No.4 誰のための命
敵国の小隊は三つの分隊に分かれて襲撃してきており、ヘリポートからの突入を許している状況。
三フロアを占拠されており、四フロア目が基本的な戦場となっている。
分隊は階段、フロア前線部隊、後方支援部隊に分かれているとの情報。
推定20名ほどの小隊。
「能力者が前線には出てきていないことから、能力者なしの実働隊との予測だ」
「この戦争で能力者が出てこないことがあるのか」
「当然だ、兵装や編成は作戦ごとに変える」
そりゃそうだ、と憂希は納得した。
「こんな襲撃はいつも発生しているのか?」
「この襲撃規模は経験がない。幾度か襲撃は発生している。どこから漏れたか不明だが、確実に君を狙いに来ていると予想している」
「...スパイでもいるんじゃないのか」
「ここはあいにく本部ではない。支部ともなれば一枚岩ともいかない」
憂希は総司令官がそれを言っていいのかと思ったが、一枚岩ではないのは憂希自身も同じだった。
命を握られ、環境を左右される状況になければ、騒動を起こしたのは憂希かもしれないのだから。
「状況は」
作戦本部に入り、和日月は部下に問う。
「現在応戦中ですが、目立った動きはありません。恐らく施設内の情報収集を優先しているものと思われます」
情報とやらは当然憂希のことだろう。
「承知した。では対象の殲滅作戦を開始する。第一分隊及び第三分隊は援護に回れ。私と神崎で敵主力分隊を殲滅し、数名を確保にあたる。」
「「了解」」
該当フロアの一階層下までエレベーターで向かい、そこから階段を利用して到達した。
近づくにつれて本当の銃声が聞こえる。
「神崎、突入するぞ」
「え、俺に作戦や指示はないのか」
「敵の無力化または殲滅。それを君の能力で達成して見せろ。兵装に対する対処も忘れるな。至らない部分は私が補う」
「乱射してる銃弾をどうにかしろっていうのか」
「一人で敵軍に囲まれて考えるより、この状況でどうするかを考えるほうが賢明だ」
「.......くそっ」
憂希は何を言ってもやらされることを何とか呑み込んで敵に目をやる。
敵の数や配置は不明だが、方向は理解した。
「無力化すればいいんだろ!」
床に手を置いて、イメージする。
動きを止めて、重火器を使わせないようにする。複数人、広範囲で気づかれないように。
「凍り付け」
空気中の水分を凝縮させて液体にし、床から敵のいるエリアへ膜を張るように拡大する。
その拡大と誤差なく、その水分から冷気を伝達し、一気にエリア全体を氷漬けにした。
「....どうだ」
銃撃は止み、久々の静寂が訪れた。
状況を確認するため、氷河期と化したエリアに近づく。
その時、奥から目で追えぬ速度で接近してきたものがあった。
「ぐっ...!?」
その突撃による衝撃で軽車両にぶつかったように吹き飛ぶ。
壁に衝突することで体が止まる。
「かはっ」
「お前が覚醒者だな、捉えた」
その突撃は敵軍の兵士だった。
「人...!?能力者か」
「お前を人質にこの場から撤退する」
「それは無理だ」
和日月の声が聞こえた瞬間、敵軍の兵士は死んでいた。
四肢と首が飛び、残された体がごろんと床に転がる。
しかし、なぜが転がった後に血が溢れ始めた。
「はぁ....はぁ...」
「及第点...とは言えないが、訓練不足での実践を考慮すれば仕方ない」
「いったい....何をしたんだ」
「見ての通りだ。能力者がいたのは推測を外したが、身体能力向上もしくは速度操作だったか。君の攻撃に対して瞬時に距離を取り、突撃してきたのだろう」
「...これが能力が通じない状況か」
「いや、能力の応用力や戦場での判断で劣っただけだ。...だが、君は殺さずに無力化するつもりだったな?反応できる程度の範囲と効果で能力を行使した。それが敵に余裕を与えた」
「...確保も必要だと言っていた」
「こちらに害があっては本末転倒だ。情報収集は二の次だ。言い訳は無用だ」
「...人を殺すことをまだ受け入れられていない」
「自らの命と知らぬ命。戦場でそれを天秤にかけるとは笑止千万だ。誰がために振るう力などきれいごとに過ぎない。大儀を成し勝利した上に正義が宿る。正義とは戦争の最初と最後にしか語られない」
「わかった...。何が何でもそれを優先したりはしない。だが、諦めもしない。俺は人殺しになりたくない。グレード1の能力なんだ。なら、それを戦場でもできるほど、力をつける」
「...動機になるなら止めはしない。だが、グレード1の能力とて万能ではない。戦場にあるのは現実だけだということを忘れるな」
銃を構えても牽制、射撃も当たらなければ威嚇に過ぎない。相手が当てる気で最初から引き金を引けばただの脅しに意味はなく、命もない。
憂希は初めて見る目の前の死に思ったほど動揺しない自分に嫌気がさした。
拠点に戻り次第、SPから説明があった。
襲撃を受け、本拠地へ至急移動するとのことだった。
端末くらいしかない持ち物をまとめ、昨日と同じヘリポートに向かった。
軍用ヘリの中で和日月から部隊や他能力者について説明があった。
