表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

第三章:最初の試練:エントリーシートと不採用通知

四月。大学の授業はまだ続いているものの、さくらの頭の中は完全に就職活動に支配されていた。


凛の助言通り、さくらは「安定」と「社会的ステータス」を優先し、大手総合商社、メガバンク、そして高いブランド力を持つ消費財メーカーなど、約三十社にエントリーシート(ES)を提出した。


ES作成は、自己分析という名の「理想の自分」の創り上げ作業だった。


(商社が求めるのは、タフさとリーダーシップ。メーカーが求めるのは、地道な改善力と協調性……)


さくらは、それぞれの企業が喜びそうなエピソードを過去のアルバイトやゼミ活動から掘り起こし、言葉を巧みに使い分けていった。文学部で培った文章力は役立ったが、書けば書くほど、それは「田中さくら」という本質から遠ざかっていくような気がした。


「粘り強く目標を達成した経験」の欄には、ゼミで資料集めを続けた地味なエピソードを華やかに脚色した。「チームで困難を乗り越えた経験」には、自分が本当は裏方だったにも関わらず、リーダーのような立ち位置でまとめ上げたように書いた。


そして、その結果はすぐに現れた。


四月の半ば、メールボックスには、期待と不安が入り混じった通知が届き始めた。最初は、有名外資系コンサルからのものだった。


『厳正なる選考の結果、誠に残念ながら今回はご期待に沿いかねる結果となりました。』


丁寧な定型文の裏には、冷たい拒絶が隠されていた。さくらは一瞬、心が空っぽになるのを感じた。


その後、大手総合商社、続いて有力な消費財メーカーからも、同様の通知が立て続けに届いた。ES選考、または一次のWebテスト(SPI)の段階で、あっさりと振り落とされたのだ。


「なんで……」


さくらはスマートフォンを握りしめ、ベッドの上に座り込んだ。徹夜でESを推敲し、自己分析に費やした時間が、全て無駄になったように感じられた。凛のように戦略的に動けているわけでも、優海のように「自分らしさ」を貫けているわけでもない。中途半端な自分は、どこの企業にも必要とされていないのではないか。


特に、ESではなくWebテストで落ちた大手自動車メーカーの不採用通知は、さくらの自尊心を深く傷つけた。自分は学業ではそれなりの評価を得てきたという自負があった。そのわずかな自信が、「社会の基準」の前では全く通用しないことを思い知らされた。


(私は、社会から必要とされていない)


この黒いスーツの海で、自分だけが溺れているような感覚。


さくらは、選考を通過した友人のSNS投稿を見るのが怖くなった。彼らの「頑張ろう!」という前向きな言葉が、今のさくらにはまるで嘲笑のように聞こえる。


自室の小さな机の上には、何枚もの不採用通知のコピーが積み上がっていく。それは、彼女の無力さと、就職活動というシステムに対する理解の浅さを表す、冷たい証拠の山だった。


そして、さくらは気付いた。自分が書いたESの「理想の自分」は、どの企業にも「刺さらなかった」のだ。それは、さくら自身がその理想を心から信じていなかったからかもしれない。


最初の試練は、彼女が「安定」という漠然としたゴールに向かって、偽りの言葉を並べていたことを、無情な結果として突きつけるものとなった。さくらは、深い孤独と焦燥の中で、初めて就職活動の現実の重さを噛み締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