No.63 見える影、見えない光
No.63 見える影、見えない光
憂希は一度そのまま和日月と司令室に戻る。その道中で和日月は誰かしらに連絡を取り、襲撃者だったものの処理を依頼していた。
「こんな襲撃は珍しくないのか。...俺が入った日にも襲撃があったと思うけど」
「誠に遺憾ながら志を同じくする者にも甘言や戯言に意志を崩し、反旗を翻す者もいる。情報化社会においてあらゆる干渉から自らを隔離することは困難と言わざるを得ない。組織はその規模を広げれば広げるほど一枚岩ではなくなる」
すでにそういった状況になることは想定済みであり、それは避けられないものとして呑み込んでいると和日月は言う。
「今回は内通者の目的確認と、迅速に処理することによる警戒強化を強制し、敵対組織の鈍化につながると考え、泳がせた。...君が居合わせたことが唯一の想定外だがな」
「...」
そればかりは本当に偶然なのだから仕方がないと憂希は思った。ここで変に取り繕っては不自然に見えると考え、特に反応しなかった。
「どこの誰がこんな襲撃したのかはもうわかっているのか」
「いや、この者らはそもそも元から日本の組織のいずれかに所属している。今までの行動と接触した人間をこれから調査する」
「....そうか。同じ組織の人間でもどこに敵がいるかわからないんだな」
それはかなり恐ろしい事実だ。いつどこで誰が狙われるかわからない状況で戦場以外でも警戒しなければならないという極限状態になるということだ。
「現状確認できている容疑者はこの集団のみだ。疑わしい人間は現時点ではいないと伝えておこう」
「何でそんな裏切りが発生するんだ?戦争に参加するってのは生半可な覚悟じゃできないと思う。文字通り命懸けだろ。目の前の作戦とかでいっぱいいっぱいになると思うんだが」
「真意は与り知らぬが、その極限状態だからこそ、甘言や戯言を世迷言だと切り捨てられぬ人間が出てくるのもまた道理だ。奪われる側より奪う側に回る。心理としては正常と認めざるを得ない。戦争とはそうやって発生するものだ」
脅迫ではないからこそ、極限状態ではそちらに傾いてしまうという頭ごなしには否定できない状況。明日を確実に生きられる保証があるなら傾く人間もいるだろう。
「君に確認したいことがある。ロシア戦で投入された敵軍の能力を保持する人型機械兵。通称AZの情報を事前に知っていたようだが」
和日月は襲撃目的から視線を逸らさせるように憂希に対してAZの話を振った。
「ああ。以前、欧州軍の協力要請で参加した作戦で対峙した。...その時は一体だけで完全に破壊したんだが」
「...報告書に記載されていた熱を掌握する能力者がその機械兵だったわけか」
「量産されていることは知らなかった。その拠点に一体だけだったからもう会うこともないと」
和日月は憂希の主張に対して疑いを持っているわけではなかった。和日月の中で少しだけ生まれていた不信感を払拭するために確認した。そもそも和日月は誰も信用していない。期待や価値は感じているが、あくまでそれは戦争を軸に考えた話であり、人間的な信頼関係の構築はそもそも目指していない。
「報告書には情報や状況を正確に記載するように」
「...了解。......全部は答えられないというのは理解している。だが、一つだけ教えてほしい」
憂希はずっと頭の中で引っかかっている疑問をどうしても聞かずにはいられなかった。
「今回の内通者が俺の顔を見て何か言おうとしていた。...それについて何か心当たりはないか?」
「...申し訳ないが、こちらからは何を話していたかすら把握できていない」
その含みも一切ない憂希の疑問を一刀両断するような答えに、憂希の不信感は膨れ上がった。内通者が何を言おうとしたのかが重要ではない。持ち出そうとしていた情報の中に憂希が関係のある情報があるかどうか。その情報とは一体何なのかが知りたかった。
「そうか。...じゃあ、俺は自室に戻る」
和日月はここで珍しく判断ミスをした。無造作にダウンロードした情報の中に憂希の入隊記録でも入っていたと言うのが正解だっただろう。何も答えないことで何かあることを憂希に悟らせる結果となった。憂希は内通者たちだった血だまりを横目に司令室から退室した。
「......」
内通者の会話で出た被験者や人体実験と言う単語と、端末で見た青少年高負荷実験という単語が頭の中で繰り返された。
「....」
憂希が自室に戻ってから、和日月は内通者が持っていた端末の中身を確認する。片っ端からダウンロードされた資料の中で閲覧されているのは一つのフォルダだった。
「....目的は能力付与の成功率の要因調査か」
アメリカや中国、欧州全体と比較すると圧倒的に人口に差がある日本が、各大国と同じ規模で能力者を揃えているという状況は確かに脅威的だ。ロシアは人口の不利をアンドロイド技術によりカバーし、能力兵の量産と言う強みで対抗している。しかし、日本の人口では母数に差があるにも関わらず、大国と大きな差がない。
「...手段など選んではいられん。ただ、それだけだ」
