No.5 原始の少女
軍事基地の本部に入り、幾人かの出迎えがあった。
実際、総司令官と直接やり取りする兵士の階級は自分よりもずっと上だろうと憂希は思った。
憂希はいつか怒られたり、嫌味を言われたりするのだろうかと少し不安になった。
到着してすぐにとある場所に案内された。
移動の道中に和日月総司令官から説明があった。
「これから一人、君に会わせたい者がいる。グレード1の能力者だ」
「あなたを抜いて他三人のうちの一人か」
「そうだ。だが、最初に言っておく。君とは全くの別種だ。君だけと言わず誰とも違うと言える」
「どういう意味だ」
「会えばわかる。逆に会わなければ理解できない」
人種が違うなら戦争だ。もともと自衛隊だってグローバルだろう、違和感はない。
だが、言い方はまるで人間が異なるというように聞こえる。能力は人間以外も適応するのか。
憂希がそんなことを考えているうちに目的地に着いた。
そこは巨大で真っ白な部屋だった。ベッドやテーブルはあれど必要最低限の物しかない。ミニマリストにしては部屋の規模と合っていない。
その違和感よりも強いのはそこにいた少女だった。
まるで犬や猫のように体を丸めて寝ている少女。その見た目こそ少女だが、目に入ってくる情報は人間ではなく四足歩行の哺乳類だと主張してくる。憂希はその少女に困惑した。
「推定16~18歳の少女。名も素性も出身、出生さえ不明。この少女、仮称 ”輪廻”は三年前にカナダで発見された狼によって育てられた。威嚇行動や移動、食事において狼を模倣している。人間の居住区で狼の背に乗せられた状態で発見された。狼は少女が保護されるところを見守って、去っていたと記録されている」
「...そんなことが」
「通常、狼と同じ生活をしている人間は骨や筋肉のゆがみ、食事の違いによる栄養失調などにより短命だ。だが、狼は畑の野菜やキノコ類を与え、育てていたようだ。こちらが用意した食事もある程度は食べる。そして何より、二足歩行もできる。一時期は人間として過ごしていたのかもしれない。言葉は話せないがな」
「なんでこんな閉じ込めてるんだ」
「恐れ知らずでな。基本的に威嚇と攻撃行動に出る。施設内を荒らされても困る」
「...俺が入っても?」
「ここにも恐れ知らずがいるな。好きにしろ、怪我をしても知らんぞ」
せっかく同じ立場の人がいると少し期待していたのに、それを裏切られた気分になっていた。
せめてコミュニケーションが取れるようになれればと、憂希は淡い期待を抱いた。
重厚な扉を開いて中に入る
丸くなっていた彼女が獣のように急に上体を起こしてこちらを見た。
「初めまして。神崎 憂希です」
人として接することを試みた。
少し臭いを嗅ぐ仕草を見せて、それからまたじっと見てくる。
少し、近づいてみた。
「.....っ!! ヴヴゥゥゥゥゥゥ」
本当に狼や犬のような唸り声。姿勢を低くして威嚇された。
「ダメか....」
少し離れた場所に座り、待ってみる。
「 ヴヴゥゥゥ」
十分程度待ってみたが、威嚇が止まることはなかった。
諦めて部屋の外に出る。
「さすがに初見で警戒を解いてくれることはなかった」
「...いや珍しい。警戒し、威嚇した後で攻撃的にならないのは稀なはずだ」
「....いやたまたまでしょう」
「...定期的に輪廻を訪ねてみてくれ。コミュニケーションが取れるならかなりの戦力だ」
「どうしてそんな子に能力なんか」
「検査の段階でそちらも確認したまでだ、君と同様に襲撃対象になるかもしれなかったからな」
「...彼女はどんな能力を」
「まだ能力を発動したのは一度だけだが、生命の具現化という記録だ」
「生命の具現化...?」
「あらゆる動物の特徴や部位を再現できる...と」
ひとつの種族や生物が多数の生命を模倣できるなんてことは、基本的に存在しない。それを可能にしている存在の潜在能力は測り知れない。どこでも生存でき、何にでも適応する。ある意味、生命の進化の答え。
「では君に紹介する。君が所属する第三大隊の特殊兵装部隊だ」
輪廻の部屋を後にして、次に向かったのは広いホール。そこには兵士がずらっと並んでいた。
「第三大隊 特殊兵装部隊 隊長 振動少佐だ」
いかにも軍人といった体格と戦場を知る揺るがぬ眼光。
「君が噂の五人目か。軍への協力及び作戦行動への参加、感謝する。君の上官にあたるがこの部隊は軍隊というよりチームだ。共に歩み寄っていこう」
その第一印象とは裏腹に人情的で温厚な態度に、憂希は少し安心感を覚えた。この状況になってからここまで人情的な対応は初めてだった。
「よろしく...お願いします」
「グレード2が四名、グレード3が十五名、グレード4が二十名の君を含む計四十名が能力者の実働隊だ。そこに後方支援と救護で十名、武装兵で十名の合計六十名がこの中隊の規模になる」
