No.58 変化する戦況
日米軍の背後に降り立つグリゴリーは生身であれば当然即死となる高さからパラシュート無しで着地した。奇妙なことに、落下するエネルギーによる衝撃などそもそも存在しないかのように、グリゴリーが着地したその瞬間、土煙一つ発生しなかった。膝を折り曲げることすらなく、仁王立ちのまま、地面に何も変化させることなく着地したのだ。
「さて、再会の挨拶といこうか」
グリゴリーの着地と同時にその位置情報は本体に伝わり、正確な転送でAZを始めとする挟撃部隊が出撃した。兵器に限った話ではあるが、それでも条件が限定的だからこそ少ないリソースで行われる兵器の転送は作戦の幅を広げ、敵に察知されにくいという最大の強みを持つ。いつどこでも敵に察知されることなく軍隊が完成するということなのだから。
「手始めにAZよ。氷河期に飽きたであろう客人に熱烈な常夏を提供してやろうではないか」
『おっけ!一気にいくよー!』
グリゴリーはAZだけに頼らない作戦に出る。今までAZが主火力だという印象を日米軍に与え続けていた。もちろんそれは事実の一つだが、警戒すべき対象を無意識に絞らせるという巧妙な作戦の一部であった。
「ニコ、挟撃作戦の第一段階だ」
無線機でニコに指示を出し、AZの全体加熱とタイミングを合わせる。ニコの能力で日米軍の後方全体を囲むように焼夷弾を降らせた。その燃え広がる火炎そのものの温度をAZの能力で急激に上昇させ、立ち昇る火炎とともに一瞬ですべてを蒸発させる火攻めが実行される。
「まずは容易に突破できぬ包囲網を」
火炎の上昇気流も合わさり、火柱はまるで太陽に届きそうな高さで大気をどんどん加熱していく。
空爆に爆撃機をわざと使用していたことで予備動作のない奇襲に日米軍は対応できない。未然に防ぐことのできない爆撃や砲撃ほど有効な攻撃手段はない。
「さて、炎とともに参るとするか」
グリゴリーの想定よりもネスメヤナの侵攻は進んでいないが、それはあくまで挟撃においては待ち伏せる側であり、追い込む側はグリゴリーだったため、何の支障もない。作戦の要となるニコを前線に出さないことで、存在を警戒させながら能力を最大限に行使でき、作戦の確実性向上にも繋がっている。
「む……」
しかし、この戦争は単純ではない。通常有効なはずの攻撃が能力によっては無効であり、兵器すら通用する保証はないのがこの戦争の現実だ。
「ほう、炎が」
日米軍の後方を完全に包囲していた火炎がひとまとまりになっていく。AZがいくら加熱しても、規模が大きくなろうとも本質は炎であることに変わりない。
「敵の武器を我が物としてこそ強者よなっ」
AZの能力により超高温になった炎はひとまとまりになったことでよりその温度と激しさを増し、青白く燃え上がる。まるで小さな恒星が出現したかのように眩しい光を放ち、まとまり切ったその瞬間、ロシア側に一気に放出されるように火炎が噴き出した。憂希はネスメヤナが行った火力の一点集中を模倣し、超高温のバーナーを発生させた。それらは一瞬にして物体を蒸発させる温度で放たれた。
「だが、俺には通じぬ技よな」
グリゴリー本人どころか、その場に出現した中隊規模の軍全体が、燃えるどころか火傷すら一切ない無傷の状態で立っていた。太陽に迫る温度の炎に晒されてなお、無傷のままだった。
「っ...」
憂希はその姿を晒さないように隠れながら能力を行使していた。しかし、多少の効果を期待した反撃に一切の手応えがないことに憂希は驚きを隠せない。グリゴリーだけなら理解できる。能力による何かしらの副次的効果で無効化できる可能性は否定できない。だが、軍全体となると話は別だ。良くも悪くも能力の対象は一言にまとめられる。能力の本質は一つであり、そこに揺るぎはない。確実に炎は軍隊全体を焼き払うように着弾点から広がった。直接火炎に触れずともその熱の影響は受けるはずだった。しかし、炎自体がかき消されることなく、その能力をはく奪されることなく、無効化された。
