No.7 特殊兵装部隊 出動命令
本部に戻ってからの輪廻は相変わらず近づいてくる者には威嚇し、警戒していた。染みついた火薬や鉄の臭いが嫌いな轟音や爆風を思い出させる。
ただ、憂希には威嚇行為はしなくなった。憂希の言葉にまっすぐ目を見て、意図を感じ取ろうとしている。
「いいか、君は輪廻だ。り・ん・ね。」
「...んぃ,,,んえ」
「お、すごい。り・ん・ね、だ」
まるで赤ちゃんに言葉を教えているみたいだ、と憂希は感じていたが、輪廻に年相応とまでいかなくとも人間的な知性を身に着けてあげたかった。輪廻が感じている恐怖心や警戒心が少なることを祈って。
輪廻は知能的にはまだ幼い。身体的年齢からはかなり低い状態にある。容姿は背も高くスタイル抜群のモデル体型というか爆弾ボディではあるのだが、見た目は大人、心は幼子というやつだ。
ただ、本人は学ぶ姿勢が強い。野性的本能なのか人間性が生まれつつあるのかは定かではないが、自分の状況を打破しようと努力しているように見える。
和日月を始めとする本部の人間はその動向をただ見守っている。和日月自身は戦力に数えられなかった猛獣ともいえる輪廻に人間性が身についた時の莫大な戦力増加を期待していた。
本部の中には犬と人の関係のような命令に対して忠実かつ従順な関係を築けないかという非人道的な者もいたが、その思想が憂希に伝わればどうなるかくらい予想できていた。
「輪廻も現場投入されるんですか」
輪廻とのコミュニケーションが終わり、振動と合流した後に、憂希は質問した。
「...ん~難しい質問だ。現時点というか君と関わる前までの彼女は言うまでもなく戦力外だった。変幻自在なだけに厄介に思っている上層部も少なくなかった」
「...」
「神崎上等兵。君のせいで現場投入されるという考えは自意識過剰だ」
自分の質問に対する答えを聞いて、軽い自己嫌悪に陥っていた憂希に振動は肩を軽くたたきながら諭す。
「極論だからあまり本気に捉えないでほしいが、彼女をコントロールできないなら処分するという方針さえ噂されていた。それを君の献身でほぼ回避できたと言ってもいい。そういう側面もある。...君は敵味方関係なく、感情移入しすぎている。人として見ればそれは慈愛的で長所かもしれないが、兵士としては致命的な短所になるかもしれない」
「そもそも命に対して切り捨てる感覚が疎いんです。屠殺だって目の前で見ればそこに罪悪感は生まれると思います。仕方がない、そういうものだって受け入れる努力はできますし、実際にそういうものなんでしょう。そこは理解しているつもりです。理屈に感情が追い付いてこないだけです」
「その理屈で感情を呑み込むラグが、実際君の命を、仲間の命を、戦争の勝敗を左右するかもしれない。君に大儀を持てと言ったのはそういうことだ」
「...ありがとうございます」
「君みたいな民間人を軍人にしないために我々は尽力してきたつもりだった。だが、やはりその素質や資格というものには敵わない。ただ、君はある意味可能性だ」
「...可能性?」
「君は我々が潰す選択肢に光を差す。我々が打破できない状況を君は打開できる。そういう力を持っている。能力だけじゃない。君の人間性もあっての話だ。戦争は始まってしまえば平和的に終わることはない。ただ、君になら悲劇的な終結を回避できるのではないかと期待させる何かがある。軍人ではない、君だから思う可能性だ」
「和日月総司令官にも聞いたんですが、振動少佐にも聞いてもいいですか」
「なんだ」
「俺に何を求めていますか」
「希望だ。すでに君は我々の希望になっている。能力者のパワーバランスはすでに危険因子がいる国が抜きんでていて崩れていた。我々はそこに出遅れていた。そこに追いつき、追い越す可能性を君は見せてくれている。我が部隊だけじゃない。軍全体の士気は確実に上がっている」
「...希望」
「何を求められているかより、何を求められたいかだ。それが君の行動原理になり、はたまた功績につながる。私もそうしている。自分に何ができて自分はどうありたいか、それが大儀だ」
憂希はやはり振動少佐を嫌いになれなかった。この人の部下でよかったとさえ思った。
