うん。良い感じに追い詰めたけど、逃げられたんだよね!」
本当に、あの日記には何を書いてあったのだろうか。
「……そう。昨日はあんたの能力を合体させて、あいつを追い詰めた。追い詰めたまでは良かったけど、あいつには間一髪のところで逃げられた」
「そっかー」
「そこで昨日の反省点――それと、発見について、考えようと思う」
「発見?」
何のこと? と星歌は首を傾げた。
「そこは書いてなかったの?」
「だから、何が?」
「あんたの《繋がり》の力と、僕の《自身》の力で、大きな力を得たことだよ」
「――――――――――――――――あぁ」
「……忘れてたの?」
恐らく、あれが自分たち忘却者の常識を一気に覆された瞬間と言っても過言ではないというのに。
「まったく、あんたは呑気というか、楽観的というか……」
「それが私ですから」
「胸を張って言うことでもないよ」
はぁ、と溜め息を吐いて、呆れた気分を一気に切り替える。もしかしたら、この先、本当に何もかもがそれこそ切り替わるかもしれないからだ。
「さて、昨日は僕たちの力を合わせた。僕の《自身》の忘却者としての力と、あんたの《繋がり》の忘却者としての力だね」
「はい」
「これがどういう状況になったかわかる?」
「まったくわかりません」
「そういうと思ったよ。まず僕の力の分析をしよう。僕の《自身》の忘却は、
①自身の姿を変えられる。
②他の存在に姿を変えた場合、その存在の能力をそのまま得ることができる。
わかった?」
「うん。何となく」
「そして、あんたの《繋がり》の忘却。
他者と心と体を繋がせることができる。
ここまで、わかった?」
「うん。何となく」
「では、今回の能力について、どうなったかを教えよう。
①僕とあんたは繋がった=一心同体に。
②僕は戦闘時、何か強い生物になれないかと想像し――それがグリフォンだった。
③グリフォンという情報と得て僕はそれを手繰り寄せた――現実に存在する生物として。
④あんたは無意識に《繋がり》の力を発動させたんだ。手繰り寄せた僕の情報を、この世の存在として認めて、現実世界へと結び付けたんだ。グリフォンは、この現実世界にいるってね。
⑤そして僕はグリフォンとなった。けれど、《繋がり》の力でグリフォンとなったけれど、僕の現実としての意識と理想としての意識が、矛盾をはじき出した〝グリフォンなんているはずないのに、なってしまった〟。これは存在するものとして、すごい不安定なものだった。グリフォンの姿が崩壊する危機になるはずだった」
「……崩壊するはず、だったの?」
「そう」
「じゃあ、何で?」
首を傾げる星歌に、郁斗はぴ、と指を差す。指先を突き付けられた星歌は、きょとん、と見返した。
「……私?」
「そう。あんたの能力は〝他者と自分を繋げること〟なんだよ?」
「そう、ですね」
「ここで、⑥が生じたんだ。
⑥不安定だったグリフォンという曖昧な存在を、――言ったでしょ? ――現実世界に住むれっきとした生物として、繋いだんだ。さっきは僕の想像と現実を《繋いだ》んだ。けれど、今回は意識同士を《繋いだ》。僕の〝いるはずがない〟という否定する意識と、その現実意識の結びつきを」
「……」
「強制的に、〝グリフォンは、現実の世界にいる〟と無自覚にも信じ込ませて、グリフォンを存在化したんだよ」
「……」
「《繋ぐ》こと、それがあんたの力」
「それが、私の力……」
「そうなんだよ。あんたの力ははっきり言って、凄い。凄くて、とても危険なものだ。何しろ、何でもアリにすることができるからね」
だからこそ、《協会》はあんたを連れ戻そうと躍起になっている――とは言わない。しかし、この力を見られたら最後、彼女を利用とする輩が多く増えるだろう。
「――危険な力」
星歌は自身の手のひらを見た。そこに何かが在るわけではないが、それでも自身の体の中にある脅威を不思議に――あるいは実感できていないかのように、眼をぱちくりとさせている。
「よく、わかんない」
やはり、実感できていないようだった。
「ねぇねぇ」
「ん?」
「この力があったら、私は強くなれる?」
期待に満ちて、それでもどこか諦念があるのだろうか、僅かな翳りを浮かべて、星歌は訊く。それに自分はどう答えればいいか、わからなかった。
強くなる可能性はある。
しかし、逆に弱点となる可能性だってあるのだ。
「さて、どうだろうね?」
曖昧に答え、曖昧に口元を歪ませる。その自分の表情をどう思ったのかわからなかったが、星歌は「そう」と答えたっきり、口を閉ざした。
「そこで、復習だ」
「復習?」
「昨日の、僕とあんたが組み合わせた力の、復習だよ」
「……できるの?」
「昨日はできたんだ。今日だってできるはずだ」
「本当に?」
「本当だよ。この力さえ完成すれば、《未来》の忘却者を捕まえられる。絶対にね」
「……」
「さて、やろうか」
星歌は無言で居住まいを正し、郁斗へと顔を向ける。郁斗も居住まいを正して、そ、と手のひらを星歌に差し出した。星歌は黙然と、その手のひらに手のひらを軽く乗っける。
「始めるよ」
「うん」
星歌が纏う空気が変貌する。それを知覚し、郁斗の中に星歌の心が流れ込んできた。
「……?」
思わず眉根を寄せる。
星歌の心の奥が、流れ込んでこなかった。表面上だけの、それこそ上っ面だけの感情しか、流れてこない。
星歌も郁斗を同じ顔をしていた。どうやら、彼女にも自分の上っ面の心しか流れ込んでこないみたいだった。
こういうこともあるのだろうか?
繋がった回数は数回ほど。彼女の力を理解できるほどではない。
――まぁ、いいや。
引っかかる違和感は残っているけれども、繋がれたのだから、それはそれでいい。