「後方支援や救護も一緒なんですか」
「メインの所属は異なるが各隊での作戦行動で武装兵や救護兵が分かれて行動することはない。基本武装兵メインの隊もしくは我々の特殊兵装メインの隊に後方支援、救護兵が合流している。任務が兵士及び市民の救出、救護等になれば支援部隊、救護隊に我々が合流することもある」
「なるほど」
それはそうか、と憂希は納得した。あくまで役割の明確化でしかなく、戦場に単純な状況なんてない。敵軍の襲撃でも武装兵と能力兵で対応したようなものだ。
「まだ状況に混乱もあるだろうが、君はこの隊における要だ。よろしく頼む」
「....よろしくお願いします」
久しく誰かからまっすぐに期待されることなんてなかった憂希は少しうれしくなった。
「振動さんがグレード2なんですか?」
「そうだ。物質の振動を操作できる」
大規模な振動による崩壊から振動削除によるステルス。衝撃吸収や振動のエネルギーによる発熱。汎用性と影響度がかなり高い優秀な能力。
「そんなすごい能力でグレード2…」
「おいおい、あまり自分を謙遜するなよ。それは意図せず侮辱になる可能性もある」
「あ、すいません」
気にするな、と道振は笑って憂希の肩を叩いた。
「特殊兵装部隊の諸君、新しくこの部隊の一員となる神崎上等兵だ。君たちの中にはもともと軍人でなかった者が多いだろう。グレードは違えど環境は似ている。彼をフォローするように」
「「了解」」
軽い自己紹介の後、昼食ということで食堂に特殊兵装部隊の皆で向かった。
メニューはかなりの数があり、食堂というか体育館みたいな大きさの建物だった。
がやがやとにぎわう食堂にて二手に分かれて長テーブルに座った。
「君の能力を教えてくれ、グレード1は何ができるんだ」
食事が始まっていきなりそんなことを聞かれた。
「てっきり皆さんはご存知なのかと」
「そもそも君はこんなに早く軍隊に合流する予定じゃなかった。これは君の訓練よりも保護を優先したという上層部の判断だろう」
「保護...」
確かに能力者になったからいきなりの襲撃だ。統率と団体行動による監視が可能な軍への入隊の方が安全だという判断は頷ける。
「俺は自然を司る能力だと言われました。風や水を操れるって感じです」
「自然なら何でもか」
「自然ってことは天候も操れるか?」
「いやすげー汎用性高くね」
「しかしイメージがかなり幅広く、具体的にしないといけないな」
「規模や影響度、場所を選ばない能力なのはさすがに強いな」
憂希の能力を知るや否や憂希よりも能力についての考察や予測を真面目に話し始めた。
「神崎。君は先日の襲撃時に敵軍殲滅をためらったと聞いたが」
皆がしばらく憂希の能力を談義した後で振動少佐はそう切り出した。
「...はい」
「最初に伝えておこう。この戦争における君の大義を持て」
「大義...?」
「戦争にきれいごとは基本的に通じないが、戦争に向かうには覚悟がいる。生半可な状態では生粋の軍人でも命を落とすだろう。皆、戦場に身を置く以上、自分の中での大義を掲げている。何でもいい。俺が国を守っているでも帰る家があるでも成果を上げたいでも何でもな。それが君を生かす」
「...和日月総司令官には俺の理想は現実的ではないと否定されました」
「理想...?」
「俺が戦争を終わらせられたらって思ったんです。グレード1で戦争の均衡が崩れる。それほどの影響力があるって話をもらった。なら、戦争を激化させるんじゃなく、終わらせられたらって」
「...その理想のために君はどこまでやれる?それが決まれば、それは君の大義になる」
「どこまでやれるか...」
自分がしたくないことに駄々をこねるだけでは、結局わがままを言う子供でしかない。
「その大義はいざというときに君の覚悟や決意になってくれる。考えておくといい」
戦場の何たるかを知り、新しくその世界に足を踏み入れる若者に振動はその歩き方を教えた。
「すぐに答えを出せるものでもない。ゆっくりとはいかないかもしれないがまぁちゃんと考えろ」
皆の食事が終ろうというタイミングで振動はそうまとめた。
「この後はうちの編成や作戦について説明する」
「了解です」
そう解散しよと席を立った時に二つの端末が鳴った。振動と憂希の端末だった。
「輪廻が脱走した。至急指令室に振動少佐と来い」
「脱走...?」
明らかに異常事態の知らせだった。
急いで指令室に向かい、そこにいる和日月の指示を聞いた。だがその命令に憂希は聞こえたはずなのにもう一度確認してしまう。
「拘束または...処分....?」
「そうだ。今までは拘束及び監視ができていたからこそ能力を活かせる可能性を模索していた。ただ脱走というこの状況では逆に脅威になりかねない」