振動としても憂希は蔑ろにはできなかった。貴重なグレード1ということもあるがまともな戦闘要員かつ危険因子候補となれば戦争の要となるどころか中心となると読んでいた。自分には到底成しえないことを青年の肩に乗せる罪悪感と、それでも期待してしまう自分の矛盾を今は置いておくことにした。
『緊急警報発令。緊急警報発令。オホーツク海沖にて敵艦隊とみられる対象を補足。ただちに各隊隊長は指令室に集合せよ』
聞きなれない警報音と放送が鳴り響き、緊張が走る。
「神崎上等兵、直ちに第三大隊 特殊兵装部隊に合流し待機せよ」
「っ了解」
数分後、指令室から戻ってきた振動からその作戦内容を指示された。
「我々の作戦は敵艦隊主力及び特殊兵装部隊との交戦だ。敵軍は北方領土への侵攻を開始している。上陸は時間の問題と思われる。我々は歯舞群島に向かい情報収集及び戦況分析を行い、敵主力部隊を殲滅する」
憂希にとってその言葉のどれもが現実感がなかった。
「編成を言い渡す。まず特殊兵装部隊は三小隊で構成する。先導隊、本隊、後方支援隊に分かれ、それぞれが適正な距離と情報連携を行い、戦闘となる」
先導隊から後方支援隊までの構成員が順に指名されていく。
先導隊。振動を中心に情報収集、戦況分析を行い、本隊と後方支援部隊に情報伝達する。急襲に備え、広範囲かつ特化型の振動が隊長ながら先陣を切ることになる。基本的な武装兵と装輸装甲車で構成され、振動感知できない部分を武装兵がサーマルゴーグルで補助する構成。能力無しの兵士は合計三十名。
特殊兵装要員は二名。煙幕を発生させる能力と対象を鋼鉄化させる能力。離脱と物理防御兼攻撃となっている。合計、隊員三十三名。
能力者の比率が圧倒的に低いのはやはり能力者が故にということだろう。
煙幕はグレード4、鋼鉄化はグレード3となっている。
憂希配属の本隊。基本的には先導隊と同様、武装兵と装輸装甲車で構成され、装甲車には機動迫撃型も含まれ計四台。能力無しの兵士は五十五名。
特殊兵装要員は四名。任意の物体を凝固できる能力、マーキングしたポイントへ移動できる能力、運動している物体に貫通力を付与する能力。
そして、治癒能力。無能力の衛生兵四名に加えて、貴重な治癒能力の保持者が本体に加わる。合計、隊員六十一名。
凝固はグレード3、マーキング移動はグレード3、貫通はグレード2、治癒はグレード3となっている。
後方支援部隊。能力者は無しの編成。衛生兵十名、情報伝達員五名、偵察戦闘型装輪車三台、装甲車兵計三十名、補給部隊二十名、整備兵十名。合計、隊員七十五名。
この三小隊からなる中隊、合計百六十九名が第三大隊 特殊兵装部隊となる。
憂希は並び立つ同胞たちに息を呑む。これから戦場に向かう緊張感と人数から予想できる戦闘規模が背筋を凍らせる。この中で自分が一番新米なのだと改めて実感する。
「まずは戦地へ移動する。規模が大きいため分かれて移動する。先導隊、本隊、後方支援部隊の順で何回かに分けながら装備、物資とともに移動だ。移動開始時刻は1200だ。それまでの間で各隊の連携及び作戦行動について確認を行い、待機せよ」
「「「了解」」」
憂希が所属する本隊の役割は先導隊から入る情報をもとに先導隊の援護及び敵軍主力の殲滅が主となる。後方支援部隊との連携により、前線を上げ拠点を作成し、優位性を確保する。そのためにはまず、先導隊を死守しながら戦況を正確に捉え、的確に対処する必要がある。
「それでは本隊の作戦について説明する。先導隊にはすでにマーキングしているため、先導隊の要請が入り次第、本隊はテレポートして戦地に入り次第、アタック開始だ。基本は武装兵と装甲車にて対応するが、戦況次第では特殊兵装要員も投入する。特殊兵装要員は戦況の均衡を崩す、または優勢、劣勢のどちらかの場合に投入となる。どんな状況にせよ熾烈を極めるだろう」
説明を一通り終えた後、振動は憂希に視線を合わせる。