内通者の端末をすべて木っ端微塵に分解するように切り刻み、原型のない塵の山に変える。和日月はすぐに内通者のこれまでの行動と連絡を取っていた人間の洗い出しに取り掛かった。まるで何かに憑りつかれたように、和日月に気の緩みは一切なかった。
自室に戻った憂希は端末でキーワードになりそうなものを検索していた。もちろん、そんな簡単にヒットするものなどなく、深いため息をついてベッドに仰向けで倒れ込んだ。
「...日本も欧州に先兵を送ったとか言ってたな。どこの国もそんな感じなのか」
大々的に戦争をやるより、数人の潜入部隊で軍の核を排除できるなら誰だってそうする。殺し合いで合理性を追求すれば人道など微塵も残らないと憂希は察した。
「俺は...皆を護れるようになって...どうしたいんだ」
憂希は戦争の終結について思考を巡らせる。和日月が言う能力者の撲滅とは、戦争が終結したその時にいる能力者たちをどうするつもりなのか。グレード1は一人であるべきだという話を和日月ははっきり言っていた。
「その時...俺はあの人と戦うのか...?」
仁野や輪廻、ラプラスや美珠。傀や振動など一緒に戦っている人間は大勢いる。今では米軍ですらそうだ。
「争いの種を根絶するって...本当に正解なのか」
実際に根絶できるのであればそれはもしかすれば最善策なのかもしれない。だが、その根絶に至るまでの道にどれほどの犠牲を伴うのだろう。
「あの人は...何のために戦っているんだ。誰のためにそんな極論を言っているんだ...」
少し前の憂希であれば意識すらしたことなかった和日月の目的や思想。何を経てその結論に至ったのか。なぜあそこまで誰も信用せずに戦っているのだろうか。
「...俺はどれくらい周りの人を....知っているんだろう」
能力者についてはまだまだ知らないことがある。さっき見た情報は少なくとも知らない何かだった。ただ、それ以上に身近な人間が何を思って戦っているのかを意識した。
「俺は...本当に正しいんだろうか」
これまで仲間を護るために、必然的に他を切り捨てる選択をずっとし続けている。命を天秤に乗せるという行為を無自覚にもやり続けている。それがどれほど重い選択なのかをいつの間にか気にすることもなく、戦いの流れに意識を持ってかれるようになっていた。それは戦いを積み重ねれば自然とそうなるものなのかもしれない。
「あんだけ人を殺すことに嫌悪していたのに...今じゃその影もないか」
自分の変化を自覚し、憂希はどうしようもなくそんな自分が嫌いになった。ただ、それだけで仲間を護れるならそれでいいと思った。その考えの中で自分が少しずつ削られていくことまでは、憂希は自覚できていない。
「食欲なくなったな。また起きたら食べよう」
憂希はそのまままた眠りについた。まるで夢でも見たのかと錯覚するような真夜中の襲撃。これを知るものは和日月と憂希の二人だけのままだった。
憂希が再び眠りについた頃、時差九時間ほどの欧州で日本の襲撃結果を確認する青年の姿があった。
「...ふむ。次の標的は日本か。だが、彼の所在まで不明か」
その青年はどこからか得たタイムリーな情報に一切興味を示さず、その背後にだれかを探しているようだった。手元の資料には一人の青年の写真があった。
「日本軍に身元を洗い出される前にこちらで先に確保したい。...ああ、こちらも想定外だったんだ。能力者への進化は情報さえ持っていれば誰でもエントリーできる。まあ、大抵の人間がその先にある保証された生活を求めているに過ぎないんだけどね。...うん、そう。彼だけはどうやら違うようだった。...引き続きよろしく」
憂希の前ではジェイムスを名乗るその青年は、今は別の人間に注力しているようだった。
「こちらに今のところ害はないし、何なら有益ですらあるけど。...不測の事態はなるべく避けなければならないからね。...『光信聖教』か。宗教の自由とは言え、制御が難しい団体だ。...まあ、でも日本に何かしらからくりがあるのはわかったし。また探りを入れてみるかな」
その時、部屋の扉にノック音が響いた。
「どうぞ」
「失礼します。...こちらは手筈通りに進んでおります。もうすぐ次の段階に進めることができるかと」
「そうかい。それは何よりだ。まずは...我々の組織を確実なものにしよう。全世界は視野に入れるけど、まあ絶対ではないからね」
「承知しました。他軍への情報展開はどのようになさいますか」
「ん~まずはうちの反応を確認してからではあるけど。まあ、すぐに情報展開しよう。それを受けて各々がどういう反応を示すのか楽しみだしね」
いつも以上に不敵に笑う青年は満足そうにどこかへ思いを馳せる。
「...能力付与による全人類進化。その先にある旧人類の必然的な衰退。そして新人類による新しい社会、新しい世界。実に夢のある世界になるだろうね」
和日月の最終目標と完全に対照的となるその理想は、能力者のみの世界を構築するという目標だった。それは言葉だけ聞けばきれいで素晴らしいものに聞こえるが、能力者への進化は全人類が対応できるものではない。それ自体に死という何よりも重いリスクがついて回ることを忘れてはいけない。
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