百二十三回目「雨の日の金曜日」
二千二十六年六月二十六日。金曜日。雨降り。何かやたらと白い服で出かけてしまった。
百均に、卓上整頓セットを買いに行きました。雨降りですが、町の中は人がいっぱいです。流石は金曜日。
すごい痩せっぽちのおじいさんが、ふくふくと太った、くりくりの眼の大きな、天パの赤ちゃんを抱っこして歩いていて、「お祖父さんのアイドルや」と思って居たのですが、祖父と孫にしては似ていない。
一パターンとしては、お祖父さんの妻の方が太ってる体質の説。
二パターンとしては、お祖父さんの息子さんのお嫁さんが太ってる体質のパターンの説。
この二通りが頭に浮かびましたが、それ以上は深入りしない事にしました。
自分で歩ける年齢の小さい子も居たのですが、彼は「隣にいるお父さんの興味をしっかり捉えて居られるか」が気にかかっているらしく、前を見て歩かないし、前を見てても立ち止まるのです。
お父さんは一定時間で背を押して、歩くように幼児をせかしていました。
生存本能としては、「目的地まで、自分がしっかり保護者の意識を惹いたまま辿り着けるか」がかかってるんだから、子供は一々親を確認するし、親からの「歩け」の合図を欲しがるんですね。
小さい子供は一瞬もじっとして居ないと言いますが、だって、生まれ出でて今一瞬の時間を過ごしている彼等は、秒単位で「滅茶苦茶暇な時間」が存在するんですもの。
「遊んでないでご飯を食べなさい」と言われても、噛んでいる間は、手は暇なんだから、口に食物を入れてから、遊べるよね? と言う発想になるんですね。
親としては、飯の間に「不衛生な物に触らないでほしい」とか、「口に入ってるものを吹いたらどうする」とか、心配事があるんだろうけど、子供からすると、「それって、支配ですよね?」って、論破したくなるくらい、飯の時間と言うのは暇なんです。
おいどんは、子供時代の記憶が、良くも悪くも滅茶苦茶はっきり残っているほうなので、大体の「豆っこからやや豆っこ」くらいの人類の心境は、何か分かります。
雨の降りそぼる町から帰って来て、まず、夕飯に何が食べられるか考えてみて、昨日買っておいた「お家で〇サイーボウル」のアイスを一個食べました。
すごく小さいアイスなのに、腹持ちがとても良いのです。
美味しくて栄養満点。但し、単価は高い……と言うのが、〇サイーボウルと言うものであると認識しました。
食料も僅かなので、大事に食パンを食べながら明日を過ごします。




