No.33 生命の本領
ロシア軍の侵攻を退いた日本軍は、その窮地を脱してはいない。敵対国はロシアのみではない。
米国がロシア軍との戦闘において、静観を決めたこともあり、早急に体制の立て直しを図る必要がある。
「...旦那。あの作戦は噛み合いがよかっただけだ。神崎の起点と花菱の能力がなければそもそも奇襲作戦は成功しなかった。自軍の戦力を前提に策を練るのはそりゃそうなんだがな、いくら何でもあんたにしてはごり押しだったんじゃねえか」
「その意見が出るのは否めない。私が出陣した時点で敵軍にこちらの勢力が消耗していることは、露見しただろう」
「...まあ体裁的に言ってみただけだ。きついのは百も承知で臨んでいたが、ギリギリもギリギリだった。このままじゃ確実に負ける。戦力増強はどう進める」
「この件での静観した米軍に兵器の補填を依頼中だ。政治的な交渉もすでに進んでいる」
「目星は立っているのか?」
「...まだいい返事は来ていない。米軍は欧州軍にも睨みをきかされている。こちらとの同盟も今となっては効力は薄い」
「...神崎は欧州とコンタクトを取っています。そこを利用するのはいかがですか?」
「欧州はこちらを利用して、自分たちが協力することはしないでしょう。...もっと各隊の連携を深め、編成を見直した方がいいでしょう。作戦内容も組み立てなおしが必要です」
隊長たちは三大隊の実質的な統合を視野に入れ、編成と作戦の見直しを検討する。
「...次の作戦次第ではあるが、輪廻を投入する」
「なっ...」
その発言に隊長たちは絶句した。和日月の口から出た言葉とは思えなかった。
「旦那、本気か」
「神崎上等兵の尽力により、輪廻はかなり人間性が育ってきている。単独行動はまだ不可能だが、現状の補填として投入せざるを得ないと判断する」
「...彼女の制御は誰が?」
「いずれは隊を編成するつもりではあるが、直近では神崎上等兵に実施してもらう」
「...お言葉ですが、和日月総司令。少々、神崎に負荷が集中しすぎかと」
振動はたまらず、憂希への更なる負荷を許容できず、和日月の方針に反対する。
「この方針一つで臨むつもりはない。しかし確実な補填として視野に入れなければならない」
「輪廻投入の話ではありません。神崎への負荷です」
「...では問おう。輪廻の安定した制御に適した人材が他にいるか」
「輪廻投入の時期を慎重に検討すべきです。戦闘慣れしていない状態での投入は本人の混乱を招く恐れがあります」
「それではすぐに実戦訓練を」
「っ...」
「他の補填案はこちらで検討する。以上だ」
ほぼ強制的に閉じられ、会議は終了した。
会議室から退室したその帰路で、振動は頭を悩ませていた。
「大丈夫か、振動。今日は暇か?飲みでもどうだ」
「...和日月総司令の言い分は極端ですが、この状況で手段は選んでいられないのは事実です。とはいえ...また神崎上等兵ですか」
「うちの隊に入った以上、庇うのは当然です。ただでさえ死線を潜り抜けたばかりです」
「そうならんようにこちらで策を練り、方針を複数展開しながら、情勢を監視するしかないだろう」
「...ですね。酒の席に仕事の話は持っていけないので今夜は遠慮します」
「じゃあ俺がそっちに付き合うぜ」
振動含め、各隊長の心象は穏やかではなかった。ただでさえ危機的状況によって余裕はなく、緊張とストレスが常に張りつめている空気が充満している。その中で内部情勢としても安定はしない。日本軍の皆にとって、ここが正念場となっていた。
憂希はロシア軍との戦闘後、二日間寝込んでいた。極限状態による体力と精神の消耗により発熱し、体が休息を強制した。
「熱は下がったね。よかった」
「ありがとう、看病してくれて」
「気にしないでって。うちがやりたいって言ったんだからさ」
「それでも、ありがとう」
「はいはい、どういたしましてっ。~~~♪」
にこやかに仁野は頷いた。誰が見ても楽しそうに鼻歌を歌っている。
「次の作戦から三大隊は基本的にまとまるらしいよ。うちらも基本一緒に作戦になるんかな」
「そうかもね。そうなったらいいな。心強い」
「...」
それはうちのほうだよ。仁野は心の中でそう呟いた。憂希からの信頼に対して、まだ自分がそのレベルまで至っていないのいう自覚が、仁野を強く占領していた。
「うちもめっちゃ訓練してるからっ。次の作戦からはもっともっとバシバシ活躍するからさっ」
「そうなのか、俺も頑張らないと」
自分を追い込み続ける憂希を見て、仁野はどことなく距離感を感じた。同じグレード1。同年代であるはずの憂希が戦場に揉まれ、足掻き、苦しんでもなお誰がために自分を追い込む姿は、仁野の目にはとてもしんどそうに映っていた。
