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第二章:「安定」という名のプレッシャー

合同説明会から三日後。さくらは大学キャンパスのカフェテリアで、凛と望月 優海ゆうみと向き合っていた。カフェの喧騒は、ビッグサイトの熱気とは違い、いつもの学生生活の延長にある。しかし、彼女たちが纏う空気は、もう以前とは違っていた。


凛は目の前に広げたiPadの画面をさくらに向けて、淡々と説明する。


「見て、さくら。これが最新の就活アプリで集計した志望動向ランキング。金融、総合商社、インフラが依然としてトップ。私たちは文学部だけど、この流れに乗らないと。特に、最初のエントリーシート(ES)で受ける企業群が、後の選考のパスポートになるからね」


凛の言葉には迷いが一切ない。彼女の周りだけ時間が早く進んでいるように感じられた。凛は幼い頃から目標達成能力が高かったようで、テストでも常に上位だった。就職活動においても、その能力を遺憾なく発揮している。


「私はもうメガバンクと五大商社、それから外資系コンサルに絞って、ESの添削をプロのコーチにお願いしてる。さくらも、そろそろ本腰を入れないと。最初の不採用通知は精神的にくるから、その前に一つでも多く『安定』の切符を手に入れておくべきよ」


「安定、か……」


さくらは、カフェオレの泡をスプーンで潰しながら呟いた。


凛の言う「安定」は、高年収、福利厚生の充実、そして社会的なステータスを意味する。それはさくらの両親が望む未来でもあった。だが、ビッグサイトの熱狂の中で立ち止まったとき、さくらの心に浮かんだのは、子どもの頃に夢見た、物語を作る仕事だった。


「さくらはどうするの? 大手メーカー狙いって言ってたけど、ESの自己PR、もう書き終わった?」


凛の問いに、さくらは曖昧に頷くことしかできなかった。自己PRの欄に「地道な努力で目標を達成する粘り強さ」と書いてみたものの、それも「就活でウケそうな定型文」に過ぎないと感じている。本当に自分が提供できる価値が何なのか、さくらはまだ見つけられていなかった。


一方、優海はさくらとは対照的に、パフェを美味しそうに食べながら、どこかリラックスしていた。


「私はねー、デザインとか企画系の会社をいくつか見てるよ。社員数二桁くらいのちっちゃいとこ。だって、さくらも言ってたじゃん、言葉の力で何かしたいって。大きい会社だとさくらの言葉って、ただの歯車になっちゃいそうじゃない?」


「でも、優海。小さい会社はリスクが高いよ。数年後にどうなってるか分からないし、待遇だって全然違う。さくらも、そういう夢みたいなこと言ってられない時期でしょ」凛が優海の言葉を遮った。


優海は苦笑し、パフェのチェリーを口に運ぶ。


「凛はいつも現実的だね。でも、さくらも凛の言う『安定』の基準で選んだら、入ってから後悔するかもよ? 自分の軸がないまま、周りのプレッシャーで決めた『安定』なんて、一番不安定じゃない?」


優海の言葉は、さくらの胸の奥底でずっとくすぶっていた疑問を、形にしたようだった。優海は、さくらが本当に好きなこと、文学や言葉への思いを知っている。


(周りの『安定』というプレッシャーに、私は流されているだけなんだ……)


さくらの手元にあるESには、まだ「志望動機」の欄に自信を持って書ける言葉がなかった。このままでは、凛がすでに走り出したレールの上を、ただ怯えながら追走するだけになる。さくらは、これから始まる「自分探しの旅」が、予想以上に厳しく、そして孤独なものになることを悟り始めていた。

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