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自由戦争  作者: 夜求 夜旻
第2章 世界大戦の引き金

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No.26 逆転の模索

「憂希君っ」


その姿に先ほどとは違う感情が、目から零れ落ちる。無理やり維持していた何かが、崩れ去ってしまった。


「なんだ増援か?一人でノコノコと。...構わん、撃てっ」


敵軍の砲口は容赦なく、日本軍側に向けられていた。


「いったんこの場から離脱しますっ」


敵軍の装甲車の迫撃砲口に圧縮した風を吹き込み、内部から一気に解放して、周辺の敵兵ごと爆発に巻き込む。

爆発し、拡散した炎を火力操作し、燃焼力と範囲を向上させ、一気に敵兵を制圧する。

いきなりの状況変化に敵軍は混乱と叫喚で支配された。


「今です!行くよ、ニノ」


「うん、ありがとう...」


震えた声で憂希の手を取る仁野。その明るさや普段、オシャレやメイクに気を遣う女子とはかけ離れたボロボロ具合。

仁野が守っていたわずかな残存兵もまとめて上昇気流で浮かし、飛行にて援軍側と合流する。


「生きていたかっ。神崎、よくやった」


「はいっ、応急処置だけして、すぐに撤退しましょう」


「っ...」


合流してすぐに治療に移ろうとしたが、仁野の表情が少し曇った。


「あ...すいません。うちの怪我、治らないみたいで。だから、残るしかなかったんです」


「えっ...」


その衝撃の事実は、救出成功という状況をすぐに上書きするものだった。

現時点で進行中か、明確にはできていない。それでも確かにその効果を付与されたという話。


「治りにくいって話らしいんですけど。...それでも血は止まらないし、痛みもアドレナリン出ててもずっときついし」


「...相手はどんな能力を」


「ん~...わからない。ほんと、よくわからないことしか言ってなくて。お前は強いからこそ弱いとか、お前らは逃げようとするからこそ逃げられないとか」


「...有言実行。いや、そんな類ではないか。...なんにせよ、その能力者をどうにかしないと何も解決しないのか。その能力者はどこに」


「あとはお前らでやれるだろとか言って、残ってた兵士たちに丸投げしてどこかに行きました」


「っ...。所在不明か」


そもそも、現時点で憂希たちと合流できたとはいえ、完全に撤退することまでできるのかすらわからない。その能力の効果とその継続がどういう条件なのかが不明である。

このまま撤退するのは危険とすら言える状況に追い込まれていた。


「...つまり、その能力者を捜索、始末し、能力解除をするまで第一大隊の生存者を救出したとは言えないということか」


「...なら、すぐにどうするか考えましょう」


治癒無効まで行っていれば、いずれ仁野は失血死してしまう。それでなくとも、現状維持はあまりにも現実的ではなかった。


「俺は当初と同じ作戦で行くべきだと思っています」


「....」


憂希の提案に振動は黙る。


「振動隊長、悔しいっすけど俺らにできることが無さすぎるっす」


傀が珍しく、弱気な発言をする。しかし、それはネガティブな意味合いではなく、傀は決意の固まった眼をしていた。


「そうだな。当初の作戦を遂行する。敵の情報が判明次第、こちらに伝えろ。我々も会話や戦闘については終始確認しておく」


「はい」


「あの...作戦って」


仁野が不安そうな顔で、振動や憂希の顔をちらちらと見る。自分の手を固く握っている。


「...私が索敵でき次第、神崎上等兵単独で接敵し、敵の能力詳細を分析しながら攻略を図る」


「なっ!?え、憂希君が一人でってこと!?」


「うん、今度は俺が頑張るよ」


「ダメだよっ、うちだって何されたかわかんないのに。うちらの隊もなんもできなかったし。それなのに、憂希君が...」


「俺が行く」


「っ...」


真っ直ぐな言葉に仁野は黙った。


「リスクが低い行動は現状何もないと言っていい。懸けと言うとかなり無責任だが、一番可能性がある作戦だ。まずは敵軍の数を減らしつつ、対象の索敵を行う。第一大隊を手当しながら戦地からは可能な限り離脱する。敵の能力が範囲型の可能性も考慮し、接敵する人数は少ないに越したことはない」


