No.62 先兵が求めるもの
秀明との問答に後ろ髪引かれながらも憂希は皆とともに日本へ帰還した。極限状態から解放された憂希らは数日間の待機命令という名の休息を与えられた。
「大丈夫かい」
「うぅ…」
その休日のほとんどを憂希は輪廻とともに過ごした。ともに過ごすと言っても震えて丸くなる輪廻のそばでひたすらになだめるだけだった。その輪廻を見て憂希は秀明に言われた言葉を何回も反芻する。
「ゆーき」
しばらく唸って丸くなったままだった輪廻が言葉を発する。
「ん?どうした?」
「ごめんね、たたかえなくて」
その言葉は憂希にとってこれまでの戦いで受けたどんな傷よりも痛みを感じた。胸が締め付けられ、喉の奥がつっかえるような熱くなるような、なんとも言えない苦しさが血のように湧き出してきた。
「ううん、輪廻は何も悪くないよ。俺こそごめん。辛いことをさせたね」
輪廻に伝えた言葉を憂希は悔いた。その心はまだ幼子のような輪廻に何を言っているんだと自分を恥じた。まるで子供に戦場で人を撃てというようなものだと感じた。
「ちがうっ。ゆーきはわるくない。りんねがたたかうっていったの」
輪廻は自分の不甲斐なさに嘆いていた。かつて自分を護っていた母親はこんな弱さなんて微塵も見せなかった。憂希だって辛そうにしながら頑張って戦っていた。震えていようと逃げてはいなかった。みんなそうだ。透明になるあの男ですらそうだった。戦場では恐怖を感じていない者なんていなかった。
「りんねが...まだつよくないから」
輪廻は皆、恐怖に耐え、恐怖を乗り越えて戦っていることを知った。それでも誰も信じられず、孤独の中でずっと震えていたあの頃よりはましだと感じていた。何もかもから逃げていたあの頃と比べれば、並び立ってくれる仲間がいることほど温かいものはないと感じていた。それを護るために戦うという憂希の言葉にも、輪廻は納得していた。
「輪廻、一緒に強くなろう。戦うなら強くならないといけない。...でもね、無理して強くならなくたっていいんだよ。逃げたっていいんだ。隠れたっていい。それは悪いことじゃない。でも、たぶんそれを一番許せないのは自分自身だ。俺なら俺が、輪廻なら輪廻が、自分を許せなくなっちゃう。そうならないように、強くなろう」
「...うん」
憂希の言葉すべてを理解したわけではなかったが、輪廻はそのニュアンスから意味を受け取った。
「りんねに...みんなやさしいの」
そう言って輪廻は静かに眠りについた。眠ることが怖くなくなった今を大切にしながら。
「...」
憂希はずっと考え込んでいる。自分が護るために戦うというその大義に疑問が生じる。皆のことを護るといいながら、戦場に引っ張ってきているのは自分ではないか。一緒に頑張ろうと言いながら、一番人を頼っているのは自分ではないかと。
「....」
輪廻が深く眠りについたのを確認し、憂希は輪廻の部屋から出て自室に戻る。自分がすべて解決することができれば、それこそが皆を護るということなのではないか。
「結局、俺が一番弱いんじゃないか」
自室のベッドに仰向けに倒れ込み、今回のロシア戦を振り返る。仁野が隣にいたら安心した。神酒が駆けつけてくれたときに安堵した。誰かが戦争を終わらせてくれたときに力が抜けた。それは無意識に他人に寄りかかっている証拠だった。ただ、それは極めて普通のことであり、本来なら何も咎める必要のない一般的な感覚のはずだ。
一人では中断することのない思考の反芻の中で、憂希は次第にまどろみ、そのまま眠りについた。
和日月は司令室にてロシア戦の報告書に目を通していた。
「能力を保持する人型機械兵...」
ロシアが開発したその兵器は和日月が阻止したかった技術の一つだった。能力者の量産にリスクがあるからこそ簡単には拡散されないという見込みが甘かった。絶命というリスクがない機械への能力付与という能力技術の革新にロシアはもう踏み込んでいた。
「..."神崎上等兵の発言から、対象の正式名称はAZ"」
