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◆第1章 人族編 「天才魔法少年爆誕、生家を半壊させた件」



1-1:誕生と魔力暴走


―世界に落ちてきた最初の衝撃は、産声ではなかった。


生まれた瞬間、俺の内側から噴き上がったのは、言葉にもならない“奔流”だった。

温かいとか冷たいとか、そんな曖昧な感覚が押し流されるほど、膨大で荒れ狂った力が俺を突き破ろうとしていた。


赤子が理解できるはずもないが、俺の魔力は、すでに制御という概念を拒んでいた。

次の瞬間――家が揺れた。


「っ! な、何だ今のは!?」

「ひいっ!? 壁が――!」


木造の産屋は雷鳴のような振動に包まれ、外の板壁が一部、爆風のように吹き飛んだ。

産婆は尻もちをつき、父は俺を抱く腕を震わせ、母は寝台の上で呆然と口を開けていた。


「……赤ん坊、よな? 本当に?」


父の声が震えている。

だが父だけじゃない。外では村人が悲鳴を上げ、誰かが「魔物の襲撃だ!」と叫んでいた。


違う。

魔物なんて来ていない。

今起きた“爆発”は――俺だ。


俺の魔力が、暴走している。


赤子の俺は泣き声すらあげられなかった。

ただ全身が熱く、胸の奥で渦巻く濁流が勝手に暴れ、空気を震わせていく。


「カイリス……これほどの魔力を持って生まれるなんて……」


母が呆然と呟いた。

父は額に汗を浮かべながらも、俺を落とさぬよう必死に腕を支える。


「しっかりしろ……! 俺たちの子だ……! 大丈夫、大丈夫だから……!」


恐怖と愛情が混ざった声だった。

赤ん坊の耳には曖昧にしか届かないはずなのに、その震えと温度だけは確かに伝わってきた。


――それが俺、カイリスの人生の始まりだった。


外はもう大騒ぎだ。


「家が半分吹き飛んでるぞ!」

「中にいるのは……産まれたばかりの子じゃなかったか!?」

「いや、あの魔力の揺れ……ただの赤ん坊のはずがない!」


村人たちのざわめきは、まだ言語として理解できなくても、空気の揺れでわかった。


俺は特別だ。

すでに“普通ではない”。


産婆が震える声で言った。


「……わしは長いこと取り上げをしてきたが……こんな子は初めてじゃ。精霊の加護……いや、もっと別の……何かが宿っとる」


父と母は互いに顔を見合わせ、次第に強張った表情がほどけていく。


「どれだけ強い力でも……この子は私たちの子よ」

「そうだな。恐れだけで見るわけにはいかん。守るんだ……何があっても」


恐怖と覚悟。

その両方が、抱き締められた腕越しに伝わってくる。


――その温もりだけが、暴れ狂う魔力の渦の中で俺を繋ぎ止めていた。


やがて、暴走はゆっくりと鎮まっていった。

まるでこの世界の空気に馴染もうとするかのように、胸の奥の熱が収まり、揺らぐ光が静かに沈んでいく。


「……落ち着いた?」

「おう……。なんとか……」


父の腕の中で、俺はようやく小さな泣き声をあげた。

その瞬間、外のざわめきが微妙に変わった気がした。


「泣いた……赤ん坊が泣いてる……」

「よかった、生きてるんだな」

「でも……どうするんだ? あの魔力は……」


不安。期待。畏怖。

村人の心の揺れが、そのまま空気に滲む。


この村での俺の扱いが、すでに“特別”へ変わり始めているのを感じた。


まだ物語を知らぬ赤子の俺は、その予感を言葉にできなかったが――

間違いなく、この瞬間が運命を大きく逸らす“最初の分岐”だった。


父が俺を母にそっと渡す。

母は微笑んだ。


「あたたかい……この子、とてもあたたかいわ」


母の胸元に抱かれた瞬間、俺の魔力はまるで安心するように静まった。


「きっと、この子は……大きな何かを背負って生きるのでしょうね」

「それでも俺たちは、カイリスの味方だ」


父母の言葉に、すぐ外で騒ぐ村人の声が重なる。


「この子、連邦国の未来を変えるかもしれんぞ……!」

「え? ただの赤ん坊だろう?」

「いや、あの揺れを見ただろう。生まれながらに“S級”の何かだ」


俺の人生は、このときすでに他人の期待と恐れの渦の中に置かれていた。


でも、そのどれよりも深く響いたのは、母の囁きだった。


「カイリス……あなたがどれほど強くても、私たちはあなたを抱きしめるわ。

だから、どうか……この世界で幸せに」


赤子の俺には何もできない。

泣くことしかできない。


だけど――その涙には理由があった。


“ほんの少しだけ、世界が優しかったから”。


外ではまだ、村人がざわつき続けている。

俺を恐れる者もいる。崇める者もいるだろう。

この先、どんな未来が待つかなんて、誰にもわからない。


それでもこの瞬間だけは、家を半壊させた暴走児の俺にも居場所があった。


そして俺はまだ知らない。

この魔力暴走が、後に連邦国全体を巻き込む大事件の“序章”に過ぎないことを。


―カイリスとしての最初の物語は、こうして幕を開けた。




