No.50 氷上を覆う冷酷
ロシア軍の動きは完全に日米との全面戦争に向けて動いていた。ここ最近、ロシアに大きな動きがなかったのは体制の強化と軍事力の拡充に力を注いでいたのだった。一国の軍事力で二国の同盟軍を相手取ることは能力兵が軍備に加わる前では基本的にありえないことだった。しかし、それは今となってはその常識は通用しない。
「全機機動に問題ないか?」
「もちろん全部問題なし!おっけ~!」
ロシア軍の強みは戦闘に特化した能力はもちろんだが、米軍に匹敵する軍事力と統率されたプロ集団であるということが、作戦成功を揺るぎないものにしている。民間から能力者を募る米軍や、候補者を選出する日本軍とは異なり、完全に皆が訓練された軍人である。グレード1はもちろん、その他の能力者も基本的に軍人で構成されている。新規採用者も過酷な訓練の末に正式に入隊となる。現代における完全な武装集団となっている。
「今回はお力をお使いになられるのですか」
「敵の出方によるな。だが、総力戦になれば自ずと使わねばならんだろう」
ネスメヤナの問いにグリゴリーは心底楽しそうに答えた。
空路で到着したロシア軍の前線基地はアメリカ領土に侵攻し、占領したセントローレンス島における廃棄された軍事基地跡にロシア軍の基地を構えていた。完全に対米軍に特化した基地と言える。
「ほう...これは壮観だ。話で聞くよりも目で見るほうが沸き上がるものがあるなっ」
そこにはかつての景色はなく、完全な要塞と言える基地が完成されていた。前線に配置するにしては大がかりな要塞だが、米軍相手にここまで大きく出れている状況で最前線を強固にすることは最重要事項だった。さらに、そこに新兵器と部隊を集中させることで米軍への大きな圧力とし、日本も射程範囲に捉えることで日米に対してかなり優位となる。
「作戦投入機を全機機動せよ。準備でき次第、全機発進。我々もすぐに出るぞ」
「「了解」」
ロシア軍は迅速かつスムーズな統率でアラスカ州に進軍を開始した。
米軍はその動きを最大限警戒し、すぐにそれに対応して日米軍は進軍を開始した。想定していた作戦時間よりも若干早めではあるが、想定内ではあった。
日本軍含め、アラスカ州のエルメンドルフ・リチャードソン統合基地に移動する。大規模な移動ではあるが、軍事兵器の大半は米軍からの出撃となることから、メインは人員の移動のため、能力によるテレポートで即座に対応した。
「すでに進行を開始している。セントローレンス島を拠点に対米国に向けた大軍が米国領土に向かってきているとのことだ。島から本土までは相当な距離があり、海路か空路を選択するはずだが、海上を氷結させて陸路を築いていると情報が入っている」
「各員、合同部隊ごとに集結し、伝達した作戦行動に備えて待機せよ」
緊張感と慌ただしい雰囲気でより張りつめた空気が皆を支配している。総力戦を経験した日本軍の兵士は能力兵や一般兵に関わらず、かつてないほどひりついていた。
「じゃあうちは前線だから行ってくるねっ。マジ頑張ろっ。憂希君、輪廻ちゃん怪我しないでねっ」
「うん、ニノも気を付けてね」
「バイバ~イ」
最前線に仁野と振動が配属され、米軍からはアレックスと神酒が配属された。攻撃力特化の前線部隊として、今投入できる最高戦力と言えるだろう。規模は大隊規模を最前線部隊とし、その後方に二中隊の地上部隊を配備した。空軍として戦闘機と偵察機、爆撃機を投入し、先行攻撃を仕掛ける。氷結による進軍であればその氷ごとロシア軍を海に沈められればそれ以上の成果はないだろう。
「君たちが探索部隊か」
憂希たちに声をかける一人の男性。背が高くがっしりとした肉体とその体になじんだ武装がれっきとした軍人だということを感じさせる。
「はい。神崎と輪廻です」