その報告書に記載されている文言をそのまま和日月は読み上げる。
「欧州軍への協力要請で何か情報を得ていたのか...。報告書に記載はなかったはずだが...。っ」
憂希が振動経由で提出した報告書をデスクのモニターに表示しようとしたその瞬間、モニターに一件の通知が表示された。
「っ...."日本支部襲撃調査報告書"....はぁ....やはりそうか」
憂希が入隊した直後に突入部隊の襲撃を受け、憂希にとって想定外の初実戦となった。その敵部隊は国の軍隊とは異なり、完全に雇われた武装集団だった。その雇用ルートは想定通り複雑化されており、単純な調査では特定できなかった。様々な調査期間を行使して、かなりの時間を要したがついにその依頼元が発覚した。
「米軍...これを仕掛けておいてよく同盟などと。白を切るにも限度がある。こちらの情報を一番熟知しているからこそ、狙ったかのような襲撃だったということか」
米軍側の狙いに確証はないが、一番は憂希を拉致することだったのだろう。最悪でも抹殺することで日本との軍事バランスを維持することが目的だったと和日月は推測する。とはいえ、同盟を結んだ現状では大きな摩擦の種となり、最悪の場合、日本の孤立という戦争において絶望的な状況に直結する恐れもある。
「各国の戦力は大きく削れておらず、痛み分けと言うほかないのが現状。...その中で能力者の増強を阻止しながら能力者そのものを終息させるには...現状のままでは」
戦争の激化がその勢いを増せば増すほど、和日月の掲げる終戦の形から遠のいていく。だが、どんな形であれ、この世界大戦の終結は勝利で終わらせなければならない。和日月はそのためならば手段を選ぶつもりはなかった。
憂希はゆっくりと目を覚ます。無自覚のまま眠りについていたため、意識の混濁で自室で眠っていたことを理解するまでに時間がかかった。
「う...。今...何時だ」
枕元にある端末を触り、時間を表示させる。そこには真夜中の二時を数分すぎた時間が表示されていた。
「っ...。中途半端な時間に寝ちゃったな」
憂希が参加する作戦はどれも熾烈な戦闘であり、長時間熟睡するくらいには消耗していたようだった。
「...おなかすいたな。...何かコンビニで買ってくるか」
本部のロビーには常設されたコンビニエンスストアがある。表向きには普通の自衛隊施設。階層によるが特殊兵装部隊に所属していない一般兵や自衛隊関係者も利用する。コンビニエンスストアはデジタル化により品出し以外に店員は常駐していない二十四時間営業だった。
「...おにぎりいいな。...ん~」
憂希らの福利厚生として専用IDカードでの決済により、憂希らは無料で買い物できる。食堂は営業時間であればだれでも利用できる。和日月は憂希の入隊時に示した衣食住の保証というのは嘘ではなかった。
「よし。...ん?」
コンビニエンスストアから軽食を購入してロビーに出たとき、憂希の目に映ったのは深夜にも関わらずロビーに集合していた集団だった。人数は十人弱程度であり、その様相は人間の一般的な活動時間に同じようにいれば特に違和感もなくスルーできるであろうスーツ姿だった。
「...」
憂希は咄嗟に姿を隠し、その様子を窺う。コンビニエンスストアの明かりが煩わしく感じる。憂希の鼓動は早まり、根拠のない緊張感が手に汗をにじませる。
「首尾はどうだ」
「やはり通常部隊や自衛隊には情報はない」
「依頼者によればこの国は明らかに能力者への進化の成功率が他国より秀でているとのことだ。...技術的根拠が必ず存在するはずだ」
「やはり指令室か。この組織体制を構築していながら、秘書や副指令を誰もつけないという用心ぶりは現代人とは思えん警戒心だ」
「...では予定通り、対象の部屋に侵入する」
日本人であり、恐らく元々自衛隊や軍の関係者であろう人間たちがスパイ活動をしていると思われる人間たちの集団だった。その集団は真っ直ぐ指令室の方向へ向かい始めた。
