No.57 背後に迫る危険
ネスメヤナの能力の強みは言わずもがな、そのカウンター性能と応用力。敵の攻撃を無力化するだけでなく、その攻撃を反撃にそのまま利用することで完全有利なリターンを得ることにある。あらゆるものにベクトルが存在する中で、常に自分を中心とした外側へのベクトル変更を行使し続ければ、基本的な物理攻撃に対して無敵と言える。ただ、やりすぎると空気の対流が滞り、酸素欠乏症になる恐れがあるのだが。
「がっ...うぅ....はぁ...はぁ....はぁ....」
憂希に放たれた高エネルギー体を自分にダウンバーストのような急速落下する滝のような風圧を大量の水と一緒に発生させることで、その照準から外れながらエネルギー体を水にぶつけ、威力と速度を対象軽減し、ギリギリのところでかわす。代わりに自分が発生させた風圧と水圧で受け身をまともにできぬまま地面に叩きつけられ、地面を転がった。
「足掻きますね。しかし、そうなったら終わりです」
AZも含めた両翼がまた憂希に照準を合わせる。ネスメヤナは容赦なく憂希に能力を行使する。乱戦では捉えきれないが、地面に伏せている状態であれば容易に行使できる。ネスメヤナの能力において対人の必殺は単純であり、一番有効的と言える血液の逆流だ。心臓負荷を急上昇させ、肺がうっ血することで心肺機能停止を招く。ただ、それだけでは確殺まで数秒のラグがある。動きを完全に封じ、武器でとどめを刺すことで確実にする。
「ぐああっ!」
憂希は体を動かすことよりも、回避することよりも何よりも、反撃することを選んだ。地面にいるすべての対象に空中で刀剣や槍にやったことと同じように超電圧の稲妻を走らせる。ただ、今回は次から次に伝達する雷電ではなく、それぞれが放電するように内部から発生させる稲妻。まるで湧き出すように雷電に溺れる。戦車部隊は内部も含めて超電圧により爆発し、歩兵たちも一瞬で炭化する。
「ぐっ...うぅ...」
ネスメヤナは咄嗟に内から溢れる電圧を左腕側に集中する。自分の内部から発生し続けているせいでベクトル変更だけでは処理しきれない。発生源が点として自分の中に存在する以上、その点からどこに線を引くかは選べるが点の位置は動かせない。
「っ....」
これを訓練の成果と言うにはあまりに人間離れしているが、ネスメヤナは左腕が焦げるほどの電圧に晒されながら少し眉間にシワを寄せる程度で耐えている。その胆力はネスメヤナにしか成せない芸当と言えるだろう。
「ぐっ...」
その左手を無理やり能力で憂希側に向け、周囲の無造作な放電を憂希に向けて一点集中して雷撃による反撃を試みた。まるでそれを示し合わせたかのようにAZしか残っていない両翼から小銃による一斉射撃が憂希に放たれた。
「っ....」
憂希は無傷の右腕を必死に目の前に伸ばし、手をかざす。憂希の手に触れる前にネスメヤナが束ねた雷撃は拡散して憂希の周囲を蹴散らすように分散した。乱射された銃弾は憂希の手から放たれる暴風が紙一重で憂希から逸れる。
「っ...。AZ、攻撃を」
ネスメヤナは雷撃と銃弾で手一杯の憂希にとうとうチェックメイトと言える攻撃をAZに命令する。
「くそっ...」
ネスメヤナの能力を稲妻に集中させるため、放電と風圧を継続して行使し続けている憂希はAZの追撃に対処する手段がない。
『私たちに生半可な電気は効かないよ!』
『私たちをたくさん倒した報いだ!私の敵討ちさせてもらうよ!』
氷結は憂希に効かないと学習したAZは憂希の体自体に加熱を発動する。血も肉も臓器も骨も残らずすべての温度を急上昇させる。能力の対象は発火する間もなく、蒸発する。
「ごめん!遅くなった!ご機嫌ご機嫌!やっぱ酒が世界を救うよね!」
そのAZたち含め、両翼に展開したロシア軍はまとめて姿を消した。爆破して黒焦げになった戦車たちや歩兵含め、何も残っていない。
