No.3 最初の覚悟
憂希はまたどこかわからない建物まで運ばれ、無機質な部屋に戻った。
連れ込まれた建物と同じなのかすらわからない。
「さて、本日は以上です。メイン拠点はここではないため、本日はこの拠点で休んでください。明日からのスケジュールはこちらの端末に記載しております。お部屋についてからご確認ください」
SPが淡々と案内を進める。
「教えてほしいことがある」
「内容によります」
「何をしたらあんな能力が使えるようになるんだ。今日になっていきなり人間かもわからない状態だ。それも目が覚めたらいきなり。....あれは本当に俺の能力なのか?」
「具体的な施術内容は説明できません。ですが、能力者への進化は我々が開発した技術の結晶です。能力リソースはグレードに関わらず一定です。規模には比例しません。だからこそグレード上位の能力者は貴重で重要なのです」
「能力リソースってのはなんだ」
「所謂、体力、スタミナ、カロリーです」
「あの規模を発生させてリソースが体力?エネルギーに合ってなさすぎる」
「いえ、こちらは事実です。あなたは今、何か体調不良や違和感はありますか?」
違和感どころか疲れすら憂希にはなかった。
ある意味、このずっと続いている状況変化にアドレナリンでも出ているのか。普通の精神状態ではないことは確かだった。
「君の能力は規模が段違いだが、先ほどの攻撃方法は万能とは言えない。軍事兵器や武装の破壊であれば効果はあるかもしれないが、君が戦闘で最も警戒すべき相手は能力者だ」
「能力者...。同じように勝手に能力を植え付けられた人間と殺し合うのか...?」
「能力者は身体能力や耐性も通常とは異なる。それに加えて特化した能力を備えている。先ほどの攻撃では傷すらつかぬ者もいるだろう。そういう相手すら凌駕する一撃を君は放てるようにならなければならん。その応用こそ、対価が大きくなり余裕も減るのだ」
「相手の能力なんて戦闘中にわかるのか?」
「基本不明だ。グレード1こそ少数だが、それ以下は数字に応じて人数も増える。だからこそ手足よりも容易く扱えるようになる必要がある。どんな状況でも凌駕できるよう」
「グレード1に求められるのはなんだ。たくさんいるんだろ?能力者自体は」
「絶対的勝利。切り札だ」
「切り札....」
「規模や威力を増大するだけではない。戦場には自軍もいるだろう。その中で的確かつ迅速な判断で能力を行使し、求められる戦果を出す。戦場を蹂躙するだけなら爆撃でいい」
じゃあそこまで戦場に出ることはないんじゃないか。憂希はそんな甘い期待をすぐに拭う。
素人相手に強引な引き込みをしてまで能力者を確保している。ただの脅迫に近い。
「まずは自身の能力の解釈を正確にし、それを具体的にイメージできるようになることだ」
用意された部屋は最低限の個室だった。まさにビジネスホテルのシングルルームだった。
テーブルにはおにぎりが三つ。昼食なのか夕飯なのかもわからない。
渡された端末。スマートフォンを開いて憂希はそれが夕飯だったことに気づいた。
端末のノートアプリにさきほどSPが説明してた明日からの流れがびっしり記載されていた。
ぱっと見ても十日以上は訓練のみで記載されていた。
能力訓練から銃撃や作戦行動、戦術や作戦指示、現状の勢力図や主体敵国などの軍事教育が時間割で設定されている。憂希が入るはずだった大学では一切やらないであろう内容だらけだ。
「素人をいきなり戦場に送り込むようなことはしないか」
いきなり実践投入という偏見が否定さて、憂希は久々に安堵した。
「何が何だかわからん....。なんだよ能力者って」
おにぎりの横にあったコップに意識を向けた。
すぐにコップはイメージ通りに水でいっぱいになった。
イメージができれば簡単な能力行使であればコントロールはそんなに難しくはない。
憂希は夕飯を食べながら頭の中をできるだけ整理した。
考えれば考えるほど混乱しそうになりながら、それでも何とか整理する。
能力者や軍隊、戦争やグレード。フィクションでは珍しくもない単語が今では混乱の発生源だ。
「まずは....自分の能力をコントロールしないとか」
和装の男は爆弾だと言っていた。敵国に渡ったときの影響と制御できなかったときの影響。その二つの意味を比喩したのだろう。
「イメージ...」
災害と言われると大規模で制御できないイメージ。勝手に壊し、勝手に奪う。
「そよ風や雨だって自然だ…。山や海もそうだ。樹木は....生き物か?」
おにぎりを食べながら端末でフィクションの能力者を調べる。まさか受験勉強の次が能力者を真面目に学ぶとは憂希自身思ってもいなかった。
「使えそうなのは...火、風、水、土、岩、氷....雷か。....はぁ~~何やってんだか」
一瞬でも我に返るとバカバカしさが襲ってくる。アメコミや特撮のヒーローたちはよく受け入れたものだと、憂希はヒーローたちに少し同情した。
明日は銃撃訓練と能力訓練。久しくまともなスポーツもやっていないことが少しだけ不安に思いながら憂希は眠りについた。
「ホテルの枕、苦手なんだよな」
次の日、憂希は部屋に時間通りにきたSPに連れられ、どこにあったのか全然わからなかった射撃場に来た。
「それでは射撃訓練を始めます」
「...能力があるのになんで銃を?」