1-2:大魔導士の診断


俺が生まれて三日目の朝。

村の門前に、一人の老人がゆっくり歩み寄ってきた。


白髪に深い皺、杖をつきながらも背筋がまっすぐで、まるで風そのものを従えるような気配をまとっている。

村人たちはざわつき、誰かが小さく叫んだ。


「で、伝説の大魔導士……ラグネル様じゃないか!」


その名は、この辺りでは知らぬ者がいない。

魔法学院を創設した英雄の一人であり、国王から直々に“賢者位”を授けられた人物。

だが彼は権威を嫌い、今は引退して孫のいる村を転々としているらしい。


――その孫というのが、俺の幼馴染サラフィアだ。


父が抱く俺を覗き込み、老人――ラグネルは長い眉を上げた。


「ほう……噂どおりよの。生まれたばかりで家を半壊させた赤子とは」


父は頭を抱え、母は申し訳なさそうに目を伏せる。

だがラグネルはゆっくり首を振った。


「責めるでない。むしろ……これは“兆し”だ」


老人は俺の額に手をかざした。

空気が震える。


――あ、と感じた。

赤子であるはずの俺の精神の奥に、冷たい光が入り込んでくる。

それは探るようでいて優しく、けれど逃げられない重みを持っていた。


「……なんと。魔力量、すでに成人の上級術士を凌ぐ。

加えて属性適性……火、水、風、土……すべて、Sに近い。いや……」


ラグネルの表情が初めて揺れた。


「“Sを超えている”と言うべきかのう」


父母が息を呑む。

周囲の村人たちがざわめき始める。


「Sを……超える?」

「そんな子、聞いたことないぞ……」


ラグネルの瞳は俺に釘付けだった。


「この子は、おそらく数十年に一人……いや、連邦国の歴史を塗り替える存在だ。

いずれ国が動く。

お主らの家にも、近いうちに王都からの使者が来よう」


父の肩が強張った。


「そ、そんな大層な……。ただの赤ん坊ですよ……?」


「“ただの”なら家は吹き飛ばん」


老人は静かに笑った。


その笑顔はどこか優しく、どこか遠い。

まるで俺がすでに“旅の始まりに立つ者”であると知っているかのようだった。


「しかし安心せい。力は必ずしも不幸を呼ぶわけではない。

この子には……支える者が必要だ。特に心の面でな」


ラグネルは家の隅でこちらを見ていた、小さな少女を指さした。

淡い茶髪に澄んだ瞳、まだ五歳のサラフィアだ。


「サラ、おまえ、この子を怖いと思うか?」


「……こわく、ない。

だって、泣いてるもん。赤ちゃんが。

こわそうじゃなくて……さびしそう、って思った」


その言葉に、ラグネルは満足げに頷いた。


「この子を救えるのは、お前のような優しい心だ。

サラ、頼んだぞ」


サラはこくりと頷き、俺をそっと覗き込んだ。

その瞳の奥にあったのは恐怖ではなく、ただ純粋な好奇心と、温かな光だけ。


俺は泣きそうになった。

赤子の俺に、涙の理由なんてわからないはずなのに。


――この日を境に、村の空気は大きく変わった。


俺はただの赤ん坊ではなく、“特別な子ども”として扱われ始めた。

期待と畏れを混ぜた視線が、日に日に増えていった。


だが、それ以上に強く寄り添ってくれた存在がある。

サラフィアだ。


村中がざわつく中、彼女だけは真っ直ぐ俺を見て、笑ってくれていた。


――その笑顔が、この先の人生で、どれほど俺を救うことになるのか。


このときの俺は、まだ知らない。


1-3:幼馴染との初修練


俺がまともに歩けるようになる前から、サラはよく家に来ていた。

母が病気の薬草を煎じる横で、サラは俺の手を握りながら、よく喋った。


「カイリスの魔力って、あったかいね。なんか、手がふわふわするよ」


俺は赤子なので言葉は返せない。

だが、サラが触れると胸の奥が落ち着くのを感じた。


そして三歳になった頃。

村の小さな丘の上で、サラは決意のように言った。


「わたしね、カイリスの魔法の練習に付き合う!」


サラは祖父ラグネルの血を引き、魔法の基礎を少し学んでいる。

とはいえ幼い子が教えるには限界があるはずだが――


「はい、まずは“風よ集え”って言うの」


子どもの声で真剣に指導される俺。

隣で母とラグネルが微笑ましく見守っている。


俺は息を吸い、サラの真似をして手を前に出した。


「ふ……ふえ?」


言葉は出ない。

しかし胸の奥が熱くなる。


すると――


風が動いた。


「えっ……!?」


サラのスカートがふわりと浮き、彼女の髪が揺れる。

丘の上の草がざわりと波打つ。


「すごい……! カイリス、すごいよ!」


サラがぱあっと笑顔を広げる。

ラグネルは白い眉をひそめ、誰よりも驚いていた。


「三歳で無詠唱とは……。この子、やはり規格外じゃな」


サラは誇らしそうに胸を張った。


「えへん! わたしが先生だからね!」


「それは違うじゃろう……いや、良いか」


俺はサラが笑うと嬉しくなり、もっと風を起こそうと胸に力を集め――


ドンッ!


