No.66 狂気の強襲
昨夜の奇襲を受け、本部やその他支部から増援が駆けつけたころにはNo.999の姿はなく、救護活動や瓦礫の撤去作業、消火活動が行われたが、生存者は一人もいなかった。
「....」
和日月は崩壊前の日本支部に設置してあった防犯カメラなどの映像をかき集め、その中から襲撃時の映像を確認していた。そこにはまるで飛来したかのように突如出現したNo.999による、テロ行為という言葉が一番しっくりくるような襲撃が映っていた。
「襲撃犯は行方不明。...足取りは追えてはいるが、詳細までは掴めていない...か」
街中の防犯カメラに写っているNo.999と思わしき人物はのんきにラーメンを啜っていた。接触した警官や日本軍関係者はその場で殺された、もしくは音信普通となっており、接触した人間に生存者はいない。
「支部への襲撃を許しただけでなく、我が国の領土で自由を許すとは。...支部含め、拠点の情報は関係者ですらすべてを知らない重要機密。どこから情報が漏れたか」
和日月はNo.999の襲撃を分析する。憂希らですら支部の位置は把握しておらず、移動には必ず専門の担当者がつき、その担当者が陸海空いずれかのルートで人や物を運ぶという体制になっている。能力による空間転移においても座標指定を行い、誰がいつどこに移動したかについては管理できるようになっていた。
「...米軍が別組織を利用して襲撃してきたことを考慮すれば、あの支部についてはすでに情報漏洩していたと考えるべきか」
今回の襲撃については情報漏洩も確かに問題ではあるが、それ以上に襲撃目的が重要となる。
「ただの襲撃にしては突飛すぎる。無差別的であればすぐに次の襲撃が発生するはずだが、現時点で動きは無い」
中国が仕掛けてきたことに対して真っ先に思いつくのは、捕虜である明海の奪還。次の目的が本部になる可能性は十分に高かった。
「本部に内通者が侵入したことも含め、警戒態勢を高め、中国の動きを監視するほかない...」
日本軍拠点は本部支部関係なく、警戒フェーズを厳戒態勢の三から臨戦態勢の五に引き上げ、交代制の拠点防衛部隊を組織し、巡回と拠点内調査及び、周辺国動向監視を継続している。一度引き上げられた警戒はこの戦争が沈静化するまで下がることはないだろう。
「...」
和日月のいつも歪むことのない背筋が珍しく崩れる。背中は重厚感あるイスの背もたれに寝転がるように体重を預け、天を仰ぐように上を向いた。少し間をおいてからデスクの上にある報告資料に視線を落とす。その資料には"内通者調査経過報告書"の文字があった。
「『光信聖教』...。無宗教者が多いこの日本において、宗教による人心掌握や組織犯罪の可能性を十分に含む宗教団体が絡んでいるとは...。皮肉にもこの戦に関わる軍の中で日本が最も効果的か」
かつて宗教団体による無差別テロを経験している日本において、反社会的勢力とはまた異なる脅威であることは間違いない。しかし、それらの組織が何を目的に活動し、この戦争に対して何を求めて介入してくるのかが不明だった。日本では通常知ることすらない一般社会とは基本的に隔絶された戦争だ。
「...しかし、この宗教団体に情報が収束しては、各国への情報流出の流れが追えんということか」
宗教団体としてどの国にどれだけ浸透しているかが不明であり、軍への所属と異なり、入信しているかの判断が難しい。宗教団体内での情報交換により敵軍に情報が流出しているとなれば、どの国にどれだけ情報が流出しているかが不明だ。
「欧州が一枚噛んでいるという前提で調査を進めるほかない」
戦争が進むにつれて日本軍に絡むしがらみが多くなり、その歩みを阻害する障害が増える。和日月は自らが定めた道を阻むものはすべて切り捨てる覚悟で歩む足を止めることはない。踏みしめる地に横たわるものが同胞だろうと敵だろうと、悪魔であろうと鬼であろうと。滴る血の海に映る逆さの世界に真の平和があると信じて。
本部の警戒態勢がフェーズ五に引き上げられたことで、能力兵は臨戦態勢のまま待機となっていた。支部の襲撃についてはもうすでに全体周知されており、緊張感がべったりと張り付いて離れない。まるで見えない誰かに銃口を向けられているような不安感とピリつき。拠点にいるのに戦場にいるのと同じ感覚が襲っている。
「......」
憂希は振動と共に本部のヘリポートにて周辺感知よる索敵を行いながら、待機していた。すでに日は傾き、うっすらと夜の気配が空を染め始めていた。
「こちら振動。現時点で異常なし。引き続き周辺警戒を行う」
振動は定期的に通信を入れ、自分たちの無事と周辺状況を連絡することで異常が無いことを通達する。
「神崎、能力はあまり使いすぎるなよ。常に使い続ければ、いざ戦闘となったときに消耗しすぎて戦えないぞ」
「はい。ありがとうございます」
振動はただでさえ心労が重なっているであろう憂希に声をかける。自分と切り離して考えることが苦手な憂希に、狙ったように降りかかるトラブルや困難の数々。
