No.61 決着の遺恨
ネスメヤナの離脱は命からがらという他ない。他人に興味を示すことはなく、自分が作戦を成功させるための歯車でしかないと考え、仲間は自分含め、軍隊を稼働させるための部品の一部でしかないと考えている。かければ回らない必需品。メンテナンスは必要だが、壊れれば取り換えるだけの代えのきく量産品。
「っ.....」
ただ、ネスメヤナにとって想定外だったのは憂希だった。前回の戦闘では憂希に有効打を許しはしなかった。対能力戦で言えば完封したと言えるだろう。和日月が前線に出てこない限りは負けることはなかっただろう。それが今回、完全に対応された。ニコの能力のサポートがなければどうなっていたかはわからない。
「これはどういう状況」
離脱した先にあるはずの拠点は完全に焼野原になっていた。まだ火炎の残りが揺らめき、パチパチと燃える音のみ聞こえてくる。拠点の残骸と思われるものが瓦礫になって転がっている。
「...ニコ。応答してください」
その通信に応えはない。そもそも兵士の数はAZを代わりに投入したことで少なくなっている。それでも誰の返答も無いのは異常事態だった。
「…… 敵影はなし」
憂希の放電によって片腕はほとんど炭化して死んでいる。今にも崩れ落ちてしまいそうなほどだ。神酒との戦闘でどの一撃も即死になる緊張感の中、能力を行使し続けてなんとかやり過ごしたネスメヤナは限界をとうに越えたはずの状態でなお、まだ能力を行使し続ける。自分の周囲に無条件でベクトルが反転するように。
「っ」
普通の人間であれば卒倒するような痛みや疲労といった消耗でも眉ひとつ動かさないネスメヤナ。こういうところだけで言えばAZのほうが人間らしいのかもしれない。
「……あれは」
ネスメヤナは瓦礫と炎の中にあるものに目が止まった。爆撃されたにしてはやけに一箇所に固まっている瓦礫の山。まるで防空壕のようにドーム型で積み上がっていた。
「っ……」
残った力を振り絞り、その瓦礫にベクトルを付与し移動する。瓦礫の中にはネスメヤナの想像通り、人一人がギリギリ入れる空間があった。
「ニコ…」
そこにはニコが倒れていた。意識はなく瓦礫が除去されたにも関わらず、なんの反応もない。
「左腕と…左足が……」
火傷により止血はされているが、ニコの左腕と左足は爆撃により欠損していた。出血とそのダメージによりニコは脈はあるものの瀕死状態だった。仮にネスメヤナが帰還できていなかったらニコは絶命していただろう。
「離脱しますよ、ニコ」
そんな仲間を見てもネスメヤナの表情に変化はない。ただ、明らかにネスメヤナが纏う雰囲気には怒気を帯びていることは誰の目にも明らかだった。
この戦闘はロシア軍の撤退により最終的に日米軍の勝利となった。しかし、この戦闘により日米軍の手の内をほとんど晒すことになった。ここでロシア軍を壊滅しきれなかった日米軍はのちに更なる苦戦を強いられることになるだろう。
憂希たちは一度前線拠点にて美珠の治療を受けていた。消耗と怪我により、本部への帰還よりも治療を優先した結果だった。
「...っ」
「もう少しで治るからね」
「ありがとう。...アレックスさんの容体は」
「...今、ギリギリ延命できている状態。運び込まれたとき、体温が二十五度を下回ってた。内蔵も同じくらい低くなっていたと思う。生命維持が危うくなるレベルの低体温症だったんだ。ぬるま湯で手首や足首を温めながら血液復温して、私の能力で生命維持をしていたけど、体全体を平熱に戻すにはどうしてもゆっくりやる必要があるから...。すぐに回復するのは難しい」
ものすごく悔しそうな表情を浮かべ、美珠は無意識に手を添えていた憂希の腕を少し強く握った。
「そっか。頑張ってくれてありがとう」
外傷等であれば美珠の能力はかなり有効だろう。人体の修復機能を活性化させ、傷を塞ぐ。まさに治癒の能力だ。体力消耗や一般的な風邪などであればそれもまた能力の対象にできるだろう。しかし、今回の事例で言えば、例外とは言わないまでも、それだけで解決するような症状ではなかった。心臓を活性化させれば四肢の冷たくなった血液を内蔵に循環させてしまうとそれこそ悪影響となる。治癒で回復させる機能も慎重にしなければならない。
「これが...私にできることだから。...能力があるのにすぐ治せないのは、悔しいけどね」
美珠は治癒が能力であるがゆえに歯がゆさを感じている。何も考えずに能力を行使できるわけじゃない。グレードが上になればなるほど能力の幅広さや規模の大きさが広がる。しかしそれは同時に能力行使の複雑さに直結する。治癒と一言で言っても、目に見える外傷などのわかりやすい症状であれば直観的な治癒が可能だが、ウイルス感染や毒物接種など症状や患部によって治療内容が異なるものは要素ごとに治療しなければならない。
「俺らの能力って...それに特化すればなんでもできるようで...実際はなんでもできるわけじゃないんだよね...」
憂希は独り言のように呟く。あくまで一つの条理に基づいて発揮される能力はこの世に存在するあらゆる条理に基づいて存在する現象や状態を一方向から捉えることしかできない。
「でも...できることをできるだけやるって、それはそれで難しいと思うんだ。...安楽堂さんは、それを精いっぱいやっているんだって俺は感じる。俺だけじゃない。皆そう思ってるはずだよ」
「...それは神崎君もそうだよ。少なくとも、私から見れば、私以上にたくさん頑張ってる」
