No.39 濁りゆく世界
米軍との作成会議はまた沖縄本島の軍事基地にて行われた。
各隊長はもちろんのこと、その会議にはグレード1の能力者を始めとした特殊兵装部隊も現地に招集された。会議に参加することはないが、それでも現地での連携や情報共有が目的となっている。
憂希たちはその会議が執り行われる数日間、沖縄での待機という名目で休暇を得た。
春を越え、気温が高くなってきた沖縄ではすでに海開きをしており、時期的な気候の過ごしやすさから観光客も賑わっていた。
「え~!一緒に海行こうよ!沖縄来て海行かないとかマジありえないって!」
「お、オレは日に焼けたく...いや、強い太陽の光はオレの力を薄める。万全な状態で活動できるのは日が落ちてからなのだ」
「おすすめの日焼け止め貸すから!憂希君と美珠ちゃんはいくでしょ!?」
「この前はそれどころじゃなかったから...少し見てみたいかな」
「わ、私も初めて沖縄来たし...見たいかも」
「よし!傀っちはっ?」
「少し走ってからいくわ。海でのトレーニングもしてーし」
「脳筋すぎんでしょ...。輪廻ちゃんも海行こうね!」
「うみ...?ってなに?にの」
仁野のバカンス気分に絆されて、待機メンバーの同世代組はビーチに連行された。各隊長の計らいもあり、警戒態勢を沖縄全体に布いたことで自由行動が可能になった。とはいえ、活動範囲は本島南部に限られる。
「ほんとは美ら海水族館とかマジ行きたかったけど、もし何かあって水族館が壊れちゃうのは嫌だしね~」
「...そうだね」
いろんな会話を投げてもいまいち反応がよくない憂希を仁野はちらちらと横目に見ながら気にかけている。
「...」
仁野自身も話には聞いていた欧州に拉致された仲間が帰ってきたという事実に安堵したものの、それが同世代の女子で憂希の部隊メンバーだとは思わず、少しだけ複雑な感情で落ち着かずそわそわしている。
いつもの憂希であればそれに気づき、何か声をかけたところだが、今の憂希にそれをできる余裕はない。
仁野自身も沖縄での自由行動で浮ついているのもあるが、それ以上にずっと消耗している憂希にリフレッシュしてほしいという気持ちのほうが強かった。
「じゃあ行こうっ。出発!」
市街地での能力行使は基本的に禁止。そのため各々は歩いて向かうことにした。ビーチまではそこまで距離はない。観光地なこともあり、市街地を巡りながら向かった。
能力行使の禁止は言わずもがな能力の秘匿と能力者の安全確保のためだ。米軍の息がかかっている沖縄において、両軍の警備が展開されている現在は、この世界で最も安全と言える状況かもしれない。
道中、各々が好きなものを食べ、好きなものを買った。ご当地のアイス屋やファーストフード店を始めとしたグルメに舌鼓を打つ。
「うわ~~!やっぱ沖縄の海はマジ綺麗っ!すんごい透明でテンション上がる~!」
仁野は服の下に仕込んでいた水着に早着替えし、ビーチに着いた瞬間、猪突猛進で海に入った。
「皆も早くおいでよ!マジ気持ちいいよ!あはははは」
「すご~~い!いっぱいのみず!...うわっのめない!」
「輪廻ちゃん、飲んじゃダメだよっ。海の水は塩がいっぱいでしょっぱいの!」
「うな~~」
「輪廻、飲み物あるからこっちにおいで。仁野も欲しくなったら言って」
「は~~い!憂希君も入ろ~よ!」
憂希はビーチにパラソルとレジャーシートをセットし、グルメ堪能がてら買った飲み物片手に輪廻へ手招きする。
「ラプラスはここにいな。確かに今日は少し暑いね。何か飲む?」
「うん、感謝する憂希。ん~...自分で選ぶから見せてくれ」
「安楽堂さんはどう?」
「あ、ありがとう」
美珠はひそかに悩んでいた。自分が施した治療では憂希の消耗は完全に回復しなかった。それは身体的ではなく、精神的な消耗だと美珠の中で結論を出している。つまり、自分の能力が届かない範囲で憂希が苦しんでいると美珠は考えた。その原因が自分だと思っていたが、どうやら違っていた。その勘違いに顔から火が噴き出すくらい恥ずかしさを感じたが、それでも心配が勝っている。自分にできることがない不甲斐なさが常に影のように足元にいる。
「ん~~~おいし!ゆうきっ、うみいこ!みずのなかになにかいたの!」
「うわっ、ちょっと待ってっ」
半ば強引に輪廻に引きずられながら憂希は海に連れいていかれる。初めての海に輪廻もはしゃいでいた。人が多い空間に慣れ、威嚇行動や警戒が薄まったことで本来の性格が表に出ることが増えた。まだ火薬の臭いや血の臭いには敏感だが、それはある意味戦時中において有効な索敵手段となる。機械的な索敵に加えて野性的な索敵もこの場では有効となっている。