「神崎上等兵。君は初の戦地入りとなる。先日の対急襲小隊の件とは訳が違う。誰かが引き金を引くということはその相手も引き金を引くということだ。互いに引き合った大綱はどちらかが倒れるまで地に着くことはない。戦争で誰も死なないなんてことはない。大義を掲げ、大きな目的を吐いても所詮、戦争の行きつく先は殺される前に人を殺すことだ。その行いに何をもって応じるか、それがその人間の誇りや器となる。君の大儀を見誤るなよ」
その厳しく鋭い言葉は憂希に対して釘をさすのと同時に戦地に立った際のパニックを防ぎ、何をもって能力を行使するかを再度示した。
「了解です」
「諸君、我が部隊の誰も死なせるな。こちらの被害を出さずに敵軍を殲滅する。我々にはそれができる力がある。忘れるな、諸君一人ひとりが英雄だ」
その鼓舞はまさに隊長と呼ぶに相応しい熱量を感じさせた。
各小隊に分かれて、顔合わせをする。同じ軍と言っても編成は入念に確認する。憂希は初参加のため、なおさらだ。
「私がこの小隊の隊長を務める錐生少尉だ。我々の作戦はすでに振動少佐より説明があった通りだ。本隊として戦況を左右する重要な立場だ。それぞれ心してかかれ」
能力者たちはお互いに能力の説明を行う。効果や範囲を確認し、連携をとるためだ。
隊長の錐生は気のいいおっさんという印象だった。締めるところは締め、緩めるところは緩める塩梅を弁えた男。
「私は運動する物体に貫通力を付与できる能力だ。グレードは2に該当する。本隊における銃撃や砲撃には基本私の能力を付与する。近接装備にも付与できるが射程範囲が長いものを優先する。基本射線範囲には入らぬように立ち回ってほしい」
隊長という立場から最前線には出向かないことを考えると錐生の能力は立場とマッチしていると言えた。
「俺は結城 傀っす。能力は何かを無限にくっ付けることができる感じで、でっかい塊を作れるイメージです。グレードは3、階級は上等兵です!」
ガタイはよく、切れ味のいい若者という印象。やんちゃさとフレッシュさが混じった青年。
「印章院伍長です。私が先導隊から指示があり次第、皆さんをテレポートいたします。私が触れているもの、または私に触れているものを触れているものを有機物無機物関係なく、マーキングした場所や人にテレポート可能です。」
眼鏡をかけたスラっとした女性。冷静さとスマートさが伺える淑女という印象。
「神崎です。先日配属された者です。階級は上等兵で、能力は自然現象を操れます。グレードは...1です」
その発言にその場の全員の視線が憂希に集まる。
「お前がグレード1のやつかよっ」
傀が明らかに目つきを変えて憂希に迫る。胸ぐらを掴む勢いで憂希の至近距離に立った。
「...なんですか」
「グレード1だからって調子に乗ったりするなよ...。お前のケツ拭きは勘弁だからよぉ」
「命が左右される戦場で誰が調子に乗れるんですか。経験すると浮足立つ人でもいたんですか」
「結城上等兵、やめろ」
「俺は傀でお願いしますよ、錐生さん。こいつが入って紛らわしいったらありゃしない」
「すまんな、神崎上等兵。こいつも民間の出なんだ、先輩の優しい忠告だと思って受け流してくれ」
「受け流されたらメンツ潰れますよぉ俺」
「新人狩りでもしよってのかバカ」
なんだか付き合いの長さを受け取れるやり取りを傀と錐生は始めていた。
「あ、あの。安楽堂 美珠ですっ。衛生兵をやらせていただいています。能力は治癒で、皆さんのお怪我や病を治しますので何かあれば言ってくださいっ」
仲裁するようなタイミングで一人、小柄な女子が自己紹介を始めた。能力者の中でも珍しい治療という能力。
「安楽堂一等兵は世界的に見ても貴重な存在だ。治癒という能力は戦況ではなく我々個人の命にとって重要な役割となる。彼女を疲弊させぬよう各自尽力するように。そして皆も噂は耳にしているだろうグレード1の能力者である神崎上等兵。彼は先日まで民間の学生だった。我々軍人が彼を当てにして自らが墓穴を掘るような真似は許さないからな。」
「「了解」」
「それでは作戦開始に向けて待機場所へ移動する。各員戦闘準備」
テロや襲撃ではない、本当の戦争に憂希は飛び込む。
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