「「了解」」


まずは振動が周辺の索敵及び、次の移動ポイントの確認を行う。


「こちら振動より本部に伝令。第一大隊生存者と合流。敵主力兵は確認できず。生存者の状態異常に能力が影響している可能性あり。これより対象の索敵及び殲滅に移る」


振動が本部に伝令を入れる。本部からの返答は変更なく、作戦実行だった。


「ごめんね、憂希君。...うちらの代わりに」


「同じ軍なんだし、危機的状況ならお互い様だよ。...助けることに本来なら理由なんて必要ないんだ」


「ありがとう」


先ほどまでの涙はどこかへ消え、そこには持ち前の明るい笑顔が戻ってきてた。


「第一大隊の壊滅が通知されたときは、冷や汗をかいたよ」


「心配してくれたの?」


「そりゃ心配するよ、当然でしょ」


「へへ...」


「神崎上等兵、およそ三キロ先に集団がいる。敵軍の本部隊だろう。そこにいるかはわからないが、まずは敵戦力を削る」


「了解。行ってきます」


「...気を付けて」


固く握られた手は、自分の本当に伸ばしたい行先には届くことなく、その場でさらに強く握りしめるだけに留まった。


「ありがとう」


その場から一人だけ身軽に飛行で移動する。その姿ははたから見れば飛んで火にいる夏の虫。だが、味方から見たその後ろ姿は希望の光そのものだった。


「っ....」


危機的状況を逃れたことで、その場に仁野はしゃがみこんだ。足は震え、力は入らない。


「大丈夫かい。よく頑張った」


振動は仁野の有志と活躍を労った。憂希も含め、自分よりも歴が浅く、まだ成人もしていない子供にはあまりにも大きすぎるものがその両肩に乗っていることを認めている。だからこそ、労うだけでもしないといけないと、使命感すら感じていた。


「あ、ありがとうございます。ちょっと...腰抜けちゃって」


「無理もない。,,,君は死線を潜り抜けた。それは紛れもなく君の力だよ。若いながら恐れ入る」


「褒められるとめっちゃうれしいですねっ」


「さぁ、血が止まらないのであれば輸血と応急処置だけでも」


戦士には手当と休息が必要だった。命を張った状態が緩み、体は限界に気づいていた。



憂希が飛行で向かう先には中隊規模の本体が構えている。最初の砲撃戦に近い戦いでは消耗はそこまでなかった。

憂希は単独で中隊を落とさなければならないというプレッシャーを抱えていた。


「...様子見している余裕はない」


『神崎上等兵、そろそろ敵軍にも察知される。接近には敵の迎撃を警戒するように』


「了解」


その通信直後に敵軍からの迎撃が始まる。迫撃に合わせた能力行使。砲弾に混じって金属の槍や火炎放射、岩石砲や針の雨が憂希に向けて集中砲火される。


「っ」


飛行で回避しながら、自分で制御できるものは周囲に取り込み、相殺や反撃の材料としながら接近する。


「あそこか」


敵の迎撃位置を射線から推測し、そのまま接近して本隊の位置を把握する。


「もう...加減する余裕なんて...ないぞ」


憂希は無自覚に怒りを覚えていた。戦争に互いの被害や犠牲は絶対についてくるものだが、それでも理屈ではない感情が渦巻いている。


「一瞬で吹き飛ばすっ。そこにグレード1がいれば、それはそれだ」


憂希の思想は限りなく、兵士のそれに近づいている。それがいいことなのかどうかは、この世界においては判断できない。それでも、憂希の大義は揺らいでいない。

味方を、仲間を護るため戦う。戦争という侵略の概念とは相反するその意志は、その強さを確かなものにしていた。


「助走無しで、一気にっ」


その本隊の中心に回収した火炎や岩石を一気に注ぎ込み、怯みと対応で一瞬の隙を作りだした。その隙を利用して、一帯をすべて呑み込む巨大な暴風の柱を発生させる。

その竜巻に火炎と土砂を巻き込ませ、影にも似たどす黒いその柱は、一瞬にして火炎で炎上する巨大な火柱へと変貌した。


「...っ」


本隊から離れた分隊から援護射撃が憂希に飛んでくるが、距離的に視認してから回避は可能だった。


「全部...殲滅するっ」


大量に舞い上がった火炎を分隊の数に合わせて分離させ、放射しながら圧縮した球体を形成し、各分隊に到達した瞬間に大爆発を発生させた。

ほんの数十秒で中隊規模の軍隊が壊滅する。


「はぁ...はぁ...」


『さすがだ、前線に出てきている本隊はそれで壊滅しただろう。...グレード1と思われる対象は確認できたか?』


「いえ、まだ」


空を駆ける強風が唸り、空中で停滞する憂希の耳元を過ぎ去っていく。


「...」


「お前かよ、おいコラ」


「っ!?」


その声は突然、路上で話しかけられたかのように聞こえた。思わず、憂希は声がした方へ振り返る。


「なっ...」


その声の主は何も足場のない空中にたたずんでいた。浮いているのでも、何かに掴まっているのでもなく、空中に立っていた。


「驚きてぇのはこっちだわ、くそが。は?お前これ一人でやったわけ」


「...」


「おい、話しかけてんだから無視すんなやおい」


明らかに訛りの無い日本語。黒髪のロングに華奢な体。風になびくサイドブリーツのAラインスカートに袖にかけて広がるタイトなシャツ。その見た目だけで言えば現代の女子によく見る見た目だが、そこから発せられるのは誰が聞いてもハスキーな男性の声。粗い口調も相まって、より男性色を濃く示した。