「やっぱり...絶対に物体の固定とかそういうのじゃない」
憂希はグリゴリーの能力を推理するが、結局は振出しに戻ったのと同じだ。自他関係なく状態を付与しているような能力だがその本質はまだわからない。
「一度動けなくされた以上、安易に視界に入るわけにはいかない。...何が効果的か確認していくしかない」
攻撃手段においてはトップクラスにその種類と手段を持つ憂希の能力でグリゴリーの能力を洗い出す。
「まずは...本隊に何もさせないようにしないと」
憂希は日米軍の前線拠点の周辺に氷壁と岩壁で要塞のような防壁を形成する。ミルフィーユ状に重ねられた防壁は熱と衝撃を吸収する。その防壁形成と同時に空中に隕石のような氷塊をいくつも生成し、霰と呼ぶにはあまりに規模が大きい氷塊の隕石群を時雨のように降らせる。
「ほう、これはまさに災厄だな」
目の前に広がる目を疑うような光景にグリゴリーは心が躍る。兵器のみではありえない攻撃。軍隊だけではありえない状況。それらすべてが退屈した世界を一変させる。戦の鮮度を上げる。
「だが...見える攻撃は効果と対策を頭の中で巡らせるには余りある時間をもたらすものだ」
その疑うほど浮世離れした光景がさらに上書きされる。その隕石のような氷塊すべてがまるで浮遊する島のように空中に静止した。重力という概念から解放されたかのようにビタッと止まった。
「なっ....だったら」
前線での戦闘を思い出し、憂希は次の手を打つ。停止させられた氷塊をすべて水に融解し、大量の水が激流をうねらせながら滝のように落下する。その激流は落下とともにどんどん加速し、超圧力を加えられ、まるで巨大な柱のようなウォーターカッターとして触れるものを消し飛ばす高圧水流に化ける。
「なんという多様性...。能力者はグレード1か?...AZよ、蒸発させろ」
数十体のAZが一気に大量の水に急激な熱を加え、一瞬にしてすべてを水蒸気に変化させた。大量の水が一気に体積を増やしたことで大爆発のような衝撃と風圧が荒々しく戦場を駆け巡る。しかし、それにすらグリゴリー率いる挟撃部隊は髪すらも揺らがない。
「ぐっ....風を....確かめるっ」
衝撃の中でその光景を目にし、憂希は一つの憶測を検証するため、次の手に移る。
「これならどうだっ」
軍どころか、基地や要塞ごと吹き飛ばす規模の巨大な竜巻。その暴風で触れるものすり潰し、巻き込んだものを押し潰し、捉えたものを切り刻む風の怪物。その場に人どころか建物や兵器すら留まることはできず、吸い込まれるように巻き込まれる。
「天変地異の能力か。ネスメヤナとニコの報告にあった少年だな。...なるほど、実際に対峙する緊張感と次の手が読めぬ能力の幅。何より、この規模と派手さよ。神話でも相手にしているのかと錯覚するな」
『次から次になにこれ!?』
『隊長いなかったらうちらもう鉄くずじゃない!?』
「前戦った時こんな感じだったっけ!?」
AIですら目を疑うほど、次々に発生する天変地異。自らの無事をグリゴリーの能力あってのものだと理解しているものの、それでも構築された人格は驚嘆している。
「さて、この手で何を見るか」
やはり、髪も服も何もかもが暴風の影響を一切受けず、微動だにしない。風など吹いていないかのように。
「安易に姿を見せず探るその姿勢、実に戦士らしい。日本の兵は平民上がりと聞いていたが、軍人上がりもいるのか...?...AZ、その高性能な目で敵兵を捉えられんのか?」
『この竜巻分厚すぎ!全然見えないよ!』
「なるほど、では竜巻にはご退場願うとしよう」
グリゴリーがそう言った瞬間、竜巻はきれいさっぱり消えた。文字通り、瞬間的にパッと消えたのだ。まるで存在そのものを削除されたようにどす黒い気流はどこかへ行ってしまった。竜巻に巻き込まれていた岩石や塵が洗脳を解かれたようにその場に落下する。
「っ....なんだこれ」