自分の中の不甲斐なさや悔しさはある意味、自分への期待値や理想との乖離が生む欲の塊だ。他人から見た相応と自分の中の理想は基本的に一緒になることはない。
「じゃあ、俺たちがお互いにお互いのことを頑張ってるって感じているうちは、よくやってる方だってことだ。...俺を見て、もっと頑張れるだろって思ったらその時は叱ってほしい」
「ふふっ、何それ。叱ってほしいってちょっと変だよ。ふふ...わかった。じゃあ私が私のできることをやらずにいたら、神崎君が怒ってね」
「わかった」
その時にできることを精いっぱいやる。それはとても難しいことで、結果論だけで見ればいくらでも理想的な解は出てくる。自分自身でそれを咎めるのは簡単だが、それに対して明確な救いはない。その判断を他人に預けることで、その回廊から抜け出す。それは他人への甘えではなく、自分が立ち続けるための蘇生術に近いだろう。
「...」
その会話を医療班のテントの外で仁野は聞いていた。その憂希の相手は、その会話の相手は自分でありたかったと強く思う。それでも、美珠を妬むことや二人を嫌うことはない。嫌うことなどできない。真っ直ぐに努力し、作戦に尽力していることを近くで見ている。そのうえで、二人が悩み苦しんでいることも知っている。
「うちは...戦場で憂希君を支えるんだし。うちはうちだから」
仁野は自分も自覚していないほど、強い人間だった。その強さは人徳であり、素直さと汚れなき澄んだ心が人間的な出来の良さを構築していた。
「よしっ。うちも運ぶの手伝います!もう何でも運んじゃいますよ~!」
元気に駆けだして仁野は帰還の準備を手伝いに向かう。自分の武器を理解した乙女は強い。自分を曲げない乙女は眩しいものだ。
「失礼するよ。...ああ、いたいた」
「あ、お疲れ様です。あ、輪廻。」
憂希が治療を受けているテントに入ってきたのは秀明だった。片脇には輪廻の姿もある。
「ゆーき!ゆーきっ」
まるで飼い主を見つけた大型犬のように輪廻は憂希に駆け寄る。ずっと強いストレス状態だったようで、見るからに消耗している。
「...ちょっといいかな」
「え、はい」
秀明は憂希をテントの外に連れ出す。その雰囲気はいつもとは異なり、緊張感が走っているようだ。
「...君さ、どういうつもりなの?」
「え?」
秀明は普段よりもイラついた口調で憂希に問う。憂希はその問いがどういう意図なのか理解できずに間抜けな反応をする。
「輪廻だっけ?...君さ、前に僕に対してどうして能力者にだの、何を目的に戦争に参加しているかみたいな質問したくせに、何であの子をこんな戦争に加入させてんの?」
「っ...。最初の偵察作戦以外に輪廻は何かの作戦に」
「な...知らなかったの?...僕と小龍君に混じって敵軍の前線拠点に襲撃に行った。...彼女の能力と僕の能力で潜入した。爆発や銃声に怯えていたんだ。戦闘慣れどころか人慣れもしていないんじゃないのかな」
無意識に他人を観察する癖のある秀明でなくても瞬時に理解できるほど、輪廻は怯えていた。どうにか立ち向かおうとする姿勢こそあったが、精神はそれについていけなかった。
「すいません、ありがとうございます。...くそ」
「その様子だと本当に何も知らないようだね。....君、彼女の世話係じゃないの?僕はてっきり作戦含め、君が彼女を戦争に参加させているものだと」
「そんなこと...。世話係かもしれない。でも、戦争に参加させたくはないんです」
憂希はその自分の発言を実際には実行できていないことに後ろめたさを感じた。作戦に参加する以上、憂希が与り知らぬところで輪廻を投入することもあるという事実に、頭では理解していたはずなのに無意識に見ないふりをしていた自分を自覚し、嫌気が差した。
「...君のスタンスは知らないが、偵察よりも断然危険な前線への襲撃任務には参加していた。その作戦を指示したのもそっちの人間だ。...その人がどういうつもりか知らないけど、当然のように決めていた」
事情を知っていようと知っていなかろうと、命のやり取りをする戦場において、使える手段を使わないという選択肢は軍人にはない。ましてや輪廻はグレード1の能力者である。作戦成功をより確実にする要素としてこれ以上はない。
「...僕は君を信用できない。腹の内がどうであれ、あんな子を戦力として数えている日本も嫌いだ。合理的なことが正義だって面して、多数決に脳死で従うような国。個人を見ない集団主義な考えには反吐が出るよ」
「...すいません」
「...とりあえず君の意志じゃないことはわかったよ。ただ、君が連れてきたなら君の手が届かなかったじゃすまないよ。前に聞かれたような質問を君にするけど、君はこの戦いをどう思っているだい?」
その言葉に憂希はすぐ答えを見つけられなかった。秀明の言葉には感情的な叱責というより、何か秀明の中で絶対に線を引いている価値観に基づいていると感じさせるものがあった。護るために戦うというある意味矛盾した憂希の望みは、中身がなければそれは聞こえがいいだけのきれいごとであり絵空事だ。
「...大切な人を護るための戦いです。...俺が輪廻もちゃんと、護ります」
「...そうかい」
秀明は出かかった言葉を呑み込んだ。何でもかんでも護ろうと戦うたびに、その人間の周りもまた戦うことを強いられるというジレンマに陥るんだということを。
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