「グレード1の能力者はそれぞれ別の大隊に所属する。大隊は能力者の中隊一つを含む計三つの中隊から編成されている。他二つの中隊の一つは実働隊だ。先ほどの襲撃軍のような武装兵士を中心とした襲撃、迎撃、殲滅、暗殺などの武力行使を主とする攻撃部隊だ。もう一つは後方支援及び情報収集、通信記録、救護を主とする支援部隊。基本能力者は能力者を主とする特殊兵装部隊の所属だが、能力によって他の隊に所属になる事例もある」
「それが計四部隊あるのか」
「そうだ、君は第三大隊 特殊兵装部隊所属 神崎上等兵。それが君の正式所属になる」
「いきなり上等兵...?」
「特殊兵装部隊はグレードによる階級差が大きい。他部隊よりももともと軍隊に所属していた兵士の割合が低い。階級はあれどその上下関係は飾りに近い。戦果をあげれば勝手に階級も上がる」
「....軍隊に所属するつもりはなかったんだが。それにあなたはいいのか?あんな拉致をされたからタメ口のままだけど」
「長とは付き従うことを強要するものではなく、統率する者だ。そこに自然と経緯と信頼が生まれ、組織になる。縛りは遺恨を生む。抑える力は相互作用でいずれ返ってくる」
「その話と俺の扱いはまた別の話ってわけか」
「理解の早さ、痛み入る。やはり勤勉だな」
「俺はどうやったら解放されるんだ?ずっとこのまま軍門に下るのか」
「戦争の終結だ。今は徴兵に過ぎない」
「まるで昔の戦争だな。なぜこの戦争は始まったんだ。どうやったら終わる」
「始まりは簡単だ。均衡を保っていた状態で大きな力を加えれば、天秤は傾くだろう。能力という進化が起爆剤となった。この国で進化方法が生まれ、その権利を奪い合う襲撃から始まったのだ。各国が裏で手を回し、さまざまな難癖をつけ合い、その果てに誰かが本当に引き金を引いた」
「....それじゃあもう戦争は終わらないんじゃないのか。能力はすでに世界に出回っている。グレードなんてランダムで予想がつかない。人間全員が見えない軍事力じゃないか」
「そうだ。国民の多い国は総じて軍事力が高い国となる。そこが均衡を崩壊させた原因でもある。発展途上国であっても人口さえいれば他国を圧倒できるのだから」
「....終わらないじゃないか」
「だからこそグレード1の能力者が重要なのだ。その他国を圧倒できる兵力をたった一人で蹂躙できる可能性がある。人数という優位性を能力規模で凌駕できる」
「そんなのもうグレード1が何人もいるなら終わってるはずだろ」
「...本当にそう思うか?」
「何を.....」
「今の戦争はグレード1の能力者で決まるなら戦争はどうすれば終わる」
「...!?まさか...!?」
「そうだ。グレード1の能力者が一人となったときだ」
「いや、自分の国だけになれば終わるんじゃないのか」
「複数人いるだけでそれを狙われる戦争は続く。規模は小さくなるにしてもだ。ならどうするか絶対的な一人を決める。他の能力者すら凌駕する圧倒的な性能で。各国でその候補となる能力者が出現していることも確認している」
「もう候補がいるのか」
「そう、グレード1の中でも抜きんでた者。彼らを危険因子と呼んでいる」
「うちの国にはいるのか」
「今はいない。だから危機的状況だ」
「...結局、戦争は戦争でしか解決しないのか」
「言ったはずだ。君がどんな理想を持って戦場に出ても構わない。だが戦場は常に現実しかない。そもそも自分の命を天秤に乗せる者はいない」
概要でも戦争の具体的な話を知り、憂希は無力感に苛まれた。
理不尽に巻き込まれた状況で、自分の甘い考えが通用しないと釘を刺される。
「英雄とは人にできぬ覚悟とそれを成しえる力を持つ者だ。戦争に英雄はいても勇者はいない」
今の憂希一人では何もできない。小隊にすら命の危険を感じた。国単位の戦争では太刀打ちできない。
「....戦争がしたい奴なんて自分や大切な命を天秤にかけずに人の命や権力、金を天秤に乗せる奴らばかりだろ。命をかけ戦場に出る者は皆、戦争なんてしたくないはずだ。誰かがそれを止めないと」
「指示した戦場で求められた戦果をあげるなら好きにしろ。自軍や自分の命を危険に晒してまで強行することは許さんがな。私がこの立場にいるのは所属する全能力者を自軍に害を成す前に、排除できるからということを伝えておこう」
「...」
その脅しは事実であることを憂希は実感した。どうやって敵軍の兵士を殺したのか未だにわからない。
それでも憂希は理不尽があまりにも許せなかった。自分に対して降り注ぐ理不尽が他の誰かにも同様に猛威を振るっている。どうにかしたいと嫌でも思ってしまう。まだそれは大それた望みだとしても。
「...そんなあなたでも危険因子には勝てないのか」
「能力には相性があり、それぞれ経験と勘が違う。強みの押し付け合いは状況によって勝敗を左右する。...もう着くぞ。我々特殊兵装部隊本部だ」
本部はまさに軍事基地。訓練場も備えたその広大な敷地に巨大な建造物。
兵士の居住地も併せたその施設規模に憂希は思わず息を呑む。
戦争だ。憂希は改めて荒れる波に飛び込んだ事実を実感した。
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