「みて!これなに!」
「ああ、これは魚だ。水の中に住む生き物だよ。...ビーチのほうにも魚ってくるんだな」
「なんでみずのなかで...えと....くるしい?じゃないの?」
「ああ...そうだね。本部に戻ったら今度は水生生物の図鑑を見ようか」
憂希はずっと疑問に支配されている。目の前に映る仲間が、仮にリスクを何も知らずに一方的な人体改造を受けていたとしたら。ずっとその疑問を払いのけ続けている。その先を考えてしまっては、消えない炎が自分の中に広がってしまう。同世代の仁野やラプラス、美珠は生活を奪われているに近い。輪廻に関しては保護という名目でテストしたようなものだ。それが事実であってほしくない。その思考を気づいたら繰り返している。
「...」
海に浮かびながら青い空を見上げ、憂希は頭を冷やしている。水の音と眩しい日差し、流れる風が浮遊感を生み、リラクゼーションをもたらしている。今まで何気ないコミュニケーションで救われていたはずが、大自然がかかりに切りになってようやく落ち着きを取り戻すようなレベルで消耗している。事実、自分たちがもしかしたら知らぬ間に殺されていたかもしれない。そんな予想が頭をよぎる状態を健康的とは言えない。
「...ごめん、一度ホテルに戻る」
しばらく皆と一緒に楽しんでいたが、憂希は途中で離脱することを選んだ。その場で楽しんでいるメンバーを見ているとどうしてもちらつく。杞憂なことを何度自分に訴えても、誰も納得してくれなかった。
「大丈夫?具合悪い?」
すぐ声をかけたのは美珠だった。ずっと気にかけていたため、その対応は早かった。
「いや、少し疲れちゃって。皆は合わせなくていいって言っておいて。心配しないでとも」
「うん、わかった」
ホテルへの足取りは軽くはなかった。久々に触れた市街地や観光客の溢れる光景に、強い光を見たように目を細める。戦争中とは微塵も知らない世界がまだそこにあることを憂希は受け入れられなかった。
「...あの人」
ホテルまでの道中で見知った顔を見かけた。憂希が現時点で見覚えのある顔となれば、必ず戦争を知る側と言っていい。
「あなたも来ていたんですね」
「え...?ん~?...誰でしたっけ?」
憂希が声をかけたのは、本当に誰だか覚えていない顔をしている秀明だった。再開がまた米軍との会議で、なおかつ場所も沖縄というのが何とも酔狂な話だった。
「日本の神崎です。以前ここでの会議で」
「...ああ、日本のエース君か。思い出した思い出した。なんか用です?」
秀明は前声をかけた時と同じような反応をする。手にはご当地アイス店のトリプルアイスを持っていた。アイスの組み合わせ的にかなりの甘党に見える。さっぱりしたシャーベットなんて一つもなかった。
「以前、お話ししたときに戦争には反対だって言っていたじゃないですか」
「ん~そうだっけ。そんな気もするけど...。まあ、変わらず反対ですよ。それがなにか?」
「...どうして能力兵になったんですか?戦争反対なら、能力兵にならなければ別に戦争に参加することもなかったじゃないですか」
憂希は小龍との会話で米軍は志願者が能力者への進化に臨むことができると、言っていたことをそのまま聞いてみた。ここでどんな反応をするかで、その言葉の信憑性を探ろうとしたのだった。
「またそういう系の質問?...別に答える義理はないし、それはブーメランじゃないって感じますけど...」
「っ...」
秀明は否定しなかった。勝手に能力者にさせられたとか、気づいたら巻き込まれていたとか。そういう否定をせず、志願したことを前提に話を進めた。
「...日本軍には割と自分のできることや、戦争をする意味を考えている人が多くて。正直、自分と比較すると少し劣等感があるんです。だから...戦争への意識が近い人の意見も参考にしたくて」
「...沖縄での自由行動中に聞くことですかって話ですけど。...なんだかやりづらそうな軍ですな。やっぱ日本に行かなくて正解だった」
秀明は自分が同じ立場だったら耐えられないなと感じた。一生懸命に皆で頑張るという集団行動や連帯責任が大嫌いだった。そのため、その環境に身を置く憂希に、少しだけ同情したのだった。
「...僕は単純です。戦争よりも日常が嫌いだったから。それだけです。連結車両のように抜け出せないレールのまま、地獄のような日常を過ごすよりも、いっそのこと騙されてみようと思ったんですよ。別に死んでもよかったし」
