No.64 人類進化促進計画
憂希は数日後もずっと頭の中がうまく整理できていなかった。戦っている最中であれば、仲間を護り、戦いに勝利することに集中し、視野が狭まっている。いざ冷静になった時、人の命を奪ってなお、自分が正当であると言える理由が本当にあるのかと自問自答を繰り返してしまう。
「...」
そんな思考の中で憂希は自然と他の国が戦争の勝利の先に何を目指しているのかが気になるようになっていた。
「米軍はどんな方針なんだろ。...能力兵の人たちは何か知っているのか」
それぞれの国がそれぞれの組織を抱えている以上、その存在意義は必ずあるだろう。どこまで浸透しているかは不明だが、それでもある程度の意思統一はあるはずだ。
「...何を迷ってるんだか」
いざ戦場で今のようなこびりついた思考が頭を支配したら、それこそ護るどころか戦うことすらままならないだろう。敵がその銃口を向け、引き金を引く理由など気にしている兵士は戦場にはいない。そんな兵士がいたら、その命を戦場に置いていくことになってしまうだろう。
「...ん?」
思考を中断させたのは端末の通知だった。ただ、部隊の連絡ではなく全体への通達。憂希はすぐにその通知を確認する。
「......は?いや、これって」
そこには欧州政府の能力者一般公表と能力者を対象とした独自制度並びに社会構築の宣言が発表されたという情報が記載されていた。
「...これがあの人が能力者に拘っている理由だったのか」
能力者が中心となる世界を構築するという声明を一般社会にも公表することで、更なる能力者増加と能力者を中心とした制度構築による盤石な社会基盤を成立させる狙いだろう。
「なぜ...このタイミングでこんな大々的な発表を」
「ほう、気にしてくれるのかい」
「なっ...」
誰もいないはずの自室で突然憂希に声をかけてくる人物。そんな芸当をできる人間は一人しかいない。
「...あなたがここに出入りできるって事実は今の日本軍にとっては無視できない状況なんですが」
いつも通り静かにたたずむ老紳士はどこか楽しそうな表情で憂希を見ていた。
「こちらも日本軍の扱いはまだ決めかねている状況ではあるが、敵味方関係なく欧州軍は能力兵を勧誘し続けるというスタンスは変わらないさ」
「...あなたは能力者を集めたその先に何を目指しているんですか」
「発表した通りだよ。君はどう受け取ったかな?」
「いや...」
今さっき初めて見た情報に対して感想を聞かれても、と憂希は困惑する。
「能力者を優先する社会を作るって、なんだか極端じゃないですか?今、少なくとも能力者の数は限られている。小さな街の人口の方が多いと思います」
それでなくても戦争では常に誰かの命が消え、それを燃料に次の銃弾がまた放たれるのだ。
「そう、それこそ問題なんだ。私たちは君も知る通り、人間が進化した存在だ。なぜそんな我々が能力を持たぬ者に虐げられ、立場の違う人間のために命を捨てなければならないのか。そこがおかしいという主張だ。なぜ進化の形がそれらを消費してそれらを奪い合うという矛盾の戦争なのかとね」
老紳士は語る。奪い合っているものをなぜ消費するのかという疑問。奪い合う理由が常に戦争で有利になるためという生産性のない理屈で回っていることへの違和感。
「結局のところ、今の人類は能力者ではなく能力という兵器としか見ていないんだよ。能力者でない者に全権を委ねるからこうなったと判断しても何もおかしくないだろう?」
「……話がそれるかもしれませんが、聞きたい。人類の進化っていうのは本当にそうなんですか?」
憂希は自分の中に湧いた疑問をそのままジェイムスの名乗る男性に向ける。
「なぜそう思う」
「本当に人類の進化を目指していたのなら、この進化の先に何があるのか。何を理想とするのかがあったはずだと思うんです。技術の発展は理想的な未来への挑戦というか道筋があってスタートするんじゃないのかって」
能力者という手段の先にある理想が憂希には想像できなかった。能力者の誕生を何のために目指したのかがまるでわからなかった。
「でも、この能力者は今、能力者は戦争でしか利用されていない。争いのために生まれたから…戦争になっているじゃないのかって。なぜ寿命の向上や、身体能力の強化とか....そういうのじゃなく何で特殊能力になったんだろうって考えたときに...答えが見つからなくて」
憂希は欧州が発表した能力者のその先を考えた政策に、自分なりの考えを見出そうとしたが、靄がかかったように答えにたどり着くことができなかった。能力者の存在意義が戦争以外の目的で考えられなかった。
「なるほど。それは実際に戦争に能力兵として参加しているからこその意見と言えるだろうね。当事者として今の状況以外のことを想定するというのは中々難しいよね。別に君の想像力が欠けているというわけじゃない。それは自分の置かれている現状を正確に捉えた結果、それ以外の選択肢がまるで夢物語のように感じる至って普通の感覚だよ」
「視野が狭くなっているとは思います。...でもこうして様々な能力者が生まれてきた今だからこそ、結果論的に出せた答えのような感じがするんです。...否定するわけでも、反対するわけでもないんですが。本当の最初は実際どうだったんだろうかって」
「君の疑問は確かに気になる人もいる。だが、少し切り込んで言わせてもらうなら、その疑問に何か意味はあるかい?」
「え...」
憂希はその問いの真意が掴めず、頭の中で必死にその答えを探す。