「六次だ。君たちが配属する索敵部隊の部隊長を務める。神崎上等兵、君の噂はかねがね聞いている」
「ありがとうございます。作戦内容は輪廻と俺が上空から戦況把握を行って、六次...准尉の能力でそれをさらに俯瞰する...んでしたっけ」
「俯瞰...と言うより君たちの視界を共有してもらうというイメージだ。作戦前に聞いておきたいことがある。輪廻、君は他の動物とコミュニケーションをとることができるか?」
「っ...」
輪廻は少し怯えて憂希の後ろに隠れながら六次の顔を伺うようにちらっと見る。
「すいません、まだ難しい言葉がわからなくて。...輪廻、いろんな動物たちと話したりできる?」
「はなす...はできるよ。...でも。...りんねがいうこと、ぜったいきいてくれるの」
「...。そっか、強制命令になるのか」
単純なコミュニケーションをとることができるが、所謂お願いや確認というコミュニケーションは命令に上書きされる。生物側の感情はどうであれ、それを快諾してそのまま自然に従うルールが生まれるという概念的な話だ。
「できますが、相手にも命があるので無茶な願いはしたくない.....と」
「ああ、すまない。私の能力が視覚共有でね。それは野生動物にも通用する。生物自体に害はないし、視覚共有された自覚すら持たない。...つまり生物で索敵することが一番安全かつ察知しずらいと考えたまでだ」
六次は生物の命を無下にすることはしないというはっきりとした意思を示した。
「ん~...ちょっとここじゃ....わからないから」
「ああ、現地に到着するまでに改めてそこは協議しよう。...蒼鷺伍長、君は部隊の透明化を」
「は~い」
索敵部隊自体を察知されないようにする透明化。空中にいようと地上にいようとその対象は視認できない。
『全軍に通達。先行する無人偵察機が撃墜され、戦闘機は一時撤退。高高度爆撃による奇襲にシフト』
「っ...」
ロシアには兵器を支配するニコやベクトル掌握のネスメヤナがいる以上、単純な迎撃では通用しない。
「では移動を開始する。皆、ヘリに乗り込んでくれ」
「輪廻、大丈夫?」
「うん...」
「....」
少し怯えながらも憂希に引っ付いて輪廻はヘリに乗り込んだ。まだ大きな音がするものには苦手意識がある。そもそも急に連行されたり、銃を向けられたりすれば誰だってトラウマにもなる。
そんな様子を後ろから秀明はじっと見ていた。まるで小動物のような震えを見せる輪廻に同年代に感じる圧や苦手意識を感じなかった。憂希の声色と表情の違和感すら感じ取った敏感さで、変人だらけの米軍女子ですら苦手意識を感じる秀明だが、それでも感じないことに違和感を覚えていた。
「作戦ポイントに到着次第、ドローン偵察機を複数機飛ばす。それを主軸に敵軍の状況を確認し、前線本隊に伝達する。神崎上等兵は上空から飛行で偵察を。逐一状況を伝達するように」
「了解です。上空で俺はそのまま索敵に向かいます」
「輪廻は野生動物を確認し、話してみてくれ。難しいようであれば憂希と共に空中で偵察に回ってくれ」
偵察部隊は攻撃よりも隠密を優先し、情報収集と戦況把握を優先する。今までの憂希が参加した作戦とは全く異なる。
憂希は自分がこの総力戦において前線にいないことに、少し歯がゆさを感じていた。しかし、それは驕りであると自制する。
「...そろそろだ。では出撃せよ」
「了解。いくよ、輪廻」
「...う、うん」
ヘリの扉を開け、そこから二人とも飛び降りる。パラシュートのないスカイダイビングのように二人は空中で自由になる。
「...自分から空中に行くなんて信じられないな」
秀明はそう呟きながら飛び降りる二人を眺める。その瞬間、ヘリは透明化し、空になじんだ。
「っ....」