風が暴走し、サラが後ろへひっくり返った。


「きゃっ!」


慌てて駆け寄る俺。

ラグネルにも母にも止める間もなかった。


サラは尻もちをつきながらも笑っていた。


「痛いけど……へへ、カイリス、ちゃんと魔法できてるよ!」


その言葉が胸の奥に温かく染み込んだ。


この頃から、サラはいつも俺の隣にいた。

魔力が不安定な俺を怖がるどころか、逆に寄り添ってくれる。


――サラは最初の友達であり、最初の支えだった。


村では、俺の噂が少しずつ広がっていった。


「カイリスが風魔法を起こしたらしいぞ」

「幼いのに無詠唱って……魔法学院の歴史書に載るレベルだ」

「いや、むしろ怖いくらいだろう……」


畏怖と期待が背中合わせの視線。

そんな中でもサラだけは変わらない。


「大丈夫だよ。カイリスの魔力は、わたしが守ってあげるんだから!」


彼女の無邪気な宣言は、奇妙に説得力がある気がした。


その日、丘の上で夕日を見ながら、俺ははじめて、“誰かと一緒にいる幸せ”を覚えた。


1-4:魔力安定食の支え


俺が四歳になった頃だ。

魔力の暴走は以前より減ったが、まだ時折、胸の奥から溢れ出しそうになることがあった。


そんなとき、サラが胸を張って言った。


「おばあちゃんに教えてもらってね、魔力を落ち着かせるスープを作ったの!」


サラの家は薬草の名家であり、ラグネルの知識もあって、薬草学に強い。

彼女は小さな手で器を差し出した。


「カイリス、はいっ!」


器の中では、淡い青色のスープが湯気を立てていた。

ハーブの香りがふわりと広がり、胸の奥にすっと染み込むような匂いだ。


「飲んでみて!」


俺はそっと口に運んだ。

温かい。


いや、それだけじゃない。

飲むたびに胸の奥を締め付けていた魔力の渦が、一層深い場所に沈んでいくような感覚があった。


「……おいしい」


サラの顔がぱあっと明るくなる。


「よかったぁ! カイリスが暴走しないように、いろんな草を混ぜたんだよ!」


横で聞いていた母が驚いた表情を浮かべる。


「サラちゃん……そんな難しい調合、もう覚えたの?」


「うん!だって、カイリスが苦しそうなの、いやだから!」


その言葉に、胸が少し熱くなった。


サラは俺のために、まだ幼い身で薬草の本を読み、祖父に質問し、試行錯誤したらしい。

彼女の家の台所には、調合に失敗したスープが並んでいたという。


「……ありがとう、サラ」


「えへへ! カイリス、もっと強くなるからね!」


彼女の不思議な励ましに、思わず笑ってしまう。

スープを飲むと魔力が安定し、魔法修練の効率がぐっと上がるのだ。


その後、毎日のようにサラは家に来てスープを作ってくれた。

父母は「助かるよ」と目を細め、ラグネルは「孫ながら大したものじゃ」と頷いていた。


しかし、村の空気は少しずつ変わっていく。


「カイリスの魔力、日に日に伸びてるらしいぞ」

「サラちゃんが支えてるんだってな……すごい子だ」

「いや、あの少年はもう“普通”じゃない。村以上の器だ……」


期待と畏怖は日ごとに濃くなり、俺を見る目は特別な存在を見るように変わっていった。


気づけば、同年代の子どもたちは距離をとり始めていた。


「カイリスくん、魔法暴走したら怖いし……」

「サラちゃん、よくずっと一緒にいられるね……」


サラは、そんな声を聞いても気にしなかった。


「カイリスは優しいし、ぜんぜん怖くないよ。

暴走しても、わたしが守るもん!」


その言葉は、本気で言っているのだとわかった。


彼女の青い瞳の奥には、揺るぎない強さがあった。


俺は、彼女がいてくれるだけで救われる。

幼いながらも、そうはっきり感じていた。


――この時期の俺は、まだ知らなかった。


サラが作ったスープが、後に“連邦軍公式魔力安定食”として採用されるほどの完成度だったことも。

そして、サラ自身が“名医”として歴史に名を刻むことも。


ただ、目の前のスープが温かくて、

サラの笑顔がまぶしくて、

それだけで十分だった。



1-5:村で“天才”と噂される


六歳になったころ、俺は完全に“村の有名人”になっていた。


「カイリスくん、今日も魔法の練習かい?」

「わしらの若い頃はせいぜい火打石を叩いたものじゃが……もう火球が出るそうじゃの?」

「サラちゃんと一緒に学院へ行くのか? きっと国の宝になるぞ!」


村を歩くたび、そんな声が飛んでくる。

畏れではなく、期待。

俺が生まれた瞬間に家を吹き飛ばした事件すら、いまや伝説のように語られていた。


――だが、それが全部良いわけではない。


同年代の子どもたちは、俺を見ると距離を取りがちだった。


「カイリスと遊ぶの、こわい……魔法暴走したらどうするの?」

「サラがいないと近づけないよなぁ」


仕方のないことだ。

俺自身、胸の奥で魔力がうねるのを自覚していたから。


「気にしなくていいよ、カイリス」


いつも隣にいるサラが微笑む。

彼女は俺を恐れたことが一度もなかった。


「誰も近づいてこなくても、わたしがいるもん。

だから……寂しくないでしょ?」


「……ああ、サラがいるからな」


正直、救われていた。


サラは昔から変わらない。

俺の手を引いて丘へ行き、初歩魔法の練習に付き合ってくれる。

魔力が不安定になればスープを作り、怪我をすれば治癒魔法の練習台にされる。


(おい、それは間違っておる)

(ラグネル様、うるさい)