「結果論で理想を語るのは不自然かな。発端がどうであれ、それを有効的かつ平和的に利用するという判断は間違っていないと思うが」
「....確かに。そうですね。俺は、何で俺が能力者になったのかを知りたかっただけなのかもしれません」
自分が能力者として何をすべきか。仲間を護るという選択肢が生む争いに、他の理由や責任を押し付ける対象を無意識に探していたと自覚し、憂希は自分に呆れた。
「過去の人間が勝手に作った理由など無視すればいい。自分が今の状況を見て、こうあるべきだと定め、それに到達するための道を歩む。これが今を生きる我々にできる最大限の行動だよ。だから私は能力者の存在を人類が歩むべき次の一歩と捉え、それを促進する制度と進化した存在が平和に過ごせる社会を構築すると決めたんだ」
それこそ夢物語のように聞こえがいい欧州の制度。すでに能力者である人間からすれば、すでに能力者に進化している以上、リスクもない。
「まずは同士集めという段階だ。ただ、これに反発する組織も多いだろう。軍隊として方針や統率を乱されると困るお堅い国なんかは特にね」
まるで名指しされたように憂希は感じたが、実際そうなのだろう。元一般人が多く所属している軍ほど、欧州の宣言は無視できない。
「反発してきた国には...どう対処するんですか」
「...それは機密だが、穏便に済むことを祈っているよ」
憂希はその言葉とは裏腹に口調や表情からは障害となるものには容赦しないと言っているように感じた。
「...最後に聞かせてください。能力者を集めれば、その分無視できない影響力を抱えることになる。そのうえで欧州は招き入れた能力者をどうするつもりなんですか?」
「社会の進化のために尽力してもらうつもりだ。能力者が中心となる社会形成には能力者自身の意見が重要だからね。戦争なんてしている暇はない」
能力者が兵器として消費されている現状を問題視するジェイムスと名乗る男性としては、軍事利用など言語道断だという風に憂希に答える。
「そろそろ気が変わってくるころだと思いたいね。...君にこの話をしているのは、言うまでもなく勧誘だ。もちろん、君のお仲間含めてね。いい返事を期待しているよ」
そう言って何も聞くことなく老紳士は部屋から姿を消した。まるでうたた寝の中で夢でも見ていたような感覚だった。
「...これを静観できるほど、あの人は平和的じゃない。...大きく揉めるだろうな」
その憂希の予想に引き寄せられるように、待機中の兵士全員へ向けた招集命令が端末の通知音を鳴らした。
命令により司令室に集合した憂希らは、和日月から伝えられた全体方針にどよめいていた。
「旦那、それじゃあ欧州と正式に敵対する...ってことかい」
矢場はそのどよめきの源を解消するため、先陣を切って質問した。
「その通りだ。各国が能力者の存在自体を明るみにしていない状況で、世界情勢も鑑みず世間へ公表した行為と、能力者の拡大を謳うその方針は無視できない。」
極端な見方をすれば、軍事力増強のために手段を択ばなくなったとも見える。欧州が軍事利用するかどうかよりも能力者増加による影響は無視できないと判断するのが妥当だろう。
「欧州の方針と主張は現在発生している戦争を激化させるだけでなく、能力者と非能力者にも軋轢や差別意識を発生させ、更なる混沌と被害拡大につながるものと判断せざるを得ない。その結果、事態はますます深刻化し、今以上に終息は遠い話となるだろう。能力進化の一般化は人類において癌となる」
「...」
憂希は和日月の見解を複雑な気持ちで聞いていた。欧州が目指す姿に少しも共感できなかったかと言われれば、そんなことはない。ただ、戦争から逃れるために欧州へ亡命する能力者や、権力や恩恵に目がくらんだ一般人が今よりも増えることは確かだろう。うねりながら変化する時代の流れは確実に波乱を巻き起こす。それがわからないほど憂希は子供ではなかった。
「欧州が動きを見せずともそれを無視できない各国が動き、事態はすぐに変化を伴う。各々、そのつもりで備えよ。恐らく欧州側からの接触も増加する。能力者個人にとって魅力的な甘言を吐いてくるだろう。君たちの信念と大義を私は信じる。以上だ」
欧州との敵対は組織的な方針として避けては通れないが、日本としては一番立場的に厳しいと言えるだろう。敵対国に囲まれた国土に加え、欧州と米国の関係性はさらに悪化し、その影響は確実に日本にも届くだろう。世間が知りえない情報の中で不況や物価高騰が発生し、国民を苦しめるだろう。
「...私だ。窓口が広くなった以上、それを利用しない手はない」
誰もいなくなった司令室で和日月は誰かに連絡を取る。
「反社会的勢力へ情報を流し、我々とは完全に分離した奇襲部隊を構築してほしい。ああ、切り捨てできるようにだ。...手段は選んではいられんからな。こちらにも身元不明の内通者が奇襲してきた。作戦とは切り離して運用する。...ああ、追って連絡する」
和日月は貼り付けられたような無表情を少し歪ませる。先日の内通者は十中八九、欧州が絡んでいることだろうと和日月は睨んでいた。
「人の世に平和が根付いたこの現代で、その芽を摘み、育った葉を落とし、開いた花を燃やす火種を無視はできん。それを消し去るためなら修羅にでも外道にでもなろう」
その腰に携えた刀は飾りではない。抜いた刃を振るうことに躊躇も恐れもありはしない。現代に生きる武士は茨だろうと道がなかろうと、その歩みを止めることはない。
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