「何言ってんのー?まずは休んで元気なってからっしょ?熱下がっただけで体力戻ってないじゃん」
「そうだね、まずは体調を万全にしないとね」
憂希はずっとネスメヤナとニコに勝つための手段を考えていた。回避不可能と考えていた火炎ですら、ベクトル付与によりはぎとられた。基本的に憂希の能力は方向が付随する。認識された能力行使はすべて対応された。速度でのかく乱でも憂希の耐久力の限界とニコの全方位掃射により、効果は薄かった。
「...」
連隊規模の敵軍に対して、初撃となる爆撃の効果は絶大だった。しかし、完全無効化まで想定してなかったことと、敵の能力が不明だったことが重なり、一気に形勢は均衡に戻された。
「俺もまだまだ強くならないといけない」
次の作戦がいつ開始されるかはわからない。憂希は翌日から訓練の時間を増やすことにした。
「神崎上等兵、仁野一等兵。二人には輪廻の能力訓練に参加してもらう」
和日月からの指令により、二人は能力訓練に参加していた。
「...輪廻を作戦に投入するつもりか」
「いずれそうすると以前も伝えたはずだ。訓練せずに投入するより、訓練を重ね、万全な状態で活躍するほうがいいだろう」
「...最大の譲歩とでも言いたいのか」
「今一度、君に明言するが、方針への意義や文句は勝手だが、君にはその決定権も選択権もない。国の安全に勝るものなどこの組織には存在しない」
和日月は憂希を冷たく突き放す。本来上等兵という立場で総司令官に意見すること自体が許されることではない。もちろん、憂希にとってそんなことは知ったことではないのだが。
「君も戦場では武功をあげ、グレード1らしく立ち振る舞うようになってきたと感じていたが、身の回りのこととなると、まだ変わらんな」
「戦争を終わらせるために兵士が増えていくという矛盾が気持ち悪いだけだ」
「どれだけ兵士が増えようとも、抗争が終われば皆、国民に戻る。今考えるべきことではない」
憂希はどうしても和日月の考えを呑み込めない。戦争に参加するようになって見えてきたこの戦争の規模は、一、二年で片付くような小さいものではない。どういう計画で終わらせようとしているのか。憂希はずっと気になっていた。
「さて、君との問答はこれまでだ。早速訓練に移る」
憂希のとなりにはすでに輪廻がいた。少し眉間にしわを寄せ、睨むように和日月を見ている。今までよりも警戒は減ったが、それでも憂希の様子を観察していて、憂希が好意的な態度をとることはないことは明白。輪廻も真似するように苦手意識を持っていた。
「まずは輪廻の能力を把握する。現存する生命の体現という見解は出ているが、それでもどの程度のものかまではこちらも把握できていない」
「...ここで試すということか」
憂希が輪廻に視線を移すと、憂希に視線を合わせた後に輪廻は首を傾げた。疑問符が頭の上に見えるようだった。
以前、輪廻が暴走し、憂希がそれを止めたときに見た能力は各動物の特徴や身体的構造を自らに体現し、それを複合して戦闘する超近接タイプという印象だった。それだけ聞けば、対兵器、対軍隊に対して果たして有効となるほど、効果を発揮するのかは少し疑問に思えた。
「輪廻、能力は使えるかい?」
「のうろく?」
そういえば会話の中で能力なんて一度も出てきたことがなかったことを憂希は思い出す。そもそも言葉の意味を理解していない状態だった。
「ほら...狼や鷹、熊とかに」
「ん~?」
人間が示す動物の種族や名前になんて、輪廻はなじみがない。その単語を聞いてすぐにイメージできるほど、輪廻の言語力は発達していなかった。
「えっとね...これだよ」
憂希はすぐに端末を操作し、ネット上にはありふれた動物たちの写真を見せる。
「この動物たち、真似してたでしょ?」
「りんえわかるよ!わかる!これ!」
輪廻はすぐにその画像を理解し、能力を行使する。端末に表示していたのは馬だった。輪廻の下半身がケンタウロスのように馬の体への変貌する。
「これねすごいんだよっ」
訓練場を思いっきり駆け回る。放牧された馬のようにぐるっと訓練場を大回りに走る。
「びゅ~んっ」
その掛け声を放った瞬間、輪廻はさらに加速する。その速度は明らかに馬の全力疾走をはるかに越えていた。
「っ....。輪廻っ!思いっきり走ってみて!もっと速く走れる?」
憂希は一つの可能性を感じ、走り回る輪廻に提案する。
「あ~い!!びゅん!」
憂希の提案を理解し、一気に加速する輪廻。その瞬間、足先の蹄が鋭利さを増し、地面に突き刺さるスパイクのようにグリップを向上させた。足の筋肉はより発達し、原型を越えた脚力に進化させた。
「...生命の体現ではなく、身体の最適化に近いか」
様々な生命の進化は環境適応による最適化が主となる。食料から身体構造、生息域に及ぶすべてがその種が生存し、反映するための選択をし続けてきた結果と言える。