「神崎。一つだけ君に言っておく。口うるさく聞こえるかもしれないが、あえて言わせてほしい」
「はい」
「私たちは軍人だ。強制的に所属した君たちには申し訳ないが、兵士として戦場に立つ以上、それが前提だ」
「もちろんです」
「ただ、軍人だからこそその本質は集団だ。個人ではない。能力によって個人ができることの範囲が拡張されてはいるが、本質は変わらない。作戦や戦闘は個人で組み立てられることはない。それぞれがそれぞれの役割を全うするに尽きる。役割を全うしている以上、個人に責任が集中することはないんだ」
「...はい。そうですよね」
この時、憂希は振動が言った言葉の真意を正しく理解していなかった。憂希は今回のような襲撃やそれによる犠牲が、誰かの落ち度ではないというわかり切ったことに対して釘を差されたものだと捉えていたが、実際はそうではない。振動は憂希の抱える個人では到底解決することのできない戦争で発生する被害や犠牲について、能力者であろうとなかろうと、誰かが背負い込むことではないと伝えたかったのだった。
「っ...はるか上空に何かいる」
振動は自分のエコーロケーションでキャッチした反応にすぐ反応する。
「すいません、俺だとそこまでは」
「長距離こそ私の能力の出番だろう。...おそらく、No.999だ。おおよそ人型くらいの大きさだ。...私は本部全体に通達する。神崎は迎撃態勢を」
「了解」
「こちら振動。はるか上空に飛来物を検知。おおよそ人型サイズと思われる。これをNo.999と断定する。各員迎撃及び戦闘態勢に入れ」
その瞬間、本部全体におどろおどろしいサイレンが鳴り響き、肌に吸い付いていた緊張が一気にその姿を現す。迎撃用の地対空ミサイルが次々に装填され、戦闘機が何機スクランブル発進していく。
「っ...対象の大きさが変化した」
振動はエコーロケーションを継続し、落下予測地点を割り出そうとしていたが、対象の形状が急激に変化したことを感知した。
「No.999は無生物の転送ができる能力者にサポートされていました。...何か転送して保持しながら落下してきている可能性があります」
「....そのようだ。,,,,くそ、何かまでは不明だが間違いなく何かの兵器だ。ミサイルのような形状をしている」
「っ...まさか、これが突然飛来したように見えたってことか」
No.999がはるか上空から飛来し、拠点のレーダーや防空システムが反応する間もなく、襲撃が成功した理由は実に単純な話だった。No.999自身が弾丸を担い、エンジンなどの熱源を持たぬまま、対象拠点に着弾することで、ステルスに近い爆撃を可能とした自爆テロ。
「くぅぅうううううう!!!!この臨場感たまんないねぇえええええ!!!生きてるって感じだ!!」
再生の種になる自分の体の一部を砲弾のように発射し、空中で徐々に再生していくことで対象にかなり接近するまで感知されないという、No.999にしか不可能な襲撃方法。死から再生するたびに生を実感するという矛盾に酔いしれる狂気は、その歪み方とは相反して真っ直ぐに日本本部へ亜音速で接近している。
「日本って花火が有名なんだろおおお!?ならよ~!!!わびさびってやつを俺が叩き込んでやるよおおおおおふおおおおおおおお!!!」
命の導火線にいつでも点火しているNo.999はその速度とサイズの小ささから防空システムでの迎撃が難しく、乱射される砲弾やミサイルはことごとくNo.999を素通りしていく。例え命中したとしてもその勢いをそのままに再生しながら再度何かしらの兵器を装填し、着弾するまで止まることはないだろう。
「俺があいつを人がいない場所まで連れていきますっ」
「神崎っ、何か手があるのか」
責任感だけで迎撃に乗り出しているのかを確認するため、振動は憂希を一度止める。
「一度戦った時、あいつの能力には攻撃手段がありませんでした。別の仲間に兵器を転送してもらい、それによる自爆覚悟の攻撃しかできることはありません。あいつを殺すことでは何も止められない。だから、撃ち落とすんじゃなく、俺が運びます。任せてください」
「...わかった。こちらで誘導し位置は確認する。そこで君はNo.999の動きを止めてくれ。本部からそのポイントへ印章院の能力で増援を転送する」
「了解っ」
憂希は上昇気流でヘリポートから空へ舞い上がるように飛翔し、No.999に接近する。
「...神崎。君の能力の有能さがさらに、君自身への役割を増やしてしまっているのか」
グレード2とグレード1の違いや、他国を見てもその能力が保有する選択肢の多さに振動はやるせなさを感じた。どうしたって憂希が関与できる可能性が残ってしまうことに残酷さすら感じた。自分の部下に絡みつく責任という呪縛を払えない不甲斐なさに、振動は思わず拳を固く握りしめた。
振動のこの心情もまた、軍人らしからぬ人間らしい倫理観だが、それが朽ち果てた先にある殺し合いに果たして正義なんてあるのだろうか。
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