そんな日々を重ねる中、確かに俺は強くなっていった。


火球、氷刃、風槍、土盾――初級魔法ならすべて無詠唱で出せるようになった。

精度はまだ荒いが、威力だけは大人顔負けだった。


そして、噂はついに村を超えた。


「王都の魔導学院から視察が来るそうだぞ」

「なんでも“規格外の魔力を持つ子”がいると耳に入ったらしい」


村長が家に訪れ、父母も沈黙し、サラも不安そうに袖を掴んだ。


「カイリス、連れてかれちゃうの?」


「さぁ……わからん」


だが、ラグネルだけは落ち着いていた。


「心配するでない。学院とて、無理やり子を奪うような真似はせん。

むしろ……おまえの将来が大きく広がるだけの話じゃ」


俺は黙ってうなずいた。

ただ、そのとき感じていたのは期待よりも――不安だった。


俺は本当に“特別”なのだろうか。

才能だ何だと言われても、自分が何者なのかはまだわからない。


ただ一つわかるのは。


(俺は、サラの隣にいたい)


たとえ天才だと呼ばれようと、村の宝だと言われようと……

俺はひとりではいたくなかった。


そんな心の揺れを抱えたまま、王都の使者を迎える日が近づいていった。

1-6:大魔導士の本格訓練開始

七歳の春、ラグネルは唐突にそんなことを言い出した。

「そろそろ、“遊び”では済まん段階に来ておるの」

いつもの丘の上。

俺とサラが初歩魔法の練習をしているところへ、ふらりと杖をつきながら現れたラグネルは、いつになく真面目な顔をしていた。

「遊びじゃないよ、おじいちゃん。カイリス、本気だもん」

サラがむっと頬をふくらませる。

ラグネルは小さく笑って、俺の額に指先を当てた。

「そうじゃな。本気なのは知っておる。ただ――こやつの魔力の“質”が、本格的に周りを巻き込み始める段階に入ったということじゃ」

額に触れた指先から、ひやりとした感覚が流れ込む。

次の瞬間、胸の奥で渦巻く魔力の奔流が、まるで自分ではない誰かに覗かれているような奇妙な感覚に包まれた。

「……前より、うねりが深くなっておる。器も勝手に拡張を始めておるしのう」

「勝手に、って……」

「鍋に火をかけっぱなしにすると勝手に吹きこぼれるじゃろう? それと同じことじゃよ」

とんでもない例えをされている気がする。

「というわけで、今日から本格的に“鍋の管理”を教えねばならん」

「やっぱり鍋扱いなんだな、俺」

俺のぼやきに、サラがくすっと笑う。

ラグネルは真顔のまま、杖で地面を軽く叩いた。

「カイリス。今日から、お主を正式に“弟子”として扱う」

「……弟子?」

「うむ。わしが引退してから、正式に弟子を取るのは初めてじゃ。お主の魔力は、この国の未来も、世界の均衡も動かす。ならば、きちんと制御を学ばせる責任が、わしにはある」