憂希は動揺する。巨大な竜巻を消されたことにではない。一切、ロシア軍の周囲に存在するはずの大気が動かない。動かせないのだ。先ほどまで何の抵抗もなく従っていた大気が一切微動だにしない。まるで空間に貼り付けられたように動かない。
「味方に人がいてはできぬ芸当だが、それを想定し、実行できることが我々の強みだな」
大気が対流すらしないということは、呼吸による大気の流れも発生しないということ。呼吸するための空気がいくら吸い込んでも肺に流れてこないとなれば、それは空気の無い空間にいるようなものだ。
「熱の変化は対象にしていない。自然発火するほどに敵陣を灼熱にしてやれ」
『おっけ!私たちいくよ!』
『よっしゃ合体技だ!』
『『『燃え尽きちゃえ!!!』』』
動かぬ大気を一瞬で上書きする熱の伝播。大気は一気に温度を上げ、地面や岩石は内包する水分を一瞬で奪われる。憂希が形成した防壁は外壁に熱が集中し、岩石が融解を始め、次々に崩落を始める。
「ニコ、敵陣は正確に位置を掴んでいるな。空爆を継続しながら敵の自由を奪うように兵器を投入せよ。ああ、想定よりもこちらの察知と対処が迅速であった。本来の作戦と同様の効果をもたらせ」
戦闘を楽しむその矜持とは裏腹に、戦争として作戦を遂行するために手段は選ばない。愉悦と勝利は切り離してこその軍人である。
「ああ、ここも同様に目標を悟らせぬよう、思う存分ぶち込んでやれ」
その命令直後、空はまた光が散りばめられたように爆撃を滴らせる。日米軍の拠点の真上にも爆弾やミサイルが空爆ではありえないほどの数で姿を現した。
「もう...やらせるかよそんなことっ」
はるか上空でももう狙いすますことなく、憂希は雲を走る稲妻のように爆弾に雷撃を貫通させ、その爆発により空が太陽よりも眩しく光る。
「これならっ」
ネスメヤナに放った相手の内側から発生する放電をグリゴリーに仕掛ける。外側からの干渉に対して能力が発動しているのならネスメヤナ同様に内側からの攻撃には耐性がないはずだと悟っての攻撃だった。
「っ...」
それでもグリゴリーは無傷であった。放電は虚しく光るのみでグリゴリーを焼きもせず、痺れさせることもなかった。人間が受ければ一瞬で死に至るほどの電圧でも全く効果がない。
「.....こちら神崎」
憂希はその攻撃をもってグリゴリーの能力を断定する。正確な推理かどうかはこの際、二の次である。正解に少しでも近しい結論が出たのならまずはそれを共有しなければならない。仮に的を得ていなくても外れてはいない。ただ、その断定した能力はあまりにも不条理であり、攻略方法が思いつかない。推理が間違いであってほしいと思うほど、残酷な情報だった。
「敵、危険因子の能力はおそらく...変化の拒絶もしくは変化の停止だと思われます」
『こちら振動。変化の停止とはどういうことだ』
「俺のあらゆる攻撃を試みましたが、今現在、一切効果がありません。...ただ、能力自体は発動できていました。...ただ、その効果が敵にだけ何もない状況です。...だから物体の固定ではなく、対象の変化を無くす能力だと...考えました」
『なっ...』
その憂希の推理は見事的中した。そこに至るまで多角的な手段を用いて能力を検証できたのは憂希だからこそだろう。この短時間で能力を推理できるほどあらゆる条件を試すことができたのだ。他の能力であれば、下手をすれば理解するどころか、憶測すら生まれぬまま敗北していたことだろう。
「さあ、若き戦士よ。そろそろ俺の小細工に気づき始めたのではないか?...ここからどうする。何を見せてくれる。知恵比べと行こうではないか」
事象、状態、状況。あらゆる物体の情報をそのまま停止させる。それは人だろうと動物だろうと、岩だろうと水だろうと。銃だろうと核だろうと。星だろうと停止できる絶対的な能力。不変を掌握し、あらゆるものの歩みを止める能力。
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