「...日本が能力者の技術が秀でている...。あの人はそもそも能力者を根絶するって」
憂希は自分が今まで知っていた情報を整理する。和日月の最終目的は能力者の根絶であることに間違いはない。しかし、自分も含め確かに最近でも能力者増強の動きは取っている。これは事実だ。米国の同盟についても別段、そういった交渉やら問答はなく、すんなり合同訓練や合同作戦を実施していた。
「...少し追うか」
憂希はその集団を尾行することに決めた。兵士であれば即刻殲滅するのが本来のあるべき姿だろうが、憂希はまだ和日月が明かしていない情報があるのではないかと考えた。
「...」
日本軍本部のセキュリティは外部からは厳重だが、内部の人間ともなればセキュリティ突破自体はそこまで難しくはない。憂希ですら司令室に入れるほど、管理は厳しくないのだ。そもそも一般兵がずかずかと司令室に入ることのほうが
稀ではあるのだが。
「よし。入るぞ」
何の障害もなく集団は司令室のセキュリティを突破し、室内を物色し始める。しばらく物色したのち、実物の書類としてめぼしいものはなかったのか、和日月のPCをハッキングし始める。
「...よし。とりあえず片っ端からメモリにコピーする」
そのPCに存在するあらゆるデータをメモリにダウンロードする。周囲の人間は拳銃を構えて周囲の警戒をしている。
「...おい、これ。....能力者実験はもう昔に終わったんじゃなかったのか」
一人の男性がコピーされていくデータを手元の端末で確認していた。能力者実験とはかつて数十年前に実施されていた能力者という人類進化を目指した人体実験のことだろう。
「そりゃ常識だろ。そんなことを調べに来たんじゃ」
「いやそれが...この被験者リスト。日付がつい数ヶ月前とかだぞ。...なんだ?高負荷実験って」
「あとで確認すればいいだろ。まだ終わらないのか」
「よし、今終わった」
ダウンロードが終わった瞬間、司令室どころかそのフロアの明かりが全部点灯した。
「貴様らか。内通者は」
「なっ」
その光に一瞬怯んだ集団は声を発した瞬間にその場に崩れ落ちた。原形の無い血液や肉塊の塊となって地面に血だまりを広げた。
「...一人逃げたか」
フロアの入り口を見張っていた一人の男がその危険を察知し、戦慄する前に駆けだしていたことで和日月の能力を回避していた。
「っ...くそ、早く転送終われっ。...っ。...誰だお前」
「あなた、何から逃げているんですか?」
憂希はまるで偶然居合わせたようにその男性の前に立ちはだかる。
「どけっ。我々はこの世界に救いをもたらす存在なのだっ。救いの先にある光に到達するには。......お前、さっきの」
「...なんです?」
憂希はその男が言いかけた何かを聞くことはなかった。その前に言葉を発する口がついた頭はひとりでに重力の影響で床に落下した。
「...神崎上等兵。なぜここにいる」
「小腹がすいたのでコンビニへ軽食を買いに。そこでこの集団を見かけたので妙だと思って追いかけてきたという感じで」
「ふむ」
憂希が手に持っていたコンビニの袋を見て、和日月はそれが嘘ではないと受け取った。
「この人たちは?」
「どこかの軍の内通者だろう。国際化と電子化が進むこの社会では先兵を用意することなど造作もないだろう」
大して驚きもせず、和日月は司令室に戻る。
「何を盗みに侵入したのか。...この端末を見ればわかるか」
憂希はさりげなく端末を拾い、中を見る。死に際に言いかけてた言葉は明らかに憂希について何かを語ろうとしていた。
「それはこちらで確認する。君は気にしなくていい」
取り上げられる前の一瞬。憂希が確かに捉えた端末に表示されていた文言には『青少年高負荷実験』という文字が見えた。しかし、その詳細まではその一瞬では理解できなかった。それでも、憂希は和日月がまだ明かしていない情報があるということを確信した。
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