世界の均衡なんて大層な言葉をさらっと言うな、このじいさん。

「サラは?」

「もちろん、サラも一緒にやります!」

即答だった。

ラグネルは肩をすくめて笑う。

「まあ、そう言うと思ったわ。サラには“魔力の受け皿”としての資質がある。お主の傍におるなら、その役割も覚えておくがよい」

「受け皿って鍋じゃないよね?」

「……例えが悪かったかもしれんな」

そんなやりとりをしながら、その日から俺たちの“本格訓練”が始まった。

まず最初に叩き込まれたのは、魔法ではなかった。

呼吸だ。

「いいか、カイリス。魔力とは“内側の風”じゃ」

ラグネルはそう言って、俺とサラを森の中へ連れていった。

木々のざわめき、鳥の鳴き声、遠くで流れる小川の音。

耳を澄ませると、世界にはこんなにも多くの音があるのかと驚く。

「外の風を聞けるようにならねば、内側の風も聞けん」

大魔導士は、そう言って座禅のような姿勢をとる。

俺とサラも真似をして目を閉じた。

「吸うときは、大地から魔力を借りるつもりで。吐くときは、余計なものをすべて手放すつもりで」

最初はうまくいかなかった。

集中しようとすればするほど、胸の奥の魔力が暴れ出し、意識がそちらへ引きずられてしまう。

肩に力が入るたび、ラグネルの杖が頭をこつんと叩いた。

「力むでない。お主は元から“満ちすぎている”のじゃ。これ以上入れようとするな。まずは溢れた分を静かに戻す感覚を覚えろ」

サラはといえば、隣で静かに呼吸を整え、額に汗を浮かべながらも必死で集中していた。

「サラの呼吸はうまいのう。さすが薬草屋の娘じゃ」

「えへへ……でも、カイリスの魔力の方がずっと大きいから、ちゃんと支えられるようにならないと」

そんな会話を聞きながら、俺は何度も深呼吸を繰り返す。

――内側の風を、聞く。

ゆっくりと吸い、吐く。

何度も何度も繰り返すうちに、胸の奥のうねりの輪郭が、少しだけ鮮明になってきた気がした。

「そうじゃ、そのままじゃ」

ラグネルの声が遠くで聞こえる。

この日から、朝は呼吸と瞑想、昼は基礎魔法と属性制御、夕方は体力づくりと身体強化。

そんな生活が始まった。

筋肉痛で全身が悲鳴を上げる日も、魔力暴走しかけて鼻血を出した日もある。

それでも、サラと一緒に笑いながら続けられたのは、ラグネルの口の悪さと、たまに見せる優しさのおかげだ。

「よし、今日のところはここまでじゃ。……カイリス」

「は、はい……っ」

「いま、魔力の流れが“ほんの少し”だけ、わしの手に似てきた」

それは、ラグネルなりの最高の褒め言葉だった。

「カイリス、すごいよ! わたし、ちゃんとついていけてるかな……?」

「お前がいなかったら、とっくにへばってる」

そう笑い合いながら、俺たちは毎日丘の上へ通い続けた。

このときはまだ知らなかった。

この修練の日々が、後に“国家規模の戦争”を支える魔導戦力の基盤になることを。


1-7:無詠唱魔法の本格的な覚醒

八歳の頃には、俺の日課はすっかり“村の変人コース”になっていた。

朝は村の井戸のそばで呼吸と瞑想。

昼は畑の端で魔法制御の訓練。

夕方は森でラグネルに追い回される体力づくり。

「待てい、カイリス! 逃げる側ばかり上手くなってどうする!」

「じ、実戦でもまず生き残ることが大事なんじゃないですか!」

「口だけは達者になりおって!」

そんなある日のことだ。

村の中央にある小さな広場で、俺はラグネルの課した新しい訓練に挑んでいた。

「今日から、“詠唱なし”を意識して行う」

「いままでも、なんとなくは出来てましたけど……」

「“なんとなく”と“意図して”はまったく違う。お主の今までの無詠唱は、いわば本能の暴走じゃ。これからは、理性で制御した上で行う」

ラグネルは杖で地面に簡単な魔法陣を描いた。

「詠唱とは、本来“魔力の道筋を自分に説明する行為”じゃ。だが、お主の頭の回転と魔力の流れは、言葉にする前に先へ走ってしまう。その差が暴走を生んでおる」

「じゃあ、どうすれば……」

「言葉の代わりに、“イメージ”を精密に描け。魔法陣を頭の中で組み立てるようにな」

ラグネルは杖の先で円を描き、その中に属性記号と線を素早く刻む。

炎のルーン、水のルーン、風の矢印、土の盾。

「この線一本一本が、魔力の流れじゃ。詠唱は、この線を一本ずつなぞるための補助輪のようなもの。お主は補助輪なしで自転車を乗り回しておる状態じゃから、バランスを崩す」

「つまり、ちゃんと“どんな自転車に乗ってるか”自覚しろってことですね」

「たまには賢いことを言うな」

俺は深呼吸して、右手を前に突き出した。

――炎の球体。大きさは拳ほど。温度は高すぎず、でも木材なら簡単に燃やせるくらい。

軌道はまっすぐ。目標地点で弾けず、その場に留まる。

頭の中で魔法陣を組み立てるように、一本一本の線を“思い描く”。

「火球」

声は出さない。

代わりに、胸の奥から魔力が静かに溢れ出し、右手へ流れ込んでいく。

ぼう、と音を立てて、掌の前に炎の球が現れた。

「……できた」

今までよりも、はるかに安定している。

熱も、重さも、形も、思い描いた通りだ。

「よし、そのまま維持してみろ」

ラグネルがじっと見つめる。

額から汗が伝うが、球体は揺れない。

「カイリス、すごい……さっきの、なんていうか……前より“きれい”な火だよ」

隣でサラが目を丸くしている。

「きれい?」

「うん。前は、ちょっと暴れてる感じだったけど、今のはちゃんと“言うこと聞いてる”火って感じ」

俺は小さく笑う。

「そうか。じゃあ、名前をつけてやるか」

「名前?」

「暴れ火じゃなくて、“従順な火球一号”とか」

「センスの問題は今は置いておこうかの」

ラグネルがため息をつく。

それから数週間、俺は火・水・風・土の初級魔法を、すべて意図的な無詠唱で発動できるようになった。

ただ発動するだけでなく、威力の調整、範囲の指定、軌道の制御。

それらをすべて、頭の中の“魔法陣イメージ”だけで組み上げていく。

「……正直、わしの若い頃よりも早いな」

ある日の夕暮れ、ラグネルは珍しく本音を漏らした。

「ラグネル様でも、詠唱なしは時間がかかったんですか?」

「当たり前じゃ。わしは学院に入って十年以上かけて、ようやく中級魔法の無詠唱を手に入れた。それを、八歳で初級をほぼ掌握とはな」

「カイリスはすごいんだよ!」

「ほめすぎだ、サラ」

そう言いつつ、心のどこかで、胸がざわつく。

――俺は、本当に“すごい”だけで済む存在なのか?

魔力が増えれば増えるほど、その問いは大きくなる。

ラグネルの視線の奥にある、言葉にされない緊張感も、なんとなくわかってきていた。

(この力は、そのうち……村だけのものじゃ済まなくなる)

そんな予感が、夕焼けの空を見上げるたびに胸の奥で膨らんでいく。


1-8:成長チートスキルの発動

変化が起きたのは、九歳の誕生日の少し前だった。

その日もいつものように、俺は丘の上で魔力の流れを整えていた。

季節は初夏。

村の畑には青々とした葉が揺れ、遠くでは子どもたちの笑い声が聞こえる。

「……ん?」

ふいに、胸の奥で“何か”がひっかかった。

魔力の渦のさらに中心、今まで感知できなかった、もっと深い場所。

そこに――小さな光の粒が浮かんでいるのが見えた気がした。

(……なんだ、これ)

目を閉じたまま、意識だけをそこへ向ける。

触れたら壊れてしまいそうなほど繊細で、だが確かな存在感を持つ光。

指先でそっと撫でるように意識を重ねた瞬間、光が弾けた。

――視界が、白く染まる。

『成長パラメータの再設定を開始します』

耳の奥に、どこか機械的で、しかし温かみもある声が響いた。

「……は?」

思わず声が漏れた。

目を開けると、現実の丘の上にいる。サラが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「カイリス? 急に固まっちゃったけど、大丈夫?」

