/1 希望溢れる夏休み?
「終わったぁ…」
俺は教室の天井を見上げ、呟いた。
「里崎、終わったのは1学期か?それとも通知表の方か?」
視線を真横に移すと新山の何時ものニヤケ面が視界に入った。
「両方だよ…俺はもう、精神力、体力、ともにゼロだぜ」
「精神力は通知表の無残な結果によるものとして、体力は?」
「お馴染みの校長の長い話で今日の全体力を使い果たした」
何処の学校でも同じだろうが、すべての行事において校長の長い話を聞くことは拷問と同義語だと思う。
ましてや、この暑い日に密閉空間と化した体育館で長時間立ちながら校長の長い話を聞くのは、最早地獄。
「まぁ、明日から夏休みだし、いいじゃねぇか」
新山は下敷きを団扇代わりにして、涼しげな顔で言った。
「余裕だな…そんなに成績が良かったのか?」
俺の言葉に新山は扇ぐのをやめると立ち上がり、
「フフフ、ハハハハハハハハハハ」
どこぞのラスボスとばかりの笑い声を上げた。
「え?何、世界滅ぼす系?」
「フ、今の俺なら世界を三度は焦土に出来る」
「お願いですからやめて下さい。まさか、お前…」
「これを見ろ」
そう言って机の上に置いてあった通知表を俺の目の前で広げる。
広げられた通知表を見て、俺は絶句した。
「………え?ちょっと沈黙とか、本格的に辛いんですけど?」
「………いや、なんというか、もしかしてうちの学校って5より1の方が評価が高いのかなぁと」
「去年と評価方法が変わらなければ5が最上位だ」
「そっか、辛いな…」
細かい評価については、個人情報なので多くは語れないが、個人的な感想を述べれば、正直何をどうすればこんな成績が取れるのかわからないレベルである。
新山は再びニヤケ顔に戻り、言った。
「もう一度言うが、明日からは夏休みだ。終わったことは気にするな!」
「だよな!夏休みだ…やるぜ、俺はやるぜぇ」
海水浴、花火大会、夏祭り、…などなど夏固有イベントは盛りだくさんだ。
悩んでる暇など一瞬たりともないのである。
「おっし、先ずこの先の予定を立てようぜ」
新山の言葉に俺は頷いた。
そして携帯を取り出し、予め近辺のイベントを入力しておいたスケジューラを立ち上げる。
「まず一番近いイベントは花火大会か」
「だな。これは、女の子誘って、浴衣姿を見るチャンス」
「いいな、浴衣」
新山が、俺の携帯をのぞき込み、花火大会の後のイベントを探す。
「で、次は夏祭りか…これも浴衣を見るチャンスだ」
「おお、隙のない二段構え」
「何処かのタイミングで海水浴にも行きたいな!水着だぜ、水着!」
「くっそ、浴衣、浴衣、水着の三段撃ち…無敵の騎馬軍団でも負けちまうぜ」
台詞が支離滅裂だが、夏なので仕方がないのである。
「盛り上がっている所、悪いんだが」
突如、後方から声がかかり二人同時でそちらの方を向いた。
そこにはホームルームが終わり、職員室に戻ったはずの担任の姿があった。
「ありゃ?先生、どうかしましたか?」
「夏休みの幻想に胸を膨らませるのは良いのだがな、二人ともまずは頭を膨らませろ」
「と、いうと?」
担任の言葉に俺達は首を傾げた。
その姿に担任は深く溜息をつき、一言。
「補習だ」
こうして、俺達二人の夏休みの最初のスケジュールは、夢も希望もない補習で埋まることになった。