「っ....増援ですか」
「今度は逃がさないよクールビューティちゃん!」
「ありがとうございますっ」
「君はいったん本隊に戻りな!ここはお姉さんに任せない」
「わかりました」
憂希はその瞬間、神酒の能力で憂希は本隊に空間転移する。本隊にいる美珠を始めとする救護部隊に治療を受ける。
「ニコ次の作戦を」
「何~?お姉さんに内緒話?」
その通信を入れた瞬間、小銃を介さない弾丸だけの雨と空爆が同時に空から降り注ぐ。
「あたしには効かないって」
兵器による物理的攻撃は神酒に通用しない。空間操作を行い、すべての爆弾や銃弾をロシア側に流した。それと同時にネスメヤナを容赦なく潰しにかかる。
「っ」
ネスメヤナに対する神酒の追撃は動揺により行えなかった。ネスメヤナの能力で逸らされた爆弾が爆発で抉った地面からまるで噴火のように高熱の熱波が勢いよく吹き出し、神酒を呑み込む。自分の空間を固定した神酒の空間操作によりそれを完全に防ぐ。
『私たちが止めとくから今狙って!』
『わかった!』
熱の包囲網によって神酒を捉え、別のAZが神酒自身に加熱を行使する。
「あたしを捕まえることなんてできないって!」
空間自体を掌握する神酒に能力による拘束は基本的に無意味である。神酒は空間転移によりその場から離脱し、AZの能力行使の対象から外れる。空間転移を行使し続ける限り、能力の対象として照準を合わせるのは至難の業だ。
「っ...」
AZを地中に転送する奇襲作戦も神酒には通用しなかったが、ネスメヤナの陽動は十分に働いていた。前線に注意を引くことで作戦の最終段階である挟撃を悟らせない。空爆や砲弾をブラフにすることでグリゴリーが上空から空路で後ろに回り込むことを察知させない。この目的を達成できている以上、ネスメヤナはこの前線を維持しなければならない。
「能力のリソースをすべて解放してもらいましょう」
ニコが遠距離操作でまた砲撃と銃撃を神酒に仕掛ける。神酒は難なくそれらをいなし、ロシア軍への反撃に変換する。
「そういう芸当はあなただけのものではありません」
弾道を変えられた砲弾や銃弾をさらに方向転換し、神酒に向かわせる。神酒の能力とネスメヤナの能力で砲弾や銃弾が互いの周囲を隕石のようにスイングバイで軌道を変え続けながらずっと飛び交っている。転々と移動する神酒をその都度追従するが、この均衡は現状では無意味である。
「拉致あかないでしょっ」
「私の任務はあなたの殲滅ではないので」
「え?何?」
ネスメヤナは自分の役割を理解している。神酒の能力相手に自分の能力で通用しないことも理解していた。だからこそ自分の役割を全うする。
「このロボちゃんは何体いんの!?」
大群を一気に転送するとまとめて神酒に消し飛ばされるため、ニコの能力で数体ずつランダムに転送し、神酒の能力を行使させ続ける。自分の位置もベクトル操作で宙を舞う落葉のようにランダムに移動する。ネスメヤナと神酒の両者とも戦闘エリアを移動し続けるカオスな戦闘状態となっていた。AZが出現しては消されるという変化以外、何も状況が変化しない。
「敵がなんか企んでるみたい!」
神酒はその状況に違和感を覚え、本隊に通信を入れる。その通信とほぼ同時にグリゴリーは日米軍の背後まで回り込み、挟撃作戦を開始した。
少し時間を遡る。憂希が神酒の能力で本体に空間転移し、美珠による治療を受けるため、救護部隊の拠点を訪れていた。
「っ...すいません、治療を.....え」
救護用のテントを開けて中に入った瞬間、憂希は動揺で言葉を失った。
「アレックスさんは私たちに任せて」
「うん...お願い。...あっ、憂希君」
海水でびしょびしょになった仁野はアレックスが仰向けで横たわるベッドの横で美珠と会話していた。仁野は少しやつれたような表情をしている。美珠は懸命に能力でアレックスを回復させている。アレックスは蒼白な顔のまま意識はない。