「……ああ、ちょっと、変な感じがして」

頭の中には、まだあの声の残響が残っている。

『魔力量成長係数、通常値の“二倍”に固定』

『魔導理論理解速度、通常値の“三倍”に補正』

『新規魔法スロットを開放します』

(いやいやいやいや、なにそれ)

心の中で盛大に突っ込む。

だが、声はそれっきり聞こえなくなった。

「顔色が悪い。魔力、暴れた?」

サラが俺の手を握り、そっと魔力を流してくる。

いつもの、あたたかい感覚。

「……いや、むしろさっきより“静か”だ」

胸の奥を探ると、確かに渦は以前より深く、安定している。

それどころか、今まで手が届かなかった層が、すっと視界に入ってくるような感覚があった。

「ラグネル様、呼んでくる?」

「大丈夫。試したいことがある」

俺は立ち上がり、少し離れた場所へ歩いた。

――まず、いつもの火球。

右手を出し、イメージを組み立てる。

それだけで、胸の奥から魔力が溢れ出し、今までよりも“滑らかに”手まで流れてきた。

「火球」

無音で、炎の球が生まれる。

だが、その密度が違った。

「え、なにこれ」

サラが思わず一歩下がる。

拳大のはずの火球は、見た目は同じサイズなのに、中にぎゅっと“詰まっている”感じがする。

ほんの少し力を込めただけで、周囲の空気が熱に震えた。

「威力、上がりすぎてない?」

「……多分、さっきの“変な声”のせいだな」

「へんな声?」

さすがに中身をそのまま話すのはためらわれた。

だが、俺の中で一つの確信が芽生える。

(これは、“成長そのもの”に干渉するスキルだ)

ラグネルの教えが急に理解しやすくなり、身体の動きも無駄が減り始めていた。

それは気のせいなんかじゃない。

脳と魔力回路の“処理速度”が、明らかに上がっている。

その日の夕方、ラグネルはいつものように訓練の様子を見に来た。

俺は意図的に、少しだけ本気を出してみることにした。

「火球三連、風槍二、土盾前列展開」

無詠唱、同時発動。

右手から三つの火球が生まれ、前方に風の槍が走り、その前に土の盾がせり上がる。

「……」

ラグネルが、珍しく口を開けたまま固まった。

「カイリス、今の……」

「うん。なんか、できるようになりました」

正直に言うと、俺自身も驚いている。

一つ一つを順番に発動するのではなく、並列で組み立てる感覚。

今まで頭の中で渋滞していた魔法陣が、綺麗に整理されて並んだ。

「おじいちゃん、前よりすごくなってるよね……?」

「“前より”どころの話ではないわ」

ラグネルはゆっくりと息を吐いた。

「カイリス。お主……ついに“自前の成長補正”を発現させおったな」

「成長補正?」

「長く生きておると、稀におるのじゃ。修練と才能の積み重ねがある限界を越え、“成長率そのもの”が跳ね上がる者が。普通は、国に一人おるかどうかの怪物じゃが……」

じっと俺を見つめる視線に、少しだけ震えが宿っている。

「まさか、九歳でその領域に足を踏み入れるとはの」

「……やっぱり、まずいですか?」

「まずい。だが、同時に“頼もしすぎる”」

ラグネルは、あきれたように、しかしどこか嬉しそうに笑った。

「カイリス。これからお主は、普通の魔導士が十年かける成長を、一年でやってのけるじゃろう。わしの教えも、あっという間に追い抜くかもしれん」

「そうなったら、どうします?」

「決まっておろう。追い抜かれる前に、教えられるだけ全部叩き込むわ」

杖が地面を叩き、乾いた音が広がる。

「――この国が、お主をただの“天才少年”として扱う時期は、もうすぐ終わる」

ラグネルの言葉は、穏やかな夕焼けの空には似つかわしくないほど重かった。


1-9:武道大会へ挑む決意

成長が加速し始めてからの一年は、怒涛のように過ぎていった。

十歳になった頃には、俺は村の誰よりも魔法に詳しく、体術もそこそここなせるようになっていた。

ラグネルは「座学」と称して、連邦国の歴史や帝国との関係、過去の戦争の話もしてくれるようになった。

「いいか、カイリス。お主ほどの力を持てば、“どこに属するか”を自分で決めねばならん」

「どこに、って……」

「魔法学院か、冒険者ギルドか、はたまた軍か。あるいは全部じゃ。道は広がる一方じゃが、選べるからこそ迷うのじゃ」

そんな話を聞いていたある日、村に一つの知らせが届いた。

「王都で、武道大会が開かれるんだって!」

サラが家に飛び込んできて、息を弾ませながら告げる。

「武道大会?」

「うん! 魔法だけじゃなくて、武器や体術、あとは戦術とかも含めた“総合戦闘大会”なんだって。各地から有望な子どもが集められて、成績がよければ学院やギルドからスカウトが来るんだって!」

