氷薔薇は玉座を見下ろす
王立学院の大広間は、祝祭の名残を残したまま、異様な緊張に包まれていた。
赤絨毯の中央に立たされたのは、侯爵令嬢アリア=フォン=ルーヴェンシュタイン。王国随一の名門に生まれ、「氷薔薇」と呼ばれ恐れられた悪役令嬢である。
「アリア・ルーヴェンシュタイン! 貴様との婚約を、ここに破棄する!」
王太子レオンハルトの声が高らかに響く。彼の隣には、白百合のような少女――平民出身の聖女リリアが怯えた表情で立っていた。
「お前はリリアを虐げ、学園内で権勢を振るい、王家の名を汚した! よって断罪する!」
ざわめく貴族たち。期待と嘲笑、そして安堵。
だが、アリアは一切表情を変えなかった。
「……以上で、よろしいですか?」
その静かな問いに、レオンハルトは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「ええ。では、私からも発言を」
アリアはゆっくりと一礼し、淡々と語り始める。
「まず、リリア様を虐げたという件ですが、提出された証言はすべて“伝聞”ですね。物的証拠は?」
「そ、それは……!」
「次に、私が権勢を振るったとされる件。王太子殿下の名を用いた命令書は一通も存在しません。すべて私個人の裁量による“学院規則の適用”です」
貴族たちが息を呑む。
「最後に、王家の名を汚したとのことですが――王国の財政赤字、三年連続で改善したのは誰の内政案でしたか?」
アリアは一歩前に出た。
「塩税の再編、地方領主への分権化、軍需契約の見直し。すべて私が立案し、殿下が“承認”なさった政策です」
会場が静まり返る。
「……殿下。婚約者としてではなく、補佐官として申し上げます」
アリアは初めて、鋭い視線を向けた。
「あなたは“感情”で王国を動かそうとしている。私は“数字”で支えてきた。それだけの違いです」
「黙れ! 貴様は冷酷すぎるのだ!」
「ええ。国家運営に、情は毒ですから」
その瞬間、後方の扉が開いた。
「では、その“冷酷さ”を買おう」
現れたのは、隣国ヴァルツ帝国の宰相代理。外交団を率いていた。
「我が国は、ルーヴェンシュタイン侯爵令嬢を正式に招聘したい。条件は、王国との不可侵条約と、五年間の通商優遇」
どよめきが爆発する。
「な……!」
レオンハルトの顔色が変わった。
アリアは一瞬だけ考え、そして微笑んだ。
「殿下。婚約は破棄されました。つまり私は、自由の身」
彼女は振り返り、深く一礼する。
「――外交官として、国を救う道を選びましょう」
数か月後。
王国は深刻な財政難に陥り、貴族間の権力闘争は激化。感情政治の末路である。一方、ヴァルツ帝国との条約により、周辺諸国の経済圏は再編され、中心に立ったのは一人の女性だった。
氷薔薇の宰相補佐、アリア=フォン=ルーヴェンシュタイン。
「ざまあ、ですか?」
そう問われた彼女は、書類から目を離さずに答える。
「いいえ。これは必然です。国を捨てたのは、あちらですから」
冷たいようでいて、あまりにも正しい結末だった。