秀明は本当に心からそう思っている口調で、軽くそんなことを言った。
「まあ、なったらなったで生活水準はバカみたいに高くなったから、必要最低限の任務でちまちまやってるって感じです。別に頑張らなくても誰かがやるし、僕しかできないなら僕がやるけど、失敗して死んでも別にいいかなって」
未来に何の希望もなく、ただ現状維持をするために任務をこなす。元々生きたいという欲もないから、任務に必死にすらならない。自分で環境や戦況が左右するなんて微塵も思っていない様子だった。
「日常が...嫌いだったから」
秀明も同様、志願兵ということが確定した。適応できなかった場合に死ぬことまで想定して施術を受けたのかは定かではないが、戦争含めても死に対してさほど気にしていない様子からも、了承して受けているのだろうと憂希は思った。
「あなたは?何で能力者に?...まあ興味ないから答えなくてもいいですけど」
「...俺は」
憂希も日常は好きではなかった。両親の死から苦労の連続で、保険や貯金をあらゆるところで作り続ける生活だった。これ以上何も失敗できないというプレッシャーの中、自分を殺して努力し続けていた。その結果を褒めてくれる人物はいない。学力も抜きんでていなければ、他に目立ったステータスはない。何もかもが人並で、ただその人並みな生活を維持することが何よりも大変だった。人並ではない環境を背負った、終わらない借金返済をし続けるような感覚だった。
「何かの役に...立ちたかったのかもしれません」
米軍の思想に合わせるように答え、自分でもその答えの白々しさに気持ち悪さを感じた。
「...?」
どんどん顔色が悪くなっていく憂希に、さすがの秀明もその違和感に気づく。探ってきたくせに何をそんなに追い込まれてるんだと思ったが、別に興味もないため、わざわざ気にしてやることもないと無視をした。
「適応試験とか...どんな感じでした?日本と一緒なのかなって」
「ん~...あんまり覚えてないけど。...同意書やら書いた後に...過去の経歴みたいなのは書いたかな。なんていうか人生の履歴書みたいな。人間性チェックとか言ってたけど、まあ会社とかでもよくある適応診断的なやつだった気がする」
「過去の経歴...」
「そっちはないんだ。ふ~ん、じゃあやっぱ人種も人口も多いアメリカならではなんかも。...いいですか?こんなもんで。アイス溶けてきちゃったし」
「ああ、すいません。長々と...話してしまって」
「じゃ、失礼しますわ」
憂希の中でロシアや欧州、中国の状況は不明だがそれでも、日本との違いがあることが明確になった。それは、日本が異常かどうかは置いておいたとしても明らかに日本軍の思想が反映されていた結果だろう。
「ゆ~~~き~~~!のみもの!...あれ?」
ビーチからわざわざ飲み物を飲むためだけに駆けてきた輪廻が大声で叫んでいる。飲み物は憂希からもらうという思考のまま、ビーチから走ってきたのだった。もちろん、飲み物はビーチのレジャーシートに置いてある。
「だれか...いた?」
「ああ、今...あれ。米軍の人と話していたんだ。...あれ、すごいな。もう見えないところまで」
「ん~...みえないのに....クンクン....ん~?」
「飲み物買いに行こうか」
「うん!..あの...うわってなるやつがいい!」
「ん~?...炭酸かな?」
輪廻は違和感を忘れて憂希と共に近くのコンビニに歩き始める。憂希はずっと頭にこびりついていた嫌な予想が、杞憂ではなくなったことにまた苦しむ。ただ、もう悩みではなくなった。少なからず日本としてどういう考えなのか、それだけは確実に確認しなければならないと確信した。会議が終わった和日月を捕まえて、その話を持ち掛けようと計画した。
しかし、その話は沖縄ですることはなかった。米軍との正式協定が結ばれ、欧州軍との全面的な敵対が決定したのだった。日本はつまり、三カ国の軍と敵対することが決定した。内部的にもかなり介入している米軍と敵対するよりはいくらかましだという、消去法的な考えなのだろうが、それでも日本の立場は過去最高に追い込まれていることに変わりなかった。
そして、欧州軍からの支援提案が来たのは、この日の会議開始から一週間後の話だった。
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