なるほど。

国としても、才能ある子どもを早い段階で見つけたいのだろう。

「で、カイリスはもちろん出るよね?」

「いやいや、もちろんって……」

即答しようとしたところで、胸の奥に小さなざわめきが生まれた。

――自分の力を、“外の世界”で試してみたい。

村の中では、俺はすでに“天才”扱いだ。

だが、それはあくまで小さな共同体の話。

王都には、学院には、この国全体には、俺など比べ物にならない怪物がごろごろいるのかもしれない。

「ラグネル様は、なんて言ってました?」

「おじいちゃんはね……『面白そうじゃな』って」

目に浮かぶ。

あのじじいの、いたずらを思いついた子どものような顔。

「サラは?」

「わたし? ……カイリスが行きたいなら、一緒に行くよ」

サラは一瞬だけ言い淀み、それからまっすぐ俺を見た。

「行きたくないなら、村でずっと一緒にスープ作っててもいいけどね?」

「それはそれで平和そうだな……」

想像して、少し笑ってしまう。

丘の上で魔法を練習して、サラがスープを作って、ラグネルがうるさく口を出す。

そんな日々が続くだけでも、きっと幸せだ。

でも――

(それだけじゃ、きっと足りない)

胸の奥の渦が、静かに騒ぎ始める。

あの日、禁呪兵器に焼かれる未来の断片を見たわけじゃない。

まだ、何も壊れてはいない。

それでも俺は、理由のわからない焦りを感じていた。

「……行こう」

気づけば、口が勝手に動いていた。

「王都へ行って、この国にどれだけの“強さ”があるのか、この目で見たい」

「うん」

サラの顔に、少しだけ不安と、それ以上の喜びが浮かぶ。

「じゃあ、わたしも軍医見習いコースで出るね!」

「なんだそれ」

「そういうのがあるの! 治癒魔法や薬草学の部門もあるんだって。現地の治療班に配属されて、実戦サポートしながら評価されるんだよ」

なるほど、さすが連邦国。

戦える者だけを評価する大会ではないらしい。

その日の夕方、俺たちはラグネルの家を訪れた。

「ほう。ついに決心したか」

ラグネルは、俺の顔を見るなり、すべてを察したように笑った。

「出場には親の承諾と、推薦状が必要じゃ。……まあ、お主の場合、推薦状はわしが書けば文句は出まい」

「そんなに簡単に……?」

「“賢者位”の名前がまだ多少は効くのじゃよ。便利に使わねば損じゃ」

じじい、思ったより俗物だな。

「ただし、カイリス」

ラグネルの目が、ふいに鋭くなる。

「武道大会は“見世物”ではあるが、同時に“選別の場”でもある。王都はお主の才能を喜ぶと同時に、利用しようとするじゃろう」

「利用……」

「力を持つ者は、好むと好まざるとに関わらず、“誰かの都合の中”で生きることになる。それを忘れるな。……それでも行くか?」

問われて、俺は一瞬だけ迷った。

村に残れば、きっと今まで通りの平穏がある。

サラと笑って、ラグネルに毒づいて、たまに魔力を暴走させて。

だが、その未来の先に、“世界を救うだけの力”はきっと生まれない。

「行きます」

短く、はっきりと言った。

「俺は、自分の力を、自分の意志で使えるようになりたい。そのために、まずはこの国の“頂点”を見ておきたい」

ラグネルは目を細め、やがてゆっくりとうなずいた。

「……それでこそ、わしの自慢の弟子じゃ」

その夜。

村の小さな酒場で、ささやかな壮行会が開かれた。

「カイリスくん、王都で変な病気もらってくるんじゃないぞ!」

「サラちゃん、カイリスをちゃんと見張っておくんだよ!」

笑い声と温かい言葉に包まれながら、俺は村の灯りを胸に刻んだ。


1-10:武道大会優勝、王都へ名が轟く

王都は、想像していた以上に“うるさい”場所だった。

行商人の叫び声、馬車の車輪の音、行き交う人々の足音と話し声。

村とは比べものにならない規模と熱量が、石畳の大通りを埋め尽くしている。

「すごいね、カイリス……!」

サラがきょろきょろと周囲を見回しながら、小さく感嘆の声を漏らす。

俺も同じ気持ちだったが、できるだけ平静を装った。

「はぐれるなよ。ラグネル様が言ってただろ、スリと勧誘と変な宗教には近づくなって」

「変な宗教ってどれ?」

「全部だって言ってた」

王都城の近くにある大競技場は、さらに人で溢れかえっていた。

各地から集まった参加者たちが、緊張した顔で受付に並んでいる。

「参加者名、カイリス・フェルナー。年齢十歳。……推薦者“大魔導士ラグネル・グラナート”?」

受付の係員が書類を見て、目を丸くした。

「本物、ですよね?」

「偽物だったら面白いけどな」

俺の軽口に係員が苦笑する。

「ええと……推薦状に“魔力適性S超、成長補正確認済み。将来の国難級候補”って書いてあるんですが」

「あのじじい、余計なことを……」

俺は頭を抱えた。

背後で、他の参加者たちの視線が一斉に突き刺さるのを感じる。

「国難級ってなに……?」

「十歳でそんな評価されてるのかよ……」

ざわめきの中で、サラがこっそり袖を引いた。

「大丈夫だよ。カイリスはカイリスだもん」

「……そうだな」

深呼吸をして、俺は競技場の中へ足を踏み入れた。

武道大会は、予選と本戦に分かれていた。

予選は、同年代の参加者同士の一対一の模擬戦。

本戦は、戦術・複数戦・魔獣相手の連携試験など、より実戦に近い形式だ。

俺の予選ブロックは、剣士、槍使い、火属性の魔導士、防御特化の盾士が相手だった。

「魔導士かと思ったら、体術もそこそこできるのか……めんどくさいな」

最初の対戦相手がぼやく。