「えへへ、すごいっ?」
憂希の最大速度に迫る速さで走っていたのにもかかわらず、停止は減速を感じさせる間もなくビタッと憂希たちの目の前で止まった。久々にのびのびと走り回った輪廻は馬のように楽しそうにしていた。
「すごいね、そんなに早く走れるんだ」
「うんっ」
そこからあらゆるステータスの限界値を探る試験的な能力行使が続いた。破壊力、耐久力、跳躍力、持久力。あらゆる生物への形態変化、そこからの最適化で輪廻の身体は目まぐるしく変化した。変化は瞬間的に行われ、数瞬のラグがあるのものの、瞬きすればその経過は認識できるものではなかった。
「...なるほど」
自然界で生活していた輪廻だからこそ捉えている野生動物たちの特徴とその活用方法。それをさらに拡大解釈したような能力は予測不可能な効果を生む。理論よりも直観的な能力行使が最適な身体構造への変化を誘発する。哺乳類、鳥類に限らず、魚類や昆虫類にすら変化可能となっていた。
「対人戦闘ではかなりの効力を発揮できそうだが、対軍隊となると編成が悩ましいな」
憂希との戦闘で見せたロレンチーニ器官やエコーロケーションなど、索敵や偵察に特化した能力は確認しているが、和日月が今ほしいのは殲滅力。
「あとね、これもできるっ」
その場から跳躍のみではるか上空まで一瞬で到達する仁野。そのまま翼で空中姿勢を制御し、空を蹴るようにそのまま急速落下に切り替える。
「にのキックっ」
モデルは仁野だと宣言するその特撮で見るような軌道の飛び蹴りは、地面にクレーターと巨大なひび割れを引きおこした。
「っ...すごいな」
「あとねあとね」
まるで褒められたがりの子供のように次々に披露する仁野。そのくらいの年齢までは成長しているということだろう。
「っ~~~~~~~!!!」
輪廻は奇声か発狂か判断できないような、衝撃波にも近い大声を放つ。
「ぐっ....え?」
その声が響き渡った後、周囲からざわめきが発生する。そのざわめきはどんどん近づいてくるように大きくなっていた。
「え、嘘。何あれ」
遠くに見える黒い影が、空を埋め尽くしながら迫ってくる。単体ではなく大量の集合体であることだけが認識できた。
「鳥?」
次々に訓練場の周囲に留まる鳥類のほかに、草木の影から顔をのぞかせる様々な野生動物たちが輪廻の一声で集合した。
「あははは、みんな~!」
「生物使役...」
野生能力として荒々しさやかく乱が目立つが、和日月の脳内にはその真逆の活用方法が浮かんでいた。様々な感覚器官での情報収集と生物使役による警戒を限りなく回避する潜入力や展開力。そして輪廻単体での行動範囲と接敵時の瞬発力と破壊力。
「輪廻は潜入部隊の有力候補か。生物的な応用を理解すれば、対軍隊への殲滅力も期待できる」
日本軍に欠けていた情報収集力。欧州においては先兵を全滅させられる壊滅的な状況だった。そこに投じる対策困難な能力として、その課題解決の兆しを掴む一手にできると和日月は判断した。また、生物的特徴の掛け合わせが可能ということは、近代に活用されている様々な生物の構造や習性を身一つで再現できるということになる。仁野の身体強化を難なく真似して見せたその応用力こそが、独自の破壊力を生む可能性を秘めていると言えた。
「潜入部隊ということは、単独でどこかに」
「最優先は基本的に欧州だが、現状を再度整理した上で選択する。輪廻単独では任務はまだ困難だ。...実戦的訓練は引き続き行いながら、君以外の人間にもある程度慣れてもらう。...君にはひとつ、日課の輪廻への授業に一つ加えてほしい項目がある」
「..なんだ」
「生物情報を網羅的に輪廻に学ばせてほしい。今まで生活していた環境外の生物。これが能力の幅を広げ、輪廻独自の応用力につながるだろう」
「...まあ、それくらいなら」
憂希はどこか、輪廻の戦地投入について優先度が下がったこの状況に安堵していた。潜入には潜入の危険はもちろんあるだろうが、それでも怯える銃口を向けられ続ける戦場よりはましだと考えていた。
「...さて、次は君たちの訓練に移行する。先日の戦闘にて各々課題を認識しているはずだ」
「...」
憂希は元よりそのつもりでいた。自分が強くなることが、戦力補填の一案になる。そのくらいの影響を与えられるようにならなければいけない。そう自分自身を奮い立たせていた。
ご拝読ありがとうございます。
皆様の娯楽として一時を楽しんでいただくきっかけとなれましたら幸いです。
素人の初投稿品になります。
これからも誠心誠意精進いたしますので、ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。
感想もお待ちしております。




