④ 雪子の前乗り
光秀よりも先に、予め前乗りしていたこの現場で、雪子は僧侶たちに、敢えてフルネームを名乗っていなかった。しかも光秀には、直接ユキコであるとも言っていない。
それは、敢えてそうしたかったのだ。
何故ならこの時代、取るに足らない女性のファーストネームなど、歴史の中に埋もれてしまう運命だったからだ。
つまりユキコとしか名乗らない女性の事は、どこにも記録が残らず、暗躍が可能という訳である。
こういう時、オンナに生まれてホントに良かったと思う雪子であった。
前々から、明智光秀の最後の運命に、納得出来なかった彼女は、ある日思い立って、自分の介入で"本能寺の変"後の、彼の人生を演出する事にしたのだ。
そのために彼女は、前持って延暦寺の残存メンバーに接触し、準備を怠り無くしておいた。
彼女は、ビートルのフロントトランクと後部座席に、米俵や砂金などの物資を詰めるだけ積んで、せっせと運び込んでいたのだった。
何しろ彼女は、暇な金持ちなのである。
ただ一つだけ悔しかった事は、彼女よりも先に、延暦寺跡地に、サン・ジェルマンが訪れていた事だった。
しかも「今後、コレと同じ乗り物に乗って、ユキコと名乗る女性がやって来る。どうかその時は、彼女からの援助を、快く受け入れて欲しい。」という話をして、シルバーのビートルで帰って行ったらしい。
彼女が前乗りした時、既に僧侶たちの間では、伴天連の神の使いの者も、なかなか味な真似をする、と、サン・ジェルマンの事を解釈し、そのウワサで持ちきりであったのだった。
もちろん、彼も抜かり無く、名乗ることはしなかった。「ただ、ただ、善意からです。」と言って、やはり色々と物資を差し入れしたと言う。
また、先を越されたのね、私。
雪子は"してやられた感"で、思わず苦笑いしたのだった。
まあ、いいわ。次の課題よ。どんどん行くわよ!
彼女はそう、自分を鼓舞するのだった。
雪子は、ビートルに戻ると早速、次の目的地の座標を、以下のように時空転位操作パネルに打ち込んだ。
西暦1424年 7月14日 日曜日 12時00分
北緯48度26分
東経05度40分
雪子は、時空転位装置のスイッチを入れた。
目指すは、フランス国、ドンレミ村だ。
目的はもちろん、ジャンヌ・ダルクの奇跡を後押しして、そして最後には、あの忌まわしい火炙りの刑から、彼女を救い出すためである。雪子は、そのためのプランを、練りに練ってあるのだ。
しかし、まさか行った先の現場で、あんな事になるとは、夢にも思わない雪子なのであった