「能力は万能に思えるかもしれませんが、相性や危機的状況など様々変化する戦場においてはそうではありません。どんな状態でも能力を行使できるのは前提として、そのうえで不測の事態にも対応できるよう最低限、拳銃や小銃の扱いには慣れていただきます」
「銃なんて能力者に効くんですか?」
「能力を行使していない能力者は基本的に生身と変わりありません。グレードが低い能力になればさらに。能力によっては行使していなくとも効果が薄い、またはない者もいますが、それよりもおおよその状況で対応可能な技術は身に着けておくべきかと」
「....」
憂希は自分が能力者になったことで多少油断していたことに気づいた。グレード1であれば戦場でも危機的状況になることは少ないとか、普通じゃ死の危険に至ることはないだとか。
「あなたは能力の熟練度次第では重火器及び基本的な軍事兵器で太刀打ちできないと思いますが」
「...え?それは」
「そこは能力訓練にて」
拳銃からいくつかのライフル、手榴弾やC4などの基本的な使用方法の説明。そして射撃訓練を実施した。
「っ......」
初めての射撃に手がしびれ、右肩に鈍い痛みが残る。
ドットサイトでは的に何十発も撃って、数発掠るのが限界だった。
「最初は当たらなくとも問題ありません。というより当たらないのが普通です。弾込めから発射、リロードなどの基本的な動作を覚えてください。銃は構えるだけで牽制になり、撃てれば威嚇になります」
初めて銃を撃って、憂希は戦争との距離感をさらに近く感じた。
能力だけではなく、武器で人を殺すかもしれない。
休憩後、能力訓練が始まった。
講師はSPではなく、和装の男だった。
「それでは、能力訓練を開始する。まだ名乗っていなかったな。私は日本国防衛省 特殊兵装隊 隊長、兼総司令官。和日月 剣聖だ」
「防衛省...。特殊兵装隊...」
憂希は組織の正式名称に妙な現実感を覚えた。
「昨日、君に伝えた通り、能力の行使には能力の理解、解釈の拡大によるイメージが重要だ。能力によってそのイメージは異なる。君にとっての最善を捉えることが重要だ」
「昨日、部屋のコップに水を溜めた。能力で注いだ。昨日の訓練でやった巨大な竜巻は蛇口いっぱいに捻った感じだった。コップに注いだ時は量や勢いをイメージした」
「ほう、勤勉だな。一夜でそこまで能力に対しての姿勢が変わるとは」
「あなたが爆弾だなんて言うからだ。しかもイメージしただけで昨日の規模だ。無意識に何かしたらどんな被害がでるかわからない。そんな危険な状態だって言われたらできることを探す」
「いや、その姿勢や思考は稀だ。長所とも言える。おおよそ私が対応した能力者はいずれも順応ではなかった」
人の上に立っている立場だけあって、どうやら本当に教育しようとはしているようだった。
「その姿勢になることが本日の目標だったが、次の段階に進んでもよさそうだな。...ではイメージを固めた君に助言だ。理解や解釈の拡大とは能力の決めつけや思い込みではない」
「決めつけ...?」
「使い方や条件などを自分で制限しては、潜在能力は眠ったままになる。これは例だが、硬度を操る能力者がいたとしよう。それで真っ先にイメージするのは体を硬化し、強固にすることだろう。だが硬度を操るということは軟化もできる。またほかの物体にも作用させれば、紙を鉄に、刀を鞭にもできるだろう」
「それが解釈の拡大」
「左様。一つ君の課した制限を取り除こう」
「制限...?」
「君は風を操れると考えているだろう」
「...あぁ」
「それでは解釈が足りない。風とは何か。大気の流れだ。つまり君は風を操るのではなく大気を操れる。風を操るだけではイメージできないこともこれで少しは思いつくだろう」
「っ...」
まさしくそうだった。憂希はそう思い込んでいた。風を発生させたり増やしたり。そういうイメージだった。大気となればまた変わる。常に存在し続けているものが自分の意のままになる。
「では、訓練を開始す」
そう和装の男が言い切ろうとした瞬間、聞きなれない警報が鳴り響いた。
「...状況は。...了解。直ちに対象の確保及び殲滅を。私も出よう」
「何があったんだ...!?」
「敵国の襲撃だ。場所はこの部屋から近い。出撃だ」
「え、俺も」
「当然だ。相手の狙いは君だからな」
「んな...!?だったらなんで」
「私が同行しているこの状況で襲撃殲滅作戦を遂行できる。いい経験になる。小隊規模での襲撃だ」
「なにをそんな」
「君こそ何を悠長に言っている。君は兵士でありこれは抗争だ。作戦行動の義務がある。いつまでも一般人のままでは死ぬだけだ」
「...くそ」
「安心したまえ。私が同行するのだ。今回、君への武力行使は私が対応しよう」
「あなたも能力者なのか」
「日本に君を含めて五人いるグレード1のうち、最初の能力者が私だ」
「なん...」
「覚悟せよ、神崎 憂希。向けられる殺意は悪意ではない。この抗争における悪はない。理解できぬ正義を掲げる敵軍を容赦なく殲滅せよ。己が命を優先して他を切り捨る道を歩け」
人殺しの覚悟。正義を否定する覚悟。命が左右される覚悟。
知らぬ間に握らされた引き金を引かねば自分が殺される。
「…このまま死ねるか」
茨か修羅か地獄かわからぬ道。憂希はその道に一歩踏み出す覚悟をした。
「神崎 憂希、出撃だ」
「...了解」
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