「ぬるま湯で体を温めましょう。私は能力で生命維持をします」
アレックスは海中で意識が朦朧としていく中で氷結自体に斥力を働かせ、凍結状態から脱したが、グリゴリーの能力により海ごと固定されたことで海中に沈んだ状態をキープした。それが逆にアレックスの生命維持を兼ねていたことで絶命を避けられた。仁野が本隊に帰還する道中で海の固定が解除されたため、すぐにアレックスのもとへと戻り、再び沈み始めたアレックスを潜って助け出したのだった。
「神崎君、ごめん。アレックスさん優先で。応急手当をしてもらって」
「わかった。...アレックスさんは」
「全身が凍傷寸前。予断を許さない状況だね。心音はかなり弱まってるし、呼吸は浅い。....生命維持が遅ければすぐに心肺停止するギリギリのラインだった」
実質的な戦線離脱。そもそも意識回復すら見通しがない。瞬間的な治療として美珠の能力を越えるものは基本的に皆無である。
「憂希君、大丈夫?」
応急手当で傷口を塞いでいる憂希に仁野が声をかけた。
「うん、神酒さんにバトンタッチする形になったけど...最前線は結構やばい。また敵の動きが活発になってる。何か狙っているのかもしれない。グレード1の能力兵は一人しか姿が見えなかったし」
「ちょっとうちも前線に行ってくる」
「振動さんに確認したほうがいいかもしれない。何か能力で感知しているかもしれないから」
「わかった」
「アレックスさんのこと、ありがとうね。俺じゃあ間に合わなかったかもしれない。ニノに任せて正解だった」
「っ...ううん、憂希君もありがとう。一人で戦ってくれて」
「もう少し善戦したかったけどね。ずっとあの男の姿が見えない。能力もいまいちわからないし」
「今回の作戦、マジ難しいよね」
「戦力も読めないし、作戦もかなり大がかりで切り替えも早い。...こっちはアレックスさんが離脱した状況でかなりきついな」
「矢場ちゃんがなんか作戦考えてるらしいけど、うちらも参加するのかわかんないし」
「俺たちはとりあえず、本隊に敵の攻撃が通らないようにしながら、戦力を削るしかない」
「そうだね。ちょっと作戦聞いてくる。無理しないでね」
「うん、ニノもね」
仁野は次の自分の動きを把握するため、本隊の作戦司令本部に向かった。まるで砲弾が撃ち込まれたかのような衝撃と共に、一瞬でその場から離脱して行った。
「っ...」
憂希もまた仁野と同じように自分の不甲斐なさを感じていた。このロシア戦において目立った活躍は防衛のみで、敵への有効打はいまだにひとつもない。AZの情報展開はある意味功績だが、それはこの戦闘というより欧州軍に加わったときの報酬と言うほうがしっくりくる。
『全隊員に通達っ。本隊後方に上空からの飛来物ありっ。地面への着弾を確認した瞬間、中隊規模と思われるロシア軍兵力が突如出現っ。挟撃作戦と思われるっ。本隊はこれより後方の敵軍の迎撃に移る。各員戦闘配備っ』
「なっ...後方...!?」
憂希を始めとするその場の皆が驚きを隠せない。空爆やニコの能力による距離を無視した砲撃はずっと本体の防衛部隊と前線部隊で対応していた。前線でも敵の主力がいることは間違いない。そのうえで、それらをブラフにしながら感知を潜り抜け、背後を取られることなど誰も想定できなかった。
「っ...俺が行くしか」
「神崎君っ、治療はまだだよっ」
「応急手当は済んだっ。この救護隊からのほうが本隊よりも背後の敵軍に近いっ。大丈夫、無理はしない」
「...わかった。ちゃんと治療するから帰ってきてね」
「ありがとう」
憂希は救護部隊のテントを飛び出し、能力で飛翔する。向かう先にはずっと警戒していた危険因子のグリゴリーが待ち受ける。
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