「...俺がやった。お前もこちらの軍を壊滅させただろう」


「...ほぉん、お互い様だろってか。いいね、実に戦争らしい」


悪びれもせずに憂希の質問に肯定した。


「...」


空中に立つその姿が能力によるものだということは理解しても、前情報と照らし合わせたところでその能力の詳細までは予測できない。一度推理に出た、有言実行のような概念的能力と捉えたほうが納得感すらあった。


「で?敵討ちってわけかい。ご機嫌に飯食ってたらこれだ。俺も腹の虫の居所が悪いんだわ」


「...そうだとここで宣言して、こちらが正義ぶるつもりはない」


「あ?なんだすかしてんな、お高く留まんなよ。正義だからこそ悪だってのが、戦争の常だろ。まぁいいや、お前殺したら流石に任務終わりでしょ」


「...」


「さてさて、それじゃあ大逆転と行きますか」


「っ」


先に仕掛けたのは憂希だった。自分たちよりもさらに上空に形成した氷塊の槍を頭上と背中を目掛けてそれぞれ放つ。


「おいおい、物騒な能力だな。『鋭いからこそ貫通しない』」


その氷塊の槍は長髪の男に直撃する。その速度と形状では本来、人体は容易に貫通する。しかし、それは貫通しなかった。


「『速いからこそ受け止めきれる』ってな」


その槍をがっしりと掴みとり、衝撃すらいなして見せた。


「っ」


憂希はすぐさま、その手に持った槍から侵食する凍結を巡らせ、長髪の男を凍らせる。


「『氷だからこそ温かい』」


しかし、その凍結が広がれば広がるほど、その凍結は自ら解凍し、湯気を出すほど温度が上昇する。


「『水滴だからこそ銃弾より強い』ってよ!」


その手から腕にかけて滴る水滴を払うように憂希に飛ばす。その水滴は本来であれば、その速度では自壊し、細かい霧のような威力も勢いもないものになるはずが、弾丸のような速さと鋭さで憂希の腕を貫通した。


「っ...なんだ」


「わかんねぇだろ。わかるほうがおかしい。頓珍漢な言葉にわけのわからない事象。次は何が来るかわからない予測不能の自由度だ」


その薄ら笑いは混乱する事態の不気味さに拍車をかける。


「...逆転」


「っ!まじかよ!おっと、自分で墓穴掘ったか?俺は。まぁわかったところでって話だが。こっちは後出しじゃんけんでいい」


能力は事象の逆転。本来そうでないものが、事象が、それとは真逆の性質を強制させられる能力。雨は銃弾よりも効果を発揮し、氷は冷たいからこそ温まる。

仁野は丈夫だからこそ弱体化し、軍の迎撃は届くことなく蹂躙された。一方的なルール改変。


「混乱せずに推理する冷静さ、奇妙だぜ、お前。面白れぇな。名は?」


「神崎」


「俺は天叉傘。下の名前は可愛らしく舞ちゃんってんだ。よろしく殺し合おうぜ」


聞いてから名乗るその姿勢すらも、反転しているように感じる。


「とりあえず、お前は水やら風を操れんだな。...氷もってことは流体ってわけじゃねぇ」


「っ」


憂希は自分の能力を悟られる前に一気に仕掛ける。上空の冷気を最大化し、ブリザードで天叉傘を覆う。


「だからもう、氷は冷たくねぇぜ」


「温まるならそれはそれでいい!」


急激に温度上昇する大気に便乗し、上空の気圧変化を急激に引き起こす。巻き起こる乱気流は、例え空中に立っていようと防ぎきれはしない。


「ぐっ...うぅ」


「言葉も発することなく、このまま叩き落す!」


その錐揉み状に巻き込んだ乱気流の塊ごと、地面に向けて圧縮して水流と共に放出する。

ジェット水流で大気を引き裂きながら放出されるそれは、速度も相まってレーザーのような鋭さを保ちながら、地面を抉るように衝突した。

ご拝読ありがとうございます。

皆様の娯楽として一時を楽しんでいただくきっかけとなれましたら幸いです。


素人の初投稿品になります。

これからも誠心誠意精進いたしますので、ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。

感想もお待ちしております。

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