俺は肩をすくめた。

「生き残るには、どっちも必要だってラグネル様が」

「さすが大魔導士の弟子だな!」

審判の合図と共に、戦いが始まる。

――結論から言うと、予選はほとんど苦戦しなかった。

相手の癖を一瞬で見抜き、必要なだけの魔力だけを使い、無駄のない動きで懐に入る。

火球で牽制し、風で体勢を崩し、土の壁で反撃を封じる。

「勝者、カイリス・フェルナー!」

何度目かの勝利宣言のたび、観客席から小さなどよめきが起こる。

最初は「ラグネルの弟子」でしかなかった名前が、少しずつ独立した存在として認識され始めていた。

一方でサラも、治療班として忙しく走り回っていた。

「次の負傷者は魔導士ブロックから! 火傷と打撲が多いわ!」

「はいっ!」

彼女は素早く患者の状態を確認し、適切な薬草と治癒魔法で処置をしていく。

その手際に、周囲の軍医や学院の講師たちが感嘆の声を漏らしていた。

(サラも、ちゃんと“自分の戦場”で戦ってる)

それが、妙に誇らしかった。

本戦に進んだ参加者は、各ブロックの上位者だけだ。

年齢制限はあるが、それでも俺より年上の者が多い。

「坊主、十歳だって? 舐められたもんだな」

槍を構えた青年が笑う。

俺は笑い返した。

「俺もそう思います。だから、全力でかかってきてください」

その日の夕方。

最後の決勝戦が終わったとき、俺は競技場の中央で大きく息を吐いていた。

「勝者――カイリス・フェルナー!」

審判の声が、空へ突き抜ける。

観客席から、ひときわ大きなどよめきが返ってきた。

決勝の相手は、王都魔法学院の主席候補と呼ばれている少年だった。

属性の切り替えと連携魔法に長け、何度もこちらの虚を突こうとしてきたが――

(それでも、まだ足りない)

俺の中の“成長補正”は、彼との実力差を埋めて余りある速度で働いていた。

「すごい……ほんとに優勝しちゃった……」

観客席から身を乗り出しながら、サラが両手で口を押さえる。

表彰台の上で、俺は王都の高官たちと学院の教師たち、冒険者ギルドの幹部たちの視線を一身に浴びていた。

「カイリス・フェルナー。君には、学院から特別入学枠の提示を――」

「いや、うちのギルドとしてはぜひ――」

「軍としても、将来的な幹部候補として――」

その日の夜、裏方の応接室は、俺を巡る各組織の“争奪戦”の場と化していた。

正直、頭が痛い。

(ラグネル様が言ってた“利用される”って、こういうことか)

だが、同時に理解もしていた。

ここで得た“交渉材料”が、俺自身の自由度を高めることになる。

「……全部、少しずつ、というのは無理でしょうか」

俺がそう言うと、場の空気が一瞬だけ固まった。

「順番はこれから考えます。ただ、俺は――」

俺は、サラのいる治療班の方向をちらりと見る。

「自分の力を、最も多くの人を守れる場で使いたいんです。そのためなら、学院でもギルドでも軍でも、必要なものは全部学びます」

しばしの沈黙の後、誰かが笑った。

「……なるほど。ラグネルの弟子らしいな」

その言葉を皮切りに、場の空気は協議の方向へと流れていく。

その夜、王都の空は静かに晴れていた。

遠くから聞こえる喧騒を背に、俺は宿の窓から星を見上げる。

(ここから、全部が始まる)

村で“天才”と噂されていた少年は、この日を境に――

連邦国の中枢に、その名を刻まれ始めた。




【あとがき:第1章世界・登場人物まとめ】


■今見えている世界

この時代の地上には、大きく二つの勢力があった。

●連邦国

魔法と魔導技術を柱とする国家群のゆるやかな同盟。

カイリスの故郷の村もこの中にある。

村の営みは素朴で、住民たちは魔法と共に静かに暮らしている。

●帝国

その名だけが遠く届く軍事大国。

今はまだ影のような存在であるが、

のちに連邦国と激しくぶつかる運命にある。

●魔法体系

この世界では、詠唱魔法が基本であり、無詠唱は才ある者の証。

属性魔法・治癒魔法・補助魔法が体系化され、

魔力適性“S”は、王都でも数えるほどしかいない。

カイリスはその基準すら越えてしまった、異質な存在であった。

●まだ姿を見せぬ異界

遠い地平の果てには、

エルフの森、ドワーフの山脈、魔族の荒野――

そして天界と呼ばれる高次の世界が存在する。

だが第1章の時点では、それらは子どもたちの語る昔話か、

冒険者たちが酒場で笑いながら話す“噂”の域を出ない。


■登場した者たち

●カイリス

生まれつき圧倒的な魔力を持ち、

無詠唱すら自然に行ってしまう天才。

だが心根は驚くほど慎重で、優しさが芯にある。

その価値観――

「力は、人を守るために使うべきだ」

という思いは、後のすべての選択を方向づけることになる。

●サラフィア(サラ)

カイリスの幼馴染であり、薬草屋の娘。

回復魔法と薬草の扱いに秀で、彼の魔力安定を日々支える。

彼女の優しさと決意は、まだ小さな芽ではあるが、

やがて戦場で命を救う力となって花開く。

●ラグネル

サラの祖父にして、連邦国が誇る元大魔導士。

カイリスの中に“世界規模の異変”の影を感じながらも、

あくまで一人の少年として鍛え、見守ろうとしている。

●村の人々

恐れと尊敬が入り混じりながらも、

天才を温かく受け入れた小さな共同体。

やがてカイリスが国家の力に巻き込まれていく中で、

この村の静けさは失われていく。




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