空中で姿勢制御を行い、翼で羽ばたく輪廻と上空から戦況を確認する。海は氷結により大地の様に広大な足場を形成し、その上を大軍が進行している。数を数えられるほど低空ではないが、明らかに氷上にいるはずのない黒い群衆が見えた。その直後、日米軍の高高度爆撃が開始され、甲高い音が戦場に響き渡る。
「....っ。やはり、ダメか」
かなり上空でそれらの爆撃はすべて迎撃され、空中で爆散した。地上からの砲撃の軌跡は見えず、爆撃を正確に破壊した。
憂希は十中八九ニコの能力だろうと推測した。地上から何かを放っての迎撃か、爆弾自体の操作かは不明だが、やはり単純な兵器を使用した迎撃は通用しない。
「輪廻、もうちょっと近づいてみようっ。...何か動物はいたかい?」
「ん~....すこしならいるけど....みんなはなれてる」
爆撃や軍の侵攻、異常な氷結に野生動物は持ち前の危機察知で一目散に戦場から離れている。人間が大掛かりに何かする地帯に、動物たちが残っているわけはないのだ。
「声かけられることができれば、近づきながら試してみよう」
「わかった....」
輪廻はずっと不安そうな顔をしている。初めて感じる戦場の喧騒と痛いほど張りつめた緊張感。命のやり取りを自然界で感じ取っていた輪廻にとってはそれが淀み漂う戦場は異様で不気味でしかない。人間の殺し合いの恐ろしさを感じ、素直な輪廻は表情や態度ににじみ出ている。まだ心を隠すことを知らない無垢さがそうさせている。
「輪廻、大丈夫?」
「こわい...」
憂希の心配に輪廻は素直に答えた。まるで泣きそうな子供の様に震えた声で。
「大丈夫。俺がいるから」
「うん」
輪廻は恐怖で震えていることもそうだが、この環境でずっと憂希や仁野が戦っていたことにショックを受けた。自然界ですら感じたことのない嫌いな空気に、かつての輪廻なら野生動物と同じように逃げていたことだろう。しかし、それに立ち向かい、自分を心配してくれている憂希に尊敬と憂いを感じていた。
「うわっ」
氷上で戦争が本格的に開始した。兵器による砲撃や爆撃と能力による攻撃が激しく巻き起こり、上空にも強風が吹き荒れる。
空中でしばらく姿勢制御に集中し、戦場を再び確認する。
「くっ..よし、見えてきた」
最前線のちょうど真上付近まで飛行し、敵軍の情報を確認する。
「...なっ」
憂希はその光景に目を疑った。武装、兵器中心に更新されるロシア軍の前線部隊はそこにはいなかった。氷上はさらに肥大化した雪崩のような氷塊が日本軍に流れ込むように進み、前線部隊を蹂躙している。一部に氷塊を粉砕する衝撃波や爆発が巻き起こっている。そこに仁野がいるのだろう。
しかし、憂希が動揺したのはそれではない。その氷塊を生み出しているロシア軍の能力。そして隊列を組みながら侵攻し続ける黒い軍勢の正体に見覚えがあったからだ。
「こちら神崎っ。...敵軍の能力は大量のアンドロイドによって発生していますっ。...最前線に投入されているのは能力を付与された殺戮兵器ですっ」
そうその大軍はかつて憂希が欧州軍に協力した時に相対した、ロシア軍の最新鋭兵器。熱を掌握するAZの大群だった。
『あはっはははっ。私がたくさんいて不思議だねっ』
『でも私がいっぱいいれば無敵じゃない?』
『海なんて全部凍らせちゃお!』
『なんだかめっちゃたのしいな~!』
『『『じゃあっ、敵を皆殺しにしちゃおうっ』』』
人工的な笑みで、作られた明るさで、体に宿す理の力を量産し、戦場を蹂躙するために冷たい足で冷酷に侵攻を進める。この戦を開始し、終止符を打つロシア軍の切り札。
ご拝読ありがとうございます。
皆様の娯楽として一時を楽しんでいただくきっかけとなれましたら幸いです。
素人の初投稿品になります。
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