/3 青春への第一歩は遠い
夏休みの教室。
蝉の鳴き声が響き渡る中、金髪ピアスの男が叫んだ。
「可愛い彼女と二人乗りして下校したい!!!!」
それに対して、机に腰掛けていた黒髪の男が一言。
「本当にどうでもいいな、小金井の目標は」
小金井と呼ばれた金髪ピアスは、特に気にした様子もなく続けた。
「いいか、安田…俺達の青春は短い…高校生活はもっと短い。この高校生活で
可愛い彼女と二人乗りすることはこれからの人生で重要な経験になるんだ…!!!」
小金井の力説に安田は、溜息をつき、
「まず彼女を作れよ」
「そうだ、それ。彼女を作るためにこの夏休みは尚更重要なのだ!!」
そう言うと立ちあがり、窓の方を指差して
「いざ行かん、ナンパへ!!!」
小金井の叫びと共に一瞬蝉の声が消え、教室が沈黙で覆われた。
安田は、汚物でも見るかのような目つきで
「とりあえず、補習課題を終わらせろ。里崎と新山はすでに終わって帰ったぞ」
そう言って小金井の机の上の問題集を叩いた。
「安田…お前は補習とナンパどっちが大切だと思うんだ」
「補習」
「なっ……青春真っ只中の高校生に有るまじき発言」
「そうだな、俺も本当は青春したいよ」
「だろ?じゃナンパ行こうぜ?」
「…【お前の】補習が終わったら考えても良い」
その言葉で小金井は呻き声を上げ、よろよろと席に着いた。
外では相変わらず蝉の声と野球部の掛け声が響いている。
「だー!!!終わらん!」
両手を上げ、バンザイの格好で叫んだ。
「何だコレ!英語か!英語なのか!?」
バンザイの状態からそのまま両手を机へ叩きつける。
横で携帯をいじっていた安田は、画面から視線を逸らさずに一言。
「数学」
「だー!もうこんなのやっても何にもならねぇー!!!」
あまりの小金井のやる気のなさに安田は辟易し、額に手を当て少し考えると口を開いた。
「………小金井。いい事を教えてやろう」
「何だ?可愛い女の子でも紹介してくれるのか?」
「勉強できると、女の子に教えるイベントが発生する可能性が生まれる」
「なんだとぉ!?」
「さらに好感度が上がれば、図書館デート等インテリっぽいイベントも可能」
「…そんな、馬鹿な…」
驚愕に打ち震える小金井。
「つまり、勉強の出来ない………というより、やる気のないお前はそういうイベントを気がつかずスルーしている」
「マジか……」
安田はトドメとばかりに更なる追い打ちを掛ける。
「そして、お前が狙ってる篠田さんは馬鹿は嫌いと言っていた」
「ぎゃあああああああああああ」
「さらに言うと、篠田さんは幼馴染の桐生君と仲が良い」
ドスッ!と心に何かが刺さる音と共に小金井は机に伏せた。
「……可哀想な小金井……今年何度目の失恋だろうか……いや、数えるだけ酷なことか」
「て、てめぇ…安田……」
突っ伏していた小金井は、何とか顔だけを上げ安田を睨みつける。
そんな視線を気にせず、告げる。
「そんな可哀想な小金井に朗報」
「何だよ、もう良いよ。どうせ俺は非モテ代表だよ」
そっぽを向く小金井。
「さっき、宮野さんからメールが来た。海に行かないか?だって」
安田の言葉に音速で振り返る。
「お、おおお、おおおおお…我が親友…」
振り返った小金井はうるうると目に涙を浮かべていた。
「…ちょ、ちょっとマジ泣きは怖いって」
「行こう!昨日の失恋より明日の恋だあああああ!!!!」
バン!と勢いよく立ちあがり、拳を天高々に突き上げる。
そんな、小金井に安田は笑顔で
「ではまず、今日の補習からだね」
次の瞬間、小金井は崩れ落ちた。