コミュニケーションが十分に取れないどころか、襲われる可能性もある。そんな少女を軍は害獣のように扱う判断を下した。
「いくら何でもそれは」
「拘束という選択肢もあるが、それは状況により左右される。グレード1ともなれば暴走されてはどれほど甚大な被害が出るかも予想できない。それにこの作戦のメインは君だ」
「俺...?」
「他グレード1は不在だ。そのためグレード1と相対するとなれば必然的にグレード1となる。君にとってもグレード1相手の作戦行動は貴重な経験だ」
「あなたはいつも経験やら義務やらを優先する」
「それが私の任務であり立場だ」
「本当に俺が適任だと思うのか」
「そうだ。私が対応する場合、拘束という選択はなくなる。それでは作戦を伝える」
有無を言わさないまま和日月は作戦の説明に入った。
内容はシンプルで、現在輪廻が確認されたエリアに憂希が向かい、輪廻拘束を試みる。
第三大隊は特殊兵装部隊を主とし、包囲及び迎撃態勢で待機。拘束できる状況になれば即座に作戦行動に移る。拘束が困難と判断された場合は、武力行使による鎮圧を決行するというものだった。
「...とりあえず俺が何とかすればいいって話か」
「そうだ。健闘を祈る」
作戦エリアは本部からそう遠くはない森林地帯。サーモカメラと能力者による感知で場所は大体把握している。その場に憂希は一人で向かう。
「輪廻!どこだ!一緒に帰るぞ!」
森の影に向かって声を張るが返事はない。
「くそ....まずは視界を確保する」
風を自分を中心に外側へ高波のような衝撃波を放つようにイメージする。
「少し...森を吹き飛ばす!」
風が発生しかけた瞬間、憂希に向かって飛びつく影があった。
「ヴヴううヴァウ!!!」
「うわっ」
反射的に身を伏せてその影をかわし、そちらに視線を向ける。
「....輪廻?」
憂希の視界に映る輪廻はまるでネコ科のような四肢に長い髪が金色に光り、獅子のように見えた。
向き合ったそのプレッシャーはまさに猛獣のようだった。
「これが、輪廻の能力」
獅子の姿からみるみる変化し、今度は身長の倍はあるであろう翼が背中から生えた。足は鉤爪のように鋭く変化し、まるで鷲のような姿。
ただ、両手は鷲とは異なり、熊のような爪が備わっていた。明らかに飛行形態から逸脱した状態。
「キメラ...」
憂希は考えるよりも先にそう口に出していた。
性能は本来の動物のものを人間に適合した上でさらに強化したような能力。それを複数組み合わせることができる時点で、次の手が読めない上に癖も何もない野性的な攻撃はかなり厄介だった。
「...だがそれは俺には関係ない」
直接的な物理攻撃が主武器であれば、こちらは遠距離攻撃で有利なはずだと憂希は考えた。
だがその考えは瞬間的に消え去ることになった。
ひとつの羽ばたきで重力から自由になった輪廻は、その翼で爆風を巻き起こし憂希をひるませた。
そのひるみの瞬間に畳みかけるように上空からの急降下での急襲。
憂希は反射的に自分を中心とした突風でそのルートを一時的に塞いで凌ぐことしかできなかった。
「...くっ。慣れない速度や動きは予想外すぎて反応できない」
ならば、相手が何かをする前にこちらから。そう意気込んだ瞬間に憂希はハッとする。
その何かをする前に自分で仕掛けるという選択自体が、和日月の言っていた拘束を諦めた状態なのではないか。相手にどれだけの被害が出るか予想できない攻撃は拘束とは程遠いだろう。
「それならっ」
相手が物理攻撃を前提としているなら接近は必須。そこにカウンターを仕込む。大気を冷やし、氷結できる水分を仕込む。この前とは異なり、表面的な氷結ではなく一帯に氷塊を生成する狙いだ。
そのカウンターの選択肢に麻痺という拘束と真っ先に結び付く選択肢を取らなかったのは無意識だった。
姿が見えた瞬間、その軌道が自分に向かっていることを認識し、憂希は氷塊を生成した。
「えっ...」
だがその氷塊どころか冷凍範囲に輪廻はいなかった。何も哺乳類や鳥類だけではない。輪廻は野生での生活において爬虫類に備わっているピット器官を常に発現させていた。
その氷結内に存在する体温が高い対象に冷静かつ獰猛に狙いを定めて突撃する。
憂希は自分の狙いが外れたことと次の手がないことで思考が鈍くなった。その隙を待ってましたとばかりに輪廻の急襲が迫りくる。
憂希に輪廻が差し掛かったその瞬間、周囲から轟音が鳴り響いた。明らかな発砲音や飛翔体が空を切るかん高い音が一気に鳴り響いた。
憂希はその瞬間確信した。兵器による輪廻の抹殺が開始されたのだと。
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